三十路の魔法使い

高柳神羅

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第35話 努力を惜しまぬ不良剣術士

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 リュウガは東京で暮らしていた高校生だった。
 他校の生徒と顔を合わせればしょっちゅう殴り合いの喧嘩をする、真面目に授業に出ることの方が少ない、いわゆる『不良』のレッテルを貼られた問題児ではあったが──
 それでも仲間や学校の連中と気さくに接する持ち前の明るさと人付き合いの良さのお陰で、周囲の人間からの人望はそこそこ厚かったらしい。
 ある日、いつものように不良仲間とつるんで学校近くのコンビニで駄弁っていると、偶然そこを通りかかった他校の不良集団と鉢合わせになった。
 当然の如く乱闘に発展し、その場は戦場に。コンビニにいた客まで巻き込んでの大騒動となった。
 リュウガは喧嘩っ早い性格ではあるが、自分たちと関係のない一般人を騒動に巻き込むことを良しとしない信条を持ち合わせている男でもあった。
 見境なく仕掛けてきた相手が振り回してきた金属バットに運悪く殴られそうになっていた一般客の少女を庇って前に出て、頭を強く殴られて、記憶が途切れ──
 次に気付いた時には、彼はこの世界に来ていたらしい。
 彼は俺と違って神に会ったり何か特別な能力を授けられることもなくこの地に降り立つことになったので、最初は自分を取り巻く周囲の環境の変化にかなり戸惑ったという。
 彼を召喚した者に教えを乞うてこの世界の基礎的な常識を学び、魔法が使えないため身を守る手段として剣術を選び、それひとつで生きていくための術を確立した。日頃から喧嘩ばかりしていたこともあって体を動かすことに慣れていた彼はあっという間に剣術士としての才能を花開かせ、一人でこの地を旅できるほどの実力を身に付けたという。
 ……それだけの実力がありながら空腹で行き倒れるというのはどうなんだろうと俺は思ったけどな。
 彼は、元日本人だと思えないくらいに強かった。この谷底には獲物を探して時折空から肉食の鳥が現れるのだが、群れで襲いかかってくるそいつらを彼はたったの一人で斬り伏せてしまった。こんなに動けるなんてパラス王国の親衛騎士団以上に強いかもしれないとフォルテは驚いていた。
 それでも、彼にも日本の高校生らしく夢を見る心はあるようで。剣の刃に付いた血を指先で拭いながら、彼は羨ましそうに俺を見るのだった。
「オレも魔法使いになりたかったな。言葉ひとつで色々できるって何かロマンじゃん? あー、何でオレのとこには神様が来なかったのかね」
 俺は、俺の持つ魔法の力が女神から授けられた特別なものであることをリュウガに話していた。
 同じ日本から召喚された者同士という奇妙な親近感があったからか……向こうから俺のことを訊かれたということもあって、つい教えてしまったのだ。
 何となく心を許したくなる人間としての魅力。それが、この男に備わっている俺にはない力なのかもしれないな。
「魔法なんか使えなくたってあんたも十分凄いと思うぞ。たった半年であれだけの剣捌きができるようになるなんて、それこそ才能がなきゃ無理だと俺は思う」
「そうか?」
「ああ」
「へへ、そっか」
 俺の言葉に、リュウガは嬉しそうに頬を掻きながら笑う。
 言葉遣いは悪いし見た目も尖ってるし典型的な不良ではあるが、少年らしい可愛い一面もちゃんとあるんだな。
 彼にとって俺はただのつまらないおっさんなのかもしれないが……せめて一緒にいる間くらいは、互いに信頼し合える仲間であれるように彼と接しようと、思う。
 ──そんな感じで親睦を深め合いながら、進むこと一日。
 日が暮れてきて、青かった空が真っ暗になった頃。
 ずっと俺たちを先導する形で前を歩いていたヴァイスが、顔を上げて、一声吠えた。
「出口だな」
 目の前に立ち塞がる岩壁を見上げてリュウガが呟く。
 絶壁の側面に、岩が並んで突き刺さっている。それは緩やかな坂を作り出しながら、崖の上へと向かって一直線に伸びていた。

 崖を上がるのは明日にして今日は此処で体を休めようと決めた俺たちは、野宿の準備を整えた。
 その辺に転がっている旅人の荷物の中から燃えそうなものを選んで掻き集め、それを薪代わりにして焚き火を熾した。もうすっかり朽ちて使えそうにない品物ばかりだし、持ち主もいないだろうから、有効活用させてもらうことにしたのだ。流石に死体っぽい塊には手を付けなかったけどな。
 皆が焚き火の前で体を休めている間、俺は夕飯作りに勤しんだ。
 今回のメニューに選んだのは、唐揚げだ。妖異の肉が大量にあるし、粉を塗して揚げるだけでできる割に美味いから、手頃だと思ったんだよな。
 もちろん唐揚げだけでは物足りないので、余っている野菜を適当に使って簡単にサラダも作った。ただの生野菜じゃないかと文句が出ないように、ドレッシングはオリーブオイルベースのイタリアンとノンオイルの和風を用意した。
 昼間のロールキャベツと比較したら軽食ではあるが、それでも揚げたての唐揚げは皆に好評だった。肉に塗す粉に隠し味として胡椒を混ぜたのが効いたようで、ぴりっとした味が美味いと皆次々と手を伸ばしていた。
 揚げたての唐揚げを食べていると、ついビールが飲みたくなるな。
「なあ、フォルテ。ビールを召喚してくれんか」
「いいわよ」
「ビールを召喚? ビールって、酒のビールか?」
 フォルテの召喚魔法を初めて目の当たりにするリュウガが唐揚げを齧りながら首を傾げている。
 俺はフォルテが日本の物を召喚できる召喚士であることを彼に説明した。
 彼はへぇと感心の声を上げて、魔法を使う準備を始めるフォルテに視線を向けた。
「日本の物なら何でも召喚できんの? すげぇな。欲しいもんが何でも手に入るって、この世界で買い物する必要ねぇってことだろ? 仕事する必要ねぇんじゃねぇの?」
 確かに、フォルテの召喚魔法のお陰で俺は旅の資金を食費で浪費することが殆どない。
 それでも出費が全くのゼロというわけではないので、仕事をしないという選択肢はないが。
「オレ、チューハイが飲みたいな。ついでに召喚してくれよ」
「こら、あんたは未成年だろ。堂々と酒飲みたいなんて言うんじゃない」
 酒を強請るリュウガの頭を俺は拳で軽く小突いた。
「えー、別にいいじゃんかよ、此処は日本じゃねぇんだし。この世界の成人年齢は十五歳だっていうぜ? つまり、この世界じゃオレも立派な成人、酒を飲む資格もあるってことだ」
 力説して胸を張るリュウガ。
 確かに此処は日本じゃないし、頑なに日本の法律を守る必要もない。リュウガが酒を飲んでも、何処からも咎められはしないのだろうが……
 俺は別に彼の保護者というわけじゃないし、あれこれ口うるさく言って疎んじられるのも面倒だ。ここはそれが当たり前なのだと思って、好きにさせておくのが賢明か。
 ただし、際限なく飲まれて二日酔いになられても困るので、釘を刺すのは忘れない。
「……ま、俺は別に法の番人というわけじゃないしな。飲んでもいいが、一本だけにしろよ」
「さっすが、話分かるおっさんじゃん」
「だからおっさんって言うのはやめろって言っただろ」
 フォルテは召喚魔法を唱えて、缶ビールと缶チューハイを召喚してくれた。
 チューハイを受け取って、リュウガは「飲んだことねぇ種類だ。新作か?」と言っていた。そう言うってことは、日本にいた頃から日常的に飲んでいたってことなのだろうか。いかんぞ、未成年の飲酒は。
 ぷしゅっとプルタブを引いて、ごくりと一口喉にビールを流し込む。
 はぁ、美味い。やっぱ唐揚げにはビールがよく合うな。
 唐揚げを頬張って、更にビールを一口。
 そうして、ささやかな幸福の時間を堪能していると。

『ちょっと、何貴方たちだけ楽しんでるのよ! ずるいわよ! 私にも寄越しなさいっ』

 聞き覚えのある声が、がつんと脳に響き渡った。
 ……あの酒飲み女神、また俺のことを覗き見てたんだな。こうも四六時中監視されるのは流石にプライバシーの侵害だと思うのだが、その辺りのことをあいつはどう思っているのだろう。
 まあ、人の飲みかけを強奪するような奴だもんな……人間の良識だとかそういう話はするだけ無駄な気もするが。
 俺は口内のビールを飲み下して、眉間に皺を寄せた。
『女神ともあろう御方が下界の人間にたかるなよ』
『何言ってるのよ。私は言ったはずよ? 五日に一度は献上しなさいって。言わばこれは当然の要求なのよ』
 そんなこと、言ってたっけか?
 何分前回話しかけられた時は妖異との戦闘中だったこともあって、細かいことについては全く覚えていない。
 色々と言葉を交わした記憶はあるのだが……ひょっとしてその時に、その話をしていたのだろうか。
 それにしても、五日に一度は献上しろって。向こうがこちらに対して何かをしてくれるわけでもないのに、何故そんな面倒なことをしなければならないのだろう。
『細かいことはどうでもいいのよ。とにかく、貴方には私にビールを献上する義務があるの。これは特別な使命なのよ? 神から授かった使命なんだから、光栄なことだと思ってちゃんと役割を果たしなさい』
 全くもって意味が分からない。この女神の言うことは相変わらず筋が通っているようで無茶苦茶だ。
 でも、要求を呑まないと騒ぎ続けるし……延々とこの声を聞かされ続けるのも俺としては困る。
 俺は溜め息をついた。
『分かったよ。今献上してやるから騒ぐな』
『あ、今そっちの子が飲んでるチューハイってお酒も欲しいわ。それも異世界のお酒なんでしょう? ついでに送ってちょうだい』
 俺が逆らわないのをいいことに、どんどん要求がエスカレートしていくな。
 そのうち毎日寄越せとか、とんでもないことを言い出すんじゃないか?
 本当に何とかならんかな、この女神。
 諦め半分に俺がフォルテに声を掛けようとした、その時だった。
 唐突に、アルカディアの狼狽した声が聞こえてきた。
『え……ちょっと、何で貴方が此処にいるのよ!』
 ……何だ?
 訝ると同時に、聞こえてくる涼やかな若い男の声。

『やあ、初めまして。六道春君』

 アルカディアの傍にいるということは、この男も神なのだろうが……
 俺が黙っていると、その男神は落ち着いた様子でこう言ったのだった。
『僕はアマテラス。日本の管理を担当している、君の世界の神だ。宜しくね』
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