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光を与える者
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「……えっ」
幼女からの質問に、僕は自分の耳がおかしくなったのかと思った。
つい反射的に、手をばたばたと振って彼女の言葉に否を返す。
「いやいや、違うよ! 僕は英雄じゃない。ただの冒険者だよ」
嘘は言っていない。普通の人間か、と問われたら、それには胸を張って肯定できないのがちょっと申し訳ないところがあるけれど……僕自身は何の名誉もない、何処にでもいるような錫証認定の冒険者その一なのだ。
僕がこの森から出て行く時には、一緒にジュリアがいた。当時は彼女も普通の冒険者で英雄ではなかったが、今や彼女が世界を救った英雄だということは世界中の誰もが知っていること。もしもこの子がその時にこの場所にいて、ジュリアの姿を見ているのなら、僕をジュリアと勘違いしたとしてもおかしくはない。
僕、昔から中性的な顔だったというか、着た服次第で性別変わる、みたいに言われてたことがあって……大人になっても全然髭が濃くならなくて。学生時代のクラスメートの女子たちは「髭反対、あんたはそのままでいい」なんて言うし。僕自身はもうちょっとでいいから男らしくなりたいって思ってるんだけどなぁ。
と、僕の過去話なんてどうでもいいか。つまり、僕は容姿が女性っぽいから、この子は僕を『女英雄ジュリア』と認識してるんじゃないかって思ったんだよ。
普通の欲がある人間なら自分を英雄と勘違いされて悪い気分はしない。悪事を働く類の人間なら、そのまま偽英雄として振る舞って美味い話にありつこうと考える奴だっているだろう。
……でも、僕にはそういう趣味なんてないし、そもそも騙る必要がない。
無意味なことはあまりしない主義なんだ。
「この世界を救った英雄はジュリア・エンフィールっていう女性冒険者だよ。僕は、彼女と知り合いではあるけれど、英雄じゃないんだ。ごめんね」
「ふぁふぁ、嘘を申してはいかんぞ、御主。わちきの目は誤魔化せんでの」
幼女は老婆のような笑い声を発すると、自身の額を指差した。
眉間の宝石を、よく見えるように僕へと向けてくる。
「わちきは生まれつきの盲目での。物理的にものを見ることはできぬが、その代わりに魔素を視ることができる第三の眼があるのじゃ」
……成程、そういうことか。
直接見られていないのに視線を感じた気がしたのは、あの宝石みたいな目で見られていたからなんだ。
「わちきの眼には、御主の体に宿った魔素の姿がはっきりと映っておる。英雄の名を与えられた人間が身に宿していた魔素と同じもの……他の人間が持っておるものとは違う、とびきりの純度と濃度を持つ魔素じゃ。これほどのものを持った人間がそう何人もおるわけがなかろう。そんな道端の石ころみたいにごろごろとおられては、世界の均衡が崩れてしまうでの」
すん、と肩を竦めて、彼女は持っていた猫じゃらしのふさふさに齧りついた。
……本当に食べてるよ、あれ……美味しいのかな。
「何故御主ではなく、傍におった普通の人間が英雄と呼ばれておるのか、それがいささか疑問じゃが……ま、わちきにとっては関係のないことじゃ。毎日の飯と寝床、それに困らぬのであれば世界の行く末などどうでも良いことなんでの」
言って、猫じゃらしをもうひと齧り。
……喋り方からして変わってる子だなとは思ったけど、何と言うか……世捨て人、みたいだな。身の回りのこと以外は何もかもがどうでもいいって風に見える。
やっぱり、目が見えないから……なんだろうか。生まれつきの盲目ってことは、空が青いことも、この世界が広いことも、知らないんだろう。
魔素を視ている、と言ってるから、まるっきり暗闇の世界にいるわけではないんだろうけれど。
「……さて。御主がわちきに用があると申すのでなければ、帰ってたもれ。わちきは忙しいのじゃ。次の飯を探さねばならぬのでの」
もう、食べることしか考えることがないって感じだな。
「今食べてるのに、もう次の食事のことを考えてるの?」
「たまたま手に入ったのがこれだけだったのじゃ。これっぽっちじゃ全然足りぬわ。寝る時以外は飯探しをしておる。そうでもせねば、とても腹は満たされぬ」
「……森の外に行けば集落があるんだから、そっちで食べ物を買うとかすればいいのに」
僕の言葉に、彼女は微妙に憮然とした様子で小さく呟いた。
「……それができるならとっくにそうしておるわ」
僕にさっさと背を向けて食事を再開する彼女の背中を見て、僕は思った。
ひょっとして……この子は、本当は自分の目が見えないことが悔しいんじゃないのかなって。
本当は、魔素を通じてではなく、本物の世界のかたちを見たかったんじゃないのかなって。
「君に用事は……さっきまではなかったんだけど、今、できたよ」
──そう考えたら。
深く関わるつもりはなかったのに、自然と唇が動いていた。
「君の目、僕なら見えるようにしてあげられる」
彼女の盲目は生まれつきだと言っていた。先天性の病や肉体の欠損は、最高位の祝福魔法をもってしても治療することはできない。先天性ということは、その体にとってその状態が当たり前だからだ。
だから、彼女の目を『治療する』ことは不可能である。
でも……別の方法でなら、彼女に不完全でも視力を与えることができる。
そしてそれができるのは──多分、あの人の能力を使える僕だけだろう。
偽善、なのかもしれない。単なる僕の自己満足なのかもしれない。
この子だって、そんなことは欠片も望んでいないかもしれない。
それでも。
放っておけないと、思ってしまったんだ。
もしも僕が同じ身の上だったとしたら、きっと耐えられなかっただろうから。
「──視界共有」
言霊に応えた僕の魔力が、蔦のように彼女の頭を絡め取る。
そしてそれは、彼女の体に吸収されて消えていった。
幼女からの質問に、僕は自分の耳がおかしくなったのかと思った。
つい反射的に、手をばたばたと振って彼女の言葉に否を返す。
「いやいや、違うよ! 僕は英雄じゃない。ただの冒険者だよ」
嘘は言っていない。普通の人間か、と問われたら、それには胸を張って肯定できないのがちょっと申し訳ないところがあるけれど……僕自身は何の名誉もない、何処にでもいるような錫証認定の冒険者その一なのだ。
僕がこの森から出て行く時には、一緒にジュリアがいた。当時は彼女も普通の冒険者で英雄ではなかったが、今や彼女が世界を救った英雄だということは世界中の誰もが知っていること。もしもこの子がその時にこの場所にいて、ジュリアの姿を見ているのなら、僕をジュリアと勘違いしたとしてもおかしくはない。
僕、昔から中性的な顔だったというか、着た服次第で性別変わる、みたいに言われてたことがあって……大人になっても全然髭が濃くならなくて。学生時代のクラスメートの女子たちは「髭反対、あんたはそのままでいい」なんて言うし。僕自身はもうちょっとでいいから男らしくなりたいって思ってるんだけどなぁ。
と、僕の過去話なんてどうでもいいか。つまり、僕は容姿が女性っぽいから、この子は僕を『女英雄ジュリア』と認識してるんじゃないかって思ったんだよ。
普通の欲がある人間なら自分を英雄と勘違いされて悪い気分はしない。悪事を働く類の人間なら、そのまま偽英雄として振る舞って美味い話にありつこうと考える奴だっているだろう。
……でも、僕にはそういう趣味なんてないし、そもそも騙る必要がない。
無意味なことはあまりしない主義なんだ。
「この世界を救った英雄はジュリア・エンフィールっていう女性冒険者だよ。僕は、彼女と知り合いではあるけれど、英雄じゃないんだ。ごめんね」
「ふぁふぁ、嘘を申してはいかんぞ、御主。わちきの目は誤魔化せんでの」
幼女は老婆のような笑い声を発すると、自身の額を指差した。
眉間の宝石を、よく見えるように僕へと向けてくる。
「わちきは生まれつきの盲目での。物理的にものを見ることはできぬが、その代わりに魔素を視ることができる第三の眼があるのじゃ」
……成程、そういうことか。
直接見られていないのに視線を感じた気がしたのは、あの宝石みたいな目で見られていたからなんだ。
「わちきの眼には、御主の体に宿った魔素の姿がはっきりと映っておる。英雄の名を与えられた人間が身に宿していた魔素と同じもの……他の人間が持っておるものとは違う、とびきりの純度と濃度を持つ魔素じゃ。これほどのものを持った人間がそう何人もおるわけがなかろう。そんな道端の石ころみたいにごろごろとおられては、世界の均衡が崩れてしまうでの」
すん、と肩を竦めて、彼女は持っていた猫じゃらしのふさふさに齧りついた。
……本当に食べてるよ、あれ……美味しいのかな。
「何故御主ではなく、傍におった普通の人間が英雄と呼ばれておるのか、それがいささか疑問じゃが……ま、わちきにとっては関係のないことじゃ。毎日の飯と寝床、それに困らぬのであれば世界の行く末などどうでも良いことなんでの」
言って、猫じゃらしをもうひと齧り。
……喋り方からして変わってる子だなとは思ったけど、何と言うか……世捨て人、みたいだな。身の回りのこと以外は何もかもがどうでもいいって風に見える。
やっぱり、目が見えないから……なんだろうか。生まれつきの盲目ってことは、空が青いことも、この世界が広いことも、知らないんだろう。
魔素を視ている、と言ってるから、まるっきり暗闇の世界にいるわけではないんだろうけれど。
「……さて。御主がわちきに用があると申すのでなければ、帰ってたもれ。わちきは忙しいのじゃ。次の飯を探さねばならぬのでの」
もう、食べることしか考えることがないって感じだな。
「今食べてるのに、もう次の食事のことを考えてるの?」
「たまたま手に入ったのがこれだけだったのじゃ。これっぽっちじゃ全然足りぬわ。寝る時以外は飯探しをしておる。そうでもせねば、とても腹は満たされぬ」
「……森の外に行けば集落があるんだから、そっちで食べ物を買うとかすればいいのに」
僕の言葉に、彼女は微妙に憮然とした様子で小さく呟いた。
「……それができるならとっくにそうしておるわ」
僕にさっさと背を向けて食事を再開する彼女の背中を見て、僕は思った。
ひょっとして……この子は、本当は自分の目が見えないことが悔しいんじゃないのかなって。
本当は、魔素を通じてではなく、本物の世界のかたちを見たかったんじゃないのかなって。
「君に用事は……さっきまではなかったんだけど、今、できたよ」
──そう考えたら。
深く関わるつもりはなかったのに、自然と唇が動いていた。
「君の目、僕なら見えるようにしてあげられる」
彼女の盲目は生まれつきだと言っていた。先天性の病や肉体の欠損は、最高位の祝福魔法をもってしても治療することはできない。先天性ということは、その体にとってその状態が当たり前だからだ。
だから、彼女の目を『治療する』ことは不可能である。
でも……別の方法でなら、彼女に不完全でも視力を与えることができる。
そしてそれができるのは──多分、あの人の能力を使える僕だけだろう。
偽善、なのかもしれない。単なる僕の自己満足なのかもしれない。
この子だって、そんなことは欠片も望んでいないかもしれない。
それでも。
放っておけないと、思ってしまったんだ。
もしも僕が同じ身の上だったとしたら、きっと耐えられなかっただろうから。
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