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一章
答え合わせ
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毎日のように行き来している階段を、一段一段噛みしめるように上がる。千歳は緊張していることだろうが、その感覚は尊にもある。いや、高揚していると言った方が正しいか。いつもより速い鼓動が胸を打っている。
三階へ到着、もう半階上がれば見上げたそこには屋上への扉。ここから見渡せる限りでは千歳の姿はない。屋上の前とあったのだから、扉の前に小さく設けられた死角の踊り場にいるのだろう。もう足音は届いているはずだ。緩む口元に手を添えて、最後の階段を進む。
思った通り、そこに千歳の姿はあった。下階から続く手すりが直角に曲がったその前で、小さく縮こまっている。尊は千歳の向かいにしゃがみ、扉横の壁に凭れかかった。
「……いつから分かってた?」
「二週間くらい前」
「そんな前から!?」
「うん」
たっぷり間を空けてやっとのことで声を発した千歳は、早くから気づかれていた事実にひどく驚いたようだ。勢いよく顔を上げ、少し潤んだ目を尊に晒す。
「な、んで、オレだって分かった?」
「内緒」
「っ、……言えばよかったのに。そしたらこんなゲーム止められたじゃん」
「まあな。最初はうぜーって思ったし。でもお前だって分かって、止めたいとは思わなかった」
素直にそう言うと、千歳は今度はぽかんと口を開けた。それからゆっくりと首を傾げ、視線は彷徨う。
「な、なんで? 花村はオレのこと嫌いだろ?」
「は? そんなことねぇし、それは俺の台詞だな。お前には嫌われてるってずっと思ってたし。でも……勘違いだったかもって今は思ってる」
「…………」
尊の返事に、千歳はまた顔を伏せてしまった。沈黙が示すのは肯定か否か。表情が見えなくなってしまったことが尊は惜しい。膝の間で頭を抱えた千歳に、疑問を投げかける。
「なんであんなメモ置いた?」
「花村には嫌われてると思ってたから……そうでもしないと関われないと思った」
「そんなに俺と話したかったんだ?」
「……………………そう」
たっぷりと間を置いた千歳はおずおずと顔を上げ、尊からは目を逸らしながらこくんと頷いた。
可愛いな、と思った。立てた膝に頬杖をつき千歳を見下ろしながら、不思議とそう感じた。
笑顔と冷たい目しか知らなかったのに、この二週間で様々な千歳を見てきた。翳った顔はその中でも色濃く印象に残り、だからこそ頬を淡く染めている今が際立つ。
新たな感情を静かに確かめていると、ひとつ深呼吸をして千歳が口を開いた。
「オレの負け。花村の言うこと、なんでも聞く」
その言葉に尊はニヤリと口角を上げる。
「お前がこの賭けで何をしたかったか、それを教えろ」
「え……そ、それは絶対無理!」
「はあ? こっちこそ無理。賭けは賭けだろ、俺の勝ちだから言え」
わざと負ける方法も頭を過ぎったけれど、勝ちを得ることにしたのはこれを思いついたからだった。拒否は一切受け付けない。勝者の言うことは絶対、それがこのゲームの条件だ。
「卑怯じゃん!」
「どこが。正当な権利だろ。なあ教えろよ、ちー」
「っ、ちー?」
「お前のユーザー名。“ち”って言いづれえから、ちーな」
「んだよそれー……」
「ふは、顔あっか」
「見んなよお……」
驚いたかと思えば不貞腐れたように怒って、次の瞬間には萎れた声で顔を赤くする。たった数十秒たらずで、千歳の表情は鮮やかに移ろってゆく。
「ずっとそうしてればいいのに」
「……え? なにが?」
「んー? なんでも」
口をついて出たそれを、けれどはぐらかすように引っこめる。自分だけが知っているのも悪くない気がするからだ。
「ほら、早く言え」
「お願いだからそれ以外にしてほしい」
「やだ」
「……うう」
何をそんなに渋るのだろうか。わざわざ机にメモを、しかも連日置き、妙なゲームを始めてまで叶えたかったことがあるのだろうに。
急かしてみても何度も顔を上げては俯き、たっぷり唸った後。千歳は漸く観念したようだ。
「オレの話、を……受け入れられなくてもいいから、ただ聞いてほしかった」
ぼそぼそと空気に溶けてしまいそうな言葉たちを、尊は一歩体を寄せて拾った。なんだ、そんなことか。拍子抜けだなと正直思いつつ、先を促す。
「分かった。じゃあそれ聞く」
「え! いやいいから!」
「勝った方の言うことなんでも聞くんだろ。それ言え」
「いやいや! 何がしたかったか答えたじゃん! それで終わり!」
「一個だけとは言ってねえよな」
「――……っ、そんなん屁理屈じゃん~……」
今にも床に伏せってしまうのではと思うほど、ずるずると脱力した。そんな千歳から尊は一瞬たりとも目を離さない。
「……言わなきゃだめ?」
「うん」
「どうしても?」
「どうしても」
「……花村絶対引くよ」
「平気だって」
「…………」
どんなことだろうと、ちゃんと最後まで聞き届ける。その意思を示すために、尊は浮かせていた腰を下ろした。悩ましげにくちびるを噛む千歳と目が合い、促すように眉をそっと上げてみせる。
「……何も答えないで、ただ聞いてくれる?」
「分かった。約束する」
「…………花村のことが好き、って。言うつもりだった」
「……好き? って、そういう意味で?」
「……うん」
「…………」
そもそもが、自分のことを嫌っていると感じていた相手だ。この二週間でそれを疑わしく思いはしても、まさか好意を持たれているとは考えもしなかった。尊はぱちぱちと瞬きをくり返す。
本当だろうか。そうなんだ、と簡単に受け取るのも難しく千歳を見つめる。
あんなメモを連日置いたのも、あの階段下でスマートフォンを嬉しそうに眺めていたのも。何度も目が合っていたのも。千歳にそうさせていたのは恋心だった――というのか。
その事実に尊は呆然とする。ぽかんと開いた口を閉じることすら忘れてしまう。誰にも好かれる三上千歳が、話したこともなかった自分を好きだ、なんて。
いつも横顔に本心を見つけてきたように、その片鱗をこの瞬間にも見たくなった。じっと見つめていると、けれどそれは千歳にとって酷なようだった。ぐすん、と鼻を啜ったのは涙が浮かんだのか。尊がハッとした次の瞬間には、千歳は床を這うようにして立ち上がりかけていた。
「引いたよな、オレもう行……」
「ちー」
だが、尊の方が早かった。行かせるものかと千歳の手を掴む。
引かれた、と危惧するのはおそらく男同士だからだろう。だが尊は不快になど感じていなかった。交際経験は中学の頃に一度だけあるが、男女関係なく誰も好きになったことはない。恋愛ごとには生まれてこの方無関心だ。
けれど、三上千歳には興味がある。
千歳とのこの二週間は悪くなかった。いや、いつの間にか楽しくなっていた。千歳の行動が尊に齎したものは、味気ない日々への彩りだった。
このまま終わってしまっては、話もしなかった頃に元通りだろう。いや、悪化する可能性の方が高い。もう目も合わず、だから冷たく逸らされることすらない。
そんなの、ちっとも面白くない。
「俺のこと好きだったんだ?」
「……そうだよ」
「ふうん」
掴んだままの手を引けば、不安定な姿勢だった千歳の体がぐらりと揺れる。その肩をもう片手で受け止め、至近距離で交わる視線。そっぽを向こうとする顔を追いかけ、尊はくちびるを押し当てた。自分の頬でちゅ、と鳴った音を、千歳はすぐには理解出来ないようだ。弾かれたように距離を取り、まんまるに見開かれた瞳がただまっすぐ、尊を見つめている。
「……え? 今の……え、なん……」
なんでキスをしたんだ、と言いたいのだろう。だが明確な理由は、あいにく尊自身にもよく分からない。染まる頬を可愛いと思っている、それは確かだが。逃げ出しそうな千歳をどうにか引き止めたい、そうだ、きっとその一心だったのだ。実際に千歳は逃亡を忘れているのだから、この衝動は正解だったと言える。
自分で自分を納得させながら、今まででいちばん顔を赤くして狼狽えている千歳に、尊は声をかける。
「ちー。落ち着け」
「っ、だって……なんで」
「さあ」
「さあって……」
「……何も答えんなって言われたし」
「っ、それは違うくない!?」
「嫌だった?」
「嫌、なわけ、ない……けど」
「じゃあいいじゃん。これで俺は引いてないって分かったろ」
「そう、かもしんない、けどお……」
赤い頬をひと撫でし、千歳を観察する。へなへなと座りこんで、ちらりと尊を窺ってはまたすぐに顔を伏せ唸っている。
本当に、この男は自分のことが好きなのだ。千歳の一挙手一投足は、まっすぐにそう伝えてくる。
「てかさ」
「……なに?」
「なんでも言うこと聞くってさ、もっとすげーのだって出来たわけじゃん。俺が好きってわりには、それこそキスさせろとかじゃなかったのな?」
「それは……考えなかったわけじゃないけど……」
「はは、考えたんだ」
「うん……でもそんなんでしたって意味ないし」
「へえ」
真面目な性分なのだろう。賭けでキスなんてしても意味がない――それはつまり、心ごと欲しいということで。またひとつ、千歳の真剣な想いを思い知る。
尊自身、話せば話すほど千歳には好感が湧いてくる。それこそ、衝動的にキスをしてしまうくらいには。
だからなのだろうか、と尊は自分に問うてみたくなる。もっと色んな顔が見たいから揶揄いたい、だなんて初めての感覚だった。
「じゃあキスしないほうがよかった?」
「……花村がしてくれるのは嬉しいに決まってんじゃん」
「はは」
もう逃げ出すことはしないだろうと判断し、尊は千歳の腕を解放する。その手でミルクティー色の髪に触れてみれば、そんな一瞬の戯れにも千歳は従順に頬を染めた。
「で? 告白にはいもいいえも言えなくして、これからどうすんの?」
「え……?」
「言って終わり? また喋りもしない関係に元通りか?」
「っ、それは無理」
「うん、俺も」
「っ、オレ、押しまくるから!」
必死な宣言に、尊は天を仰ぐようにして笑う。
千歳に嫌われているとの印象が生まれたのは、春に同じクラスになってすぐだった。それ以上でも以下でもなかったからこそ、こんな会話を出来ている今が面白い。千歳があのメモを残してくれなかったら、きっと今も嫌われていると思いこみ続けていただろう。千歳の一歩が大きな変化を齎している。
千歳がいれば、明日からもきっと楽しい。そんな予感が尊の胸で弾けている。水色のキャンディからしゅわしゅわと泡が弾ける瞬間のように。
「押しまくられんのか。ふ、楽しみにしてる」
三階へ到着、もう半階上がれば見上げたそこには屋上への扉。ここから見渡せる限りでは千歳の姿はない。屋上の前とあったのだから、扉の前に小さく設けられた死角の踊り場にいるのだろう。もう足音は届いているはずだ。緩む口元に手を添えて、最後の階段を進む。
思った通り、そこに千歳の姿はあった。下階から続く手すりが直角に曲がったその前で、小さく縮こまっている。尊は千歳の向かいにしゃがみ、扉横の壁に凭れかかった。
「……いつから分かってた?」
「二週間くらい前」
「そんな前から!?」
「うん」
たっぷり間を空けてやっとのことで声を発した千歳は、早くから気づかれていた事実にひどく驚いたようだ。勢いよく顔を上げ、少し潤んだ目を尊に晒す。
「な、んで、オレだって分かった?」
「内緒」
「っ、……言えばよかったのに。そしたらこんなゲーム止められたじゃん」
「まあな。最初はうぜーって思ったし。でもお前だって分かって、止めたいとは思わなかった」
素直にそう言うと、千歳は今度はぽかんと口を開けた。それからゆっくりと首を傾げ、視線は彷徨う。
「な、なんで? 花村はオレのこと嫌いだろ?」
「は? そんなことねぇし、それは俺の台詞だな。お前には嫌われてるってずっと思ってたし。でも……勘違いだったかもって今は思ってる」
「…………」
尊の返事に、千歳はまた顔を伏せてしまった。沈黙が示すのは肯定か否か。表情が見えなくなってしまったことが尊は惜しい。膝の間で頭を抱えた千歳に、疑問を投げかける。
「なんであんなメモ置いた?」
「花村には嫌われてると思ってたから……そうでもしないと関われないと思った」
「そんなに俺と話したかったんだ?」
「……………………そう」
たっぷりと間を置いた千歳はおずおずと顔を上げ、尊からは目を逸らしながらこくんと頷いた。
可愛いな、と思った。立てた膝に頬杖をつき千歳を見下ろしながら、不思議とそう感じた。
笑顔と冷たい目しか知らなかったのに、この二週間で様々な千歳を見てきた。翳った顔はその中でも色濃く印象に残り、だからこそ頬を淡く染めている今が際立つ。
新たな感情を静かに確かめていると、ひとつ深呼吸をして千歳が口を開いた。
「オレの負け。花村の言うこと、なんでも聞く」
その言葉に尊はニヤリと口角を上げる。
「お前がこの賭けで何をしたかったか、それを教えろ」
「え……そ、それは絶対無理!」
「はあ? こっちこそ無理。賭けは賭けだろ、俺の勝ちだから言え」
わざと負ける方法も頭を過ぎったけれど、勝ちを得ることにしたのはこれを思いついたからだった。拒否は一切受け付けない。勝者の言うことは絶対、それがこのゲームの条件だ。
「卑怯じゃん!」
「どこが。正当な権利だろ。なあ教えろよ、ちー」
「っ、ちー?」
「お前のユーザー名。“ち”って言いづれえから、ちーな」
「んだよそれー……」
「ふは、顔あっか」
「見んなよお……」
驚いたかと思えば不貞腐れたように怒って、次の瞬間には萎れた声で顔を赤くする。たった数十秒たらずで、千歳の表情は鮮やかに移ろってゆく。
「ずっとそうしてればいいのに」
「……え? なにが?」
「んー? なんでも」
口をついて出たそれを、けれどはぐらかすように引っこめる。自分だけが知っているのも悪くない気がするからだ。
「ほら、早く言え」
「お願いだからそれ以外にしてほしい」
「やだ」
「……うう」
何をそんなに渋るのだろうか。わざわざ机にメモを、しかも連日置き、妙なゲームを始めてまで叶えたかったことがあるのだろうに。
急かしてみても何度も顔を上げては俯き、たっぷり唸った後。千歳は漸く観念したようだ。
「オレの話、を……受け入れられなくてもいいから、ただ聞いてほしかった」
ぼそぼそと空気に溶けてしまいそうな言葉たちを、尊は一歩体を寄せて拾った。なんだ、そんなことか。拍子抜けだなと正直思いつつ、先を促す。
「分かった。じゃあそれ聞く」
「え! いやいいから!」
「勝った方の言うことなんでも聞くんだろ。それ言え」
「いやいや! 何がしたかったか答えたじゃん! それで終わり!」
「一個だけとは言ってねえよな」
「――……っ、そんなん屁理屈じゃん~……」
今にも床に伏せってしまうのではと思うほど、ずるずると脱力した。そんな千歳から尊は一瞬たりとも目を離さない。
「……言わなきゃだめ?」
「うん」
「どうしても?」
「どうしても」
「……花村絶対引くよ」
「平気だって」
「…………」
どんなことだろうと、ちゃんと最後まで聞き届ける。その意思を示すために、尊は浮かせていた腰を下ろした。悩ましげにくちびるを噛む千歳と目が合い、促すように眉をそっと上げてみせる。
「……何も答えないで、ただ聞いてくれる?」
「分かった。約束する」
「…………花村のことが好き、って。言うつもりだった」
「……好き? って、そういう意味で?」
「……うん」
「…………」
そもそもが、自分のことを嫌っていると感じていた相手だ。この二週間でそれを疑わしく思いはしても、まさか好意を持たれているとは考えもしなかった。尊はぱちぱちと瞬きをくり返す。
本当だろうか。そうなんだ、と簡単に受け取るのも難しく千歳を見つめる。
あんなメモを連日置いたのも、あの階段下でスマートフォンを嬉しそうに眺めていたのも。何度も目が合っていたのも。千歳にそうさせていたのは恋心だった――というのか。
その事実に尊は呆然とする。ぽかんと開いた口を閉じることすら忘れてしまう。誰にも好かれる三上千歳が、話したこともなかった自分を好きだ、なんて。
いつも横顔に本心を見つけてきたように、その片鱗をこの瞬間にも見たくなった。じっと見つめていると、けれどそれは千歳にとって酷なようだった。ぐすん、と鼻を啜ったのは涙が浮かんだのか。尊がハッとした次の瞬間には、千歳は床を這うようにして立ち上がりかけていた。
「引いたよな、オレもう行……」
「ちー」
だが、尊の方が早かった。行かせるものかと千歳の手を掴む。
引かれた、と危惧するのはおそらく男同士だからだろう。だが尊は不快になど感じていなかった。交際経験は中学の頃に一度だけあるが、男女関係なく誰も好きになったことはない。恋愛ごとには生まれてこの方無関心だ。
けれど、三上千歳には興味がある。
千歳とのこの二週間は悪くなかった。いや、いつの間にか楽しくなっていた。千歳の行動が尊に齎したものは、味気ない日々への彩りだった。
このまま終わってしまっては、話もしなかった頃に元通りだろう。いや、悪化する可能性の方が高い。もう目も合わず、だから冷たく逸らされることすらない。
そんなの、ちっとも面白くない。
「俺のこと好きだったんだ?」
「……そうだよ」
「ふうん」
掴んだままの手を引けば、不安定な姿勢だった千歳の体がぐらりと揺れる。その肩をもう片手で受け止め、至近距離で交わる視線。そっぽを向こうとする顔を追いかけ、尊はくちびるを押し当てた。自分の頬でちゅ、と鳴った音を、千歳はすぐには理解出来ないようだ。弾かれたように距離を取り、まんまるに見開かれた瞳がただまっすぐ、尊を見つめている。
「……え? 今の……え、なん……」
なんでキスをしたんだ、と言いたいのだろう。だが明確な理由は、あいにく尊自身にもよく分からない。染まる頬を可愛いと思っている、それは確かだが。逃げ出しそうな千歳をどうにか引き止めたい、そうだ、きっとその一心だったのだ。実際に千歳は逃亡を忘れているのだから、この衝動は正解だったと言える。
自分で自分を納得させながら、今まででいちばん顔を赤くして狼狽えている千歳に、尊は声をかける。
「ちー。落ち着け」
「っ、だって……なんで」
「さあ」
「さあって……」
「……何も答えんなって言われたし」
「っ、それは違うくない!?」
「嫌だった?」
「嫌、なわけ、ない……けど」
「じゃあいいじゃん。これで俺は引いてないって分かったろ」
「そう、かもしんない、けどお……」
赤い頬をひと撫でし、千歳を観察する。へなへなと座りこんで、ちらりと尊を窺ってはまたすぐに顔を伏せ唸っている。
本当に、この男は自分のことが好きなのだ。千歳の一挙手一投足は、まっすぐにそう伝えてくる。
「てかさ」
「……なに?」
「なんでも言うこと聞くってさ、もっとすげーのだって出来たわけじゃん。俺が好きってわりには、それこそキスさせろとかじゃなかったのな?」
「それは……考えなかったわけじゃないけど……」
「はは、考えたんだ」
「うん……でもそんなんでしたって意味ないし」
「へえ」
真面目な性分なのだろう。賭けでキスなんてしても意味がない――それはつまり、心ごと欲しいということで。またひとつ、千歳の真剣な想いを思い知る。
尊自身、話せば話すほど千歳には好感が湧いてくる。それこそ、衝動的にキスをしてしまうくらいには。
だからなのだろうか、と尊は自分に問うてみたくなる。もっと色んな顔が見たいから揶揄いたい、だなんて初めての感覚だった。
「じゃあキスしないほうがよかった?」
「……花村がしてくれるのは嬉しいに決まってんじゃん」
「はは」
もう逃げ出すことはしないだろうと判断し、尊は千歳の腕を解放する。その手でミルクティー色の髪に触れてみれば、そんな一瞬の戯れにも千歳は従順に頬を染めた。
「で? 告白にはいもいいえも言えなくして、これからどうすんの?」
「え……?」
「言って終わり? また喋りもしない関係に元通りか?」
「っ、それは無理」
「うん、俺も」
「っ、オレ、押しまくるから!」
必死な宣言に、尊は天を仰ぐようにして笑う。
千歳に嫌われているとの印象が生まれたのは、春に同じクラスになってすぐだった。それ以上でも以下でもなかったからこそ、こんな会話を出来ている今が面白い。千歳があのメモを残してくれなかったら、きっと今も嫌われていると思いこみ続けていただろう。千歳の一歩が大きな変化を齎している。
千歳がいれば、明日からもきっと楽しい。そんな予感が尊の胸で弾けている。水色のキャンディからしゅわしゅわと泡が弾ける瞬間のように。
「押しまくられんのか。ふ、楽しみにしてる」
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