三十路の魔法使い

高柳神羅

文字の大きさ
99 / 164

第94話 真意は更なる深淵の彼方へ

しおりを挟む
 かつて俺がフォルテに自分の外套を着せて体を隠してやったように、今回はフォルテが外套を着せてくれた。
 この外套は元々俺が着ていたものなので、サイズは問題ない。脛を見せた巨大照る照る坊主のような格好になったが、やっと着るものが得られたという安堵感で俺はほっと一息ついた。
 俺の全身を値踏みするように見つめながら、リュウガがぽつりと言う。
「何か……こういう格好の奴たまにいるよな。マッパにコートだけ着て電車に乗ってる奴」
 それってあれだよな。露出狂ってやつだよな?
 昔一度だけ遭遇したことがある。そいつは多分俺の隣に座っていたお姉さんを狙っていたのだろうが、隣にいたので見る気もなかったのについ視界に入れてしまったのだ。
 今の俺みたいにたるんだ腹をしている割に反り立ったそれが随分とでかくて立派だなと意味不明な感心をしてしまったことを今でも覚えている。
 って、そんなしょうもない過去の体験談はどうでもいいのだ。
 俺は持っていた杖でリュウガの頭を軽く小突いた。
「人を犯罪者扱いするな。俺だって好きでこんな格好をしてるわけじゃないんだから」
「理由を聞いてなかったらスライスしてるところだよ。全く、変なもの見せないでよね」
 溜め息をついて俺から視線を外すアヴネラ。
 スライスって、何処を? どうやって? ……とは恐ろしくて訊けない。
 彼女の慈悲も涙もない言葉に、俺の背筋に悪寒が走った。
「……と、とにかくだ」
 気を取り直して、俺は皆に言った。
「家政婦たちが襲ってきたのは、彼女たちの独断だとはどうしても思えない。多分そうするように命令したのはあの領主だ。あいつと接触して、こんな馬鹿なことはやめさせたいと思う」
「はぁ、ったく最初から叩きのめしてりゃ良かったんだよ。どうしておっさんってのは理屈ばっか並べたがるんだろうな? 男なんだからもうちっと思い切りってもんを持てよ」
「何でもかんでも暴力に頼ろうとするんじゃない」
 対話の通じない虚無ホロウを相手にしているのとは訳が違うのだ。相手が人間である以上はなるべく殴り合いにならないように事を解決したいと思うのは人として当たり前のことだと思うのだが。
 それとも……世間的にはリュウガの言うことの方が正論で、俺の方が間違っているのだろうか?
 俺の嗜めをリュウガはへっと鼻で笑い飛ばして、部屋の入口に目を向けた。
「そんじゃ、野郎を探しに行くか。売られた喧嘩はしっかり買ってやるのが礼儀ってもんだからな」
「そういえば……シキは? あいつは一緒じゃなかったのか?」
 俺の質問にアヴネラが答える。
「さあね。君がお風呂に入りに行ってる間に、領主と何処かに行っちゃったよ。一緒にいるんじゃない?」
「……そうか」
 シキは、この騒動のことを知っているのだろうか。
 あいつが俺たちに対して友好的なのは分かっている。できれば巻き込みたくはないのだが……
 シキが俺たちの味方になってくれることを願って。俺たちは、この屋敷の何処かにいるであろうラウルウーヘンを探して屋敷の捜索を開始した。

 おそらくそこは、書斎として使われている部屋なのだろう。壁に並ぶ本棚にずらりと並んだ書物の存在が、その空間に厳格的な雰囲気を与えている。
 床一面にシックな色合いの絨毯が敷かれ、部屋の最奥には書斎机と思わしきアンティークっぽいデザインの木の机が置かれている。そこの席に悠然と腰掛けて、ラウルウーヘンは部屋に入ってきた俺たちのことを微笑みながら見つめていた。
「メイドたちの手には負えなかったか。まあ、ある程度は予想できていたことだ、今更驚きはしないがね」
「あんた……俺たちに手を出したってことは、あんたが食事の席での発言は全部なかったことにするという判断をして構わないということか?」
 俺の質問に、奴は笑顔を崩さぬまま返してきた。
「今、森への手出しを止めるわけにはいかないのだよ。エルフたちには……滅びてもらわねば、困るのでね」
「……どういうこと、それ」
 一歩前に出てアヴネラがラウルウーヘンを睨み付ける。手にした弓を、いつでも一撃を放てるように構えている。
 そういえば、アヴネラは弓を使うのに必要不可欠であるはずの矢を全く持っていないが……弓だけで、一体どうやって相手を射るというのだろう。
 弓で狙われても、ラウルウーヘンは全く動じる素振りを見せない。
「どういうこと、とは? 言葉通りの意味だよ。エルフ族は我々にとって反抗的だからね、本格的に牙を剥かれる前に消しておくに越したことはないのさ。君たちも、偶然見かけた芋虫を毒蛾の子かもしれないから念のために駆除しておこうとするだろう? それと同じことさ」
「まさか……森の木を伐採していたのは、最初からそれが狙いで……っ!?」
 ぎっ、とアヴネラの瞳に憤怒の色が宿る。
 弦を引く指に、力が込められた。
「よせ!」
 俺が叫ぶのと同時に、彼女の手が限界まで引き絞っていた弦を手離す。
 何も番えられていなかったはずの弓は、確かに『矢』を射っていた。突如として出現した白い光の矢は空間を貫いて、まっすぐにラウルウーヘンの顔めがけて飛んでいく。
 ラウルウーヘンは机の上に置かれていた羽根ペンを手に取った。
 尖っているペン先に掌を押し当てて、そのまま、何の躊躇いもなくそこを突き刺す!
 だらりと掌を伝い落ちる血。それを俺たちへと見せながら、奴は一言呟いた。
「ダークホール」
 奴の目の前の空間が、歪む。
 虚空を裂くように現れた真っ黒な穴のようなものが、光の矢を飲み込んで、消えていく。
「……エルフ族を擁護しようとする君たちも、我々にとっては邪魔者だ。此処で消えてもらうとしよう。──シキ」
 ──その静かな呼びかけに。
 それまで傍らで黙したまま事の成り行きを見守っていたシキが、動いた。
 腰の刀を鞘から抜きながら、無表情の顔を、俺たちの方へと向ける。
 その右頬には──複雑な形をした謎の文字が、真っ赤な光を纏いながら存在を誇示していた。
 何だ、あれは? あんな模様なんてシキの顔にはなかったはずだが……
「命令だ。その者たちを一人残らず始末しろ」
「…………」
 返事はせずに、ゆっくりとした動作で俺たちの前に出てくるシキ。
 その表情に、意思の存在は感じられない。まるで与えられた命令を淡々と遂行するだけの機械のような存在に感じられた。
「やめろ! シキ!」
「へっ……所詮は御主人様の忠実な犬ってか。構わねぇぜ、あんたが来るんなら、それでも。まとめてぶっ飛ばしてやるよ」
 にやりとして左右の腰の剣を抜くリュウガ。
 顔は笑っているが、その裏には殺気を含んだ威圧の気が見え隠れしている。
 彼は、本気でシキと刃を交えるつもりだ。
 流石にリュウガから向けられる気を無視はできなかったか、シキが刀を体の前で構える。
 そして、一瞬だけ静寂がこの場に満ちて──二人は、各々の得物を振るいながら相手に肉薄した!
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

処理中です...