【完結】君に夢中〜「私は誰でしょう」LI〇E相手の正体を当てるゲームから始まるBL〜

星寝むぎ

文字の大きさ
4 / 20
一章

想定外

しおりを挟む
 “chi.”とのゲームが始まって二週間ほどが経った。新たな手掛かりは相変わらず掴めていない。

「飲み物買ってから行く。これ持ってっといて」
「おー、じゃあ後でな」

 昼休みになり、尊はケンスケとナベにそう伝えて席を立った。

 教室を出る前に、“chi.”に《今日の昼飯は?》とメッセージを送る。昼食の内容を本当に知りたいわけではない。送ったメッセージにいつ既読マークが付くのかの観察だ。この手法はゲームが始まってからすぐに始めたものだが、“chi.”は徹底的にしっぽを出さない。よほど用心深いのか、尊の目の届くところでメッセージをチェックすることはしていないようだった。

 今日も今日とてこの策は失敗に終わると踏み、画面をすぐにオフにして一階の自動販売機の場所へと向かう。いつも飲んでいる炭酸水を一本購入し、その足でケンスケとナベが待つ屋上の方へと進む。

 屋上へ続く階段は、まずは校舎の端まで突っ切るのが一番の近道だ。尊が視界に違和感を覚えたのは、そちらへと歩いている最中のことだった。

 この高校には校舎が三棟立っていて、校門から見て手前からA棟、B棟、C棟と呼ばれている。C棟は化学室などの特別教室が配置されており、そこへ向かう渡り廊下の手前には、階段下にちょっとしたスペースが空いている。薄暗いそこにいつも人けはなく、普段なら気にも留めないのだが。尊の目が引き寄せられたのは、人の背中が見えたからだ。見間違いでなければ、同じクラスの三上千歳の。

 何故こんなところに。クラスの中心人物である千歳がこんな場所で背中を丸めているのは、クラスメイトと一定の距離がある尊にとっても物珍しい。もしかすると体調でも悪いのだろうか。嫌われているとは言え、放っておいてもしも倒れられでもしたら、後ろめたさを覚えるだろう。ほぼ関わりのない相手だからこそ、罪悪感を抱えたくなどない。

 仕方ないなと小さく息を吐き、尊は千歳へと近づく。なあ、と声をかけようと右手を伸ばし、けれどその手もひと言も慌てて引っこめることとなった。

 具合が悪いのかと思った千歳はスマートフォンを操作していて、そこに映し出されていたメッセージのやり取りに、大いに身に覚えがあったからだ。千歳と連絡先の交換なんてしていない、そのはずなのに。いや、まさか。

 千歳の指先は何かを打ちこんでいて、尊は咄嗟に身を隠す。ポケットから自分のスマートフォンを取り出して約二秒後、“chi.”からのメッセージ受信を知らせるプッシュ通知が表示された。目の前の光景が示す答えをにわかには信じられず、尊がもう一度千歳の様子を確認すると。満足そうな笑顔で画面を見つめた後、スキップでもしそうな勢いで二年C組の教室の方へと去ってしまった。

 尊はその背中を呆然と見送る。とにかく今は、頭いっぱいにクエスチョンマークが詰まっている。

 俺を嫌いなはずの三上が、なぜ。いや、本当に“chi.”は三上なのか?

 尊は何ひとつ、それらしい答えを見い出せない。

《今日のお昼はお弁当だよ》

 画面に表示されたあっけらかんとしたそのメッセージと、ひたすら混乱している尊の心情。目の奥が痺れそうなほどに強いコントラストが、ずっしりと圧し掛かった。


 呆気にとられたままどうにか屋上へ着くと、ケンスケとナベは既に昼食を食べ終えていた。おせーぞと手招かれるままに腰を下ろし、ふたりに預けていた菓子パンに齧りつく。ジャムパンの糖分が思考を停止していた脳に染み渡る感覚に、小さく頭を振った。

「尊ー、なに怖い顔してんだ?」
「なんかあった?」
「んー……なんでもねえ」
「なんでもねえ、って顔じゃないけど」

 こんな時に声をかけてくれる友人は大切にすべきだ、そう思いはする。するのだが、今はそれどころではない。屋上の床の一点を食い入るように睨みつけ、ろくな返事を返さない尊に、ケンスケとナベもそれ以上は何も言わなかった。

 情報を整理する。今明らかなのは、“chi.”の正体が三上千歳だということだ。理由はひとつも分からずとも、名前に“ち”が付くのだし、何より決定的な瞬間を目撃してしまった。

 まさか、ゲーム開始からこんなにも早く答えにたどり着けるとは思っていなかった。まだ折り返し地点で、タイムリミットまで残り二週間もあるというのに。お前が誰だか分かったと、三上千歳だろとたったそれだけメッセージを送れば、今日にでもこのゲームは切り上げることが出来る。文句なしの尊の勝利だ。

 だが、本当にそれでいいのか。

 尊はふと考える。三上千歳には嫌われているはずだ。なのに何故、あんな手を使ってまでコンタクトを取りたがったのか。仮に向こうの勝利でこのゲームを終えたとして、自分に叶えさせたい願いとは何なのか。

 相手が千歳だと判明した途端、俄然興味が湧いてきた。このゲームと、三上千歳という人物に。

 リミット直前に分かったと言って勝てばいいだけの話だ。このまま気づいていないフリをして、千歳を観察してみるのはきっと面白い。

「ふっ」
「え、今度は笑ってんだけど。ケンスケ~! 尊こわい!」
「いや俺に言うなし! おーい、尊~?」
「くく」
「うわあ……」

 不気味そうにしているふたりを気にすることもなく、たまごのサンドイッチを頬張り炭酸水を流しこむ。それからポケットから飴玉をひとつ取り出し、包装の両端を引っ張って水色のそれを口に含んだ。

 尊の気に入りのこのキャンディは、中に炭酸の粉が入っている。千歳と対峙するその日を想像すると、飴をじっくり舐めた後にしゅわしゅわと弾けるあの瞬間みたいに胸が高鳴った。

「尊、その飴俺にもちょうだい」
「やだ」
「あは、やっと返事したと思ったら拒否!」
「一回もくれたことないもんな」
「それな」

 だるい、面倒だ。“chi.”とのゲームが始まった時、そう思ったはずなのに。あの時天秤に乗っかってきた高揚感は、どうやら間違いではなかったらしい。今までよりメッセージの回数を増やしてみようか。

 今までであればいちばんサボる確率の高かった五時間目が、今日は無性に楽しみに思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...