エンケラドスの女

高柳神羅

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第23話 送り狼

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「それじゃあ、お疲れさん。暗いから気を付けて帰れよー」
「私たち、そんなに酔ってるわけじゃないから。大丈夫大丈夫」
 二十一時。四時間近く続いた飲み会は、最後には食べかけの料理を黙々と処理する形になって幕を閉じた。
 皆結構飲んだというのに、足取りも口調もしっかりしている。むしろ酒が入ってる分気分が上向いているのか、店に来た時よりも元気そうに見えた。
 青木は女たちの輪に混ざって機嫌良さそうに笑いながら、傍らの僕に言った。
「それじゃ、三好。小泉のことは頼むよ」
「……何で僕が小泉の面倒を見ることになってるんだ? 何かおかしくないか?」
 僕は肩を貸している小泉を見た。
 小泉は俯いて、頭をゆらりゆらりと揺らしている。ちゃんと自分の足で立ってはいるが、意識はかなり朦朧としているようだった。
 起きろと言っても曖昧な返事しか返さないし、時々寝言のように何かを呟いているし……
 とてもじゃないが、一人で家に帰すのは無理だった。
 そういうわけで、誰かが彼女の面倒を見ることになったのだが……
 何で僕なのだろう。普通は同性が面倒を見るものなんじゃないのか? 常識的に考えて。
「三好なら送り狼にならないからな。俺はお前のそういう真面目なところを信用してるんだ」
「送り狼になれない、の方が正しいんじゃねぇの?」
 鞄の肩掛け紐を器用に額に引っ掛けた小林が、僕を見て苦笑いする。
「此処で三好が小泉を取って食ったら逆にオレは三好を賞賛するね!」
「取って食……あのな」
 つい反論するが、正直なところぐうの音も出ないのが情けないところだ。
 僕には送り狼になるような度胸はないし、そもそも小泉相手にはそんな気は起こりもしない。
 しょうがないじゃないか。勃たないんだから。
「それじゃあな!」
 青木たちは手を振って、人がまだそれなりに行き交う大通りの中へと姿を消した。
 後に残された僕は、小泉の腕を担ぎ直して溜め息をついた。
「……帰るぞ、ミラ」
「その方はどうするんですか?」
 全然酔っていない様子のミラが、小泉に何やら複雑そうな視線を向けている。
 僕は渋々といったニュアンスを滲ませて、答えた。
「小泉の家の場所を知らないしな……仕方ないから、僕の家に連れてくよ。目が覚めた頃には酔いも少しは抜けて意識がはっきりしてくるだろ」
「……櫂斗さん」
 ミラの表情があからさまに曇る。
「私というものがありながら、他の女性と子作りするなんて……酷いです」
「だから何であんたはすぐにそっちに発想が行くんだよ!」
 ああもう、面倒臭いな!
 僕は溜め息をついて、小泉を引っ張って歩き始めた。
 一体僕は、いつから厄介事下請け人になったんだろう。

 何とか家に帰り着いた僕は、小泉をベッドまで引き摺っていってその上に投げ込んだ。
 小泉はすっかり爆睡していた。くしゃくしゃに乱れた格好を気にすることもなく、寝息を立てている。
 大きく開いた胸元から、下着がちらりと覗いていた。黒だった。
 ふう、と息をついて、僕は鞄を机の上に置いた。
 キッチンに行き、給湯器の電源を入れる。
 こんなことになるなら、出かける前に風呂を沸かしておくんだった。そう独りごちながら、給湯スイッチを入れる。
 戸棚からマグカップを取り出して、水を汲み、一気に喉に流し込む。
 味のない味しかしない水は、僕の中に蟠っていた酔いともやもやとした気分を少しだけ流してくれた。
「……風呂が沸いたら先に入れ」
 ミラにそう声を掛けると、彼女は疑わしげな眼差しで僕のことをじっと見つめてきた。
「私がお風呂に入ってる間に、その方と子作りしてるなんてことは……ないですよね」
「あるわけないだろ! 僕は犯罪者になるのは御免だ!」
 マグカップを流し台に置いて、僕は椅子にどかっと座った。
 パソコンやフィギュアに占領されている小さな机。フィギュアの足下にうっすらと埃が積もっているのを見つけて、そろそろ此処も掃除しなけりゃな、とそんなことをふと思う。
 何だか、落ち着かない。
 家にいる女の数が一人増えただけで、こうも落ち着かなくなるものなんだな。
 寝床も占領されてしまったし、今日はぐっすりと眠れそうにないな……朝を迎えるのが何だか怖いと、子供のようなことを考えて僕は大きな溜め息をついたのだった。
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