三十路の魔法使い

高柳神羅

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第5話 お取り寄せ召喚術

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 この世界には、ファンタジー小説ではお決まりの魔物は存在していないらしい。
 強いて言うならダンジョンを徘徊している妖異がそれに当たるようだが、妖異は基本的にダンジョンにしか棲んでおらずダンジョンの外に出ることもないので、ダンジョンに行くつもりがない俺にとっては関わることのない存在であると言えた。
 これから魔物を狩って素材を剥ぐ生活を送るんだろうなと思っていた俺にとっては、それは何とも拍子抜けだった。
 とはいえ、地上には魔帝が放った虚無ホロウが徘徊しているし、金品目的で旅人を襲う野盗のような悪人もいるらしいから、気を抜いていいことにはならないんだけど。
 そんな感じで、俺たちは比較的平穏と言える旅生活を送っていた。
 街道に沿って進みながら、一路東を目指していた。
 とりあえず俺たちが目的地にしているのは、パラス王国の隣にあるという街。徒歩で三日ほど進んだところにあるという、比較的大きくて旅人の出入りも盛んだという街だった。

 日が暮れて。これ以上先に進むのは危険だというフォルテの言葉に従い、俺たちは野宿の準備をすることになった。
 野宿って要はキャンプみたいなものなんだろうが、テントもない環境の中で寝泊まりするなんて初めての経験だからちょっと緊張する。
 街道の傍に大きな森があったので、そこで薪になるものを調達して焚き火を熾した。
 因みに火はフォルテが持っていた火打石で点けた。最初は俺が魔法で点けようかと言ったのだが、何でも魔法に頼るといざ魔法が使えなくなった時に困るのは自分だと存外まともなことをフォルテが言ったので、手間がかかることを承知の上で火打石を使ったのだ。
 熾した焚き火の前に並んで座り、買っておいたパンと干し肉を齧った。
 キャンプっていえばバーベキューだよな、とそんなことをふと独りごちる。
 この世界の旅人にとってはこれが当たり前のことなのかもしれないが、やっぱり俺としては例え旅生活中だったとしても毎日の食事は美味いものが食べたい。
 簡単でいいから、調理した肉や魚、野菜を。温かい料理を食べたいと思うのだ。
 ずっとパンと干し肉だけの生活を続けていたら、体の調子がおかしくなってしまいそうだ。
 簡単な調理器具や食材を持ち歩くべきだろうか、そう思案しつつ固いパンを平らげる。
 俺の隣では、干し肉を入れた口をもごもごと動かしながらフォルテが思い出したように呟いていた。
「召喚獣を呼ばなきゃ」
「……何で?」
 俺の問いかけに、彼女は何を言ってるのとでも言いたげな顔をした。
「寝てる間に虚無ホロウが来たら大変だもの。見張りになってくれる子を置かなくちゃ」
 虚無ホロウは普通の生き物とは違って昼夜問わず活動し続けているらしい。野宿中に襲撃されるといったことはよくあることなのだそうだ。
 旅の最中は、夜中の不意打ちを防ぐために交替で寝ずの番を置いたりして周囲の警戒を続けるのが一般的らしいが、フォルテはその見張り役を召喚獣に担わせようとしているようだ。
 フォルテは立ち上がり、俺から少し離れた場所に移動して髪の毛を一本引き抜いた。
 それを前方に掲げて、目を閉じて念じ始める。
「来たれ、異郷に住まう神の子よ──我が願いを聞き届けたまえ!」
 彼女の言葉と共に彼女が掲げていた髪の毛が塵のように虚空に溶け消えて、彼女の目の前に白く輝く魔法陣が出現する。
 ああ、こうやって俺はこの世界に召喚されたのか。
 今回は何が出てくるんだろう。
 俺が期待の目を向ける中、魔法陣から発せられる光は強さを増していき──
 円の中央に、何か小さな影が出現した。
 それは、片手で持てる程度の小さな箱だった。表面には酷く見覚えのある形の字で、こう書かれている。

『卵と牛乳があればすぐできる! 簡単で美味しいホットケーキミックス』

「…………」
 俺は口の中の干し肉を飲み込みながら、唖然とした表情になった。
 フォルテがああもうと言いながら頭を抱えている。
「ああ、また失敗しちゃった! どうしてこうもがらくたしか出てこないのよぅ」
 ホットケーキミックスを知らない彼女からしたら、あれががらくたに見えるのも無理はないことなのだろうが。
 あれががらくたなんかではないことを知っている俺からしたら、正直に彼女の召喚魔法は凄いと思えた。
 だって、ちゃんと日本から物を召喚したんだぞ。それも役に立たないゴミなんかじゃなくて、日本が誇る食材と言える貴重なものを。
 彼女の周囲の人間は、彼女を落ちこぼれの召喚士だと言っていたが──
 ひょっとして、彼女は。
 俺はゆっくりと腰を上げて魔法陣に近付いていき、そこにあるホットケーキミックスの箱を拾い上げて、尋ねた。
「あんた……ひょっとして、今までにも、こんな感じで色々な物を召喚してきたんじゃないか?」
「……ええ、そうよ」
 微妙に不機嫌そうに唇を尖らせながら、フォルテは言った。
「たまにはキャロットだったりオニオンだったりちょっとは役立つ物も出てはきたんだけどね。でも、殆どは何に使うのかも分からないがらくたよ。皆には落ちこぼれって笑われるし、散々だわ」
 やっぱり。
 俺は確信した。
 フォルテは──日本の物を召喚できる召喚士なのだ。
 彼女ががらくただと言っているものは、おそらくこの世界では馴染みのない品なのだろう。それが食材なのか生活雑貨なのかは分からないが、それらの使い方を知っている俺にとっては生活の助けになる品であることには違いない。
 彼女の召喚魔法を上手く使えば、快適な旅生活を送れるようになるかもしれない。
 落ちこぼれなんてとんでもない。凄い才能の持ち主じゃないか。
「これはがらくたじゃない。俺のいた世界で普通に使われている食材なんだよ」
 俺はホットケーキミックスの箱を彼女に見せながら、せがんだ。
「なあ、狙ったものを召喚することってできるのか? 俺の世界には醤油っていう調味料があるんだが、それがあると助かるんだ。召喚してくれよ」
「醤油? 聞いたことない名前のものね。でも……分かった、やってみる」
 フォルテは眉間に皺を寄せて小首を傾げた後、先程と同じように髪の毛を一本引き抜いて、それを掲げながら念じ始めた。
 光を失ってただの黒い跡と化していた魔法陣が再び光を放ち──中心に、何かの影が姿を現した。

 結論から言おう。
 フォルテの召喚魔法は、使える。行使には彼女の髪を犠牲にすることになるが、まるでネットショッピングを利用しているような便利さと手軽さがあった。
 彼女は、俺の希望通りの品を次々と召喚してくれた。醤油、みりん、コンソメのような調味料から、キャベツやジャガイモといった瑞々しくて新鮮な野菜、果てには鍋やフライパンといった調理器具まで。
 これだけあれば、基本的な料理には困らない。十年自炊してきた俺の料理の腕前があれば、野宿中であろうと日本にいた時と変わらない美味い料理を作ることができる。
「あんた、凄いな」
 目の前に集められた品々に目を向けながら、俺は心の底からフォルテを賞賛した。
 何で俺に褒められたのかを分かっていないらしい彼女は、首を傾げている。
 論より証拠。早速、自分が召喚した品がどれほど旅の役に立つものなのかを見せてやろうじゃないか。
 俺は鍋と食材を抱えて焚き火の傍へと向かった。
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