三十路の魔法使い

高柳神羅

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閑話 酒豪女神は異世界の酒がお好き

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「はあ……」

 此処は、神界。ツウェンドゥスを管理する神々が住まう、地上とは異なる領域に存在する世界。
 その中の一角にある場所で、一人の女神が目の前にある水鏡を見下ろしながら溜め息をついていた。

「もう……何でビールを召喚しないでダンジョンなんかに入ってるのよ」

 彼女の名前はアルカディア。
 この世界を管理する古き神々の一人である。
 此処ツウェンドゥスを管理する神々の中では古株の中に入り、年齢もそれなりにいっているのだが、彼女が五百歳を超えた辺りから彼女自身が自分の歳を数えるのをやめたため、正確な年齢は誰も知らない。言ってしまえば年増……なのだが、それを言うと烈火の如く怒り出すため、彼女の年齢については口にしないことが神界の暗黙のルールとなっている。
 長年をかけて磨き上げられた美貌と抜群のプロポーションは、他の女神の追随を許さない。
 黙っていれば神界で一、二を争う美しい女神──ではあるのだが、彼女にはひとつ残念な癖があるせいで、他の神々には今ひとつ敬われてはいなかった。
「何日経ってると思ってるのよ! 私はずっと待ってるのよ! 能力だって授けてあげるって言ったのに、全く、忘れてるのかしら!」
 彼女は、無類の酒好きだった。
 三度の飯が酒でも良いくらいに、全身を巡る血が既に酒に取って代わられているのではないかと思われるくらいに、とにかく酒を飲むのが好きだった。
 彼女は一日の大半を、酒を飲んで過ごしていた。
 その殆どはこの世界ではありふれた酒である果実酒やエールだったのだが、つい最近新しく出会った酒に、彼女はすっかり虜になっていた。
 それはビールという、異世界に存在する酒だった。
 最近この世界に召喚されたという人間の男が飲んでいた酒を横取り……もとい献上してもらって手に入れたものなのだが、それの何とも美味なこと。
 彼女が今までに味わってきたどんな酒とも比較にならないくらい、そのビールという酒の味は群を抜いていた。
 彼女はその男に新たな能力を授けることを交換条件にビールを献上させる約束を取り付けたのだが──
 肝心のその男が、約束のことを忘れているのか、その日以来ビールを献上しようという素振りを全く見せないのである。
 ビールは、異世界の酒だ。男が異世界から召喚して手に入れない限り、彼女の手に渡ることはない。
 神といえども、異世界にあるものに手を出すことはできない。神にだってできないことはあるのだ。
 しかし、手に入らないと思うとますます欲しくなるのが欲望というもの。
 特に、彼女の酒に対する執着心と欲望は群を抜いていた。
 そんなわけで、目的の酒が献上されるのを今か今かと心待ちにしながら、こうして水鏡の間で下界の様子を観察しているのである。
「天罰を与えてやろうかしら……いいえ、それで機嫌を損ねてビールを献上しないなんて話になったら意味がないし……」
 ぶつぶつと呟きながら、あれこれと考える。
 この様子を他の神々が見ていたら、その集中力をもっと他のことに生かしてくれと突っ込んだことだろう。
 ややあって、うんと彼女は頷いた。
「いいわ。こうなったら直接言いましょう。私はこの人間に魔力と魔法の力を授けた神なんだもの……ちょっとくらいのお願いは、聞いてもらえるはずよね」
 本来、神は下界の人間に対して何かのアクションを起こすことはない。神の力は下界にとって少なくない影響を及ぼすため、干渉することを良しとしていないからだ。
 しかし、異世界の酒に目が眩んで平常心が保たれていない今の彼女には、そのようなことを気にかける理性など一欠片も残ってはいないのだった。
 彼女は水鏡に映ったその男と『交渉』するために、水鏡の間を離れて自分の宮殿へと帰っていった。
 そんな彼女の背中を遠くから見つめる人影がひとつ。

「最近立て続けに騒ぎが起きてると思ったら……原因はこれだったのか。全く……本来だったらそれを諌めるべき立場にある君までそれに乗ってしまうなんて、自分が神だということを忘れていないかい? アルカディア」

 彼は困ったように首をことりと傾けながら、小さく溜め息をついたのだった。
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