102 / 107
4章 山頂へ
86話 絶壁の壁と不自然な洞窟
しおりを挟む
エレナが衣服の乱れなどを直している最中に、俺は魔法の目を不可視で発動させた。
小さな透明な目玉が空中にぽっと浮かび、ゆっくりと俺の意識と繋がる。
目玉は音もなく移動し、エレナの背後を滑るように離れていく。
彼女の指が法衣の裾を引っ張るかすかな布擦れの音が、俺の耳に微かに届く中、俺の意識は完全に目玉に移った。
この周辺には何事も無い。
溶けた雪の跡が黒く広がり、蒸気が薄く立ち上って空気に湿り気を帯びている。
岩肌がむき出しになり、甘い腐敗の匂いがまだ微かに鼻を突くが、敵の影も罠の気配も感じられない。
風が止まり、静寂が耳に痛いほどに重く感じた。
目玉をゆっくり旋回させても、映るのは荒れた岩場と溶けた雪の水溜まりだけだった。
地面の凹凸が妙に鮮明に浮かび上がり、岩の表面に残った水滴が光を反射してキラキラと揺れている。
何も異常はない。ただ、静かすぎると思う?
次は何を考えているのか?
そのまま魔法の目を進ませてみよう
そう思い山頂の方へ目玉を飛ばした瞬間だった。
映像がぷつりと途切れてしまった。
頭の奥に鋭い痛みが走り、ガラスが砕けるような乾いた音が脳裏に響く。
目玉が粉々に散る感触が、俺の意識に直接突き刺さる。
視界が一瞬白く閃き、激しい頭痛が襲ってきて、俺は思わず額を押さえた。
痛みはすぐに引いたが、代わりに冷たい悪寒が背筋を駆け上がる。
本来壊されてもこんな事がおきないのに、ずるをしたらダメだというように、警告をされたようだった。
やれやれだぜ!と思いながら振り向くと、いつも通りの清楚とした佇まいのエレナがいた。
白い法衣をきちんと整え、裾を丁寧に直していた。
いつもの聖女らしい穏やかさを取り戻しているように見えるのに、頬がほんのり赤く染まり、耳まで火照っているのがわかる。
瞳は少し伏せがちで、手を胸の前で軽く組んでいた。
指先が法衣の袖をぎゅっと握りしめ、膝が内側に寄って足がもじもじ動く。
俺の顔を見ると、先ほどの醜態のせいか顔をさらに赤らめさせ、下を向いて体全体でゆすっていた。
肩が小さく震え、指先が袖を強く握りしめ、膝がぶつかり合うかすかな音がする。
「大丈夫か?」
「あ……はい……大丈夫です」
声が上擦って小さく、喉が詰まったように掠れている。
「気に病むなって言うのは無理だと思うんだが、なるべくいつも通りでいてくれると嬉しい」
「あ……はい……」
エレナの声がさらに小さくなり、肩が落ちる。
服を淫らに着崩し、M字開脚で座って誘惑してたらそりゃ気まずくあんるのはわかる。
ましてや自分の意志ではなく快楽を増長され誘惑に負けたとなったらなぁ。
こういう時は、どのような行動が正解なのか全くわからん。
「あ……あのぉ……シビさん」
エレナの声が小さく震えて、俺の背中に届いた。
言葉が途切れ途切れになり、息が少し荒い。
「どうした」
俺と顔を合わせて会話なんて恥ずかしいだろうと思い、ゆっくり前を向いて返事をした。
視線を合わせないように、横目で彼女の様子を窺う。
エレナはまだ下を向いたまま、指先で法衣の袖を軽く握っている。
「変な事をお聞きいたしますが?シビさんは男性の方なんですの?」
突然の質問に、俺は一瞬固まった。
声が上擦って、喉が詰まったように掠れている。
「ん?どうしてだ。男言葉が様になってるからか?一緒の部屋でずっと過ごしてたから知ってるだろ。今回の船の部屋も一緒だし。何が聞きたいんだ?」
「いえ……ただ、先ほどの私の乱心時にシビさんが男性に見えてしまって……えっとそういう意味ではなくて……」
エレナの声がさらに小さくなり、言葉が途切れ途切れになる。
顔を真っ赤に染め、唇を噛んで視線を床に落とす。
「そういう意味って言われてもわからんが、この異常なものでやられた幻覚か何かじゃないのか?」
本当のことを言ってもいいのだが、今言ったらパニックになりそうだし、俺自身もどのように説明していいかわからん。
『実は俺死んじゃって、性転換してこの世界に来ちゃった。』
いくらこの世界に神がいたとしても、そんな世迷言を誰が信じる?
百歩譲って、いい意味で受け止めてくれたとしても。
「私を安心させるためにそんな嘘を」って思われるのがオチだ。
エレナの性格からしたら、優しい嘘として受け止めてくれるかもしれないけど……それで逆に彼女が自分を責めそうで怖い。
でも、じじいの神にお願いした項目は正解だったと今更ながら思う。
戦士、盗賊、魔法使いの全スキル解放。
今思えば僧侶とかも解放すればよかったかもしれないけど、信仰する気が起きなかったんだよなぁ。
神様に頼るより、自分で何とかしたいって気持ちが強かった。
宗教の教えは立派なものがあって好きだが、宗教事態が嫌いだから仕方がないな。
もう一つが精神防御。
いくら技能が使えたとしてもパニクってたら宝の持ち腐れだったからなぁ。
それでもこの山の精神系攻撃の影響があるから、やばい威力なんだろう。
エレナがよくここまで耐えているのも信仰の強さゆえなんだろうと思う。
アウリス神の加護が彼女を支えてる。
歩いていると何事も邪魔が無く山登りをしていたのだが、これまた怪しい洞窟を見つけてしまった。
洞窟の入り口は黒くぽっかりと口を開け、内部から冷たい湿った風が吹き出してくる。
岩肌に沿って苔がびっしり生え、足元に湿った土の匂いが濃く立ち込めている。
周りの壁は不自然に滑らかで、まるで誰かが意図的に削ったように見える。
山道は、壁ばかりが立ち塞がり、登るための足場すらほとんどない。
山がここから先は立ち入り禁止だと警告するように、道がぴたりと途切れている。
進むには洞窟をどうぞって言っている感じもする。
しかも謀ったかのように日が落ち始めていた。
空が急に暗くなり、青みがかった空が灰色に変わっていく。
山肌に影が伸び、風が冷たさを増して肌を刺す。
日没の光が岩に赤く反射し、洞窟の入り口が黒く深く見える。
このまま進むと、崖登りしながら寝ないといけない。
たしか、数千メートルを超える山登りをする人はそうやって睡眠を確保しながら登る人がいるって言うのを聞いたことがある。
夜の冷気で体温を奪われ、岩の隙間に体を押し込んで仮眠を取る。
そんな過酷な話が頭に浮かぶと、体が勝手に震える。
それに多分ズルはできないだろう。
ズルをしたら、先ほどの魔法の目と同じように、何かが起きる可能性がある。
山が正攻法で来いと強制してるみたいで、めちゃくちゃ嫌な予感がする。
魔法の目が粉々に砕かれた痛みが、まだ頭の奥に残っている。
とてもいやなのだが、とりあえずこの洞窟を軽く調べてからどうにかするのが一番か。
洞窟の入り口は黒く口を開け、内部から冷たい湿った風が吹き出してくる。
岩肌に沿って苔がびっしり生え、足元に湿った土の匂いが濃く立ち込めている。
周りの壁は不自然に滑らかで、まるで誰かが意図的に削ったように見える。
「エレナ」
「ひゃ……ひゃい」
まだ正常には動いてくれないらしい。
声が上擦って小さく、肩がびくりと震える。
よほど先ほどの事がまだ心に残っているんだろう。
こればかりは仕方ない。
俺がどれだけ言っても気まずくなるだけだし。
エレナ自身が心にケリをつけないといけないのだろう。
「今日はこの洞窟に入って休もう」
エレナの体がびくりと震えた。
彼女の瞳が一瞬大きく見開かれ、頬がさらに赤く染まる。
「一緒に寝るのですか?……それは……えっと」
声が小さく上擦り、言葉が途切れていた。
「なぜそうなる。冷静に考えてくれ」
俺は、ため息混じりに言った。
エレナの顔がますます赤くなり、耳まで火照って、肩が小さく縮こまる。
「はっ……すみません。そうですわね。もう日が傾いておりますしそういたしましょう」
エレナの声が掠れ、慌てて言葉を繋ぐ。
彼女は深呼吸して肩を落とし、ゆっくりと頷いた。
まだ頬の赤みが引かず、瞳が潤んで俺をチラチラ見上げてくる。
必要以上に時間をかけるわけにもいかないよな。
このままエレナがおかしいことになったとしたら。
船に戻ってもらうのも、ここで待機してもらうのもリスクが大きい。
俺としてもエレナがいるのといないのでは精神的ストレスが半端じゃない。
どうしたものだろう本当に。
俺たちは洞窟の中に入ると、奥がかなり進んでいた。
入り口から数メートルで道が続き、意外に広くて平らだ。
まるで絶壁は危険だから、こちらの方が安全ですよと言わんばかりの道が続いていた。
岩肌が滑らかで、苔が薄く生え、足元に湿った土の匂いが濃く立ち込めている。
天井が高く、冷たい風が奥からゆっくり吹き出してくる。
壁に沿って不自然な平坦さが続き、まるで誰かが通れるように整えたような印象。
奥へ進むほど暗くなり、光が届きにくくなる。
俺はエレナに野営の準備をしてもらってる間に、少しだけ先を調査をした。
もちろん何かあってからでは遅いので、魔法の目を置いてエレナの方にも注意をしておく。
俺は、少しだけ進むと行き止まりは無く、ずっと道が続いていた。
足元が緩やかに登り、岩肌が滑らかで苔が薄く生えている。
壁が不自然に均等に削られたように感じ、冷たい空気が奥からゆっくり流れてくる。
後ろを見るとエレナは見えなくて、上に登る坂になっているのでたぶん螺旋になっているのかもしれない。
視界が暗く、俺の足音だけが洞窟に響いて反響する。
すごく罠のような気もするのだが……。
仕方がない。あまり一人で進むと何かあった時何もできないので戻ることにした。
足音を殺して引き返すと、道が緩やかに下り始め、すぐにエレナの姿が見えた。
彼女は荷物を広げて野営の準備を始めていて、俺の足音に気づいて顔を上げた。
戻って来て、ありのまま彼女に説明をした。
「本当に不自然な事が起こりますわね」
一人にしたのがよかったのか、かなり戻っている感じがして安心した。
エレナの声にいつもの穏やかさが少し戻り、頬の赤みが引いてきている。
肩の力が抜け、指先の震えも収まっていた。
俺たちは野営の準備と、魔法の罠などできるだけ準備をしていった。
エレナが魔法の結界を張り、俺が周囲の岩に簡単な警戒魔法等を仕掛ける。
荷物を広げ、簡易の寝床を作り、火を起こさない代わりに暖を取るための魔法を軽くかける。
洞窟の空気が冷たく湿っているので、布を重ねて体を温める準備をする。
エレナを先に寝かせて俺は見張りをしていた。
けっこう洞窟の奥に入ったからなのか、外音も聞こえず何事も起きなかった。
静寂が重く、俺の息遣いだけが響く。
壁の苔が微かに光を反射し、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる。
エレナの寝息が小さく聞こえ、彼女の肩がゆっくり上下している。
交代の時間になり俺も寝かせてもらうことにした。
やはりかなりの疲労があったからなのか、目をつむった瞬間寝てしまった。
体が重く沈み、意識が一気に落ちていく。
洞窟の冷たい空気が肌を刺すが、それすらも遠く感じていた。
小さな透明な目玉が空中にぽっと浮かび、ゆっくりと俺の意識と繋がる。
目玉は音もなく移動し、エレナの背後を滑るように離れていく。
彼女の指が法衣の裾を引っ張るかすかな布擦れの音が、俺の耳に微かに届く中、俺の意識は完全に目玉に移った。
この周辺には何事も無い。
溶けた雪の跡が黒く広がり、蒸気が薄く立ち上って空気に湿り気を帯びている。
岩肌がむき出しになり、甘い腐敗の匂いがまだ微かに鼻を突くが、敵の影も罠の気配も感じられない。
風が止まり、静寂が耳に痛いほどに重く感じた。
目玉をゆっくり旋回させても、映るのは荒れた岩場と溶けた雪の水溜まりだけだった。
地面の凹凸が妙に鮮明に浮かび上がり、岩の表面に残った水滴が光を反射してキラキラと揺れている。
何も異常はない。ただ、静かすぎると思う?
次は何を考えているのか?
そのまま魔法の目を進ませてみよう
そう思い山頂の方へ目玉を飛ばした瞬間だった。
映像がぷつりと途切れてしまった。
頭の奥に鋭い痛みが走り、ガラスが砕けるような乾いた音が脳裏に響く。
目玉が粉々に散る感触が、俺の意識に直接突き刺さる。
視界が一瞬白く閃き、激しい頭痛が襲ってきて、俺は思わず額を押さえた。
痛みはすぐに引いたが、代わりに冷たい悪寒が背筋を駆け上がる。
本来壊されてもこんな事がおきないのに、ずるをしたらダメだというように、警告をされたようだった。
やれやれだぜ!と思いながら振り向くと、いつも通りの清楚とした佇まいのエレナがいた。
白い法衣をきちんと整え、裾を丁寧に直していた。
いつもの聖女らしい穏やかさを取り戻しているように見えるのに、頬がほんのり赤く染まり、耳まで火照っているのがわかる。
瞳は少し伏せがちで、手を胸の前で軽く組んでいた。
指先が法衣の袖をぎゅっと握りしめ、膝が内側に寄って足がもじもじ動く。
俺の顔を見ると、先ほどの醜態のせいか顔をさらに赤らめさせ、下を向いて体全体でゆすっていた。
肩が小さく震え、指先が袖を強く握りしめ、膝がぶつかり合うかすかな音がする。
「大丈夫か?」
「あ……はい……大丈夫です」
声が上擦って小さく、喉が詰まったように掠れている。
「気に病むなって言うのは無理だと思うんだが、なるべくいつも通りでいてくれると嬉しい」
「あ……はい……」
エレナの声がさらに小さくなり、肩が落ちる。
服を淫らに着崩し、M字開脚で座って誘惑してたらそりゃ気まずくあんるのはわかる。
ましてや自分の意志ではなく快楽を増長され誘惑に負けたとなったらなぁ。
こういう時は、どのような行動が正解なのか全くわからん。
「あ……あのぉ……シビさん」
エレナの声が小さく震えて、俺の背中に届いた。
言葉が途切れ途切れになり、息が少し荒い。
「どうした」
俺と顔を合わせて会話なんて恥ずかしいだろうと思い、ゆっくり前を向いて返事をした。
視線を合わせないように、横目で彼女の様子を窺う。
エレナはまだ下を向いたまま、指先で法衣の袖を軽く握っている。
「変な事をお聞きいたしますが?シビさんは男性の方なんですの?」
突然の質問に、俺は一瞬固まった。
声が上擦って、喉が詰まったように掠れている。
「ん?どうしてだ。男言葉が様になってるからか?一緒の部屋でずっと過ごしてたから知ってるだろ。今回の船の部屋も一緒だし。何が聞きたいんだ?」
「いえ……ただ、先ほどの私の乱心時にシビさんが男性に見えてしまって……えっとそういう意味ではなくて……」
エレナの声がさらに小さくなり、言葉が途切れ途切れになる。
顔を真っ赤に染め、唇を噛んで視線を床に落とす。
「そういう意味って言われてもわからんが、この異常なものでやられた幻覚か何かじゃないのか?」
本当のことを言ってもいいのだが、今言ったらパニックになりそうだし、俺自身もどのように説明していいかわからん。
『実は俺死んじゃって、性転換してこの世界に来ちゃった。』
いくらこの世界に神がいたとしても、そんな世迷言を誰が信じる?
百歩譲って、いい意味で受け止めてくれたとしても。
「私を安心させるためにそんな嘘を」って思われるのがオチだ。
エレナの性格からしたら、優しい嘘として受け止めてくれるかもしれないけど……それで逆に彼女が自分を責めそうで怖い。
でも、じじいの神にお願いした項目は正解だったと今更ながら思う。
戦士、盗賊、魔法使いの全スキル解放。
今思えば僧侶とかも解放すればよかったかもしれないけど、信仰する気が起きなかったんだよなぁ。
神様に頼るより、自分で何とかしたいって気持ちが強かった。
宗教の教えは立派なものがあって好きだが、宗教事態が嫌いだから仕方がないな。
もう一つが精神防御。
いくら技能が使えたとしてもパニクってたら宝の持ち腐れだったからなぁ。
それでもこの山の精神系攻撃の影響があるから、やばい威力なんだろう。
エレナがよくここまで耐えているのも信仰の強さゆえなんだろうと思う。
アウリス神の加護が彼女を支えてる。
歩いていると何事も邪魔が無く山登りをしていたのだが、これまた怪しい洞窟を見つけてしまった。
洞窟の入り口は黒くぽっかりと口を開け、内部から冷たい湿った風が吹き出してくる。
岩肌に沿って苔がびっしり生え、足元に湿った土の匂いが濃く立ち込めている。
周りの壁は不自然に滑らかで、まるで誰かが意図的に削ったように見える。
山道は、壁ばかりが立ち塞がり、登るための足場すらほとんどない。
山がここから先は立ち入り禁止だと警告するように、道がぴたりと途切れている。
進むには洞窟をどうぞって言っている感じもする。
しかも謀ったかのように日が落ち始めていた。
空が急に暗くなり、青みがかった空が灰色に変わっていく。
山肌に影が伸び、風が冷たさを増して肌を刺す。
日没の光が岩に赤く反射し、洞窟の入り口が黒く深く見える。
このまま進むと、崖登りしながら寝ないといけない。
たしか、数千メートルを超える山登りをする人はそうやって睡眠を確保しながら登る人がいるって言うのを聞いたことがある。
夜の冷気で体温を奪われ、岩の隙間に体を押し込んで仮眠を取る。
そんな過酷な話が頭に浮かぶと、体が勝手に震える。
それに多分ズルはできないだろう。
ズルをしたら、先ほどの魔法の目と同じように、何かが起きる可能性がある。
山が正攻法で来いと強制してるみたいで、めちゃくちゃ嫌な予感がする。
魔法の目が粉々に砕かれた痛みが、まだ頭の奥に残っている。
とてもいやなのだが、とりあえずこの洞窟を軽く調べてからどうにかするのが一番か。
洞窟の入り口は黒く口を開け、内部から冷たい湿った風が吹き出してくる。
岩肌に沿って苔がびっしり生え、足元に湿った土の匂いが濃く立ち込めている。
周りの壁は不自然に滑らかで、まるで誰かが意図的に削ったように見える。
「エレナ」
「ひゃ……ひゃい」
まだ正常には動いてくれないらしい。
声が上擦って小さく、肩がびくりと震える。
よほど先ほどの事がまだ心に残っているんだろう。
こればかりは仕方ない。
俺がどれだけ言っても気まずくなるだけだし。
エレナ自身が心にケリをつけないといけないのだろう。
「今日はこの洞窟に入って休もう」
エレナの体がびくりと震えた。
彼女の瞳が一瞬大きく見開かれ、頬がさらに赤く染まる。
「一緒に寝るのですか?……それは……えっと」
声が小さく上擦り、言葉が途切れていた。
「なぜそうなる。冷静に考えてくれ」
俺は、ため息混じりに言った。
エレナの顔がますます赤くなり、耳まで火照って、肩が小さく縮こまる。
「はっ……すみません。そうですわね。もう日が傾いておりますしそういたしましょう」
エレナの声が掠れ、慌てて言葉を繋ぐ。
彼女は深呼吸して肩を落とし、ゆっくりと頷いた。
まだ頬の赤みが引かず、瞳が潤んで俺をチラチラ見上げてくる。
必要以上に時間をかけるわけにもいかないよな。
このままエレナがおかしいことになったとしたら。
船に戻ってもらうのも、ここで待機してもらうのもリスクが大きい。
俺としてもエレナがいるのといないのでは精神的ストレスが半端じゃない。
どうしたものだろう本当に。
俺たちは洞窟の中に入ると、奥がかなり進んでいた。
入り口から数メートルで道が続き、意外に広くて平らだ。
まるで絶壁は危険だから、こちらの方が安全ですよと言わんばかりの道が続いていた。
岩肌が滑らかで、苔が薄く生え、足元に湿った土の匂いが濃く立ち込めている。
天井が高く、冷たい風が奥からゆっくり吹き出してくる。
壁に沿って不自然な平坦さが続き、まるで誰かが通れるように整えたような印象。
奥へ進むほど暗くなり、光が届きにくくなる。
俺はエレナに野営の準備をしてもらってる間に、少しだけ先を調査をした。
もちろん何かあってからでは遅いので、魔法の目を置いてエレナの方にも注意をしておく。
俺は、少しだけ進むと行き止まりは無く、ずっと道が続いていた。
足元が緩やかに登り、岩肌が滑らかで苔が薄く生えている。
壁が不自然に均等に削られたように感じ、冷たい空気が奥からゆっくり流れてくる。
後ろを見るとエレナは見えなくて、上に登る坂になっているのでたぶん螺旋になっているのかもしれない。
視界が暗く、俺の足音だけが洞窟に響いて反響する。
すごく罠のような気もするのだが……。
仕方がない。あまり一人で進むと何かあった時何もできないので戻ることにした。
足音を殺して引き返すと、道が緩やかに下り始め、すぐにエレナの姿が見えた。
彼女は荷物を広げて野営の準備を始めていて、俺の足音に気づいて顔を上げた。
戻って来て、ありのまま彼女に説明をした。
「本当に不自然な事が起こりますわね」
一人にしたのがよかったのか、かなり戻っている感じがして安心した。
エレナの声にいつもの穏やかさが少し戻り、頬の赤みが引いてきている。
肩の力が抜け、指先の震えも収まっていた。
俺たちは野営の準備と、魔法の罠などできるだけ準備をしていった。
エレナが魔法の結界を張り、俺が周囲の岩に簡単な警戒魔法等を仕掛ける。
荷物を広げ、簡易の寝床を作り、火を起こさない代わりに暖を取るための魔法を軽くかける。
洞窟の空気が冷たく湿っているので、布を重ねて体を温める準備をする。
エレナを先に寝かせて俺は見張りをしていた。
けっこう洞窟の奥に入ったからなのか、外音も聞こえず何事も起きなかった。
静寂が重く、俺の息遣いだけが響く。
壁の苔が微かに光を反射し、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる。
エレナの寝息が小さく聞こえ、彼女の肩がゆっくり上下している。
交代の時間になり俺も寝かせてもらうことにした。
やはりかなりの疲労があったからなのか、目をつむった瞬間寝てしまった。
体が重く沈み、意識が一気に落ちていく。
洞窟の冷たい空気が肌を刺すが、それすらも遠く感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
追放された地味探索者、実は隠された伝説級スキルの持ち主でした~気付いたら無自覚に最強ハーレムを築いていた件~
fuwamofu
ファンタジー
地味で目立たない探索者アレンは、仲間に「足手まとい」と罵られパーティを追放された。だが実は彼のスキル【探索眼】は、古代英雄の力を見抜く唯一の能力だった!
鉱山の奥で偶然出会った少女を救ったことから、運命が動き出す。
魔王軍、古代遺跡、神々の争い——すべての鍵を握るのは「ただの探索者」だった男。彼は気付かぬうちに、世界を救い、そして多くの少女たちの心をつかんでいく。
地味だけど最強、無自覚だけどモテまくり。これは世界を変えた謙虚な英雄の物語である。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
無自覚に世界最強だった俺、追放後にチートがバレて全員ざまぁされる件
fuwamofu
ファンタジー
冒険者団から「役立たず」と追放された青年リオ。
実は彼のスキル《創造》は、世界の理を作り替える最強の能力だった。
追放後、孤独な旅に出るリオは、自身の無自覚な力で人々を救い、国を救い、やがて世界の中心に立つ。
そんな彼の元には、かつて彼を見下していた美少女たちが次々と跪いていく──。
これは、無自覚に世界を変えてしまう青年の、ざまぁと覇道の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる