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<第三章 第3話>

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  <第三章 第3話>
 ブルーノが激昂げきこうした。
 「オレの話を、途中でさえぎるんじゃねえ! このビッチが! ぶっ殺すぞ!」
 ルビー・クールは、冷ややかな表情で言い放った。
 「あなたのおしゃべりの時間は、もうおしまいよ。さっさと、かかってきなさい」
 怒り狂ったブルーノが、右手に持ったナタを振るった。ななめ上から下へと。
 一歩後退し、かわした。ルビー・クールが。無表情のままで。
 見切った。そう思った。
 ブルーノの動きは、遅かった。それに、完全に素人だ。
 腕力は、それなりにあるのだろう。だが、この男に殺せる人間は、戦うことも逃げることもできない人間だけだ。おそらく、そうした人間ばかりを狙って、殺してきたのだろう。
 ブルーノが、次々にナタを振るった。でたらめな太刀筋で。
 ルビー・クールは次々に、かわした。右ななめ後方に後退しながら、円を描くように移動して。
 「くそ! なぜ、あたらない! このビッチめ!」
 そう怒鳴った直後、今度はナタを、内側から外側に水平に振った。ルビー・クールの首の位置で。
 一瞬、歓声が上がった。包囲している男たちから。
 ナタが側頭部に、めり込んだように見えたのだ。
 だが実際には、舞い上がった長い赤毛の先に、触れただけだった。
 ルビー・クールは、頭部を下げてしゃがみ込み、かわしていた。
 次の瞬間だった。
 ルビー・クールが飛び込んだ。がら空きとなったブルーノの胸元に。
 二本の短剣が、一閃いっせんした。ブルーノの喉元のどもとで交差して。
 鮮血が、ほとばしった。噴水のように。左右のけい動脈から、二本の血しぶきが。
 内側から外側へと、左右の短剣で、切り裂いたのだ。
 ブルーノの身体は、そのまま後方に倒れた。切り倒された倒木のように。
 凍りついた。包囲している男たちが。
 数秒たってから、どよめいた。そのどよめきは、動揺と不安と恐怖によるものだ。
 「今の、見えたか?」
 「見えなかった」
 「速すぎるぜ」
 「皆殺しのブルーノが、やられるなんて」
 「狂犬ジャンゴに続いて……」
 男たちは、ささやきあった。自らの不安と恐怖を吐き出すように。
 ルビー・クールは、背筋を伸ばし、周囲を見回した。
 「他に、死刑になりたい凶悪犯は、いないかしら?」
 気を取り直した中隊副隊長が、吐き捨てた。
 「役立たずが! 新入りのくせに、でかい口を散々たたきやがって」
 「あなたが、中隊副隊長かしら?」
 「そうだ。それがどうした?」
 「序列第三位の中隊参謀は、どこかしら?」
 「オレだ! 文句あっか!」
 中隊副隊長の隣にいた男だった。まだ若い。
 その二人の前方には一列、後方には三列ほど、部下たちが並んでいる。隊列というほど整然としていないが。
 中隊副隊長が怒鳴った。
 「包囲を縮めて、全員で、なぶり殺しだ!」
 それは、まずい。
 そうなる前に、包囲網を突破しなければ。
 再び、中隊副隊長が怒鳴った。包囲網を縮小するため、前進するようにと。
 だが部下たちは、半歩ずつしか踏み出さない。
 ルビー・クールに、恐怖を感じてしまったのだ。
 いったん、しゃがみ込んだ。左手の短剣の血を、死んだブルーノのコートでぬぐった。
 立ち上がり、左手の短剣を、右のわきの下に、はさんだ。
 「あなたたちに、いいものを見せてあげるわ」
 そう言いながら、左のポケットに左手を入れた。
 出したときには、人差し指から小指の間に、釘を三本はさんでいた。四本の指の第二関節を内側に曲げ、釘の先端を上に向けて。
 すでに包囲網は、半径七メートルから八メートルほどに縮まっている。
 距離的に、ちょうど良い。
 現在のルビー・クールの魔法力には、「九・九・九」の壁がある。小さな魔法ならば、一度に九つまで出現させることができる。魔法持続時間は九秒までで、射程距離は九メートルが限界だ。
 ダリアのような絶大な魔法力と比べれば、雲泥の差だ。だが、物理攻撃と組み合わせれば、それなりに役に立つ。
 「この釘を、あなたたちの左目に打ち込んであげるわ」
 そう言って釘を、四方の男たちに見せつけた。
 中隊参謀が、中隊副隊長に向かって怒鳴った。
 「あの女、何かたくらんでるぞ! その前に、やっちまえ!」
 中隊副隊長が叫んだ。
 「全員、突撃だ!」
 ルビー・クールが、魔法詠唱を始めた。
 男たちが、全方向から突撃してきた。
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