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5章 グランベルグ解放
55話 地下迷宮
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初めはこの騒動で警備とか減るとは思ったが、思い通りになってくれなかったので、正面突破という選択肢は、俺の頭から早々に消えてしまった。
城門に陣取る見張りの数は、街の騒乱ごときじゃ微動だにしない。連中は、自分たちが支配するこの石の城が、落ちるはずがないと疑っていない。
普通に考えたら街中なんて気にするわけないしな。人の感覚で計算した俺のミスってところか
炎の民のアジトで見つけた、あのカビ臭い古文書。そこに記されていた城の地下空洞、迷宮の記述を見つけたんだが、何で脱出するのに迷宮にするのかいまだに疑問に思う。
入ってきた敵を迷わせて時間稼ぎだというのはわかるが、自分たちが迷ったりしたら元もこうもないだろう。
本当によくわからん。
城の主でさえ、忘れているはずの迷宮らしい。今は、その主も数百年前にいなくなっている。
それからずっと魔物の居城になっているんだから人の記憶から消えていても何も不思議なことはなかった。
狭い通路の壁際に、複数の魔導灯が等間隔で置かれている。
青白い光が重なり、湿った空気の中で、足元まで淡く滲んでいた。
歩幅を抑えて進むたび、太ももに張りついた布が、汗を含んでわずかに重い。
擦れる感触がはっきり伝わってきて、意識が一瞬、足運びから逸れる。
光の角度が変わるたび、布越しに、太ももの輪郭が浮いたり、消えたりする。
見なくていい。そう思った瞬間、意識がそちらに引かれた。
その一瞬の遅れが、致命的だった。
床がわずかに沈んだ感触に、俺は反射で後ろへ跳んだ
次の瞬間、天井から鉄の槍が三本、叩きつけるように落ちた。
空気を裂く音が耳を打ち、石床に火花が散る。
あと一歩遅ければ、俺はその場で串刺しになっていた。
息を殺したまま、俺はその場に固まる。
槍が石に突き立つ音が、迷宮の奥へ反響していく。
静かになるまで、ほんの数拍。やけに長く感じた。
視線を落とす。石畳の継ぎ目は浮き、沈み、溝には黒いぬめりが溜まっている。
踏み込めば音が出る。さっきので、嫌というほど思い知らされた。
だから、足を置く場所を選ぶ。ミスリル銀の剣の柄で、石を軽く叩いた。
カツ。
音が、わずかに抜ける。
反響が薄い。下が空いている。
魔導灯を足元に落とすと、床に同化するように偽装された落とし穴が見えた。
重力感知式。
踏めば、次は跳ぶ時間も与えられない。
……なんでこんな科学っぽい仕掛けが、そこら中に混じってる。
魔法の世界のくせに、こういう部分だけ妙に理屈が真っ当だ。
ほんと、不思議な世界だ。
俺は呼吸を整え、迷いなく跨いだ。
奥へ進むにつれ、空気はさらに重くなる。
肺が圧迫され、呼吸が浅くなる。
服の内側に、じんわりと汗が滲んだ。
そのとき、闇の向こうで、ぴちゃ、ぴちゃ、と音がした。
地下水じゃない。リズムがある。生き物の足音だった。
裸足で、湿った床を踏む、ぴちゃりとした音。
俺は即座に膝を曲げ、石の陰に身体を沈めた。
壁に背を預けると、冷たい石が背骨に沿って伝わる。
曲がり角の向こうに、青白い光。
たいまつじゃない。揺れがない。
影が伸びる。背は低く、肩が前に落ちている。
腕が異様に長く、指先が床すれすれを引きずっている。
鼻をひくつかせる動き。空気を舐めるみたいに、何度も吸い込む。
グールだ。
裂けた口。唇はなく、歯がむき出しのまま濡れている。黄色く濁った目が、青白い光を弾く。腐肉と湿った鉄の匂いが、遅れて届いた。
そいつが通り過ぎる瞬間、鼻先がひくりと動く。俺の心臓が一拍だけ跳ねる。多分生きてる人間の匂いを感知したんだろう。
グールは溝に顔を寄せたまま、舌でぬめりを舐め取っている。
鼻がひくつき、喉の奥で湿った音が鳴る。夢中だ。今だけ、視界も耳も鈍る。
俺は壁から背を剥がし、体重を前へ落とした。
足裏を滑らせるみたいに一歩。音を殺す。次の一歩で、息まで薄くする。
湿気が布を重くしている。太ももが擦れて、意識が一瞬だけ余計なところへ行きかけた。
こういう感覚って、女の身体だと日常なのか。
……いや、今は戦闘中だ。
集中が切れたら、不意打ちは決まらない。
俺は敵の背中に意識を戻し、足音を殺して、ゆっくり近づいた。
皮と金具が、腹のあたりに引っかかっているだけだ。
背中には、何もない。
――行ける。
俺はミスリルソードを、鞘の中で鳴らさないように抜いた。
刃は青白い光を吸って、輪郭だけが薄く見える。
そして背後。
膝を落とし、腰を捻る。
盗賊系暗殺技能背面一撃。
ミスリルの刃が、抵抗の少ないところを一息に裂いた。
グールの身体が跳ね。動かなくなった。
俺は刃を引き抜き、血をぬめりの溝で拭った。
俺は体を低くしたまま、反対側の支道へ滑り込んだ。
天井が低くて、肩が石に擦れる。ざりっとした感触に歯を噛み、音を出さないようにゆっくり進む。
支道の先は崩れていた。
湿った石が折り重なり、苔が広がって、床は滑りやすい。ここで転べば余計な怪我だ。次に差し支える。
俺は手のひらを床につける。石は冷たく、苔はぬるい。指先が緑に染まっていく。
苔の匂いの奥に、別の臭いが混ざっていた。
獣の毛。血。腐った油。
巣がある。地下も、もう縄張りになっている。
それでも進むしかない。
人が作った城なら、上へ繋がる道が必ずある。
見せたくない場所へ物を運ぶための道は、だいたい一番隠れてる。
崩れた場所を越えたあたりで、空気が変わった。
少し乾いていて、風が流れている。どこかが開けている証拠だ。
やがて、天井へ続く縦穴が見えた。
人一人が、やっと通れる幅。壁には、古い鉄の杭が打ち込まれている。
梯子の代わりみたいな足場だ。錆びて赤黒い。
上から、わずかに暖かい空気が落ちてくる。
きっと城の抜け道の出入り口だろう。
俺は穴のふちに手を置いた。
濡れた石が滑る。指を割れ目に食い込ませ、体重を預けて、ゆっくり姿勢を整える。
最初の杭に足をかける。錆が靴に擦れて、ざりっと感触だけが残った。
俺は息を一つ、薄く吐く。
そして、ゆっくり身体を引き上げた。
城門に陣取る見張りの数は、街の騒乱ごときじゃ微動だにしない。連中は、自分たちが支配するこの石の城が、落ちるはずがないと疑っていない。
普通に考えたら街中なんて気にするわけないしな。人の感覚で計算した俺のミスってところか
炎の民のアジトで見つけた、あのカビ臭い古文書。そこに記されていた城の地下空洞、迷宮の記述を見つけたんだが、何で脱出するのに迷宮にするのかいまだに疑問に思う。
入ってきた敵を迷わせて時間稼ぎだというのはわかるが、自分たちが迷ったりしたら元もこうもないだろう。
本当によくわからん。
城の主でさえ、忘れているはずの迷宮らしい。今は、その主も数百年前にいなくなっている。
それからずっと魔物の居城になっているんだから人の記憶から消えていても何も不思議なことはなかった。
狭い通路の壁際に、複数の魔導灯が等間隔で置かれている。
青白い光が重なり、湿った空気の中で、足元まで淡く滲んでいた。
歩幅を抑えて進むたび、太ももに張りついた布が、汗を含んでわずかに重い。
擦れる感触がはっきり伝わってきて、意識が一瞬、足運びから逸れる。
光の角度が変わるたび、布越しに、太ももの輪郭が浮いたり、消えたりする。
見なくていい。そう思った瞬間、意識がそちらに引かれた。
その一瞬の遅れが、致命的だった。
床がわずかに沈んだ感触に、俺は反射で後ろへ跳んだ
次の瞬間、天井から鉄の槍が三本、叩きつけるように落ちた。
空気を裂く音が耳を打ち、石床に火花が散る。
あと一歩遅ければ、俺はその場で串刺しになっていた。
息を殺したまま、俺はその場に固まる。
槍が石に突き立つ音が、迷宮の奥へ反響していく。
静かになるまで、ほんの数拍。やけに長く感じた。
視線を落とす。石畳の継ぎ目は浮き、沈み、溝には黒いぬめりが溜まっている。
踏み込めば音が出る。さっきので、嫌というほど思い知らされた。
だから、足を置く場所を選ぶ。ミスリル銀の剣の柄で、石を軽く叩いた。
カツ。
音が、わずかに抜ける。
反響が薄い。下が空いている。
魔導灯を足元に落とすと、床に同化するように偽装された落とし穴が見えた。
重力感知式。
踏めば、次は跳ぶ時間も与えられない。
……なんでこんな科学っぽい仕掛けが、そこら中に混じってる。
魔法の世界のくせに、こういう部分だけ妙に理屈が真っ当だ。
ほんと、不思議な世界だ。
俺は呼吸を整え、迷いなく跨いだ。
奥へ進むにつれ、空気はさらに重くなる。
肺が圧迫され、呼吸が浅くなる。
服の内側に、じんわりと汗が滲んだ。
そのとき、闇の向こうで、ぴちゃ、ぴちゃ、と音がした。
地下水じゃない。リズムがある。生き物の足音だった。
裸足で、湿った床を踏む、ぴちゃりとした音。
俺は即座に膝を曲げ、石の陰に身体を沈めた。
壁に背を預けると、冷たい石が背骨に沿って伝わる。
曲がり角の向こうに、青白い光。
たいまつじゃない。揺れがない。
影が伸びる。背は低く、肩が前に落ちている。
腕が異様に長く、指先が床すれすれを引きずっている。
鼻をひくつかせる動き。空気を舐めるみたいに、何度も吸い込む。
グールだ。
裂けた口。唇はなく、歯がむき出しのまま濡れている。黄色く濁った目が、青白い光を弾く。腐肉と湿った鉄の匂いが、遅れて届いた。
そいつが通り過ぎる瞬間、鼻先がひくりと動く。俺の心臓が一拍だけ跳ねる。多分生きてる人間の匂いを感知したんだろう。
グールは溝に顔を寄せたまま、舌でぬめりを舐め取っている。
鼻がひくつき、喉の奥で湿った音が鳴る。夢中だ。今だけ、視界も耳も鈍る。
俺は壁から背を剥がし、体重を前へ落とした。
足裏を滑らせるみたいに一歩。音を殺す。次の一歩で、息まで薄くする。
湿気が布を重くしている。太ももが擦れて、意識が一瞬だけ余計なところへ行きかけた。
こういう感覚って、女の身体だと日常なのか。
……いや、今は戦闘中だ。
集中が切れたら、不意打ちは決まらない。
俺は敵の背中に意識を戻し、足音を殺して、ゆっくり近づいた。
皮と金具が、腹のあたりに引っかかっているだけだ。
背中には、何もない。
――行ける。
俺はミスリルソードを、鞘の中で鳴らさないように抜いた。
刃は青白い光を吸って、輪郭だけが薄く見える。
そして背後。
膝を落とし、腰を捻る。
盗賊系暗殺技能背面一撃。
ミスリルの刃が、抵抗の少ないところを一息に裂いた。
グールの身体が跳ね。動かなくなった。
俺は刃を引き抜き、血をぬめりの溝で拭った。
俺は体を低くしたまま、反対側の支道へ滑り込んだ。
天井が低くて、肩が石に擦れる。ざりっとした感触に歯を噛み、音を出さないようにゆっくり進む。
支道の先は崩れていた。
湿った石が折り重なり、苔が広がって、床は滑りやすい。ここで転べば余計な怪我だ。次に差し支える。
俺は手のひらを床につける。石は冷たく、苔はぬるい。指先が緑に染まっていく。
苔の匂いの奥に、別の臭いが混ざっていた。
獣の毛。血。腐った油。
巣がある。地下も、もう縄張りになっている。
それでも進むしかない。
人が作った城なら、上へ繋がる道が必ずある。
見せたくない場所へ物を運ぶための道は、だいたい一番隠れてる。
崩れた場所を越えたあたりで、空気が変わった。
少し乾いていて、風が流れている。どこかが開けている証拠だ。
やがて、天井へ続く縦穴が見えた。
人一人が、やっと通れる幅。壁には、古い鉄の杭が打ち込まれている。
梯子の代わりみたいな足場だ。錆びて赤黒い。
上から、わずかに暖かい空気が落ちてくる。
きっと城の抜け道の出入り口だろう。
俺は穴のふちに手を置いた。
濡れた石が滑る。指を割れ目に食い込ませ、体重を預けて、ゆっくり姿勢を整える。
最初の杭に足をかける。錆が靴に擦れて、ざりっと感触だけが残った。
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