三十路の魔法使い

高柳神羅

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第7話 酒に命を懸ける女神

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 この世界の月は、地球の月よりも随分と近いところにあるらしい。
 馬鹿みたいにでかい月を見つめつつ、俺は缶ビールをちびちびと飲んでいた。
 この缶ビールはどうしたのかって? フォルテの召喚魔法の産物だよ。
 食事を済ませた後、フォルテが再度見張りのための召喚獣を呼び出そうとしたのだが──その時に出てきたものなのだ。
 結局召喚獣は呼び出せず、見張りは二人で交互にやる羽目になったわけだが。
 そういうわけで周囲の様子に気を配りながら一人で起きているのだが、無音の世界に黙って座っていることの何と退屈なこと。
 ちょっとくらいは息抜きしてもバチは当たらないだろうと、月見酒を楽しませてもらっているのである。
 ビールは冷えてはいなかったが、いつもと違った環境で飲んでいるからか、普段とは違う味がしているような気がした。
「……美味い」
 呟いて、すうっと深く息を吸う。
「綺麗な月を眺めながら酒を楽しむ、贅沢だなぁ」
 これでつまみに焼き鳥なんかがあったら最高だったのだが。
 まあ、此処は異世界だし、野宿の最中だし……馴染みのビールが飲めるだけでも十分幸せなんだよな。
 ふと、隣に目を向ける。
 全身を丸く縮めて横になっているフォルテの姿が目に入る。
 この世界の人間は地面の上で直に寝転がることに対しては特に抵抗感を持っていないようで、彼女は全身に草が付くことを気にする様子もなく熟睡していた。
 寝言を呟いているのか時折唇が動いているのが見えるが、何と言っているのかまでは分からない。
 ……時々、妄想していたことがあった。同じベッドで一夜を共にした伊藤さんの寝顔を隣で見つめる自分の姿を。
 その時の構図に──今の状況は、何となく似ている気がする。
 まあ、一緒に野宿するってことはある意味一夜を共にするってことだから、状況が似てるっていうのはあながち間違いじゃないんだろうけどな。
 でも、此処は平和な日本ではない。危険がすぐ隣に存在している異世界だ。
 傍にいる以上は、何かあったら俺が全力で彼女を守ってやらなければならない。目の前の平穏に現を抜かしている場合ではないのだ。
 俺はもう、冴えない平凡なサラリーマンじゃない……魔法使いなんだから。
 俺は酒と静寂に緩みかけていた気を引き締めて、缶ビールをくいっと呷った。
 その時だった。頭の中に、聞き覚えのある声が響いてきたのは。

『ねえっ、貴方、今飲んでるそのお酒は何!?』

 俺の缶ビールを傾ける手がぴたりと止まった。
 この声は……アルカディアの声? だよな?
 周囲を見回すが、当然彼女の姿はない。
 おそらく、これはテレパシーか何かなのだろう。大方神の力とやらを使って、直接俺の頭に話しかけてきているのだろうが……
 出会った時は散々俺を目の前から追い払いたがっていた彼女が、今更俺に何の用だというのだろう。
「……神様がそうほいほいと下界の人間に話しかけていいものなのか?」
『いいから私の質問に答えなさい。そのお酒は何なの!?』
 ……ゴーイングマイウェイなところは相変わらずだな。こっちの主張なんててんで聞く耳を持っていない。
 俺は半分以上中身が減った缶ビールをちゃぽちゃぽと左右に揺らしながら、答えた。
「ビールっていう俺の世界の酒だよ。俺の世界では比較的安く手に入る庶民の娯楽だ」
『ビール……エールとは違うのかしら? 異世界のお酒……ジュルリ』
 今、涎垂らしてなかったか? こいつ。
 見た目は美人で如何にも女神って感じだったのに……酒が絡むと随分残念になるんだな。
 思わず呆れ顔になる俺。その間も、アルカディアの要求は続いた。
『貴方、今すぐそのお酒を私に献上しなさい』
「……へ?」
 俺はぽかんとした。
 献上って……要は、寄越せってことだよな。ビールを。
 しかし生憎、ビールは今俺が飲んでいるこの一本しかない。彼女の要求には応えられそうにない。
「献上、って言われてもな……今俺が飲んでるやつしかないし」
『貴方が飲んでいるそれで構わないわ。さっさと献上しなさい』
 飲みかけで構わないとか……見境ないというか、無茶苦茶だ。
 完全に強奪じゃないか。いいのかよ、女神ともあろう奴がそんなことをして。
『いいのよ。私はこの世界の管理者の一人。偉いんだから』
 ああ、俺の考えることは向こうには筒抜けなのか……
 これから先、彼女と話す時は考えることにも気を付けなきゃな。
 今後も彼女と話す機会があるのかどうかは謎だが。
『ほら、早く寄越しなさい』
「献上って言われてもどうすればいいんだよ」
 尋ねると、その辺の地面でも何処でもいいから適当に置けという答えが返ってきた。
 俺は言われた通りに、一歩離れたところに缶ビールを置いた。
 すると、缶ビールが白い光に包まれて──
 瞬きをひとつした次の瞬間、缶ビールは跡形もなく消えていた。
『ありがとう。早速頂くわ』
 どういう手段を使ったのかは知らないが無事に缶ビールを手に入れたらしいアルカディアが満足そうに言った。
 大して間を置かずに、ごくごくとビールを飲み干す音。
 はーっと大きく息を吐いて、彼女はテンションの高い声を上げた。
『くーっ、喉越しが最高っ! こんな美味しいお酒飲んだことないわっ!』
 随分と嬉しそうだ。
 俺の飲みかけだってことは気にしていないんだろうか。彼女は。
『これ、気に入ったわ。次に手に入れた時は私にも献上しなさい』
 味を占めたと思ったら早速おねだりですかい。
 神というのは本当に我儘だ。
『何よ、ただで献上するのは嫌だって言うの? 人間って本当に貪欲な生き物ね』
 人の飲みかけを横取りするあんたに言われたくはない。
『仕方ないわねぇ……それじゃあ、次に献上してくれた時に役に立つ能力をひとつ授けてあげるわ。神が下界の人間に干渉して能力を授けるなんて、普通じゃありえないことなんだから……感謝しなさいよ』
 役に立つ能力、ときたか。
 本来ならば有限の力である魔法を無尽蔵に使えるってだけで十分すぎる能力を貰っているとは思うのだが、それとは違う新しい能力というのには興味がある。
 わざわざ交換条件にまでするとは……そんなに飲みたいのだろうか、ビールが。
 俺は頷いた。
「分かったよ。次に手に入れた時にはちゃんと献上してやるから」
『約束よ。破ったら天罰を下すからね』
「はいはい」
 彼女は既に頭の中がビールのことで一杯なのか、変な歌を歌いながら俺との会話を打ち切った。
『ビール♪ ビール♪ 命のお水~♪』
「…………」
 俺は肩を竦めてフォルテの隣に座り直した。
 アルカディアの相手で何だか無駄な体力を取られたな。
 せっかくの月見酒もできなくなったし……
 見張りの交替までまだ時間がある。退屈凌ぎに星の観察でもしてるとするか。
 俺は頭の後ろで手を組んで、地面の上に仰向けに寝転がった。
 赤。白。青。多様な色彩の光の粒が数多に浮かぶ黒の海を、淡い紫色の尾を引いた大粒の星が流れていく。
 それはすぐに俺の目の前から飛び去っていき、傍の森の木々に隠れて見えなくなった。
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