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41. 十一日目夜➃

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 頭を下げながら、アストンは人混みに押しやられる。どうやら、遠巻きに見ていた他の連中が、我先にと男に話しかけだしたのだ。
 今まで、恐る恐る様子を伺っていたものの、一人話しかけたことが口火となり、何人も男のそばにやってきた。アストンと一緒に押しのけられる父親をみながら、また唇を噛んだ。

「あら、アストン様でしたのね。気づかずすみません」

 シウリールに名を呼ばれ、弾かれた葦よろしくアストンは顔をあげる。いつのまにか、シウリールと男の密着度があがっていて目眩に視界がぐらつく。
 いつこめかみがぶち破れてもおかしくないアストンだったが、つとめて落ち着いた声をだそうと試みる。出てきた声は変に裏返っていて、それがまたアストンのこめかみを刺激した。

「婚約者の前で他の男といちゃつくのははしたないよ、シウリール」
「アストン様といちゃついている覚えはありませんけど」

 その言葉を理解するのに、アストンは少し時間がかかった。
 三つ呼吸をする間に、ようやく彼女の言ったことがわかり、染み入るような怒りがアストンの胸に広がる。
 シウリールは、横の男を婚約者だといったのだ。

「シウ」
 
 男はシウリールにそっと顔を寄せ、こいつ誰、みたいな感じでアストンを見てくる。シウリールではなく、愛称で呼んでいるのがまたアストンの癪に触った。

「昔の知り合いです。お気になさらず」

 シウリールは、さもなんでもないと軽く言うと、男の仮面を少しずらして頬に口づけた。

 もう無理だった。
 もう限界だった。
 ためにためた力のやり場の無さに、アストンはブチ切れた。

「いい加減にしないか!」

 シウリールに掴みかかろうとした手を、軽く男に払いのけられる。ハエでも払うように軽く払われただけなのに、アストンは尻もちをついて潰れたブチガエルのような声をあげた。

「あら、大丈夫ですか」

 アストンに駆け寄り、助け起こしてくれるシウリールの手は温かかった。間近でさらりと流れる髪から、ほんのりと甘い香りが広がる。

(やはり、シウリールはまだ俺に未練がある)

 アストンは確信した。
 男のもとへ戻ろうとするシウリールに声をかける。

「少し向こうで話せないか、シウ」

 無様に尻もちをついたことなど忘れ、アントンは努めて華麗に服を払い、襟を正した。さり気なく呼び方も変えて、親密度をアピールする。
 
 アストンが思ったとおり、シウリールはアストンの言葉に応じてくれた。さらにシウリールの気持ちを確信し、アストンは小さくガッツポーズした。
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