【R18】万聖節前夜~悪魔が人間の男の子を拾ったと思ったら、実は天使でした

てへぺろ

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03.廃屋での治療

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 ぎしりとスプリングが軋むベッドに、男の子を横たえる。裸なのがいたたまれず、とりあえず手近にあったシーツで男の子の身体をまきまきした。

 ここは、街の郊外の一軒家。空き家となっているその一室を、ルカは下界にくるたびに便利に拝借しているのだった。

「取り壊されてなくて良かった~、えっとロウソクはたしかこのへん」

 カーテンを閉めてロウソクに火を灯す。さすがに、空き家の窓から灯りが漏れるのはいただけない。ロウソクの灯りが部屋の輪郭をあらわにする。部屋の真ん中にベッドがどんと置いてあって、あとは小さな机がおいてあるだけの簡素な部屋だ。

 ルカはベッドに頬杖をついて、横たわる男の子をじっくりながめてみる。月明かりの下でも綺麗だったが、ロウソクの柔らかな灯りに浮かび上がる陰影も、彼の美しさを引き立てた。

「すごい、きれい。天使みたい」

 ほうっと、ルカはため息をつく。過去に一度だけ遠くから天使を見たことがあった。天使は、悪魔を見れば必ず捕らえるか殺すかする。だから、その時は見つかる前にすぐに逃げたのだった。
 ちらりとしか見えなかったけれど。
 あの壮絶な美しさは心に焼きついた。

「見とれてる場合じゃなかった!傷の手当して起こさなきゃ」

 ぷるぷると首を振って、我にかえる。

 手当に入る前に、ルカは近くの姿見の前に立ってみた。
 背中には漆黒のコウモリみたいな翼。
 頭には雨に濡れた風山石色の巻いた角。
 細くてながーいつやつやした黒い尻尾。
 肩ほどまでのウェーブがかかった紅蓮の髪。
 ちょっと釣り目で二重な真紅の瞳。
 そして、布面積少なめの黒い服。肩もお腹も剥き出しでまるで水着みたいな心許無さ。
 右足だけは太ももの真ん中辺りまでの黒いニーハイソックスをつけているが、左足は足首までしか隠れていない。

「これはいけない」

 どっからどうみても悪魔である。
 ハロウィンとはいえ、いきなりこれではおともだちにはなれない。

 ひらひらと両手を悪魔っぽい部分にかざすと、たちまち見えなくなる。翼も角も尻尾もなくなり、髪と瞳はブラウンに変えた。
 服は適当にクローゼットにはいっていた膝丈のワンピースを拝借する。やや胸がきついのはいつものこと。

 ふたたび姿見に映せば、紛れもなく人間の少女がそこにいた。街を歩いていても全く違和感がないほどの化けっぷりに、思わずワンピースの裾を掴んでくるくると左右にまわしてみたりする。
 きっと、これならいつ男の子が起きても大丈夫だろう。

「まずは傷の手当をしなきゃ。この、悪魔的に効く傷用軟膏をぬりぬりしましょ」

 得意げに取り出した黒い軟膏容器。親指と人差し指でくるっと丸を作ったくらいの大きさだ。蓋をぱかりとあけて、中に入っているクリーム色の軟膏を指先で一掬いする。

 男の子に巻いていたシーツをはだけさせ、肌を露出させた。その白い肌のまぶしさに、思わず湧き上がる背徳感。

「これは、治療だから!」
 
 言い聞かせている時点で邪念勢力の存在を感じてしまうのはやむを得ない。逸らしかける視線を鼓舞して、男の子に向き合う。
 滑らかな肌にいくつもついた、無遠慮な引っかき傷に丹念に軟膏を塗っていく。塗るはしから傷がきれいに消えていくあたり、さすが悪魔秘伝の軟膏である。

「うう、下半身、刺激つよ」

 おしりとか、太ももの内側とか、腰回りとか。シーツで大事なところを隠しながら、なるべく見ないように塗ったものの、手のひら越しの吸いつくような肌の感触がどうにも心臓に悪い。

 塗り終わったころには、ルカはだいぶくらくらしていた。

「くらついてる場合じゃない、次は意識をもどさなきゃ」

 黒い教本をめくり、授業で習ったことを思い出す。

「ええっと、悪魔の体液を経口摂取させ、それを媒介に精気を与えます……つまり接吻……できるか!」

 思わず教本を投げかけて思いとどまる。物にあたってはいけない。

 腕組みをして眉を寄せるルカ。

 別にキスしたくないわけじゃない。むしろ、していいんならしたい。

 男の子の状態から、だいぶ精気不足だというのはわかる。まるで無理して大きな魔術を使った後のように、ごっそりと精気が失われている。これを補充してあげないと目が覚めないし、万が一目覚めても満足に動けないだろう。
 でも悪魔とキスしたい人間などいるわけがない。幻惑かけてぼんやりでもさせなきゃ、その気になってくれない。どうせ悪魔は嫌われ者なのだ。
 こんな寝こみを襲う形でキスされるなんて、この男の子もきっと嫌だろう。

 むむむと、ルカがさらに眉を寄せて考えて、ぽんと手をうった。

「そうだ、唾液以外の体液でもいいんじゃ?血液だとだめな気がする。あとは……涙!よし泣こう」

 ルカは過去のつらいことを思い出すことにした。

 悪魔学校で実技がからっきしと、随分からかわれたこと。
 魂狩りの成績が悪いと、たまに詰められること。
 今日、このあと行かなきゃいけないサバトで、毎年嫌な目に会うこと。

「くそお、腹立ってきた」

 泣けなかった。
 つらいこと如きでは悪魔の涙腺は緩まないようだ。

「ちがうことを思い出そう」

 ルカは過去、人間に感謝されたことを思い出すことにした。

 息子のかたきを殺して自殺した父親の魂を刈り取ったときのこと。「お願いします、どうか地獄へ。こんな醜いわたしは天国の息子には会えない」

 三十人以上、子供を拐って殺して喰らい死刑になった男の魂を刈り取ったときのこと。「頼む、どうか地獄の底深くへ。俺が二度と生まれ変わったりしないように」殺した最後の一人は、彼の娘だった。

 病気に苦しむ夫を殺して、自殺した女の魂を刈り取ったときのこと。「罪を償わせてください、そうすればきっと、いつかまた彼と」

 こんな悪魔にすら、人間は希望を見出してくれる。

「人間、好きだなあ」

 じわりと目の縁が熱くなる。
 鼻の奥がつんとしてきた。

 いまだ。

 ルカは男の子の唇に目元を持っていく。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙がぽたぽたと可憐な唇に触れた。

「あとはこれを媒介に、私の精気を与えるんだっけ」

 男の子の身体をそっとシーツ越しに抱きしめて、頬に唇を寄せる。少し冷たい肌に触れるだけで、胸が痛いほどにドキドキする。

 唇を重ねるのは抵抗があるが、頬へのキスならばルカ的にはセーフだった。

 ルカたち悪魔にとって、精神エネルギーこそが糧。
 人間の精神も、悪魔の精神も、どちらも精気としてエネルギーに変換できる。そしてそれを自分の糧とすることもできるし、他人に与えることもできるのだ。
 
 男の子の唇にそっと指を押し当てて、ルカはそこから自分のドキドキした気持ちを流し込む。指先に触れる唇も柔らかいし、微かに感じる吐息の熱さに胸の奥がざわざわする。

(うっ、頬に触れてるだけなのにすごく気持ちいい)

 良くないと思いつつも、ルカは昂ぶりのままに男の子の頬から耳たぶへ、首筋へと、自身の唇を押し当てる。

 無意識のうちに、指を彼の胸に這わせた。吸いつく肌の感触に、指先が溶けそう。

 まるで甘い花の蜜のような香りのする彼の身体は、触れればふれるほど、もっと欲しくなる。こんなの、ルカははじめてだった。

(どうしよう、唇にキスしちゃいたい)

 昂ぶる気持ちとともに、鎌首をもたげる邪な気持ち。

(いやいや、だめでしょ。がんばって涙までだしたのに)

 ルカは、彼の顔でも見て気分を落ち着けることにした。あの神々しいまでの御尊顔を見れば、キスしたいなんて気持ちは引っ込むに違いない。

 やや荒く息をつきながら、男の子の顔を覗き込む。顔がすごく熱い。きっと鏡に映せば真っ赤だろう。
 男の子の静かに閉じた瞳を彩るまつげが、頬に濃く陰影を落とし神秘的に美しい。見た瞬間、いままで以上にドキドキした。

 ルカの期待とはうらはらに。残念ながら、やる気になってしまった邪な気持ちは全くおさまらない。むしろ、より強まってしまったようだ。

(ちょっと口の端っこにキスするくらいなら。すぐやめるから)

 唇に触れていた指を少しずらして、形良く閉じたその口角に口づける。

 その途端、まるで引きずられるように精気がルカの中から男の子の身体へと吸い出される。身体の奥から湧き上がる熱が、止まらない。

(なにこれ、すごくきもちいい。変なことしちゃいそう。離れなきゃ)

 そう思うのに、身体が言うことを聞かない。男の子の唇のはしっこの柔らかさとか、目の前の睫毛とか、白磁をおもわせる肌とか。そんなものに釘づけになってしまう。

 もっと欲しくなって、思わず唇の角度を変えたその時。

 男の子が、ぱちりと目を開けた。

「ひう!」

 思わずのけぞり距離を取ろうとしたルカの腕を、男の子が、ぐっと掴み引き寄せてそのまま唇を重ねてくる。

「んん!?」

 頬と首の後ろに手を回されて、貪るように激しく唇を求めてくる勢いに、びっくりしてルカは反射的に目を閉じた。

 刺激の強さか、はたまた精気が彼に流れ込んでいるからか、どうにもルカの身体に力が入らない。

 ふわふわと身体を預けるルカを、男の子は唇を重ねたままぐるりと位置をいれかえる。ぎしりとベッドが派手に音を立てた。
 ルカをベッドに仰向けに押さえ込んだ男の子は、さらに深く何度も角度を変えながら、奥まで舌を絡めてくる。まるで全然足りないとでもいうように。ルカは耳元で早鐘のように打つ鼓動に耐えながら、必死で男の子の唇に応えた。

 おそるおそる目を開くと、すぐ近くに漆黒の瞳。心あらずというか、夢中というか、そんな眼差しに耐えられなくて、またすぐにルカは目を閉じる。

 とにかくルカにできることといえば、与えられる快楽を必死に受け止めながら、彼の背中に腕を回してぎゅっと抱きしめることぐらいだった。
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