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14. 五日目朝②

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 なんだかんだで盛り上がって、お風呂に入って、朝ご飯兼昼ごはんを食べて、食後のお茶を飲んでいる。

「そういえば、昨日の診療所って、中央医療研究所ですよね。私、中に入ったのはじめてです。ゼンさんはよく行くんですか?」

 探るような視線とともにシウに問われ、ゼンは思い出した。一昨日の、シウの似顔絵が書かれた切り抜き記事。あれを、まだシウに見せていなかったことを。
 
 気乗りしないまま、シウに紙を差し出す。正直、婚約者がシウを探しているということを知られたくなかった。きっと知ったら、シウは婚約者の彼の元にいってしまう。それがシウの本来の幸せで、元々のゼンの望みでもあったはずなのに。

(いつのまに、こんなに欲深くなってしまったのか)

 さっきだって、本当なら抱くべきではなかった。しかし、花嫁修業、つまり婚約者のために身につけた知識をゼンで練習してると言われた気がして、ついカッとなってしまった。もし自分が彼女の婚約者だったらみたいな、ありもしない妄想をしながら、やりたい放題やってしまった自覚がある。ねだってくるシウもめちゃくちゃ可愛かったし。
 自己嫌悪で倒れそうになりながら、ゼンはシウの反応をうかがう。胸の鼓動が速いのを悟られないよう、そっそり深呼吸する。
 
 シウは、ナニコレ?という顔で受け取り、みるみる険しい表情になった。

「お父様が処刑……⁉」

 じっと、穴が開くほど記事を眺めている。
 しばらくして、シウはすっと目を細めて呟いた。

「舐められたものですね。こんな見え透いたブラフに引っかかると思われてるなんて」

 紙をぽいっと机の上に置くと、シウは顎に手をやり、真剣に思案しだした。

(あれ、違う紙だしたかな)

 ゼンは机の上の紙を見てみる。確かに、シウの婚約者の話が書かれたものだった。ゼンの予想では婚約者関連の話に反応すると思っていたのだが、父親の処刑のほうがシウにとってはインパクトが高かったらしい。
 わからなくはない。

「シウ、ここ、どう思う?」

 懸賞金あたりを指さし、おそるおそる聞いてみる。
 シウは、ちらっとみてまた眉をひそめた。

「私に百ダルクとか安すぎませんか」
「そこではない」

 婚約者が~と書かれてるあたりをさらに指さす。

「知り合いがさがしてるんじゃないのか」
「知り合い? ……婚約者?」

 ダレソレ?みたいに、シウは首を傾げた。
 またしても、ゼンの予想と違う反応だった。
 苦々しい気持ちで、ゼンは小さく呟いた。
 
「アストン・クローディル」
「アストン? ……アストン……アストン!」
 
 みるみるシウの顔が変わった。
 今までの、顔をしかめている程度ではない。
 般若だった。
 シウは拳を握りしめてきっぱりと言った。
 
「アストンは敵です」
「敵……!」
「ええ、諸悪の根源、のまわりを飛んでいる羽虫みたいなやつですが、私への暴言と中傷、嘲笑、許せるものではありません」

 だあん!と、シウが拳で机の上の紙を殴った。
 相当、腹が立つ何かがあったらしい。

「ズコット家の処罰に比べれば些細なことなので、存在自体忘れてましたが。憎いやつですよ、アストンは。とんだ変態野郎です」
「苦しませる?」
「もし会うことがあれば地獄を、みせてやってほしいです」

 ぎらぎらと瞳に怒りを滾らせるシウに、ゼンは神妙な顔で頷いた。そういうことは、得意分野だった。
 
 椅子に座って、思案げに黙りこくるシウの後ろにまわりこむ。小柄なシウがさらに椅子に座ってるので、ゼンはしゃがんで抱きしめた。

「どうしました? ゼンさん」

 無言でシウの髪を撫でながら、ぎゅっと抱きしめた。
 
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