三十路の魔法使い

高柳神羅

文字の大きさ
39 / 164

第37話 高原の中で花咲く街

しおりを挟む
 谷底で一夜を明かした俺たちは、日の出と共に移動を開始した。
 リュウガは朝に弱いらしく俺に叩き起こされた直後は不機嫌そうだったが、朝飯を出したらすぐに機嫌を直してくれた。
 因みに、朝飯は手軽に済ませられるものをってことで醤油と鰹節を混ぜ込んでフライパンでさっと焼き上げた焼きおにぎりにした。あの素朴で香ばしい味は時々食べたくなるんだよな。
 米に馴染みのないフォルテとユーリルも、醤油の香ばしい味を気に入ったようで笑顔でぱくついていたよ。
 朝飯を済ませて身支度を整えた俺たちは、ヴァイスを先頭に絶壁の脇に突き出た細い道を登っていく。
 登っている最中に俺たちのことを目ざとく見つけたジャックコンドルの群れが何度か襲ってきたが、その度にリュウガとヴァイスが処理してくれた。俺の出番は全くなかったな。
 そんな感じで特に何事もなく俺たちは崖を登り切り、無事に峡谷を越えることができた。

 峡谷の先には、緑豊かな高原が広がっていた。
 ライムライム高原。リュウガの話によると、此処は自然界の薬箱と呼ばれている土地で、豊富な種類の薬草やお茶の材料になる香草ハーブなんかが採れる場所らしい。
 此処には薬草を特産品としている街があり、それを扱う創造士が多く滞在していて、彼らが作っているポーションなどの薬品が他の街よりも安く手に入るのだそうだ。
 もちろんそれも街の魅力のひとつではあるのだが、何とこの街には──
「工房?」
「創造士が経営してる工房が山みたいにあるんだよ。何処も客を獲得するのに必死になってるから、他の街じゃ買えねぇような珍しい道具が色々売られてんだ。中にはオーダーメイドの魔法の武具マジックウェポンを作ってる工房もあるんだぜ」
 魔法の武具マジックウェポンとは、その名の通り魔法の力を宿した武器や防具らしい。
 斬ったものを燃やす火の力を秘めた剣だったり、高温に耐える水の力を秘めた鎧だったり、色々なものが存在しているそうだ。
 当然、その価格は普通の武具など足下にも及ばないくらい高い。魔法の武具マジックウェポンを所有することは一種のステータスであり、一流の戦士の証なのだそうだ。
 俺は魔法使いだから武具にはそれほど興味はないが、剣術士のリュウガにとっては夢みたいな場所なんだろうな。多分。
 せっかく立ち寄る街なんだし、記念に工房を見学するのもいいかもしれない。
 何事も経験というやつだ。
「よし、街に着いたら工房を見て回ろう」
「お、ひょっとして興味そそられた感じ? 何か欲しい武器でもあんの?」
「欲しい武器は特にないけど、せっかくだから一度くらいは見学しておこうかなって思ってさ」
「今の御時勢、魔道士も護身用の武器くらい持っといた方がいいぜ? あんた、腹たるんでるし運動苦手そうだし、如何にもおっさんって感じの体型だもんな」
 言って俺の背中をばしんと強く叩くリュウガ。
 彼なりの心遣いなのだろうが、一言余計だっての。
 ……そんなにおっさんって感じの体型なんだろうか、俺。
 俺は思わず自分の腹に目を向けて、右手で軽く腹の肉を摘まんだ。
「……お。見えてきたぜ。あれが創造工房の街、ハンネルだ」
 リュウガが指差した先に、うっすらと淡いエメラルドグリーン色の建物の連なりが見えた。
 高原の緑にエメラルドグリーンが自然に溶け込んで、一体化している。まるで花が咲き誇っているようである。
「早く行きましょっ」
 ローブの裾を跳ねさせながらフォルテが駆け出した。
 それに触発されたのか、ヴァイスも跳ねるように走り出す。
 俺は呆れ声を発した。
「こら、離れるんじゃない。団体行動の輪を乱すな」
 ころん、と草の上で一回転して立ち止まるヴァイス。
 ふふっ、とユーリルが笑った。
「楽しそうですね──」

 どんっ!

 言葉半ばで、彼はその場に倒れた。
 突然後ろから走ってきた何者かに、体当たりされたのだ。
 ユーリルの細い体が草地に伏す。その上を跨ぐようにして、彼に体当たりを仕掛けたその人物は俺たちの間を突っ切り、駆けていった。
 何かのしみだらけでぼろぼろの外套を全身に被っているせいで、年の頃も性別も分からない。だが、それほど背は高くない。せいぜい百五十センチとか、その程度だろう。随分とくたびれた革靴を履いており、手には見覚えのある書物を抱えている。
 黒の革張りで、表紙に複雑な形の魔法陣が描かれている──
 上体を起こしながら、ユーリルが呻いた。
「そんなっ、魔道大全集っ……」
「!」
 俺は咄嗟に右手の人差し指の先を外套の人物へと向けて、叫んだ。
「フローズンシール!」
 フローズンシール──氷魔法の一種で、空気中の水分を凍らせて氷の戒めを作り出す魔法である。束縛魔法とも言われる。標的を氷の中に封じ込めるだけなので殺傷力はないに等しいが、この魔法で生み出された氷は通常の氷よりも硬度が高いため、囚われたら人の力で砕くことはまず不可能だと言っていい。
 俺の放った魔法は辺りの空気を凍らせて、瞬く間に成長し大きな結晶となった。
 しかし、ハズレだ。魔法は肝心の外套の人物には届かず、外套の人物はそのまま俺たちの前から逃げ去ってしまった。
 ユーリルは頭を抱えながら地面の上で丸くなってしまった。
「まさか、盗まれてしまうなんて……お師匠様に何と言えばいいのか……」
「馬鹿か、男がそんな簡単に諦めてんじゃねぇよ」
 ユーリルの言葉を遮って、リュウガがはっと短く息を吐く。
 彼は腕を組みながら、外套の人物が逃げ去った方向を見やった。
 そこにあるのは──ハンネルの街。
「街の方に逃げたってことは……野盗の類じゃねぇな。体つきからしておっさんって感じもしねぇ。街に住んでる悪ガキか、そうでなけりゃ……」
 ぺろりと唇を舐めて、にやりとする。
「上等だぜ。冒険者から物を盗むってのがどういうことなのか、とっ捕まえてじっくり教えてやろうじゃねぇか」
「追いかけるぞ」
 俺たちは消えた外套の人物を追って駆け出した。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...