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本編

-149- デート オリバー視点

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一生懸命選んだ石がアサヒの髪を日々飾るものとなれば気分が良いものです。
そう、例え、タイラーとソフィアとおはぎにまでアサヒが石を選んだとしても。

アサヒも私のために、黒い石を選んでくれました。
アサヒが選んでくれたのは、いずれも黒でも艶と輝きのあるスピネルという石です。
スピネルは宝石の中でも非常に魔力を吸収する力が強いため、邪気除けや毒消し等の付与がされ騎士のお守りにも使われる石だと聞いたことがあります。
また、この石自体に、目標達成や成功へと導くと言われています。
良い石を選んでくれました。
魔法付与がされていないスピネルは、石自体の価値はお手頃になりますが、魔法の付与がされれば別です。
クズ石なのでアサヒの魔力はそれほどこめられはしないかもしれませんが、付与されればクズ石とてたちまち価値あるものへと変わります。

アサヒは、そんなこと知らないでしょうね。
おはぎが講師だと言うんですから。

石以外にも、葉をモチーフにした金属飾りをアサヒが選んでくれました。
こちらは、色も素材も同じゴールドのものです。
勿論全体が金で出来たわけではなく、塗りなのですが、透かしの入ったやや大きめの飾りで繊細な作りをしています。
いくつもある中からその飾りを手に取り、私の髪に近づけては笑顔で頷くアサヒがとても可愛らしかった。
自分もつけるというのに、私に似合うものを選んで合わせてくれるのがアサヒですね。

一時はアサヒがおはぎのために選んだ石が、お揃いのような琥珀色をした石を選んだので気分も少し落ちていました。
ですが、お店を出る時にはとてもいい気分で出ることが出来ました。

この店以外にも、この通りは色々なものが売っています。

店の前にイラストで描かれた立て看板があったり、出窓に商品が飾られていたりする店が多く、入らずともそれらを眺めながら歩くのはとても楽しい。

アサヒは、職人の手が込んだものが気になるようですね。
木彫りやステンドグラス、削り模様で描かれたグラスリッツェンのワイングラスなどを目にしては色々と尋ねてきました。
いずれも地方で伝統されている品々でしたので、私も自分の知っている知識をアサヒに教えることが出来ましたよ。
アサヒはとても興味深そうに聞いてくれました。



「あ、オリバー、ここ見たい」

そう言ってアサヒが足をとめたのは、香りも店構えも独特ですが、南東地方の食べ物を扱うお店です。
カシェットの料理でも使われている食材が並んでいるようですし、アサヒの故郷の味と近いものがあるのでしょう。
この道にこのようなお店があることを知りませんでした。

「南東地方の食べ物を扱うお店ですね。行きましょう」

お米はなさそうですね。
ですが、珍しいものがたくさん並んでいますし、アサヒが嬉しそうに笑みを浮かべました。

「めっちゃ和食じゃん。味噌もあるし、梅干しまであるなんて」
「欲しいものは買っていきましょう」

ミソやウメボシというのがどういうものかを私は知りませんが、ソフィアなら知らない食材であってもそれなりに作ってくれるはずです。
探求心が強いですし、目新しいものを日々真似て美味しいく作ってくれるので、アサヒが望めば喜んで作ってくれることでしょう。

正直、故郷の味を思い出しても笑顔でいてくれることが、奇跡みたいなものです。
アサヒが、元の世界の、と普通に口にしていることで、もう胸を痛めていないのは分かります。

ですが、無理矢理連れてこられたのです。
アサヒが結果的に良かったと思ってくれていても、私だけはその事実を忘れてはいけない、そう思っています。


「あ!お姉さん、昆布はおいてある?」
「……っああ!あるよ、ちょいとお待ち」

アサヒが思い出したように、店の女性に声をかけました。
お姉さんと口にしていましたが、どっからどうみても、おばちゃんです。
私とアサヒをぽけーっと眺めていたそのおばちゃんは、アサヒに声をかけられて魔法が解けたように声をあげて店の奥へ入って行きました。


おばちゃんが奥から持ってきたのは、黒くて大きく、独特の香りのある薄い板のようなものでした。
表面に歪みがあってあまり魅力的に感じませんが、これがアサヒの欲しいコンブですか。


「立派だ」
「人気がない上に大きくて場所を取るからね、奥に追いやっていたよ」
「そっか。でも良さそうだから買うよ」


アサヒとおばちゃんがやり取りしている間に、私はそのコンブとやらに鑑定の魔法をかけました。
なるほど、これは興味深いですね!
今まで、海の植物には手を出したことはないのですが、薬草でなくとも調合することでそれに近い良い効果が出るようです。
胃薬にもなりそうですが、アサヒが欲しがったのは髪への効果のほうかと思います。

アサヒは、毛生え薬の調合でこれを使ってみたいと思ったのでしょう。
香りは独特ですが、効能はかなり期待できそうです。


「他にも見ていくかい?」
「珍しいものがたくさんあるからそうさせてもらうよ。因みにお姉さんのおすすめは?」
「やだよ、さっきからお姉さんなんて照れるね。おすすめは、そうさねえ、味噌と酒だね。
南東じゃ米から酒を造るんだよ、珍しいだろう?」

米からですか。
それは、南東ならではのお酒でしょうね。
アサヒが珍しそうにしていない様子なので、元の世界にもあったものなのでしょう。

「べたつきがなくて、のど越しがすっきりしてるやつがいいかな」
「それならこれだね。見た目は水みたいだし、さっぱりしていて飲みやすいよ。
最初に試すならおすすめだ。試してみるかい?」
「良いの?」
「味見じゃ舐める程度だよ。飲みやすいが、ワインより酔いやすいから飲み過ぎには注意しておくれ」
「美味いね、これをもらうよ」

親指と人差し指に収まるほどの小さなボウルに入った酒を飲み干し、アサヒは嬉しそうに告げました。
どうやら、アサヒの口にあったようですね。

「あと、あそこにある煮干しと、塩分が控えめな味噌があれば少しちょうだい」
「はいよ」

見た目は地味なものが多い店ですが、アサヒの気に入ったものが売っているならまた一緒に来ようと思いました。

「なんか、俺だけ買ったけどいいのか?」

アサヒが申し訳なさそうに聞いてきますが、言うほど買ってません。

「ええ、大丈夫ですよ。それより他は良かったんですか?ウメボシとやらも」
「あー……うん、良い良い」
「そうですか」

欲しそうなら、と思いましたが、アサヒの表情からすると、それほど好きでも無いものなのかも知れませんね。

「酒はそこまで好んじゃいないんだけどさ」

ぽつりとアサヒが呟きます。

確かに、カシェットでも、アサヒは最初の乾杯以降、グラス1杯追加しただけだったと思います。
後は私やコナーの飲み物が減る頃に、次何にするか?と聞いてくれて、切らさないようにしてくれましたが、自分で進んで飲んではいなかった。
自分を後回しにしたわけではなかったようです。

「元の世界じゃ、年明けに飲むのが定番だった酒なんだ。
だからほしくて……一緒に飲みたい」

アサヒにとって、元の世界では特別なお酒だったのでしょう。
それを、私と飲みたいと言ってくれるのです。
嬉しいだけではない、愛しい感情も押し寄せてきました。

「っええ、是非」

私の気持ちが伝わったのか、アサヒは、一瞬とても嬉しそうな、可愛らしい笑顔を向けてくれました。
……夜まで私の理性が持つか、心配になります。


「オリバー、ここ見たい」

そう言って次にアサヒが立ち止まったお店は、絵付の小物を取り扱っているお店でした。

「ああ、この店は……」

見覚えがある絵付に、思わず声が出てしまいました。
色合いも風合いも同じですから、同じ絵付師でしょう。

「知ってんの?」
「絵付けがエリソン侯爵領出身なんですよ。彼の実家が手掛ける缶がおそらくこれらですよ、ハンドクリームの缶に採用された工房です」
「へー、物は知らなかったけど、こういう缶なのか。すげー可愛い」
「品質も良さそうですね」

絵付けだけでなく、缶そのものの品質も良さそうです。

「毛生え薬用に買っていこうかと思ってさ。普通の薬瓶じゃなんか味気ないし」
「ああ……なるほど。でしたら、このくらいあってもいいかもしれませんね」

私の掌に丁度収まるほどの缶を手にとってアサヒにも見せました。
毎日使うものですし、そうお会い出来ないことを考えると、少し深さのあるものが良いかと思います。

絵柄は、流石に花が多いのは、エリソン侯爵領出身ならではでしょうか。
他にも、星空や、青い鳥のルリア、それから猫が描かれているものもあります。

「……鳥や猫は珍しいですね」
「そうなのか?」
「ええ、動物自体あまりよいものではありません。獣人差別がありますから、その影響からでしょう」
「マジか……可愛いのになあ」

そう言って、アサヒは猫の缶を手に取りしげしげと眺めました。
猫のことをにゃんこ、というくらいですから、元々猫自体好きなのでしょうね。
おはぎの口付けも受け入れて、すぐに名前をつけてしまいましたし。
それに、おはぎ、というのは、アサヒが元の世界で好きだったおやつだそうです。
色合いが似てるからと命名したようですが、好きなものを名前にするくらいですからね。

馬は足ですが、猫は完全なるペットです。
飼っている人は、変わり者扱いされます。
帝都には、もう、野良猫も野良犬もいません。

もしいるとしたら、亜人同様、貧民街でひっそりと生きていることでしょう。
あまり、気分のいい話ではありませんね。

「ああ、でもこの青い小鳥はルリアといって、エリソン侯爵領で保護種とされている鳥ですから気に入る人もいるかもしれません」

綺麗な鳥だから、一時乱獲があり、絶滅の危機でもありました。

「綺麗な鳥だな」
「この鳥、時折人間の言葉を話すんですよ」
「え?マジで?おはぎみたいに?」
「いえ、会話は成り立たないんですけれどね、聞いたことを覚える習性があるんですよ」
「あーそっか、ははっ、だよな。
え、じゃあ街中でちゅんちゅく言う鳥が、人間の言葉を話すのか?」
「街中ではほとんど見かけませんね。エリソン侯爵領の森に住んでいますよ」
「へー」
「最近で珍しい鳥ではなくなりましたから、行けば会えるかもしれませんね」

今年中には無理そうですが、暖かくなって花がいちばん綺麗に咲き誇る頃、アサヒをエリソン侯爵領に連れて行ってあげたい、そう思います。
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