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本編

-150- 帰宅 オリバー視点

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「あ、マクシム待った!」

馬車を降りてすぐ、アサヒは思い出したようにマクシムを呼び止めました。

「これ、お嬢さんと奥さんの分。忘れてた」
「───ありがとうございます。私だけじゃなく、妻と娘の分まで。
ああ、ここのキャンディも食べてみたいと言っていましたので喜びます。
頂いたカップケーキもとても美味しかったです」
「なら良かった。マクシムは甘いのが苦手なのか?」
「昨日の抹茶ティラミスは美味しくいただけましたが、あまり甘さの強いものは少量でこのあたりがいっぱいになります」
「ははっ、そっか」

苦笑いを浮かべながら胸元を擦るマクシムに、アサヒは笑顔で納得したように頷きました。
今後またワグナー家の馬車を利用する際には、またなにか渡すのでしょう。

「また来週シリルのところに行くからその時は別の店が良いんだけれどさ、いいお店があったら聞いておいて欲しいんだ。カップケーキ、すごく喜んでもらえたから」
「畏まりました。妻の得意分野ですのでお任せください」
「助かるよ。来週もよろしく」
「はい。それでは、失礼します」

脱帽し、綺麗にお辞儀をして馬車に乗り込むマクシムをアサヒはそのまま見送りました。
そのまま家に向かっていいのですが、理由がなければ、こうやってアサヒは少しの間馬車を見送るんですよね。
それを告げたら、アサヒの元の世界では、公共のものは兎も角、知り合いなら少しの間見送る、と言っていました。

女性では、御者が扉のドアが閉まるまで見守るという、逆のパターンもあるようです。
こちらの世界でも、ご夫人や子供が相手ですと同じように扉の内側に入られるまで見送ることがマナーですし、運送ギルドもギルド員によってはそうしてくれる者もいると聞きます。



「お帰りなさいませ」

アサヒへ『そろそろ入りましょう』と声をかけようと思ったところで、背後からタイラーの声がかかりました。
タイラーには、出発は見送ってくれても出迎えはホールでいいよと言っているのですが、今日はアサヒとマクシムが少しばかり談笑していたので気になったのかもしれませんね。

「ただいま」
「なにかありましたか?」
「いや、アサヒがマクシムに次の手土産の相談をしていたから少し時間がかかっただけだよ」
「そうでしたか」

私がそう答えると、あからさまにほっとした顔を向けて荷物を受け取ってきました。
一体どんな心配をしたのでしょうか。

「あ、その中のコンブ、この薄い板みたいなものは食用じゃなくて調合に使うものだから」
「畏まりました」

私の手から海産物の入った大きな袋を受け取ると珍しそうにコンブに目を向けています。
まあ、そうでしょう。
この独特の磯の香りがする歪んだ薄っぺらい板状のものを調合しようとしているのですから。

「アサヒが見つけてくれた素材なんだ。海藻を乾燥させたものだよ。効果はかなり期待できそうだ」
「といいますと、南東のお店でしょうか?」
「うん。他にもアサヒがミソと、お酒と、煮干しも買っていたんだ。お酒は、年明けに飲むものだからそれまであけないで」
「承知いたしました」

「ただいま、タイラー」
「おかえりなさい、アサヒ。いかがでしたか?」
「うん、シリルの親父さん思った以上に回復してて良かったよ。また来週往診に行くんだけどさ、この分なら大丈夫そうだって先生も言ってたし、今月中に引っ越せそうだ」
「……それはなによりです」
「え?何、どうかしたか?」
「いいえ、デートはいかがでしたか、と尋ねたつもりだったのですが」
「え、そっち?」

タイラーが笑いながら告げると、アサヒは、笑いながらもびっくりした声をあげました。
アサヒにとっては、デートの方は本当についでだったようです。

それでも、街並みの様子や、南東の店について楽しそうに語りました。
その笑顔を見ていると、本当に誘ってよかったと心から思えました。
また、別の場所にも連れて行ってあげたいですね。
あのようなお店が立ち並ぶ場所は、他にもありますから。

人の視線が煩わしいのは今でも変わりません。
ですが、アサヒが喜んでくれるなら、それを理由に行かないと選択するなんてありえないことでしょう。
そちらの方が後悔するに決まっています。

即行動がモットーなアサヒと、考えてからでないと行動出来ない私です。
今後も、意見の食い違うことは出てくるでしょう。
それでも、アサヒは私に寄り添ってくれる。

今までなら面倒ですぐに折れていましたが、アサヒが相手なら、自分の意見もきちんと言葉にすると決めています。
アサヒの気持ちが全部詰まったような手紙を貰ったのです。
私もその気持ちに応えたい。
たとえ、『え?手紙の返事?特に書かなくてもいいけど?』なんて言われたとしてもです。



「それでさ、付与魔法の練習にタイラーとソフィアとおはぎにもお守り用の石を買ったんだ。まあ、最初だから上手くいくかわかんねーけどさ、期待せずに待ってて」
「おはぎさんと作るならきっと上手くいきますよ」
「だと良いんだけどさー」

アサヒが楽しそうに語るのを、タイラーも嬉しそうに頷きながら聞いています。
何と言いますか、私よりアサヒの方が、孫みたいに思われている気がしますね。
とても仲が良さそうで、少し焼いてしまいます。


楽しそうにふたりが歩くのを眺めていると、ふとアサヒが振り返りました。

「オリバー、昼飯、グラタンだって!お前の好きなやつ」
「それは、楽しみですね」

ソフィアの作るグラタンは、私好みの味をしています。
鶏肉と……この時期なら、きのこが数種類と、玉ねぎと、人参、それからほうれん草もちょっぴり入るかもしれませんね。

「なんか栗も入ってるみたいだ」
「栗ですか?グラタンに?」
「ああ。けど、元の世界でも鳥と栗が入ったグラタンを出す店があってさ、結構うまかったぞ?」
「そうなんですか。意外です」

栗は、お菓子に使うものだとばかり思っていましたが……。

「合う合う。ぜってー美味いやつだ。あーなんか急に腹減ってきたなー」

『デカいカップケーキ食ったのに』なんて笑いながらも、そのまま私の隣に並んでくれたアサヒがとても愛おしい。
些細な行動かもしれませんが、その一つ一つにまたアサヒへの愛が増えていくのを感じます。


タイラーが私の緩んだ顔を見てため息を吐いていますが、見なかったことにしましょう。
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