【3部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~

南條 綾

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1章 魔道都市へ

73話 不気味な海域

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 船に乗って五日目の朝だった。
 人間というのは本当に順応する生き物らしい。
 最初の二日は不自由さにうんざりしていたというのに、五日も経てばそれが当たり前になってくる。
 狭い船室も、揺れも、限られた生活も、いつの間にか気にならなくなっていた。
 体が船の動きに合わせて自然にバランスを取るようになり、息遣いが少しずつ落ち着いてくる。
 でも、心のどこかで「これが普通か……」って諦めが混ざり始めてるのが、自分でもわかるんだよな。

 だが、その朝は違った。
 目を覚ました瞬間、どこか妙なざわめきが耳に届いた。
 いつもなら波の音と船の軋みが低く響いているのに、今はそれが薄い。
 そしてバタバタと騒々しい音が鳴り響いていた。 

 胸の奥で、何かがざわついて、眠気が一気に吹き飛んだ。
 隣のベッドで眠っていたエレナも、その騒ぎで目を覚ましたらしい。
 金色の髪を揺らしながら、ゆっくりと上体を起こす。
 白い衣の裾がベッドから滑り落ち、朝の薄光に照らされて柔らかく輝く。
 彼女の瞳が少しぼんやりして、寝起きの可愛さが溢れている。

「何事が起きたのでしょうか?」

「わからない。なんだろうな? 戦闘って感じじゃないけど」

「なぜわかるのですか?」

「戦闘だったら、もっと騒がしくなるだろ。それに一等室の方から避難の指示が来るはずだ」

 そう言ってから、俺はふと違和感に気づいた。
 妙だ。

「エレナ、船が止まっている」

「……そう言われれば、揺れがありませんわね」

 俺はすぐに扉を開いた。
 外の空気を吸った瞬間、状況を理解した。
 潮の匂いが薄く、風が完全に止まっていた。
 霧が濃く立ち込めて、視界が白く霞み、海と空の境界すら曖昧だった。
 船の軋み音も消え、静けさが不気味に広がっていた。
 甲板の木が、わずかに湿って冷たかった。

「何かわかりましたの?」

 エレナが不安げに問いかける。
 彼女の声が少し震えて、瞳が俺を捉えていた。

「凪だ。凪に入ったみたいだな。数日足止め食らうかもしれない。それに霧も出てる」

 エレナの眉が寄った。

「凪ってなんですの?」

「風が完全に止まる現象だ」

「風が止まるって……強弱はありますが、海の上で無風など聞いたことがありませんわ。精霊がお休みするのですか?」

 その言葉に、嫌な予感が胸をよぎった。
 俺はすぐに精神を集中させ、風の精霊の流れを探った。
 ……いる。だが弱い。明らかに力が減衰している。
 胸の奥で、ざわつきが強くなる。

 僧侶がこの船に乗っているから、飲み物とかは多分大丈夫だとは思うが、何かがおかしい。
 かといって、出しゃばるのもな。
 まずは船乗りたちを信じて様子を見てみるか。

 胸の奥で、ざわつきが少しだけ強くなる。
 船の揺れが止まってるのに、心が落ち着かない。
 凪の状態なら、俺はやることがないのでベッドで横になっていた。
 
 船長室あたりから怒鳴り声が聞こえてきた。
「これはどういうことだ」とか、なんかいろいろ説明しろみたいなことを言っているみたいだった。
 壁越しに、低く抑えた怒声が響いて、木の軋みが混じる。

 エレナは何をしているんだろ。
 彼女の金髪が、部屋の薄い灯りに照らされて、かすかに揺れる。
 エレナも一生懸命お祈りしているみたいだった。
 指を組んで、目を閉じて、小さく唇を動かしてる。
 アウリス様への祈りが、静かな部屋に優しく響いてる気がする。

 予定では一〇日ぐらいで着く予定だったがこれは困ったな。
 確か凪って数時間から最長って一か月ぐらいその状態じゃなかったっけ?
 それで昔遊んだ大航海のゲームはそれでゲームオーバーしちゃったしな。
 胸の奥で、嫌な予感が重く沈む。
 様子を見られるのは、数日ぐらいだな。
 それ以上は状況が悪化する感じがする。

 それから数日経っても何も起こらず。
 それよりも船内でパニックが起きたりしているけど、船の神父さんや船長が何とかなだめていた。
 廊下から、抑えた怒声や泣き声が漏れてくる。
 しかも凪に入ってから濃霧も発生して、さすがに事態が解決されるはずがなかった。
 窓の外は白く霞んで、海と空の境目すら見えない。
 霧の湿気が部屋に染み込んで、息が少し重くなる。

「少し行ってくるな」

「どちらにですか?」

 エレナの声が、少し不安げに響く。
 瞳が俺を捉えて、離さない。

「船長と話してみる。流石に困るしな」

「なぜこんなことが起きるのでしょうか?」

 本来は自然現象なはずだが、この世界の常識にはないみたいだったので説明のしようがない。
 もしかしたら船乗りなら知っているかもしれないが、それも聞いたらわかることだった。
 でも、胸のざわつきが、ただの自然現象で片づけられない気がして、嫌な予感が強くなっていた。

 俺が船長室に行くと先客が怒りながら自室に戻っていて、俺達を見ると、船長も勘弁してくれという顔で俺達を見ていた。

「お嬢さん方。何用ですかな?」

 船長の声が、低く疲れ切ってる。
 目尻に深い皺が刻まれ、髭が少し乱れてる。
 机の上に散らばった地図と羅針盤が、船長も困っているのがすごくわかった。

「一応の方針を聞きたいと思って」

「すみませんね。こんな状況は初めてで、ご存じのように風が吹かなければ船は動きません。一応。食料は小舟を出して魚を釣ってはいますが」

「なぜ風の精霊の力を借りて進まないんだ?」

 俺が初日歩いてた時に風の精霊の力を借りていた奴もいただろう?
 それに魔法の国に行くんだ。何人かは風の力を借りて船を動かすことも可能だろう?

「もしかして呪文とか詳しい方ですか?」

「一応な。こちらの女性もクラリス・アウレアっていう通り名を持っている僧侶だ」

「シビさん。その名前恥ずかしいので・・・」

 エレナの頬がぽっと赤くなる。
 瞳が少し伏せられて、唇が小さく震える。

「あの高名なクラリス・アウレアですか。それは心強い。少し船長室でお話をしませんか」

 俺たちは船長に勧められるように部屋の中に入った。
 話を聞いてみると、
 何人もの魔術師に頼んで風の精霊を使用して船を動かそうとしたそうなんだが、結果は大きな風を生み出すことができなかったらしい。

 船長の声が、疲れ切って低く響く。
 机の上の地図が、霧の湿気で少し波打っている。
 部屋の空気が、重く沈む。

 船長自身も凪というものを知らなかったので、この世界では海の上で無風になるという事がないみたいだ。
 そんな時だった。誰かが勢いよく扉を開けた。
 一人の船員が俺達を見て、驚きから顔が少しずつ赤くなっていくのがわかる。
 目が大きく見開かれ、口が半開きになって、耳まで赤みが広がる。
 息を呑む音が、部屋の静けさに響いた。

「船長こんな時に女を連れ込んで何してるんですか?」

 声が上ずって、慌ててるのが丸分かりだ。
 船長の顔が一瞬で引きつり、眉間に深い皺が刻まれる。

「馬鹿もん。そんなことしてるわけないだろう。こんな非常事態なのに。それでお前は何で無断に入ってきた」

 船長の声が低く抑えられ、怒りが抑えられないのか少しヒステリックな感じで船員を咎めていた。
 部屋の空気がピリッと張り詰め、燭台の炎が小さく揺れた。

「は、そうだった。おかしいんですよ」

 船員が慌てて頭を掻きながら、息を吐く。
 肩が上下して、汗が額に浮かぶ。

「おかしいだろうよ。風が完全に止まること自体おかしいだろうが」

 船長がため息混じりに言う。
 机の上の羅針盤を指で叩き、苛立ちを隠さない。

「俺達、周囲で食料調達してたんですが」

「釣れたのか?」

 船員の顔がさらに赤くなり、声を張り上げる。

「釣れたんですが、その魚もおかしいんですが……なぜかすぐ近くに島があるんですよ」

 船長の目が一瞬見開かれる。

「し……島だと。濃霧が出ているんだ、島と岩礁を見間違えたんじゃないのか?」

「そんなわけありませんよ。俺以外にも何人も見てるし。さすがに見間違いじゃないですぜ」

 船員の声に、確信が混じる。
 手が軽く震えて、拳を握りしめる。

「そんなわけあるわけがないだろ。海図で今はこの地域のはずだ。この辺りには岩礁や島などはない」

 船長が海図を叩き、紙がカサカサと音を立てる。
 部屋の空気がさらに重くなり、息苦しい。

「船長が移動を間違えたってことは?」

 失礼だと思ったのだが、船長が間違えたという線もある。
 機械ではなく人がやることだ。
 いくら熟練の船長でもミスはあるだろう。

「私の腕をなめてますか、この状況になる前までは神に誓って間違えていません。航海日誌も順調だったんだ」

 船長の声が低く震える。
 机を叩く手が、わずかに震え、海図の紙がカサカサと音を立てる。
 瞳に苛立ちと疲れが混ざり、髭の端がピクピク動く。
 部屋の空気が、さらに重くなる。

「ですが船長。ほんとうに島だったんでさぁ」

 船員の声に、切実さが滲む。
 俺とエレナは黙って見守るしかなかった。

「調査するしかないのだが……乗っている冒険者に依頼してみるか」

 船長がため息をついて、俺たちを見る。
 目が疲れ切って、肩が落ちてる。
 俺がエレナの方を少し見てみると、エレナも俺の方を見ていた。
 彼女の瞳が、不安げに揺れている。
 さすがにでしゃばるのもよくはないと思ったので、いったん自分たちの部屋に戻った。
 扉を閉めた瞬間、部屋の静けさが重くのしかかる。
 エレナの息が、少しだけ乱れているのがわかる。

 部屋に戻ってから、一度窓を開けると、確かに風の精霊力が弱いのもあるし。
 一回突風を起こす呪文を使用してみようと思ったんだけど、出来なかった。

 窓の外は白く霞んだ霧だけ。
 海風が全く入ってこない。
 いつもなら頬を撫でる潮の匂いが、今日は完全に消えている。
 指先で魔力を集めて呪文を紡いだのに、風はわずかに揺れるだけ。
 精霊たちが息を潜めてこの空域で動くのを拒否してるようにも感じる
 胸の奥で、嫌な冷たさが広がる。
 この時になって俺は後悔をした。

 船長室に居るときに俺達でよければ行くと言えばよかった。
 あの時、船長の疲れた顔を見ながら黙ってしまった自分が、急に馬鹿らしく思えてくる。
 でも今から売り込みに行ったら、ほかの冒険者の仕事を取ることになる。

「シビさんどうしてやるって言わなかったのですか?」

 エレナの声が、部屋の静けさに優しく響く。
 彼女の瞳が俺をまっすぐ見て、少し心配げに揺れている。
 金髪の先が、部屋の灯りに照らされて柔らかく光る。

「仕事外っていうのもあったんだけど、今は後悔してた」

 俺は苦笑いしながら、窓枠に寄りかかった。
 木の枠が冷たくて、手のひらに染みる。

「どうかいたしましたか?」

「突風呪文が本当に使えない。実際こんなことが起きたことがないと言っていたので、使える奴がいないと思った。こんな大きな船を動かせる精霊魔法に長けたやつが、いるとは思わなかったんだ。だが…船長が雇った冒険者たちに期待するしかないな」

 俺の言葉に、エレナの眉が少し寄る。
 彼女の指が、錫杖を握る力が強くなるのがわかる。
 部屋の空気が、重く沈む。
 霧の向こうに、何かが潜んでいるような気がして、胸のざわつきが止まらない。

 それから2日後の昼間だった。
 船長が俺たちの部屋に入ってきた。

「エレナ様。お助けしていただいてよろしいですか?」

 船長の声が低く嗄れている。
 いつもより肩が落ちて、髭の端が乱れ、目尻に疲れの影が濃い。
 額に汗がにじみ、制服の襟が少し開いて、息が荒いのがわかる。

「様は必要ありませんよ。ところで何かあったのですか?」

 エレナが穏やかに返す。
 金髪が部屋の灯りに照らされて柔らかく光り、白い衣の裾が静かに揺れる。
 でも、瞳の奥にわずかな不安が浮かんでいる。

「はい、三等室の奴らが全員くたばりや……じゃなくお亡くなりになりました」

 船長の言葉が、部屋の空気を一瞬で凍らせる。
 俺の胸が、ぎゅっと締めつけられる。

「ぜ……全員ですか?」

 エレナの声が震える。
 指が錫杖を握る力が強くなり、関節が白くなる。
 瞳が大きく見開かれ、唇がわずかに開く。

「島に上陸したやつら以外200名ほど全員です」

 船長の声が、重く沈む。
 部屋の空気が、息苦しくなる。
 俺の喉が乾き、息を吸うのが少し痛い。

「何か変わった物を食べたり飲んだりしましたか?」

 俺の声が、低く出る。
 胸のざわつきが、一気に強くなる。

「そういえば……この海でとった魚を食べさせましたが」

 俺はそれを聞いてその魚を見せてくれと頼んだ。
 船長が持ってきた魚を見た瞬間、俺はぎょっとした。
 確かに魚なんだが、すごく異形な顔をしていた。
 目が異常に大きく、鱗が黒く変色し、口が裂けたように歪んでいる。
 背筋が凍ったほどだった。
 指で触っても、何も起きない。
 ただの死んだ魚なのに、生き物のような不気味さが残ってる。
 調理された魚の身を一口入れてみた瞬間だった。
 すぐに自然の精霊に頼んで何とかした。
 毒が体を巡る感覚が、一瞬で広がって、喉が焼けるように熱くなる。
 胃がひっくり返りそうになる。
 エレナの心配そうな視線が、俺を刺す。

「これ猛毒の魚だ」

「シビさんは大丈夫ですの」

 エレナが心配そうに俺の方に来て見つめてくれた。
 金髪が揺れ、瞳が潤む。
 彼女の手が、俺の袖をそっと掴む。

「すまないエレナ、簡単な解毒はしたのだがお願いできるか?」

 もちろんですわ。
 エレナが錫杖をとんと地面に叩いて神に祈りをささげた瞬間。
 俺の中に入っている毒素がすべて消えた感じをした瞬間だった。
 胃液が出る感じがして、それを吐き出した。
 俺から出たそれは、俺が食べた魚の身だったものだった。
 それはバタバタと動き出しそして動きを止めた。

「船長」

「あ…はい」

 船長の顔が青ざめ、声が震える。

「今すぐ釣った魚全部破棄しろ」

「あぁ」

 俺たちがそんなことをしていたら、船員達が俺たちの部屋に入ってきた。
 扉が勢いよく開いた。

「船長たち大変だ」

「今度はどうした」

 船長が船員に怒鳴って聞いていた。
 多分あれを見て恐怖から逃れるために気力を振り絞った事だろう。
 船長の声が甲板に響き、船員の肩がビクッと震える。
 周囲の空気がピリピリと張り詰め、潮風が冷たく頰を差す。

「冒険者たちが帰ってきたんですが」

 船員の声が震え、息が荒い。
 顔が青白く、額に汗が浮かんで、目が泳いでいる。

「そ……それで」

 船長の声がさらに低くなる。
 拳が握りしめられ、少し震えている感じだった。

「三等室にいた冒険者は全滅で一人だけ戻ってきたんですが……」

「ど……どうした」

 船長の目が大きく見開かれる。
 周囲の船員たちが息を呑み、ざわめきが一瞬止まる。

「見てもらった方がいいですぜ」

 船員の声が切実で、指が震えてる。
 俺はエレナの方を向くと、エレナもうなずいてくれた。
 彼女の瞳が不安げに揺れ、金髪が風に軽く乱れる。

「船長、俺達もついていっていいか?」

「力を貸してもらえるんで?」

 船長の目が俺たちに注がれ、疲れと期待が混ざる。

「わからんが様子は把握しておきたい」

 俺は短く答えて、エレナの手を軽く握った。
 彼女の指が少し冷たくて、でもしっかり握り返してくれる。

 俺たちが医務室に着くと、大男が、医務室のベッドでビクビクと痙攣し、口から泡を吹き出してる。
 グレートアクスの刃が床の横に転がって、金属音が狭い部屋に鋭く響く。
 周りの医務員たちが遠巻きに囲んで、息を殺してる。
 誰も近づこうとしない。

「戻ってきた瞬間。こんな状況になっちまって」

 船員の声が震え、顔が青ざめてる。

「他の奴らは」

「こいつが言うには全滅だ……ここは悪魔の島だといった瞬間、口から泡を出して震えて倒れたんですよ」

 船長の顔がさらに青くなる。
 
「エレナ精神安定の呪文をこの戦士にかけてもらってもいいか?」

「もちろんです。ですが何をしてこんな状況に?」

 エレナは祈りをして神の奇跡をおこなった。
 錫杖が軽く地面を叩き、淡い光が大男を包む。
 震えが徐々に収まり、泡が止まり、目がゆっくり開く。
 男の息が荒く、額に汗が浮かぶ。

「お……俺は?」

「何があったんだ?」

 俺は単刀直入に話を聞いてみた。
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