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37 罪と温もり
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私のスマホが鳴ったのは、夕方の五時半頃だった。
画面を見ると、見知らぬ番号。出てみると、予想外に丁寧な男の声だった。
「紫微 綾さんですか? 警署の佐藤と申します。実は今日、スーパーで万引きをした少女がおりまして……身元引受人として綾さんの名前を挙げているのですが」
身元引受人?だれが?頭が真っ白になっってしまった。
「……あの私で、よろしいんですか?」
「本人が、どうしても綾さんにしか頼めないと。保護者ではないようですが、知り合いの方ですよね?」
その子の名前は、雪乃ちゃんだった。
高校二年生で、近所に住んでいる。半年くらい前から顔を合わせるようになり、気づいたら「綾さん」って甘えた声で呼ぶようになっていた。
年下のくせに距離が近くて、困ることもあったけれど、なぜか嫌いにはなれなかった。
むしろ、放っておけなかったぐらいだったので行くことを了解してしまった。
警署へ向かうタクシーの中で、ため息が漏れた。
万引き、か……たしか母親が再婚して、新しい家族と上手くいってないことは何度も聞いていた。
家に帰りたくない夜は、私の部屋に転がり込んで、ソファで寝てしまうこともあった。
外でたむろするよりはいいと思って、何度か家に帰らせようとしたけれど、彼女はそれを拒否した。警察に連絡しようとしたこともあったけれど、きっとまた繰り返すだろうと思って、結局そのままにしてしまった。
おそらく、警察に問い詰められれば何かしらの罰は受けるだろうけれど、家での捜索は出ていないし、何より、彼女は寂しさを抱えていたんだろう。
きっと、誰かに頼りたくて、つい私に頼ってきたんだと思う。
そんな子が、スーパーで万引きなんて。警署に着くと、受付で名前を告げると、奥から雪乃ちゃんが連れられてきた。
制服の上に薄手のコート。いつもより顔が小さく見える。
目は真っ赤で、唇を噛んで、私を見上げた。
「……綾さん」
声が震えていた。私は無言で近づいて、頭を軽く撫でた。
髪が少し湿っていた。泣いた後だ。
「ごめんね、来てもらって……」
「いいよ。……行こ?」
釈放手続きを済ませ、警察にもお礼を言って外に出た。
十一月の風が冷たく、空気がひんやりと肌を刺す。雪乃ちゃんの肩が小さく震えていた。
それは寒さのせいだけでなく、罪悪感を感じて泣くのを耐えているようにも見えた。
私は無意識に彼女を見つめ、少しだけ足を早めてコンビニへ向かう。
コンビニで温かい缶コーヒーを買い、公園のベンチに並んで座った。
静かな夜、周りの音はほとんど聞こえない。
ただ、風が木々を揺らし、遠くの車の音が時折耳に届くだけだった。
街灯の下で、雪乃ちゃんは、膝を抱えたまま俯いていた。
その姿が、どこか小さく、孤独に見える。
私は少し黙って彼女を見つめて、何か言うべきか悩んだ。
でも、言葉が出てこなかった。
「……お母さんには、言わないで」
「うん」
「学校にも、言わないで」
「言わない」
雪乃は顔を上げて、私を見た。涙で濡れた瞳が月明かりに光り、その瞳に何かを訴えるような深い痛みが宿っていた。
「私、ほんとに最低だよね」
急に両手で顔を覆い隠す。
「万引きなんて……お店の人に土下座したとき、死ぬほど恥ずかしかった。綾さんにも迷惑かけて……私、生きてる価値ないかも」
肩が小刻みに震え始めた。
泣きじゃくるというより、自分を責めすぎて息が詰まり、心の中で泣いているかのようだった。
私は黙って隣に座り直し、雪乃の背中をゆっくりと撫でた。
「価値なんて、誰にも決められないよ」
「……でも、私、綾さんにばっかり甘えてばっかりで……今日だって、警察に名前言ったとき、ほんとは『知らない人です』って言われるんじゃないかって、怖かった」
雪乃は顔を上げず、私の膝に額を押しつけてきた。
その仕草が、まるで子供のように無防備で、私の心に深く響いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ほんとにごめんなさい……」
何度も同じ言葉を繰り返す。声が掠れて、涙が私のスカートにぽたぽたと落ちていく。
その涙が、雪乃の心の重さを物語っているようだった。
「綾さんが私を嫌いになりそうで……それが一番怖かった……」
私は黙って彼女の頭を抱き寄せ、耳元で静かに言った。
「嫌いになんてならない。約束する」
雪乃はびくっと震え、それから私の胸に顔を埋めた。
そのまま、しばらく黙っていたが、私はただ彼女を抱きしめるだけだった。心の中で、どんなことがあっても彼女を守りたいと強く思った。
「……うそ、つきすぎ……私、こんな最低なことしたのに……」
「うそじゃない」
「だって……私、綾さんのこと好きすぎて、迷惑でもいいからそばにいたくて……こんな自分、ほんとに嫌いなのに……」
言葉の途中で、雪乃は私のコートをぎゅっと握りしめ、まるで子供のように声を上げて泣き始めた。
「ごめんね……ごめんね……綾さん、大好きだから……許して……許して……」
その声が胸に響くたび、私の心が締めつけられる。私はただ、雪乃の背中を抱きしめたまま、繰り返し「うん」「大丈夫だよ」と優しく言った。
冷たい風が吹いても、雪乃の体温だけがどんどん熱く感じられる。しばらくそのままの姿勢で、どれくらいの時間が経ったのか分からなかった。静かな夜、雪乃の泣き声が次第に小さくなり、やがて顔を上げた。
目も鼻も真っ赤で、でもどこか安心したような顔をしていた。
「……私、明日からちゃんとします」
「うん」
「万引きとか、もう絶対しない」
「信じてる」
雪乃は私の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついてきた。
そのまま、しばらく黙っていたけれど、やがて雪乃が小さくつぶやいた。
「だから……もう少しだけ、甘えさせて……?」
「……甘えん坊だね」
「うん……甘えん坊かもしれない」
私はため息をつきながら、雪乃の髪にそっとキスを落とした。
「いいよ。ずっと、甘えん坊でいて。それで前に進めるのなら」
雪乃ちゃんは小さく笑って、また私の胸に顔を埋めた。
その時、私の腕の中で、雪乃が抱えていた罪悪感や不安が少しずつ溶けていくのを感じた。
これでいいとそう思った。
彼女がどんなことを抱えていても、私は全部受け止めてあげる。
その瞬間、心の中で覚悟が決まったのかもしれない。
私はもう、この子を守りたいと強く感じた。
二人で歩きながら、雪乃が私の腕にしがみついてくる。
時折、上目遣いで私を見上げるその瞳の中に、少しだけ安心感が浮かんでいるのが見て取れた。
「……明日も、会える?」
「会えるよ。」
「約束?」
「約束するよ。」
雪乃ちゃんは満足そうに笑い、私の腕にぎゅっと力を込めてきた。
この子はきっと、これからも私を困らせるんだろう。でも、もう離せないって、わかってる。
私は彼女を絶対に手放さない。
画面を見ると、見知らぬ番号。出てみると、予想外に丁寧な男の声だった。
「紫微 綾さんですか? 警署の佐藤と申します。実は今日、スーパーで万引きをした少女がおりまして……身元引受人として綾さんの名前を挙げているのですが」
身元引受人?だれが?頭が真っ白になっってしまった。
「……あの私で、よろしいんですか?」
「本人が、どうしても綾さんにしか頼めないと。保護者ではないようですが、知り合いの方ですよね?」
その子の名前は、雪乃ちゃんだった。
高校二年生で、近所に住んでいる。半年くらい前から顔を合わせるようになり、気づいたら「綾さん」って甘えた声で呼ぶようになっていた。
年下のくせに距離が近くて、困ることもあったけれど、なぜか嫌いにはなれなかった。
むしろ、放っておけなかったぐらいだったので行くことを了解してしまった。
警署へ向かうタクシーの中で、ため息が漏れた。
万引き、か……たしか母親が再婚して、新しい家族と上手くいってないことは何度も聞いていた。
家に帰りたくない夜は、私の部屋に転がり込んで、ソファで寝てしまうこともあった。
外でたむろするよりはいいと思って、何度か家に帰らせようとしたけれど、彼女はそれを拒否した。警察に連絡しようとしたこともあったけれど、きっとまた繰り返すだろうと思って、結局そのままにしてしまった。
おそらく、警察に問い詰められれば何かしらの罰は受けるだろうけれど、家での捜索は出ていないし、何より、彼女は寂しさを抱えていたんだろう。
きっと、誰かに頼りたくて、つい私に頼ってきたんだと思う。
そんな子が、スーパーで万引きなんて。警署に着くと、受付で名前を告げると、奥から雪乃ちゃんが連れられてきた。
制服の上に薄手のコート。いつもより顔が小さく見える。
目は真っ赤で、唇を噛んで、私を見上げた。
「……綾さん」
声が震えていた。私は無言で近づいて、頭を軽く撫でた。
髪が少し湿っていた。泣いた後だ。
「ごめんね、来てもらって……」
「いいよ。……行こ?」
釈放手続きを済ませ、警察にもお礼を言って外に出た。
十一月の風が冷たく、空気がひんやりと肌を刺す。雪乃ちゃんの肩が小さく震えていた。
それは寒さのせいだけでなく、罪悪感を感じて泣くのを耐えているようにも見えた。
私は無意識に彼女を見つめ、少しだけ足を早めてコンビニへ向かう。
コンビニで温かい缶コーヒーを買い、公園のベンチに並んで座った。
静かな夜、周りの音はほとんど聞こえない。
ただ、風が木々を揺らし、遠くの車の音が時折耳に届くだけだった。
街灯の下で、雪乃ちゃんは、膝を抱えたまま俯いていた。
その姿が、どこか小さく、孤独に見える。
私は少し黙って彼女を見つめて、何か言うべきか悩んだ。
でも、言葉が出てこなかった。
「……お母さんには、言わないで」
「うん」
「学校にも、言わないで」
「言わない」
雪乃は顔を上げて、私を見た。涙で濡れた瞳が月明かりに光り、その瞳に何かを訴えるような深い痛みが宿っていた。
「私、ほんとに最低だよね」
急に両手で顔を覆い隠す。
「万引きなんて……お店の人に土下座したとき、死ぬほど恥ずかしかった。綾さんにも迷惑かけて……私、生きてる価値ないかも」
肩が小刻みに震え始めた。
泣きじゃくるというより、自分を責めすぎて息が詰まり、心の中で泣いているかのようだった。
私は黙って隣に座り直し、雪乃の背中をゆっくりと撫でた。
「価値なんて、誰にも決められないよ」
「……でも、私、綾さんにばっかり甘えてばっかりで……今日だって、警察に名前言ったとき、ほんとは『知らない人です』って言われるんじゃないかって、怖かった」
雪乃は顔を上げず、私の膝に額を押しつけてきた。
その仕草が、まるで子供のように無防備で、私の心に深く響いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ほんとにごめんなさい……」
何度も同じ言葉を繰り返す。声が掠れて、涙が私のスカートにぽたぽたと落ちていく。
その涙が、雪乃の心の重さを物語っているようだった。
「綾さんが私を嫌いになりそうで……それが一番怖かった……」
私は黙って彼女の頭を抱き寄せ、耳元で静かに言った。
「嫌いになんてならない。約束する」
雪乃はびくっと震え、それから私の胸に顔を埋めた。
そのまま、しばらく黙っていたが、私はただ彼女を抱きしめるだけだった。心の中で、どんなことがあっても彼女を守りたいと強く思った。
「……うそ、つきすぎ……私、こんな最低なことしたのに……」
「うそじゃない」
「だって……私、綾さんのこと好きすぎて、迷惑でもいいからそばにいたくて……こんな自分、ほんとに嫌いなのに……」
言葉の途中で、雪乃は私のコートをぎゅっと握りしめ、まるで子供のように声を上げて泣き始めた。
「ごめんね……ごめんね……綾さん、大好きだから……許して……許して……」
その声が胸に響くたび、私の心が締めつけられる。私はただ、雪乃の背中を抱きしめたまま、繰り返し「うん」「大丈夫だよ」と優しく言った。
冷たい風が吹いても、雪乃の体温だけがどんどん熱く感じられる。しばらくそのままの姿勢で、どれくらいの時間が経ったのか分からなかった。静かな夜、雪乃の泣き声が次第に小さくなり、やがて顔を上げた。
目も鼻も真っ赤で、でもどこか安心したような顔をしていた。
「……私、明日からちゃんとします」
「うん」
「万引きとか、もう絶対しない」
「信じてる」
雪乃は私の首に腕を回して、ぎゅっと抱きついてきた。
そのまま、しばらく黙っていたけれど、やがて雪乃が小さくつぶやいた。
「だから……もう少しだけ、甘えさせて……?」
「……甘えん坊だね」
「うん……甘えん坊かもしれない」
私はため息をつきながら、雪乃の髪にそっとキスを落とした。
「いいよ。ずっと、甘えん坊でいて。それで前に進めるのなら」
雪乃ちゃんは小さく笑って、また私の胸に顔を埋めた。
その時、私の腕の中で、雪乃が抱えていた罪悪感や不安が少しずつ溶けていくのを感じた。
これでいいとそう思った。
彼女がどんなことを抱えていても、私は全部受け止めてあげる。
その瞬間、心の中で覚悟が決まったのかもしれない。
私はもう、この子を守りたいと強く感じた。
二人で歩きながら、雪乃が私の腕にしがみついてくる。
時折、上目遣いで私を見上げるその瞳の中に、少しだけ安心感が浮かんでいるのが見て取れた。
「……明日も、会える?」
「会えるよ。」
「約束?」
「約束するよ。」
雪乃ちゃんは満足そうに笑い、私の腕にぎゅっと力を込めてきた。
この子はきっと、これからも私を困らせるんだろう。でも、もう離せないって、わかってる。
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