三十路の魔法使い

高柳神羅

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第87話 根深き確執の発端は

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「只今御主人様をお呼び致します。こちらのお部屋で少々お待ち下さい」
 そう言って、俺たちにお茶を出してくれた家政婦の女性が部屋から出ていく。残された俺たちは長椅子の背凭れに揃って背中を預けながら、上等そうな陶器のティーカップに入った熱いお茶に口を付けた。ダージリンみたいな、ちょっと独特の癖がある風味がした。こういうのはミルクとか入れたら風味がまろやかになって口当たりが良くなるんだよな。不味くはないのだが、ストレートで飲むには微妙な感じだ。
 此処は、領主の屋敷の中にある一室である。多分客間として使われている部屋だろう。金持ちの屋敷という割にはあまりごてごてとした感じのしない、例えるならバリ島風の雰囲気に誂えられたホテルの客室って感じのした部屋だ。
 俺は、リュウガと共に領主の意図を調べるために二人だけで此処に来ていた。
 何故二人だけなのかというと、目的を考えたら大人数で行く意味は全くないし、此処の人間や街そのものに明確な敵意を露わにしているアヴネラを目の前に出したら色々と厄介なことになりそうだと俺が判断したからである。
 アヴネラは、街が経営している旅人向けの宿屋に部屋を借りて、そこにフォルテと一緒に置いてきた。やはり機嫌は悪いままだったが、彼女は勢いだけで見境なく行動するような衝動的なタイプではないし、フォルテも傍にいるから多分大丈夫だろう。番犬代わりにヴァイスも付けていることだしな。
「あー、チューハイが飲みてぇなぁ……」
 リュウガがそんなことをぼやきながらお茶を啜っている。
 ……そういえば、何か肝心なことを忘れているような気がしないでもないが……はて、何だったか。
 考えつつお茶を飲み、寛ぎながら待つことしばし。
「やあ、お待たせしてすまないね。私が此処アバンディラの領主、ラウルウーヘンだ」
 閉じられていた扉が開いて、上等そうな貴族の礼服に身を包んだ男が姿を現した。
 痩せ細っていて何処か貧相な雰囲気を漂わせた長身の男だ。多分着ている服が礼服じゃなかったら、その辺にいそうな乞食と勘違いしていてもおかしくなかったと思う。指には大粒の宝石(色合い的にエメラルドっぽいな)をあしらった指輪を填めて左の目にはモノクルを掛けているが、残念なことに全然似合っていない。
 どうでもいいことだが、こいつの名前って発音がバウムクーヘンに似てるよなってほんのちょっとだけ思った。ああ、思ったら何だか食べたくなってきたなバウムクーヘン。後でフォルテに召喚してもらうか。
 彼の背後には、例の自称『異邦の勇者』とやらが付き従っていた。向こうは俺たちのことを覚えているのかどうかは分からないが、興味津々といった眼差しを俺たちへと向けている。
「まずは、御礼を言わせてほしい。あれだけの大量の貢物を頂けるとは、有難いよ。我々は日夜戦いに追われていてね……必要な物資を揃えたり街を防衛するためには、何かと物入りなんだ。頂いた品々は有用に活用させてもらうよ」
 ラウルウーヘンが言う『貢物』とは、俺たちが此処に訪れた際に挨拶代わりに献上した宝物の数々のことだ。
 そう。リュウガが言っていた貴族に目通りする方法とは、とりあえず多額の金を握らせて相手に取り入るというこれ以上にないくらい原始的かつ陳腐な手段だったのである。
 俺たちは例の教会跡から持ち出した宝の中から貴族が好みそうな金ぴかの骨董品を中心に見繕って、それを街の雑貨屋で購入した適当な大きさの箱に布を敷いて詰めて、屋敷の門を警護していた門番に真っ向から突撃した。これを献上するから主人に会わせてくれ、と交渉を持ちかけたのだ。
 どうやら、リュウガの作戦は大当たりしたようである。狙い通りだ。
「……旅先で偶然手に入ったものですので。元の持ち主が分からない以上は返すこともできませんし、それならば世の人々のために役立てた方が宝も喜ぶと思いますから」
 俺は笑顔を取り繕って答えた。
 こういう対話の席は、社畜時代に何度も経験してきた。相手の出方や顔色を伺うのは得意だ。営業部舐めるなよ。
「……それで、一冒険者である君たちが、一体私に何の用なのかね? あれだけの好意を受け取った以上は、こちらも相応の誠意を持って応えさせてもらうつもりだが」
 本題をどうやって切り出そうかと笑顔の裏で考えていたら、向こうの方から尋ねてきてくれた。有難い。
「いや、通りすがりに話を耳にして気になっただけですので、可能な範囲で構いませんから教えて頂けると有難いのですが」
 俺は可能な限り下手に出て、様子を伺いながら尋ねた。
「この街を襲っていた木の化け物……あれって、街の外にあるあの森から流れてきたものですよね? あれが、森の怒りがどうこうって言っていたので……何故、森がこの街を憎んで攻めようとしているのか、その理由に心当たりがあるようでしたらお聞かせ頂きたいのですが」
 これはアヴネラが言っていたことだが、自分の国に引き篭もっているエルフたちが人間を憎んでいるのは、人間が自分たちが住んでいる森を侵略していると思い込んでいるからだ。
 人間側からしたらそんな意図は全くないのだろうが、エルフたちの領土が侵されているのは紛れもない事実だし、そうなる何かを起こしていることは確定事項である。
 此処からは俺の推測だが、多分その『何か』を起こしているのはこの街に住んでいる人間なんじゃないだろうか。
 森はその原因を知っていて、それを排除するためにトレントを街に差し向けて街を襲っているのだろうと思うのだ。
 ラウルウーヘンは溜め息をついて、俺たちの向かい側にある椅子に深々と腰を下ろした。
 タイミングを見計らったかのように現れた家政婦が、彼専用のお茶を目の前に出して去っていく。
「ああ、あれか……あの森に住む妖異たちにはほとほと困っているんだよ。あれは次から次へとこの街へとやって来る。狙いはおそらく……この街の住人を根絶やしにして、街そのものを消すことだろうね」
 街を、消す?
 エルフが人間を憎んでいるのは分かる。その憎しみの果てに人間を滅ぼそうと考え出す者がいたとしても、それは何ら不思議なことではない。
 しかし、街自体を消すというのは……一体。そんなことをしたとして、森側に何の利益があるというのだろう。
 俺が小首を傾げていると、ラウルウーヘンは唐突にこんな質問を投げかけてきた。
「君たちは、この街にある建物が何で建てられているかを知っているかね?」
「何って……木じゃねぇの? 材木」
 空になったカップを置いて答えるリュウガ。
 ラウルウーヘンは頷いた。
「そう、木だ。しかしただの木じゃない。特別な強度を誇る良質の木だ。ある場所でしか採れない、それは大変貴重なものなのだ」
 自分のカップに手を伸ばし、お茶を一口。言葉を続ける。
「何を隠そう、この街にある全ての建物の建築材料として使われている材木は、全て魔の森──アルヴァンデュースの森から切り出してきたものなんだよ。あの森に眠る資源は、我々にとっては莫大な富を生む宝の山なんだ」
 彼は室内全体を見渡すように頭を動かした。
 この屋敷も、これまでに目にしてきた他の家屋同様に木でできている。彼の言葉を信じるのならば、この部屋を構成している木材も、全てアルヴァンデュースの森から切り出された木なのだろう。
「私は必ずあの森の全てを手に入れてみせる。そしてゆくゆくは手に入れた木を世界中に売り出して、現在とは比較にならないほどの財を築き上げてみせると決意したのだ! 今は森の方から妖異が流れてきているが、それに対抗するための手段も用意した。狩り続けていれば、いずれは連中もいなくなるだろう。今しばらく街の住人には不安な思いをさせてしまうことになるが……何、少しばかりの辛抱だ。皆も、きっと理解してくれる」
 ラウルウーヘンの話を聞いて、俺の中で全ての情報が繋がった。
 エルフ領を構成する森が弱体化していったのは、こいつが森から木を伐採していったせいだ。それも必要な分だけを分けてもらうという方法ではなく、私利私欲に走った見境のない手段によるもので。そのことを知った森は憤慨し、これ以上木を切られて弱ってしまうことを防ぐための対抗手段としてトレントを使って森の木を奪おうとする人間を駆逐するために、街を潰すことを画策したのだろう。
 此処にいるシキは、街に攻めてくるトレントたちに対抗するためにラウルウーヘンが用意した戦力であると見て間違いない。シキ当人は自分がやっていることを『困っている人々を救うための勇者としての仕事』くらいにしか考えていないようだが。
 おそらくだが──此処で俺たちがアルヴァンデュースの森とそこに住むエルフたちの関係性を話したところで、ラウルウーヘンは森から木を伐採することをやめようとはしないだろう。それどころか、俺たちを自分の野望を邪魔する存在と見て排除しようとしてくる可能性だってある。こいつ、金に対する執着心が強そうだからな……そんな奴には命の尊さがどうとか説いたところで無駄だ。
 こいつに森への手出しをやめさせる方法はひとつ。森に手を出しても一文の得にもならないことを骨の髄まで理解させることだ。
 そのためには、どうするべきか……
 駄目だ、すぐには思いつかないな。少し考える時間が欲しい。
「……概ねの事情は理解しました。心中お察しします」
 俺はカップに残っていたお茶を飲み干して、席を立った。
「俺たちはしばらくこの街に滞在する予定ですので、協力できそうなことがあったら協力します。街に宿を取っていますので、いつでも声を掛けて下さい」
「おお、そうか。此処にいるシキだけでは街に出る全ての妖異に対処しきれないことが度々あってね。その時が来たら、遠慮なく声を掛けさせてもらうよ」
 握手を交わし、俺は傍らのリュウガに行くぞと声を掛けた。
 そのままラウルウーヘンに呼ばれて現れた家政婦に玄関まで見送られ、俺たちは屋敷を後にした。何か土産だと言われて謎の包みを渡されたが……中身については宿に着いたら確認することにしよう。
「……要はあの領主に森の木の伐採をやめさせりゃいいんだろ? 普通に事情を話せばいいんでねぇの?」
 後頭部で手を組みながら暢気に問うリュウガに、俺は溜め息をついた。
「多分、普通の説得じゃあいつは止まらんだろうな。仮にその時に森に手を出すのをやめると約束したとしても、一時的なもんだ。絶対に必ず同じ事をやり出す。欲深い人間ってのは、一度美味い思いを経験したら我慢することができなくなる性質だからな」
 俺が日々たるんでいく自分の腹を見ながらも結局ビールを飲むことをやめられないのと同じことだ。我ながら情けない例えだとは思うが。
「……まあ、すぐに森が丸坊主にされるってわけじゃない。まだ時間はある。少し考えてみるさ」
 通りを往来する、領主の胸中に隠された思惑など全く知る由もないであろう、普通の平穏な暮らしを送ることを願って日々を生きている人々。その姿を眺めながら、俺は引き締めた面持ちで小さくそう答えたのだった。
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