レンドアビリティ~英雄から無能扱いされた雑用係は英雄に己の能力を貸し与えていた神の使徒でした~(仮題)

高柳神羅

文字の大きさ
10 / 16

新しき王と深淵に消ゆ王妃

しおりを挟む
 この町で商売をしている店のおよそ半分は、海産物を販売する鮮魚店である。
 港で水揚げされたばかりの新鮮な魚介を内陸とは比較にならないほどの安価で販売し、希望すれば購入した魚をその場で捌いたり貝の中身を殻から取り出したりもしてくれる。魚を捌くのが苦手な人にとっては有難いサービスだ。
 販売している魚介は店によって多少の違いはあるものの、基本的に同じ港から仕入れているだけあってラインナップは似通ったものが多い。
 だから何処の店も仕入れ値ぎりぎりまで値下げをしたりおまけをつけてくれたりと、客の獲得に必死のようだ。

「まいどありっ! おまけでレモン塩のサービスしとくぜ! その魚はそいつをつけて食うと目茶苦茶美味いんだ、試してみてくれよなっ!」
「ありがとうございます」

 購入した魚とレモン塩が入った麻の小袋を手に、僕は店を後にした。
 その後を、質素な外套を頭からすっぽり被った小柄な人物が僕の左手をしっかりと握って付いて来る。

「随分と買い込んだの、御主」
「あはは……まぁ、新鮮な生の魚は港町でしか手に入らないからね。お陰でお金の残りが結構少なくなっちゃったけど……お金は何処かで仕事貰って稼げばいいし、大した問題じゃないよ」

 食というものは、生きる上で最も重要な要素だと僕は考えている。
 衣食住。人間が人間らしく生きていく上で必要不可欠なものがその三つだと言われていて、実際日本はそれがないと生きていくのが難しい環境だった。
 この世界では、食の問題さえクリアできれば、残り二つはなくても案外何とかなったりする。そもそも冒険者なんて家なしであることの方が多いし、裸で外を歩いていたとしても、それがやむを得ない事情の上でしていることなら咎められはしない。流石に大都市とかで故意に露出魔みたいな真似事をしたら憲兵に捕まるけど。

「それに貴女だって、何処かで野宿した時に食べる御飯は美味しい方がいいでしょ?」
「わちきは飯にありつければ何でも良いんじゃがの。まあ、飯は美味であるに越したことはない。美味い飯のために投資し手間隙をかけるのは、然るべきことじゃ」
「そうだね」

 この町で僕が様々な店を巡って手に入れたのは、魚介を中心とした新鮮な海産物。それから魚料理に合うと地元人たちに評判の香草ハーブを何種類か。勿論此処にきた本来の目的である塩と胡椒も忘れずに手に入れたよ。こちらは良質のものがそこそこまとまった量を安く買うことができた。
 これで作ろうと思っていたスパイスも作れるし、しばらくは野宿になっても食事には困らないだろう。
 勿論、仕事を探して生活費を稼ぐことは続けるつもりだけど。

「さて。次は何処へ行くつもりなのじゃ? 英雄殿」
「……僕は英雄じゃないから普通に名前で呼んでほしいんだけどな……名前、教えたはずだけど」

 ツクヨミは、どういうわけか僕が名乗った後も僕を英雄呼びすることをやめない。

「世間で英雄と呼ばれているのはジュリアだから、僕が貴女から英雄と呼ばれているのを誰かに聞かれると面倒なことになっちゃうんだけど……」

 ジュリアの容姿を知っている人は僕を英雄の名を騙る悪人だと勘違いするかもしれないし、容姿を知らないで「英雄は女である」ことだけは知っている人は僕をジュリアと勘違いするかもしれないし。
 どっちに転んだとしても、僕にとっては何も良いことがないのだ。

「何を申しておる」

 心底意外、とでも言いたげな表情をして、ツクヨミはすんと鼻を鳴らした。

「どういう事情があって御主ではない人間が英雄として扱われておるのか、それに関してはわちきの知ったことではないがの。英雄としての『力』は、紛れもなく御主が持っておるのじゃ。真の英雄たる者を英雄と呼ばずして何とする? わちきの名が知られることと違い、御主には何の非もなかろうて」
「確かに僕は何も犯罪になるようなことはしてないけど……僕は称えられるのも敬われるのもあまり好きじゃないし、それにあまり目立ちたくないんだ。貴女ほどじゃないかもしれないけど、僕の身の上も色々と特殊だからね……」

 出身は何処かと訊かれて「異世界にある日本という国から来ました」なんて言えるわけがないし、僕の身に宿ったこの能力はどうやって得たんだと訊かれて「あの人から授けられました」と答えた日にはどういう反応をされるか分からないし。
 あの人の名前はこの世界では物凄く有名……というか知らない人なんていないだろうから、僕の能力に関する話は、ひょっとしたら信じてくれる人もいるかもしれないけれど。

「貴女が人前で本名で呼んでほしくない、と言ったことと理由は殆ど同じだよ。僕も貴女も平穏に暮らしていくために、僕が持っている力が英雄の力だってことは秘密にしておくべきなんだ。僕はあくまで……表向きはティン証ランクの冒険者その一、なんだよ」

 僕には名誉も地位もなくていい。
 この先本気で守りたい存在ができた時に、それを守るために必要だというのなら、その時には求めるかもしれないけれど。
 ジュリアのように、自分の国を建てて王になって後世まで名前を残したいとか、そういうことは考えていないのだ。

「そういう事情があるのなら、仕方がないの……ミナヅキ殿」

 ツクヨミは肩を竦めて、改めて僕の事を名前で呼んでくれた。

「わちきも、先は御主から貰った名と目があったからこそ難を逃れたようなものじゃからな。今の世、わちきのような者が穏やかに暮らしていくのは難しい。そのために名を偽り、身分を偽り、存在せぬ者を演じるのは必要不可欠なこと……仕方のないことじゃて」

 先のこと、とは、例の料理屋で遭遇した全身鎧姿の集団のことだ。
 彼らは自分たちは諸国を旅して回っている旅人で、『ルナリア』という名前の女性を探していると名乗ってきた。
 彼らは、その『ルナリア』という人物が魔法に精通しており、古の魔法の使い手でもあり、変身魔法が使えることや自分の年齢操作ができることを知っていた。
 たまたま立ち寄ったこの町で容姿がその探し人と物凄く似ていたツクヨミを偶然見かけて、それで僕に声を掛けてきたってわけだ。
 普通ならば彼女がそうですとツクヨミを彼らに紹介するところなのだが、彼らの言動を見ていると、どうも胡散臭いというか好印象を抱くことができなかった。
 初対面の僕に対して何処か高圧的で見下しているような感じがしたし、何より探し人である『ルナリア』を丁重に扱うという雰囲気が感じられなかったのだ。
 ツクヨミが僕に何の説明もなしにいきなりスズメに化けて他人のふりをし始めたことからも、僕の予想はあながち外れていないことが伺える。
 だからあの時は、僕がスズメに変身したツクヨミを僕の使い魔だと偽り、彼女が皆の前で僕があれこれ命令したことを忠実にこなす様子を見せてどうにか納得してもらい、帰ってもらった。
 命令といっても、僕の肩に乗ってとか簡単なことしか言ってないけどね。
 本当に使い魔なのかということはさておいて、ツクヨミが目が見えていないとできないであろう行動を普通に取っていたことから、このスズメは自分たちの探し人とは無関係で、見かけた幼女も恐らくはただの見間違いだろうと結論付けたようだった。
 ……もっとも、彼らの中では、見かけた幼女が完全に探し人とは別人である、と確定したわけじゃない。再び僕と会った時に、今回の件であれこれ訊かれる可能性はある。
 今後は、あの全身鎧姿を見かけた時は注意しないといけない。
 ツクヨミが外套を頭から被って外から顔が見えないようにしているのは、彼女を探している人が他にもいた場合、一見しただけではすぐに彼女だと判別できないようにするためだ。容姿が既に幼女化しているから、彼女のことを直接知っている人でもない限りは顔を晒していても分からないとは思うけれど……念のためというやつだ。

「……ところで、貴女を探していると言ってたあの人たち。普通の旅人だって言ってたけど、何となく騎士って感じの雰囲気がしたんだけど……」
「ふぁふぁ、そこに気付くか御主。流石じゃな。……そうじゃ、あの者らはわちきの国──ルガルの王家に仕える騎士じゃ」

 王家に仕える騎士……つまり国仕えの騎士の中でも上位階級の存在ってことか。

「王の命令でわちきを探しに来たのじゃろう。……わざわざゲートを開くとは御苦労なことじゃな。そこまで労力を費やしてまでこちらに来んでも、国を出たわちきのことなど捨て置いてくれれば良かろうに。全く、あやつも肝の小さき男じゃな」

 ふ、と小さく短い息を吐く音。多分失笑したのだろう。
 自分の国の王を馬鹿にするようなこの態度。此処にはその王様がいないからいいようなものの、これって国賊扱いされる行為なんじゃ……?

「……あのさ、僕はそのルガルって国がどういうところで王様がどういう人物なのかを知らないから強くは言わないけれど、自分の国の王様をそういう風にあからさまに馬鹿にするのはやめた方がいいんじゃ……誰かに聞かれてたら大事になるよ」
「構わんよ。あやつのことも、あの国も……御主ら人間にとっては排除すべき存在ものなんじゃろう? 確かにかの地で同じことを言おうものなら即捕らえられ首を刎ねられるじゃろうが、この地ではあやつを卑下したところでわちきを諌めるような人間はおらぬ」

 御主は知らんのか? と意外そうに小首を傾げたツクヨミは、静かに語り始めた。

「……今よりおよそ七十年前。ゲートと呼ばれる二つの異なる次元を繋ぐ道が開かれ、御主ら人間が住むこの地に数多の軍勢を率いてゲートを介し攻め入った者がおった。軍勢を率いるその男は当時のルガル国の統治者、すなわち王──御主ら人間たちに『反王』の名で呼ばれておった者じゃ」

 この世界には、一定の周期で世界の何処かで魔物や妖異が大量に溢れ返るという現象が起きる。
 その現象のことを『闇の氾濫』と呼び、その現象を鎮めた人物を『英雄』として讃えるのだ。

「二年前に王は討たれたが、王には息子がおった。息子は亡き父の遺志を継いで次期王となり、再びこの地に攻め入るつもりでおる。……御主らにとっての『反王』は死してはおらぬのじゃよ。あやつがゲートを自在に開く術を得た今、近いうちに……この地はかつてと同じ戦乱の世となるじゃろうて」

 『闇の氾濫』が別次元同士を繋ぐ通り道が生まれてそこから異次元の住人ルガリアンが国ぐるみで戦争を仕掛けにきていることを指すのなら。
 ルガリアンという種族は──ツクヨミは、僕たちから見て排除すべき存在、魔物や妖異と同列視される存在であるということになる。
 人前で本名を明かしたくないと言っていた理由は、これか……

「……わちきが姿を偽りゲートを超えてまでこの地に来たのは、わちきが保守派の一員だったからじゃ。ルガリアン全員が、御主らとの戦を望んでいるわけではない……御主らとの共存を願っている者もおるのじゃよ。王にとっては、そういう考えを持つ保守派の民を統括しておったわちきの存在が邪魔だったんじゃろうな。わちきを捕らえ、民の前で処刑すれば保守派の生き残りも大人しくさせられる、とでも考えたんじゃろう」

 やれやれ、と呆れたように溜め息をつくツクヨミの様子は、僕には何処か物悲しげに見えた。

「夫に存在を疎まれ、夫を失った後は息子に命を狙われる……血族とは、何なのじゃろうな。長らく考えておるが、未だに答えが出ぬ。かつては共に生き共に笑い合っておった、そんな日々も確かにあったはずであろうに……あれは幻想であったのかもしれぬと思うと、寂しいものじゃな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...