23 / 43
第23話 送り狼
しおりを挟む
「それじゃあ、お疲れさん。暗いから気を付けて帰れよー」
「私たち、そんなに酔ってるわけじゃないから。大丈夫大丈夫」
二十一時。四時間近く続いた飲み会は、最後には食べかけの料理を黙々と処理する形になって幕を閉じた。
皆結構飲んだというのに、足取りも口調もしっかりしている。むしろ酒が入ってる分気分が上向いているのか、店に来た時よりも元気そうに見えた。
青木は女たちの輪に混ざって機嫌良さそうに笑いながら、傍らの僕に言った。
「それじゃ、三好。小泉のことは頼むよ」
「……何で僕が小泉の面倒を見ることになってるんだ? 何かおかしくないか?」
僕は肩を貸している小泉を見た。
小泉は俯いて、頭をゆらりゆらりと揺らしている。ちゃんと自分の足で立ってはいるが、意識はかなり朦朧としているようだった。
起きろと言っても曖昧な返事しか返さないし、時々寝言のように何かを呟いているし……
とてもじゃないが、一人で家に帰すのは無理だった。
そういうわけで、誰かが彼女の面倒を見ることになったのだが……
何で僕なのだろう。普通は同性が面倒を見るものなんじゃないのか? 常識的に考えて。
「三好なら送り狼にならないからな。俺はお前のそういう真面目なところを信用してるんだ」
「送り狼になれない、の方が正しいんじゃねぇの?」
鞄の肩掛け紐を器用に額に引っ掛けた小林が、僕を見て苦笑いする。
「此処で三好が小泉を取って食ったら逆にオレは三好を賞賛するね!」
「取って食……あのな」
つい反論するが、正直なところぐうの音も出ないのが情けないところだ。
僕には送り狼になるような度胸はないし、そもそも小泉相手にはそんな気は起こりもしない。
しょうがないじゃないか。勃たないんだから。
「それじゃあな!」
青木たちは手を振って、人がまだそれなりに行き交う大通りの中へと姿を消した。
後に残された僕は、小泉の腕を担ぎ直して溜め息をついた。
「……帰るぞ、ミラ」
「その方はどうするんですか?」
全然酔っていない様子のミラが、小泉に何やら複雑そうな視線を向けている。
僕は渋々といったニュアンスを滲ませて、答えた。
「小泉の家の場所を知らないしな……仕方ないから、僕の家に連れてくよ。目が覚めた頃には酔いも少しは抜けて意識がはっきりしてくるだろ」
「……櫂斗さん」
ミラの表情があからさまに曇る。
「私というものがありながら、他の女性と子作りするなんて……酷いです」
「だから何であんたはすぐにそっちに発想が行くんだよ!」
ああもう、面倒臭いな!
僕は溜め息をついて、小泉を引っ張って歩き始めた。
一体僕は、いつから厄介事下請け人になったんだろう。
何とか家に帰り着いた僕は、小泉をベッドまで引き摺っていってその上に投げ込んだ。
小泉はすっかり爆睡していた。くしゃくしゃに乱れた格好を気にすることもなく、寝息を立てている。
大きく開いた胸元から、下着がちらりと覗いていた。黒だった。
ふう、と息をついて、僕は鞄を机の上に置いた。
キッチンに行き、給湯器の電源を入れる。
こんなことになるなら、出かける前に風呂を沸かしておくんだった。そう独りごちながら、給湯スイッチを入れる。
戸棚からマグカップを取り出して、水を汲み、一気に喉に流し込む。
味のない味しかしない水は、僕の中に蟠っていた酔いともやもやとした気分を少しだけ流してくれた。
「……風呂が沸いたら先に入れ」
ミラにそう声を掛けると、彼女は疑わしげな眼差しで僕のことをじっと見つめてきた。
「私がお風呂に入ってる間に、その方と子作りしてるなんてことは……ないですよね」
「あるわけないだろ! 僕は犯罪者になるのは御免だ!」
マグカップを流し台に置いて、僕は椅子にどかっと座った。
パソコンやフィギュアに占領されている小さな机。フィギュアの足下にうっすらと埃が積もっているのを見つけて、そろそろ此処も掃除しなけりゃな、とそんなことをふと思う。
何だか、落ち着かない。
家にいる女の数が一人増えただけで、こうも落ち着かなくなるものなんだな。
寝床も占領されてしまったし、今日はぐっすりと眠れそうにないな……朝を迎えるのが何だか怖いと、子供のようなことを考えて僕は大きな溜め息をついたのだった。
「私たち、そんなに酔ってるわけじゃないから。大丈夫大丈夫」
二十一時。四時間近く続いた飲み会は、最後には食べかけの料理を黙々と処理する形になって幕を閉じた。
皆結構飲んだというのに、足取りも口調もしっかりしている。むしろ酒が入ってる分気分が上向いているのか、店に来た時よりも元気そうに見えた。
青木は女たちの輪に混ざって機嫌良さそうに笑いながら、傍らの僕に言った。
「それじゃ、三好。小泉のことは頼むよ」
「……何で僕が小泉の面倒を見ることになってるんだ? 何かおかしくないか?」
僕は肩を貸している小泉を見た。
小泉は俯いて、頭をゆらりゆらりと揺らしている。ちゃんと自分の足で立ってはいるが、意識はかなり朦朧としているようだった。
起きろと言っても曖昧な返事しか返さないし、時々寝言のように何かを呟いているし……
とてもじゃないが、一人で家に帰すのは無理だった。
そういうわけで、誰かが彼女の面倒を見ることになったのだが……
何で僕なのだろう。普通は同性が面倒を見るものなんじゃないのか? 常識的に考えて。
「三好なら送り狼にならないからな。俺はお前のそういう真面目なところを信用してるんだ」
「送り狼になれない、の方が正しいんじゃねぇの?」
鞄の肩掛け紐を器用に額に引っ掛けた小林が、僕を見て苦笑いする。
「此処で三好が小泉を取って食ったら逆にオレは三好を賞賛するね!」
「取って食……あのな」
つい反論するが、正直なところぐうの音も出ないのが情けないところだ。
僕には送り狼になるような度胸はないし、そもそも小泉相手にはそんな気は起こりもしない。
しょうがないじゃないか。勃たないんだから。
「それじゃあな!」
青木たちは手を振って、人がまだそれなりに行き交う大通りの中へと姿を消した。
後に残された僕は、小泉の腕を担ぎ直して溜め息をついた。
「……帰るぞ、ミラ」
「その方はどうするんですか?」
全然酔っていない様子のミラが、小泉に何やら複雑そうな視線を向けている。
僕は渋々といったニュアンスを滲ませて、答えた。
「小泉の家の場所を知らないしな……仕方ないから、僕の家に連れてくよ。目が覚めた頃には酔いも少しは抜けて意識がはっきりしてくるだろ」
「……櫂斗さん」
ミラの表情があからさまに曇る。
「私というものがありながら、他の女性と子作りするなんて……酷いです」
「だから何であんたはすぐにそっちに発想が行くんだよ!」
ああもう、面倒臭いな!
僕は溜め息をついて、小泉を引っ張って歩き始めた。
一体僕は、いつから厄介事下請け人になったんだろう。
何とか家に帰り着いた僕は、小泉をベッドまで引き摺っていってその上に投げ込んだ。
小泉はすっかり爆睡していた。くしゃくしゃに乱れた格好を気にすることもなく、寝息を立てている。
大きく開いた胸元から、下着がちらりと覗いていた。黒だった。
ふう、と息をついて、僕は鞄を机の上に置いた。
キッチンに行き、給湯器の電源を入れる。
こんなことになるなら、出かける前に風呂を沸かしておくんだった。そう独りごちながら、給湯スイッチを入れる。
戸棚からマグカップを取り出して、水を汲み、一気に喉に流し込む。
味のない味しかしない水は、僕の中に蟠っていた酔いともやもやとした気分を少しだけ流してくれた。
「……風呂が沸いたら先に入れ」
ミラにそう声を掛けると、彼女は疑わしげな眼差しで僕のことをじっと見つめてきた。
「私がお風呂に入ってる間に、その方と子作りしてるなんてことは……ないですよね」
「あるわけないだろ! 僕は犯罪者になるのは御免だ!」
マグカップを流し台に置いて、僕は椅子にどかっと座った。
パソコンやフィギュアに占領されている小さな机。フィギュアの足下にうっすらと埃が積もっているのを見つけて、そろそろ此処も掃除しなけりゃな、とそんなことをふと思う。
何だか、落ち着かない。
家にいる女の数が一人増えただけで、こうも落ち着かなくなるものなんだな。
寝床も占領されてしまったし、今日はぐっすりと眠れそうにないな……朝を迎えるのが何だか怖いと、子供のようなことを考えて僕は大きな溜め息をついたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あんなにわかりやすく魅了にかかってる人初めて見た
しがついつか
恋愛
ミクシー・ラヴィ―が学園に入学してからたった一か月で、彼女の周囲には常に男子生徒が侍るようになっていた。
学年問わず、多くの男子生徒が彼女の虜となっていた。
彼女の周りを男子生徒が侍ることも、女子生徒達が冷ややかな目で遠巻きに見ていることも、最近では日常の風景となっていた。
そんな中、ナンシーの恋人であるレオナルドが、2か月の短期留学を終えて帰ってきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる