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35. 七日目昼③

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 そのへんを一周してきたヒバは、流石に次はノックしてから入ってきた。
 シウとゼンは、すでに服を着ている。

「まだ昼過ぎですよ!
 部屋のドアしめましょうよ!
 家の鍵もかけてくださいよ!
 俺、どんな反応したらいいんですか!」
「『人間同士の繁殖行為かー』とかですかね」
「どんな人外設定なんですか、それ! 何目線なんですか!」
 
 気まずさを紛らわすためか、猛烈にしゃべりながら、ヒバは袋から瓶を三本取り出して机の上に置く。どうやら、お届け物に来たらしい。届け物に来て実質上司のあれこれをバッチリ見てしまうとか、とんだ災難である。

「はい、これ、隊長のぶんの胚酒エンブルーズですよ。取扱いには注意してくださいね」

 ヒバが取り出したのは、小さな細いガラス瓶だった。シウが手のひらを広げたくらいの高さだ。中は液体で満たされており、丸いものが浮かんでいる。

「ヒバさん、なんです? これ」
「魔獣の組織片を漬け込んだ酒っすよ。俺達、魔獣狩りの間でしか流通しないレア中のレアアイテム。隊長、これじゃなきゃ酔わないんすよね。ほんと化物なんだから」

 ヒバの説明によると、どんな人間でもこれを一口飲めば酔っ払って前後不覚になるらしい。ただし、ゼンはめっぽう酒に強く、これを一本飲んでようやくほろ酔いとか。
 シウはじっと、胚酒をみた。薄いピンク色の液体に、小指の先ほどの肉色の欠片が浮いている。目を凝らしてみれば、小さく短い毛がまばらに生えていた。
 国内に流通する食料品は、酒を含め全て把握しているつもりのシウだったが、胚酒の存在は初めて知った。たしかにこれは、レアな一品だ。
 
「これ、魔獣なんです?」
「びびんなくても大丈夫すよ。それはもう、再生しないはずです。噂では、魔族の魔力に触れると元通りとかいわれてますけど。そんなもん、どこにも無いので試しようがないんすけどねー」
「魔族の魔力……」

 少し目を伏せながら、シウは異形の肉塊を眺めた。肉塊は完全に沈黙しており、あの恐ろしい魔獣の面影はない。

「あっ、隊長! 公印くださいよ。書類、たまってるんすよ」

 ヒバが出してきた書類の束を見て、ゼンが肩をすくめている。ヒバが書類の中身をあれこれ説明するのを、面倒くさそうに聞きながら、戸棚から出してきた判子をぽんぽん押しはじめた。
 ヒバとゼンを横目で見ながら、シウはこっそりと昨日、魔獣の森へ持っていったリュックを漁る。通信機の箱を開けると、真ん中にはまだ魔導石がはまっていた。青色に染まっていたはずの石の中には、かわりに黒いモヤが溜まっている。そっと、その石を胚酒のひとつに近づけてみる。
 コツリと瓶に石が触れたとたん、肉塊にくるりと瞳が現れ、瞬(まばた)きした。驚いてシウは飛び退く。さらに後ろに下がり、跳ねるようにゼンの後ろまで行った。

「おおっと、シウさん、ハンコがブレるうぅ」

 ヒバの声を聞き流しつつ、ゼンの後ろからおそるおそる胚酒を見つめる。肉塊はそれ以上、特に変化はない。
 それでもシウは小さく震えながら、ゼンにしがみつく。事務作業が終わったゼンは、首を傾げつつも、シウを膝の上に乗せて抱きしめてくれた。

 そんなシウとゼンを見ながら、ヒバは少しもじもじした。胚酒も書類も、本当なら届けなくてもいい。また、次の魔獣狩りのタイミングでもいいからだ。
 
 ヒバがここに来た本題は、別にあった。
 またいちゃつき始めそうな二人相手に、やや切り出しづらい。しかし、いちゃつきだしたら余計切り出せないから、今しかない。
 ヒバは大きく息を吸った。
 
「シウさん、例の件なんですけど、引き受けたいと思います。俺を、雇ってください。報酬は金で」
「ほんと!? ありがとう! 嬉しい!」

 今まで震えていたシウは一転、ぱっと笑顔になりヒバの手を握る。わわわ、と真っ赤になるヒバに、シウは極上の笑みを浮かべた。

「あなたがいれば百人力です。さっそく、契約と今後の計画の話をしましょう! ヒバさんは運搬係、ゼンさんは私の婚約者のふりをして護衛をしてほしいです」

 シウはウィンクして、ヒバとの握手に力を込めた。ヒバはなおさら赤くなりながら、シウとゼンの二人の間に視線を彷徨わせる。ゼンが、ビクリと軽く跳ねた拍子に机の上の書類が床に雪崩た。

「私の目的は、中央地下監獄に無実の罪で投獄されている父と弟を助け出し、アクムリアに亡命することです」

 戸惑う二人に構わず、シウは真剣な顔で説明した。
 
 四日後に開かれる大規模な仮面舞踏会。
 そこに、シウが参加し、アストンに懸賞金を取り下げさせる。
 ゼンには護衛してもらいつつ、魔力操作で怪我人が出ない程度に軽い爆発騒ぎを起こしてもらい、その騒ぎに乗じて弟と父親を救出する。
 救出後、ヒバに黒樫で虹の荒野まで運んでもらう。

 一通り聞いたヒバが、はいっと手を挙げた。
 
「救出のとこ、もっと練ったほうが良くないですか。飛竜の降りれる場所、制限されますし」
「なるほど、ではこういうのはどうですかね⸺」
「ありっすね、オルクスの権限も使うとすると⸺」

 真剣に話し合う二人を眺めつつ、ゼンは反芻していた。

⸺ゼンさんは私の婚約者

 おもいっきり、(仮)とか(偽)とかがつくことは百も承知している。
 それでも、耳に残る響きを思い返して、邪魔にならない程度に、膝の上のシウを抱きしめた。
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