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40. 十一日目夜③

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「やあ、僕のスイートハニー、ずいぶんと探したよ」

 声をかけたシウリールが一瞬引きつった顔になった気がしたが、気のせいだったようだ。すぐに、にっこりとシウリールは微笑む。

「あら、どちらさまでしょう。素敵なブチガエルの面の方」

 アストンの面はブチガエルではない。白と黒で彩られたごくありきたりの仮面で目元を隠しているだけだ。憮然としかけたアストンだが、すぐに気を取り直した。

「久しぶりの恋人の再会を祝って飲み物を用意したよ。そこの、シウリールの知り合いっぽい方もご一緒に」
「給仕の方でしたのね、ありがとうございます」

 シウリールが優雅にグラスを一つ取り上げて、男に渡す。男はグラスを受け取りざま、シウリールの肩にかけていた手を腰にずらし、これみよがしに引き寄せた。

 アストンの持つ盆の上に残ったグラスがカタカタと小刻みに揺れた。それが倒れる前に、すっとシウリールがグラスを取りあげる。

 耐え難きを耐え、アストンはグラスを口に運ぶ二人を注視した。あとはシウリールを介抱するだけの、簡単な計画だ。
 男が少し仮面をずらして、くいっと一気に飲み干した。傷だらけのその顎をどこかで見た気がしたが、アストンは思い出せない。

「この味は知っている」

 仮面越しに、金の瞳で見つめられて、アストンはぞくりとした。猛獣かなにかに睨まれても、ここまで背筋は粟立たないだろう。背中を嫌な汗が流れるのを気のせいだと、自分に言い聞かせた。
 
 驚いたことに、男はこともなげに飲み干して平然としている。しかも、差し出されたシウリールの分まで飲んで、けろりとしている。さらに、口元をシウリールにハンカチで拭いてもらったりしている。

 空っぽのグラスを見ながら、アストンは唖然とした。胚酒入りの酒を二杯も飲ませたのに、全く酔う気配がない。しかもシウリールは飲んでない。計画は大失敗だ。
 
(くそっ、偽物をつかまされたかっ)

 ぐぎぎと顔を真っ赤に拳を握るアストンの肩に、ぽむと手を置くものがあった。

「お目にかかれて光栄です。シウリール嬢も、元気そうでなにより」

 ロマンスグレーの髪に真っ赤な仮面。
 そこからのぞくちょび髭には見覚えがあった。
 
(……父さん!)

 なぜこんなところにいるのか。
 なにその仮面の色。
 親子でこんなところにいるとか恥ずかしい。
 話しかけないでほしい。
 
 去来する様々な想いに、アストンは言葉が出ない。
 そんなアストンの頭をぐいと掴み、クローディル家当主アストンの父は、目を剥いてアストンに囁いた。
 
「いいからお前も挨拶しなさい! この方が公の場に姿を見せるなんて滅多に無いんだぞ!」

 男に向かってにこにこしながら、アストンの頭も強引に下げさせる。こびへつらう父親に、アストンはなおさらはらわたが煮えくり返り、今にも口から出てきそうだ。

(くそっ、どこのどいつだ、こいつ)

 押さえつけられている頭を僅かに上げて男を睨みつけるも、逆にじろりと金の瞳で見られて、ぴゃっと頭を下げた。
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