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本編

-12- 貞操具

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なんだこれ、んとにあのクソ教会のせいか、マジで趣味が悪い!
あんな宗教もこの国もくたばれ、この野郎……っ。

というか、それよりだ。
これは、マジでどうにかしないとやばい。
無性にトイレに行きたくなってきた。
紅茶飲んだしな、紅茶には利尿作用がある。
運転時コーヒーは飲んでも紅茶は飲まない、くらいにはよーく効いてたもんな。

あー行きたいと思うと、行きたくなるのがトイレだ。
尿意が押し寄せてくる。
ひとまずトイレだ、目下の問題は、とにかくトイレだ、とりあえずトイレに行かせてくれっ!


「ああ、起きました?」

やわらかにも低い声で後ろから呼びかけられた。
ふっと、ウッディな甘い香りが鼻を擽る。
アンバー調で、すげーいい香りだ。
なんだ、こいつ、めちゃくちゃ良い匂いがする。

振り向くと、白衣姿でメガネのさえないのっぽがいた。
晴れた冬空のような薄い水色の髪。
癖のないその長い髪を後ろに一つに結び、大きなパキラのような鉢植えを腕に抱えている。

や…よく見ると、さえなく見せてるだけ、か?
眼鏡の奥にある双眼は、奥二重でありながら心持目じりが下がっていて、涼しげながら優し気だ。
その瞳は綺麗な薄茶…まるで琥珀のような色をしている。

まずい、匂いと声とその目で、今にも惚れそうだ。

鉢植えを置いて、目の前まで男がやってきた。
あー、やっぱすげーいい香りがする。

「……!?なんですか、これは」

俺の顔を見て、目の前の男が驚きに息を飲んだ。
が、俺のちんこに目をやると、不快感をあらわに問うてくる。
咎めるようなその声に、教師に叱られるような、なんだか俺が悪いことしているみたいな、そんな気分になる。
だが、これがなんなのかは、俺の方が聞きたい。
なんでそんなふうに言われなくちゃならないんだ。

「知らねえよ、この趣味の悪い貞操帯がなんなのかなんて。
教会で変な実食わされて、気が付いたらこんな格好でここにいたんだ。俺のほうが聞きたいくらいだ」

あ、やべえ、つい、素で愚痴っちまった。
こっちにきてから素だったから、つい油断しちまった。

やらかした、と思ったのは、目の前の男が、驚きすぎてぽかんと口まで開けたからだ。
ここから猫をかぶったって、もう遅い。

「そう、でしたか…それは、すみません」
「好きで付けてるわけでもないし、納得してもない。ひっぱっても取れねえんだけど」

「触ってもいいですか?」
「あ、ああ…できるんなら取ってほしい」
「ええ」

ぽわっと男の手が一瞬だけ光る。
一瞬ビクついたのは、仕方ないと思ってほしい。
もう、なんだかわからない光には、一種の恐怖がある。

「浄化しただけですよ」
優しく微笑まれて、なんとも居心地が悪くなった。
小さい子供あいてに医者が接するかのような、そんな対応をされていたたまれない。
見た目は同い年くらいなのに、さっきからなんだかえらく子ども扱いだ。

屈んで近づくから、より匂いが濃くなる。
マジでいい匂いだ、何の香水をつけてるんだろうか。

「…私では、すぐには外せません」

じっと、貞操帯を目にして、その空中を流れるように左右に目を走らせてから、ぽつりと呟かれる。
マジか。

「教会に行けばすぐにとれると」
「嫌だ、あんな胸糞悪いところには二度と行きたくねえ」
「仕方ないですね。…少し時間をください」

薄く笑って、それから考えるように呟いてくる。

同じ言葉なのに、さっきの胸糞悪いサミュエルとかいう神官とえらい違いだ。
相容れないものじゃない、なんつーか、一種のシンパシーを感じた。
こいつ、穏やかな顔してるけど、教会のことが結構嫌いなんじゃないか?

「でも、トイレに行きてえんだけど」
「私が一時的に外すことはできますよ?…私が触れている間ならば、ですが」
「は?」
触れている間?

「トイレ、でしたね。行きましょうか」

………マジか。
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