隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

5. 学生は待ち合わせでも抜き打ちテストがある

5.　学生は待ち合わせでも抜き打ちテストがある




　オレは今、駅前の広場に立っている。行き交う人々、様々な店の呼び込みの声。普段ならそこまで気にならない喧騒も今はただ耳障りだ。イライラしている。それは、待ち合わせの相手が約束の時間を過ぎても一向に姿を見せないからだ。

　相手は、何を隠そう白石夏帆。よりにもよってだ。同じアパートの隣同士に住んでいるのだから、待ち合わせなんてしなくても、同じ時間に出れば済む話だ。本来ならこんなイライラする状況は起こりっこないはずだったのに。

　だが、昨日、買い出しに付き合えとしつこく迫ってきた白石は何を思ったか『用事があるから、明日の13時に駅前で待ち合わせしましょう』と、自分から時間と場所を指定してきたのだ。

　理由？知らない。こいつの行動にまともな理由を求めても無駄だ。そしてオレは、その提案を断るのが面倒で受け入れてしまった。その結果がこれだ。

　時間はすでに13時30分を過ぎている。約束の時間からもう30分も立っているのだ。約束なんて守るタイプに見えないと思っていたが……まさかここまでとは。怒りを抑えながら、スマホを取り出し白石の番号を探してタップする。

「あいつ……まさか、寝坊じゃねぇだろうな？」

　ディスプレイに表示された名前に苛立ちを覚えつつ、耳に当てる。数コールして電話がつながった。

「もしもし？」

　《あっ先輩？どうしたんですか？》

「お前……『どうしたんですか？』じゃねぇだろ！駅前で待ち合わせって、お前が昨日決めたことだろうが！時間を見ろ！もう13時30分だぞ？約束の時間を30分も過ぎてんだぞ！」

　怒鳴りつけるような声になってしまったが止められなかった。この30分無為に過ごした時間の怒りがこみ上げる。

　《そんなに立ってましたか……ふむふむ……》

　電話越しに聞こえるその驚きとも呆けともつかない声。そして「ふむふむ」？こいつオレのこと完全に舐めてるのか？それとも本気で時間を忘れてたのか？どちらにしろ、待ち合わせに30分も遅れるなんてありえないだろ！

「おい……ふざけんのも大概に……」

　怒りをぶつけようとした、その瞬間だった。

「せーんぱい！」

　突然、背中に衝撃が走った。温かくて柔らかい感触。そして、耳元で響いた声。その声で誰かすぐに分かった。

　振り返るとそこには白石がいた。今日は制服ではなく私服姿。淡い色のワンピースを着ていつもより少し大人っぽく見える。まぁ遠目に見てるだけなら、客観的に見ればとても可愛い部類に入るんだろう。だが、その可愛らしさも遅刻してきた苛立ちの前には意味をなさない。

「お前……遅刻しやがって。しかも、いきなり抱きついてくるとか何を考えてやがる。お前が買い物行きたいって言って、時間と場所まで指定したんだろうが？」

「私は遅刻してませんよ？」

「は？」

「むしろ先輩より早く来てました」

　さらに理解できない言葉を続ける。早く来てた？じゃあ、どこにいたんだ？なぜ声をかけなかったんだ？

「先輩の愛を試したんですよ？30分はかかりすぎかなぁ……。もう1分でも遅れたら電話して欲しかったですよ～」

　そして試しておいて、結果に文句を言ってきた。30分はかかりすぎ？何を基準にだ？

「お前に対して愛なんかないだろ。いい加減にしろ」

　もう、まともに相手をするのも疲れる。こいつの言うこと、全てが馬鹿げているしいちいち癇に障る。うぜぇ。しかも、まだオレに抱きつくような体勢のままだ。わざとらしく、ぐりぐりと背中に胸を当ててきやがった。これが、こいつなりのスキンシップか？勘弁してくれ。

「先輩ひどいですよぉ～！彼女に向かってそんなこと言うのは！」

「彼女じゃねぇだろ！いい加減にしろ！……というか、お前に付き合ってると、色々な意味で疲れるんだよ！」

　物理的にも、精神的にも、こいつと一緒にいると疲労困憊する。その事実を伝えたかった。しかし白石の頭の中では、オレの言葉は違う意味に変換されたらしい。

「ほら。やっぱり！先輩、自白してますよね？私と付き合ってるって？『付き合ってると疲れる』って言ったじゃないですか！」

　……もうダメだ。何を言っても、この無限ループから抜け出せない。オレの言葉は、全てこいつの都合の良い「付き合っている」という前提の補強に使われてしまう。論理的な思考は、こいつの前では無意味だ。

　諦めた。このまま立ち尽くして、言い争っていても仕方がない。時間だけが無駄に過ぎていく。

「……もういい。行くぞ。買い物お前が行きたいって言ったんだろ」

　会話を打ち切り、歩き出す。白石は、嬉しそうにオレの隣に並んで歩き始めた。買い物をしている間は意外と楽しかった。駅周辺の商業施設を回ったり、目的のものを探したり。ウィンドウショッピングも悪くない。少なくとも、待ち合わせ場所で苛立ちながら立っていた時間よりはずっとマシだった。目的がある行動は多少の面倒を相殺してくれる。

　待ち合わせで散々イライラさせられたし、到着してからも「愛のテスト」だの「彼女」だの、相変わらず訳の分からないことばかり言われたけれど……まあ、買い物自体は楽しかったから今日のところはよしとするか。

　こんなことで「よし」としてしまうあたり、オレもずいぶんと白石夏帆という人間に毒されてきてしまったのかもしれない。そう考えると、少しだけ恐ろしくなった。