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29. 白石には少しの情もかけてはならない。だって得することは何1つないのだから
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29. 白石には少しの情もかけてはならない。だって得することは何1つないのだから
外は今日も、唸るような蝉の声が響き渡っていて、空気は重く、肌にまとわりつくような暑さだった。クーラーのリモコンを操作し設定温度をぐっと下げた。キンと冷えた部屋の空気にあたりながらソファーに沈み込む。ああ、生き返る心地だ。
ただこの時間、この部屋にはもう一人の住人、茶髪の塊――白石がいる。こいつは、暑さなど微塵も感じていないかのように、いつも通りソファーの端に座っている。そして相変わらず声がうるさいし、図々しいし存在そのものがなんだか暑苦しい。
そんなエアコンの快適さと白石の暑苦しさが同居する部屋で、白石がまたしても何かを言い出した。
「ねぇねぇ先輩! 聞いてくださいよ!」
「なんだよ」
もうこいつの「聞いてくださいよ!」は、面倒事の前触れだと分かっている。だが、なぜか無視できない。
「今日友達に『え? 夏帆って、付き合ってるのになにもされないのヤバくない?彼氏浮気してるんじゃない?』って言われたんですよ~!先輩、浮気してるんですか!?」
白石は友達の言葉をそのまま引用しそれをオレに向けた。浮気?なんだその発想は。そもそも前提が間違っているだろうが。
「なにもされないのは、オレがお前とは付き合ってないからだ。わかるか白石?」
オレは冷静に、そして明確に事実を伝えた。何もされないのは当たり前だろう。付き合っていないのだから。
「なんでですか~!私はちゃんと彼氏彼女だって思ってますよ~!」
白石は抗議の声を上げた。その声がただでさえ暑い部屋をさらに暑く感じさせる。いつもの自分の都合の良い世界観を押し付けてくる態度だ。このままスルーするのが一番良い方法のはずだ。しかしこいつはそれを許さない。
「私ってそんなに女として魅力ないですかね?顔は可愛いし、巨乳じゃないですけど、胸だってありますよね?」
白石は突然、自分の魅力を自己評価し始めた。しかも自分の胸を持ち上げながら。やめろ無意識に見るだろ。まぁ確かに顔は可愛いし、胸だって……まぁ、ある。それは事実だろう。しかしそれを自分で言うか? そしてそれをオレに同意させようとするか?
「知らん。勝手に言ってろ」
オレは、その質問から逃げるようにそっけなく答えた。この話題に深入りするのは危険すぎる。
「むぅ……でも、先輩から何もされないのは、悲しいですよ……」
白石が、そう言ってうつむき加減になった。そして、その大きな瞳が、みるみるうちに少しだけ潤んでいくのが見えた。なんだよ……こいつ。何が悲しくてオレの前で涙目になるんだよ。そんな顔をされたら、さすがのオレも少しだけ罪悪感を感じるぞ。本当に悲しいのか? それとも……
「いや……あのな白石。何もしないわけじゃなくてだな、その……あれだよ」
そんな涙目の白石を見て、いつものように突き放すことができなかった。
「なんですか、あれって?」
「いや、だから……ほら、あれだよあれ。わかるだろ?」
曖昧な言葉で誤魔化そうとする。なぜオレがこんなに気をつかって、言葉を選ばなければならないんだ。おかしいだろ。なんでオレが、こいつの感情を損ねないようにこんなに悩まなきゃいけないんだ。
「わからないですよ。もっとハッキリ言ってくれないと!」
「なぁ白石。そういうのはそういう時がくれば自然にそうなっていくだろ?オレとお前は今は付き合ってないけど、この先はどうなるか分からないし……」
オレがそう言うと、その表情はさっきまでの悲しげなものから、いつもの人を試すような意地の悪いものに変わりつつあった。
「何が分からないんですか~?んん?私と先輩ってこの先どうなるんですか~?」
ん?待て待て。もしかして、さっきの涙目……演技か?そう思った瞬間、オレの中で何かが切れた。なんでオレがこんなに悩んでんだよ!こいつの芝居に付き合わされて!
くそっ。もういい。こんなくだらない駆け引きに付き合うのは疲れた。正直に言って早くこの状況を終わらせよう。
「わかったよ。言えばいいんだろ。オレは、お前が気に入らない。今すぐ出ていけ」
「あ~ん。嘘ですよ~。ごめんなさい。先輩許して?ね?」
白石は甘えるような声を出して、オレの腕に抱きついてきた。さっきまでの真剣な顔や涙目はどこへ行ったんだ。やっぱり、演技だったのか。そのコロッと態度を変える様が、本当にうぜぇ。そして腕に抱きついてくる感触。こいつはわざとやっているのでまたムカつく。
「離れろよ!」
「先輩ったら、照れ屋さんですね!」
……こいつには何を言っても無駄なんだ。どんな言葉も、どんな行動も、白石のフィルターを通すと、全てがこいつの都合の良い世界観の中に取り込まれてしまう。真面目な話も、怒りも、拒絶も、全てがこいつとの関係性を深めるための材料にされてしまうかのようだ。
こうして今日も、オレは白石に予測不能な言動と、理解不能な論理によって、さんざん振り回されるのであった。今日はいつもより暑さも相まって心底疲れた。ちなみに白石はオレのそんな気持ちなど露知らず、けろりとした顔でソファーに座り直していた。
外は今日も、唸るような蝉の声が響き渡っていて、空気は重く、肌にまとわりつくような暑さだった。クーラーのリモコンを操作し設定温度をぐっと下げた。キンと冷えた部屋の空気にあたりながらソファーに沈み込む。ああ、生き返る心地だ。
ただこの時間、この部屋にはもう一人の住人、茶髪の塊――白石がいる。こいつは、暑さなど微塵も感じていないかのように、いつも通りソファーの端に座っている。そして相変わらず声がうるさいし、図々しいし存在そのものがなんだか暑苦しい。
そんなエアコンの快適さと白石の暑苦しさが同居する部屋で、白石がまたしても何かを言い出した。
「ねぇねぇ先輩! 聞いてくださいよ!」
「なんだよ」
もうこいつの「聞いてくださいよ!」は、面倒事の前触れだと分かっている。だが、なぜか無視できない。
「今日友達に『え? 夏帆って、付き合ってるのになにもされないのヤバくない?彼氏浮気してるんじゃない?』って言われたんですよ~!先輩、浮気してるんですか!?」
白石は友達の言葉をそのまま引用しそれをオレに向けた。浮気?なんだその発想は。そもそも前提が間違っているだろうが。
「なにもされないのは、オレがお前とは付き合ってないからだ。わかるか白石?」
オレは冷静に、そして明確に事実を伝えた。何もされないのは当たり前だろう。付き合っていないのだから。
「なんでですか~!私はちゃんと彼氏彼女だって思ってますよ~!」
白石は抗議の声を上げた。その声がただでさえ暑い部屋をさらに暑く感じさせる。いつもの自分の都合の良い世界観を押し付けてくる態度だ。このままスルーするのが一番良い方法のはずだ。しかしこいつはそれを許さない。
「私ってそんなに女として魅力ないですかね?顔は可愛いし、巨乳じゃないですけど、胸だってありますよね?」
白石は突然、自分の魅力を自己評価し始めた。しかも自分の胸を持ち上げながら。やめろ無意識に見るだろ。まぁ確かに顔は可愛いし、胸だって……まぁ、ある。それは事実だろう。しかしそれを自分で言うか? そしてそれをオレに同意させようとするか?
「知らん。勝手に言ってろ」
オレは、その質問から逃げるようにそっけなく答えた。この話題に深入りするのは危険すぎる。
「むぅ……でも、先輩から何もされないのは、悲しいですよ……」
白石が、そう言ってうつむき加減になった。そして、その大きな瞳が、みるみるうちに少しだけ潤んでいくのが見えた。なんだよ……こいつ。何が悲しくてオレの前で涙目になるんだよ。そんな顔をされたら、さすがのオレも少しだけ罪悪感を感じるぞ。本当に悲しいのか? それとも……
「いや……あのな白石。何もしないわけじゃなくてだな、その……あれだよ」
そんな涙目の白石を見て、いつものように突き放すことができなかった。
「なんですか、あれって?」
「いや、だから……ほら、あれだよあれ。わかるだろ?」
曖昧な言葉で誤魔化そうとする。なぜオレがこんなに気をつかって、言葉を選ばなければならないんだ。おかしいだろ。なんでオレが、こいつの感情を損ねないようにこんなに悩まなきゃいけないんだ。
「わからないですよ。もっとハッキリ言ってくれないと!」
「なぁ白石。そういうのはそういう時がくれば自然にそうなっていくだろ?オレとお前は今は付き合ってないけど、この先はどうなるか分からないし……」
オレがそう言うと、その表情はさっきまでの悲しげなものから、いつもの人を試すような意地の悪いものに変わりつつあった。
「何が分からないんですか~?んん?私と先輩ってこの先どうなるんですか~?」
ん?待て待て。もしかして、さっきの涙目……演技か?そう思った瞬間、オレの中で何かが切れた。なんでオレがこんなに悩んでんだよ!こいつの芝居に付き合わされて!
くそっ。もういい。こんなくだらない駆け引きに付き合うのは疲れた。正直に言って早くこの状況を終わらせよう。
「わかったよ。言えばいいんだろ。オレは、お前が気に入らない。今すぐ出ていけ」
「あ~ん。嘘ですよ~。ごめんなさい。先輩許して?ね?」
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