レンドアビリティ~英雄から無能扱いされた雑用係は英雄に己の能力を貸し与えていた神の使徒でした~(仮題)

高柳神羅

文字の大きさ
6 / 16

【閑話】白金貨添えスクランブルエッグ

しおりを挟む
 彼女たちの朝は、温かな食事から始まる。
 目覚めたら身支度を整えて食卓を囲み、出来上がったばかりの朝食を淹れたての紅茶をお供に頂くのが常であった。
 食事の献立は、毎回変わる。その時々のストックにある食材次第でメイン食材が同じものになる、ということは割とあったが、それでも献立そのものが全く同じになることは一度たりとしてなかった。
 美味しくて、飽きのこない食事を日に三度食べられる。
 何と充実した生活なのだろう。


 ──それが当たり前のことなのだと、疑っていなかった。
 席に着けばすぐにできたての料理が出てくる、それが如何に恵まれたことだったのか。そのことを、この日彼女たちは嫌でも知ることになるのであった。


「なー、まだできないのかよ、アジュリー。いい加減腹減っちまったよ」
「無茶言わないでほしいっス。オレ、料理なんてあんましやったことないんだから……」
「もー、今日は建国の書類提出に王都まで行かなきゃならないんだから、早くしてちょうだい。たかが卵一個焼くのに何分かかってるのよ」
「そんな急かされても……うしっ、できた! はいはい、今持って行きますよー、っと」

 戦場では隠密索敵遠距離狙撃はお手の物、手先の器用さでは右に出るものなしと言われたパーティの斥候も、フライパンを握るのはいささか苦手な様子である。
 微妙に炭化している部分と生焼けの部分が絶妙な具合に混ざり合った卵の塊を片手にリビングへと現れると、それを大量に盛った皿をテーブルの中央に置く。
 自分の席で食事の到着を待ち侘びていた一同の口が半開きになった。

「……何よ、これ」
「何って……スクランブルエッグっスけど……」
「あんた、変なところで器用ね……炭と生焼けを同時に拵えるなんて、普通はできないわよ」
「いやぁ、ハハハ」
「褒めてねぇって」

 ハロルドに呆れられ、アジュリーは頭を掻きながら自分の席に座った。

「ま、まぁ見てくれは悪いかもしんないっスけど、味は保障するんで! ちゃんと瓶に入ってたスパイス使ったから!」
「あぁ、ミナヅキがよく使ってたやつか。それなら味は大丈夫か」

 必死に弁明するアジュリーに溜め息を漏らしつつ、ハロルドは見た目は微妙だが味は美味いと主張されている皿の上のそれにフォークを向けた。
 比較的にまともそうに見える部分を掬い取り、一呼吸置いて口へと運ぶ。
 何度か噛み締めた後、眉を顰めて、傍らのカップを手に取った。

「……全然大丈夫じゃねぇぞ。味が濃すぎる。食べると喉が乾くな」
「えぇ、そんなはずは……うっは、まずっ。えー、そんなにスパイス入れてないっスよ? 瓶の中は殆ど空っぽだったから、使い切った方が良さそうだなって思って残り全部使っちゃったけど」
「ぷぇ、何これ、スパイスの味しかしないじゃない……辛っ」

 ハロルドに続いて一口味見したジュリアも眉間に皺を寄せた。
 作った当人のアジュリーですら、一言不味いと言い切ってからは全く手をつけようとしていない。

「スパイスはいつでも買い足せるから使い切ったのはいいけど、せめて食べられるものを作りなさいよ。あたしはこれ無理。あんたたちで片付けなさいよね」
「オレも流石にこれは無理だな。水がなきゃ食えねぇ」

 一同の視線が集中したので、ムムはカップに口をつけたまま必死で首を左右に振った。
 滅多なことでは否定の意を示さない元素魔道士も、流石に食べれば腹を壊すことが分かり切っている料理を口にするのは御免なようだ。
 アストリッドは誰にも分からない程度に小さく溜め息をつくと、スクランブルエッグ(と称された何か)の皿を抱えて席を立った。

「……スープにすれば、多少は味が良くなるかもしれない……作り直してくる」
「おう。悪いなー、アストリッド」
「……はぁ、朝から酷い目に遭ったわ。人を雇うのは建国してから、って考えてたけど、料理担当だけでも早いうちに探した方がいいかもしれないわね」

 ジュリアは紅茶を飲み干して、気だるげに立ち上がった。

「料理、作り直すのに時間かかるわよね? 今のうちに書類提出しに王都に行ってくるわ。ついでにスパイスも買ってくる」
「王都に? 大丈夫なのか? ジュリア」
「平気よ。あたし、テレポートできるし。また後で来るから申請だけ通しといてって書類だけ預けて来るつもりだからそこまで時間かからないわよ」

 切らしたスパイスの瓶をちょうだい、と言いながら、彼女は厨房へと移動していった。
 残された男三人は互いに顔を見合わせて、揃って首を左右に振ると、溜め息をついて手元の紅茶を啜り、独りごちたのだった。
 飯がこんなに悲惨になるんなら、あいつを追い出すのは新しい料理人を雇ってからにしときゃ良かったかな……と。



「……え、どういうことよ、それ」

 相手からの返答に、ジュリアは自分の耳はおかしくなったのかと疑ってカウンターから身を乗り出す勢いで相手へと詰め寄った。

「何でこんな粗末な粉が金貨二十枚もするの!? 金貨二十枚……要は白金貨二枚ってことでしょ!? 何かの間違いじゃないの!?」
「そう仰られましても……金貨二十枚でも結構ぎりぎりまで値引いた値段なんです。殆ど仕入れ値と同じですから……これ以上は赤字になってしまいますので、流石に……」

 様々な種類の食用香草ハーブやスパイスを詰めた瓶がずらりと並んだ棚に挟まれて、店主は心底申し訳なさそうにジュリアの問いに答えた。

「英雄様がお持ちのそのスパイスは、王族や高い爵位をお持ちの貴族の方々が食されているほどの高級品なんです。幾つかの素材を粉末にして決められた割合でブレンドして作れば完成することだけは広く知られているのですが、その素材が何なのかはごく一部の職人にしか伝わっていない秘匿のレシピだそうで……市場にも殆ど出回らない上に、たまに売りに出されたとしてもその殆どは王族や貴族の方々に買い上げられてしまうのですよ」

 うちの店に在庫があったのは本当にたまたまのことで、普段から扱っている品物ではない、と付け加える店主だった。

「英雄様もこのスパイスの価値は御存知かと思っていたのですが……ひょっとして、御存知なかったのですか?」
「……これは、ミナヅキ……うちのパーティにいた雑用係が作ってたものなのよ。あいつが勝手に材料集めて勝手に作って使ってたやつだから、あたしはこれがそんな高級品だったなんて全然知らなかったわ……その辺の香草ハーブを適当に混ぜたんだろうとしか思ってなかった」
「え……その方はこれの製法に通じている方なのですか? それは何とも羨ましいことで……それなら、その方に同じスパイスを作ってほしいと依頼なされた方が手っ取り早いかと」
「……無理よ……だって、あいつ、もううちにはいないから……」

 炊事洗濯しか能がない奴だったからパーティから追い出した、なんて口が裂けても言えない。
 今此処でそんなことを口外した日には、少なくともこの店主には『この英雄はスパイスの価値どころか人の価値すら分からない無知な女』だと思われることになる。
 スパイスの価値を知らなかったのはまだ良いだろう。食材に関して無知な一流の冒険者などその辺には掃いて捨てるほどいる。
 しかし、人を見る目がないと認知されるのは、冒険者の肩書きを持つ者としては致命的だった。
 ましてや、ジュリアは世界を救った英雄である。
 英雄としての名誉に傷が付くのは、御免だった。
 ……これにこんな価値があったなんて……何てことなの。追い出す前にレシピを置いて行けって言っておけば良かったわ。
 胸中で悔しさに歯を噛み締めているジュリアに、店主は控えめに助言を呈した。

「商業都市の方であれば、うちよりも多少は安価で手に入るかもしれません。もっとも、販売されている保障もないので何とも申し上げられませんが……如何なさいます?」
「…………」

 ジュリアは考える。
 たかがスパイスの小瓶ひとつに白金貨二枚を支払うのは馬鹿馬鹿しい。
 しかし、このスパイスを使って拵えた料理の味に慣れてしまったこの体が、今更その辺で安価で売られている塩胡椒だけの味付けで満足できるはずもない。
 大都市の一流の料理屋で味わった高級料理ですら微妙に物足りなく感じていたほどだ。小さな町の小さな料理屋で提供されている庶民向けの料理など、口に合わなくて食べられたものじゃないと突っぱねる未来は容易に想像できる。

 これから、その不味い料理に体が馴染むまで付き合い続けるのか?
 それとも、今この場で対価を払って馴染みの味を手に入れるか?

 二つの思いを天秤にかけてしばし考えた末に──
 彼女は、重々しく口を開いた。

「……買うわ。そのスパイス……金貨二十枚だったわね。売ってちょうだい」
「ありがとうございます」

 この日一番──どころか開店以来最高の売上記録が確定したことに、店主は思わず雄叫びを上げたくなるのをぐっと堪えて控えめに、そして丁寧に頭を下げたのだった。



 金貨二十枚と引き換えに手に入れたスパイスの小瓶を腰のポーチに押し込んで、ジュリアは若干苛立たしげに髪を掻き上げた。
 緩くウェーブが掛かったセミロングの金髪が、日の光を浴びて絹糸のように輝く。

「……えらい買い物だったわ。全く……あいつもあいつよ、そんなに高いスパイスなら、最初からそう教えときなさいよね……!」

 今はもう何処にいるのかも分からない、声と名前を聞かなかったら女と勘違いしていたであろう黒髪の男の顔を思い出して愚痴を漏らす。
 この出費は後でギルドで適当な仕事を見繕って取り戻そう、と自分に言い聞かせて何とか苛立ちを押さえて、外出した本来の目的であった申請書の方に意識をシフトした。

「はぁ……何か用事済ませる前に疲れちゃったわね。もう、さっさと出して来ちゃいましょ」

 この町から国王の城がある王都までは徒歩でおよそ八日かかるほどの距離がある。馬車であれば休憩なしで走り続ける計算で約一日ほどで着くが、何にせよそう簡単に近所の雑貨屋に買い物に行くのと同じようなニュアンスで行ってくると言えるような場所ではない。
 彼女がそんなことをぽんと簡単に言えるのは、彼女が別の手段を使って一瞬で移動するつもりでいたからだ。

「テレポートが使えて良かったわ、ほんとに」

 テレポート。遠く離れた場所へ一瞬で移動する効果を持つ空間魔法の一種である。
 移動先に転移の紋を刻み、それと現在地に刻んだ紋を魔力で繋いで魔素エーテルの通り道を作る。その通り道に魔素エーテル化させた己の肉体を乗せることで遠くへと一瞬で移動する──この仕組みで遠方への瞬間移動を可能としているのだ。大勢を同時に転移させることもできるが、その場合は相応の魔力を必要とし、転移させたい人間全員が手を繋ぐなどの方法で体の一部を繋いでおく必要がある。
 無論、制約もある。転移の紋を刻むためには目的地の鮮明なイメージを頭に浮かべる必要があるため、術者が一度でも実際に足を運んで目にしたことがある場所でなければこの魔法は使えないという決まりがあるのだ。他にも現地の魔素エーテル濃度が高すぎて土地に干渉できず転移の紋が刻めないなど、一度行ったことがある場所でも転移先として指定できない場所も数多く存在する。
 しかし、その制約があることを踏まえても、この魔法の利便性は高い。現存する使い手は、確認されているだけでジュリアを含めて世界で三人のみとされており、殆ど幻の魔法ではあるのだが、もしも旅先でこの魔法の使い手に出会うことがあったら是非ともパーティにスカウトしたいと日頃から彼女は考えていた。

「──テレポート」

 ジュリアは双眸を閉ざし、目的地である王都の門を脳内にしっかりとイメージして、魔法を唱えた。
 全身に巡った魔力が、頭の中心に集まっていく感覚が生まれる。


 ──だが、それだけだった。


 虚空へと流れていく言霊。
 頭に集中していた自身の魔力も、霧散して存在感を失っていく。
 いつもの浮遊感が起きない。周囲の物音も途切れない。
 何か妙だと思ったジュリアが瞼を開くと、若干ぼやけた視界の中心に現れたのは、

 先程と全く変わらない、地元の町の見慣れた景色だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...