三十路の魔法使い

高柳神羅

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第23話 伝説の召喚獣の名は伊達じゃない

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 通路を進んでいると、それまで先頭を鼻をくんくん言わせながら歩いていたヴァイスが唐突に足を止めた。
 顔をじっと前方へと向けて、耳をしきりにぴくぴくと動かしている。
 どうやら、何かを察知したようだが……人間の俺には、何の異変も感じられない。
 何だ……?
 訝っていると、遠くからかさかさと紙を散らすような音が聞こえてきた。
 その音は、波が打ち寄せるように次第に大きくなっていく。
 光に照らされた空間の中に、ぬっと現れる黒いもの。
「げっ」
 俺は顔を顰めた。
 俺たちの方へと迫ってくるもの──それは、体長一メートルほどの巨大な蟻だった。
 鋏のような鋭い顎。産毛が生えた縞模様のある大きな腹。俺が日本にいた頃に道端でよく見かけた黒蟻をそのまま大きくしたような見てくれの代物である。
 それだけなら先程遭遇したイビルアイズの方が見た目のインパクトもあるし驚きはしないのだが、何分数が多すぎる。
 通路の床が見えなくなるほどにひしめき合って、迫ってきているのだ。これはもう単なる妖異の襲撃というレベルを超えている。
 これを小技で一匹ずつ吹っ飛ばしていたのでは、とてもではないが間に合わない。かといって大技を使えば通路もろとも潰してしまう可能性がある。
 一体どうすれば──俺が必死に考えを巡らせた、その時。
「わうっ!」
 ヴァイスが吠えた。

 ごばっ!

 ヴァイスの吠え声に応えて出現した山吹色の光が、波動となって通路全体を飲み込んだ!
 光をまともに浴びた蟻たちが、ばらばらになりながら押し流されていく。壁か天井の方にも何らかの影響を与えたようで、固い石が転がっていくような音も聞こえてきた。
 光が、消える。後には夥しい量の蟻だったものの残骸が床に残っていた。
 どうやら、今の一撃で蟻たちは残らず吹き飛んでしまったようだ。
「…………」
「……凄い……これがエンシェント・フェンリルの力……」
 ぽかんとする俺。フォルテは目を輝かせて床に散らばった蟻の残骸を見つめている。
 これが、伝説の召喚獣と言われるエンシェント・フェンリルの力なのか……
 俺が使う魔法の威力など比にならない。下手をしたらダンジョンを丸ごと潰しかねないほどの威力があるんじゃないか?
 しかも見た感じ、ヴァイスは全然本気を出していないようだし。
 これは、扱い方を間違えたら大惨事を引き起こすことになりかねないぞ。
 俺は「凄い?」とでも言いたそうなニュアンスで尻尾を振りながら俺のことを見上げているヴァイスの前にしゃがみ、その頭を撫でてやりながら、言った。
「お前の力は凄いな。でも、此処はダンジョンの中だから、あまり凄い威力の力は使わないでくれ。下手をしたら壁が崩れて俺たちまで危なくなるからな。分かったか?」
「わう」
 俺の言うことを理解してくれたのか、ヴァイスは返事をした。
 とりあえず、目の前の脅威はなくなったし……探索を続けよう。
 止めていた歩みを再開すると、幾分もせずにユーリルが声を上げた。
「あれ、そこ……さっきは何もなかったですよね」
「ん?」
 彼が指差す方向に目を向けると、そこには土が崩れてぽっかりと空いた穴がある。
 確かに、さっきはこんな場所に穴などなかったはずだが……
 光が蟻を吹き飛ばした時一緒に石が転がるような音もしていたし、ひょっとして壁が崩れたか?
 穴に近付いて中を覗き込んでみると──そこは、小さな部屋になっていた。
 間取りは三メートル弱と、部屋として見るには随分と狭い。天井も低く、手を伸ばせば指先が届く程度のものだ。
 無造作に掘られて作られたような滑らかではない空間は、長いこと空気の流れがなかったようで何処となく空気に淀みを感じる。
 そして床の中央には、一抱えほどの大きさの箱がひとつ、ぽつんと置かれている。
 黄銅で縁取りされた、蓋の部分が丸みを帯びた如何にも宝箱という感じの木の箱だ。
 俺はこの世界に来て初めて宝箱というものを目にしたが、本当にこんな感じの箱なんだな。昔観た海賊映画とかに出てきた宝箱そのまんまだ。
「隠し部屋になってたんですね……此処」
「隠された部屋にあった宝物なら、きっといいもののはず。開けてみましょ」
 早く早く、と俺に宝箱を開けるように要求するフォルテ。
 一体何が入ってるんだろう。
 俺はすっと息を吸って、宝箱の蓋に手を掛けた。
 宝箱に鍵は掛かっておらず、ちょっと力を込めると簡単に蓋が開いた。
 中に入っていたのは──
「これは……」
 それは、鞄だった。
 色は黒。何の革なのかは分からないが薄くて柔らかい革でできており、蓋の端に白い糸で何かの文字のような刺繍が施されている。丈夫そうな肩掛け紐が付いており、見た目は今俺が持っている鞄とよく似ていた。
「……ひょっとして、これ」
 俺の隣で鞄を見つめていたユーリルが呟く。
「ボトムレスの袋……?」
 ボトムレスの袋って、幾らでも物が収納できるっていう魔法の鞄か?
 確かにそういう品物なら、ダンジョンの宝箱に入っていてもおかしくはないが。
 何にせよ、現時点ではこれが何なのかは分からない。ただの革の鞄かもしれないし、実は鞄に見える全く別のものだという可能性だってある。
 これはこのまま持ち帰って、冒険者ギルドにいる鑑定士に見てもらうことにしよう。
 冒険者ギルドには、旅人がダンジョンから持ち帰った妖異の素材や宝物を鑑定するために鑑定士と呼ばれる人間がいるらしい。彼らに鑑定してもらえば、大抵の素材や品物の価値は分かるそうだ。
 もしもこれが本当にボトムレスの袋だったら、売らずに自分で使うのもいいな。幾ら俺が圧縮魔法を使えるといっても、普通の鞄に詰められる物量には限度というものがあるからな。
 俺は手に入れた鞄をフォルテに渡した。
「これはあんたが持っててくれ。壊さないようにな」
「うん……分かった」
 宝目的でこのダンジョンに来たわけではないが、宝が見つかったというのは素直に嬉しい。
 この調子で、目的の妖異もさくっと見つかってくれれば最高なのだが。
 まあ、世の中はそんなに甘いものじゃないよな。
 自分で自分の考えにツッコミを入れて肩を竦め、俺は皆に先に進もうと声を掛けた。
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