レンドアビリティ~英雄から無能扱いされた雑用係は英雄に己の能力を貸し与えていた神の使徒でした~(仮題)

高柳神羅

文字の大きさ
4 / 16

光を与える者

しおりを挟む
「……えっ」

 幼女からの質問に、僕は自分の耳がおかしくなったのかと思った。
 つい反射的に、手をばたばたと振って彼女の言葉に否を返す。

「いやいや、違うよ! 僕は英雄じゃない。ただの冒険者だよ」

 嘘は言っていない。普通の人間か、と問われたら、それには胸を張って肯定できないのがちょっと申し訳ないところがあるけれど……僕自身は何の名誉もない、何処にでもいるようなティン証認定の冒険者その一なのだ。
 僕がこの森から出て行く時には、一緒にジュリアがいた。当時は彼女も普通の冒険者で英雄ではなかったが、今や彼女が世界を救った英雄だということは世界中の誰もが知っていること。もしもこの子がその時にこの場所にいて、ジュリアの姿を見ているのなら、僕をジュリアと勘違いしたとしてもおかしくはない。
 僕、昔から中性的な顔だったというか、着た服次第で性別変わる、みたいに言われてたことがあって……大人になっても全然髭が濃くならなくて。学生時代のクラスメートの女子たちは「髭反対、あんたはそのままでいい」なんて言うし。僕自身はもうちょっとでいいから男らしくなりたいって思ってるんだけどなぁ。
 と、僕の過去話なんてどうでもいいか。つまり、僕は容姿が女性っぽいから、この子は僕を『女英雄ジュリア』と認識してるんじゃないかって思ったんだよ。
 普通の欲がある人間なら自分を英雄と勘違いされて悪い気分はしない。悪事を働く類の人間なら、そのまま偽英雄として振る舞って美味い話にありつこうと考える奴だっているだろう。
 ……でも、僕にはそういう趣味なんてないし、そもそも騙る必要がない。
 無意味なことはあまりしない主義なんだ。

「この世界を救った英雄はジュリア・エンフィールっていう女性冒険者だよ。僕は、彼女と知り合いではあるけれど、英雄じゃないんだ。ごめんね」
「ふぁふぁ、嘘を申してはいかんぞ、御主。わちきの目は誤魔化せんでの」

 幼女は老婆のような笑い声を発すると、自身の額を指差した。
 眉間の宝石を、よく見えるように僕へと向けてくる。

「わちきは生まれつきの盲目めくらでの。物理的にものを見ることはできぬが、その代わりに魔素エーテルを視ることができる第三の眼があるのじゃ」

 ……成程、そういうことか。
 直接見られていないのに視線を感じた気がしたのは、あの宝石みたいな目で見られていたからなんだ。

「わちきの眼には、御主の体に宿った魔素エーテルの姿がはっきりと映っておる。英雄の名を与えられた人間が身に宿していた魔素エーテルと同じもの……他の人間が持っておるものとは違う、とびきりの純度と濃度を持つ魔素エーテルじゃ。これほどのものを持った人間がそう何人もおるわけがなかろう。そんな道端の石ころみたいにごろごろとおられては、世界の均衡が崩れてしまうでの」

 すん、と肩を竦めて、彼女は持っていた猫じゃらしのふさふさに齧りついた。
 ……本当に食べてるよ、あれ……美味しいのかな。

「何故御主ではなく、傍におった普通の人間が英雄と呼ばれておるのか、それがいささか疑問じゃが……ま、わちきにとっては関係のないことじゃ。毎日の飯と寝床、それに困らぬのであれば世界の行く末などどうでも良いことなんでの」

 言って、猫じゃらしをもうひと齧り。
 ……喋り方からして変わってる子だなとは思ったけど、何と言うか……世捨て人、みたいだな。身の回りのこと以外は何もかもがどうでもいいって風に見える。
 やっぱり、目が見えないから……なんだろうか。生まれつきの盲目ってことは、空が青いことも、この世界が広いことも、知らないんだろう。
 魔素エーテルを視ている、と言ってるから、まるっきり暗闇の世界にいるわけではないんだろうけれど。

「……さて。御主がわちきに用があると申すのでなければ、帰ってたもれ。わちきは忙しいのじゃ。次の飯を探さねばならぬのでの」

 もう、食べることしか考えることがないって感じだな。

「今食べてるのに、もう次の食事のことを考えてるの?」
「たまたま手に入ったのがこれだけだったのじゃ。これっぽっちじゃ全然足りぬわ。寝る時以外は飯探しをしておる。そうでもせねば、とても腹は満たされぬ」
「……森の外に行けば集落があるんだから、そっちで食べ物を買うとかすればいいのに」

 僕の言葉に、彼女は微妙に憮然とした様子で小さく呟いた。

「……それができるならとっくにそうしておるわ」

 僕にさっさと背を向けて食事を再開する彼女の背中を見て、僕は思った。
 ひょっとして……この子は、本当は自分の目が見えないことが悔しいんじゃないのかなって。
 本当は、魔素エーテルを通じてではなく、本物の世界のかたちを見たかったんじゃないのかなって。

「君に用事は……さっきまではなかったんだけど、今、できたよ」

 ──そう考えたら。
 深く関わるつもりはなかったのに、自然と唇が動いていた。

「君の目、僕なら見えるようにしてあげられる」


 彼女の盲目は生まれつきだと言っていた。先天性の病や肉体の欠損は、最高位の祝福魔法をもってしても治療することはできない。先天性ということは、その体にとってその状態が当たり前だからだ。
 だから、彼女の目を『治療する』ことは不可能である。
 でも……別の方法でなら、彼女に不完全でも視力を与えることができる。
 そしてそれができるのは──多分、あの人の能力を使える僕だけだろう。
 偽善、なのかもしれない。単なる僕の自己満足なのかもしれない。
 この子だって、そんなことは欠片も望んでいないかもしれない。

 それでも。
 放っておけないと、思ってしまったんだ。
 もしも僕が同じ身の上だったとしたら、きっと耐えられなかっただろうから。


「──視界共有イデム・オクルス


 言霊に応えた僕の魔力が、蔦のように彼女の頭を絡め取る。
 そしてそれは、彼女の体に吸収されて消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...