三十路の魔法使い

高柳神羅

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第103話 茨の世界にも花は咲く

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 エルフは商売をして金銭を稼ぐ概念を持っていない、と述べたが、では国内に全く『店』と呼ばれるものがないのかというと、そういうわけでもないらしい。
 エルフは人間に対しては排他的で敵対心の塊のような接し方をしてくるが、人間以外……ドワーフなどの独自の領地を持って国を作り文化を持っている亜人種たちとは普通に交流を持っており、国内にはそういう他所から訪れた旅人たちを相手に経営している店が存在しているのだという。
 旅人たちを泊めるための宿や、エルフの郷土料理を提供する食事処、収穫した作物や森で手に入れてきた動物の肉などを販売する店など、人間の国にあるものと同じような店があるそうだ。
 人間の国にある店と異なるのは、サービスの対価を支払う時に貨幣を使わないことくらいだろうか。基本的に物々交換で物流を成り立たせているエルフたちは、客にサービスの対価として貨幣の代わりに価値相応の物品を置いていくことを求めてくる。それに対して客たちは自分の国から持ってきた織物だったり食品だったりを代金の代わりに支払うのだ。エルフたちは掟で金属を扱うことを良しとしないので金属製品だけは受け取ってはもらえないらしいが、自然素材でできたものであれば大抵の品は代金として受け取ってくれるようだ。
 俺たちはアヴネラの案内で、王宮からそれなりに近い場所で営業している宿に訪れた。
 建物の中に入るなり宿の主人と思わしき女エルフに悲鳴を上げられて危うく守護兵を呼ばれるところだったが、こちらにアヴネラがいたことと、俺たちが女王から渡された手紙を見せたことが功を奏したようで、何とか部屋を借りることができた。客室の中で最も粗末なもので、宿代は二部屋で一泊につき貨幣に換算して八百ルノという馬鹿みたいに法外な値段をふっかけられたが……(人間の国での宿代は、地域によって差はあるようだが大体一泊につき五十ルノくらいだった)寝泊まりする場所が確保できただけでも良しとすることにしよう。
 宿代は前払いだというので、その場でフォルテに日本からリンゴを大量に召喚してもらい、それを代金として支払った。竜の舌をも満足させた日本産の果物なら、多分エルフの口にも合うはずだ。
 客室に移動した俺たちは、今後のことについての相談を始めた。
 俺たちには、何としてもこの国で魚人領や魚人族についての情報を手に入れる必要がある。そのためには、女王が持っている人間に対する認識を改めさせなければならない。
 どうすれば、エルフたちは人間を友好的な存在として見てくれるようになるか。
 それには、やはり──
「この国に例の蜘蛛を放っている人物とやらを探し出して、二度とエルフたちや森に手を出させないように交渉しようと思う」
「勇者として悪に襲われている人たちを見て見ぬふりするわけにはいかないよな! うん、俺もおっさんの意見に賛成だよ。俺たちの力で、この国を守ってあげようじゃん!」
 俺の発言に、肯定的な様子で頷くシキ。彼は多分勇者として人々を助けることができれば満足なのだろうが、動機が何処にあれどやる気になってくれているのは正直に有難いことだと思う。
 ヴァイスは俺の命令ならば何でも聞くし、フォルテは基本的に俺のやることに反対はしないから、これで俺たちがこの国で取るべき行動は決まったと言っていい。
 もしも、この場にリュウガがいたら、あいつは一体何と言っただろうか。文句を言いながらも一緒に俺たちと戦ってくれたか、それとも……
 アヴネラは元気なく俯いた様子で、言った。
「ボクは……何と言っていいのか、分からないよ。母上があんな酷いことを言ったのに、君たちは、ボクたちエルフ族を助けようとしてくれてる……ボクが代わりに何を言ったところで君たちからしてみたら何の意味もないことは分かってるけれど、それでも……」
「あんたの力がなかったら、今頃俺たちは目的も果たせないままこの国を追い出されてたところだったんだ。あんたの言葉は、十分に俺たちの力になってくれてる。だからそんなに自分を責めるな。……感謝してるよ、アヴネラ」
 俺の言葉に、彼女は微妙に瞳を潤ませて、きゅっと唇を噛んだ。
 それから表情を引き締めて、彼女はゆっくりと息を吐いて、吸って、言葉を続けた。
「……ウルヴェイルから聞いたドライアドの監視情報によると、巨大蜘蛛を連れた例の人間が姿を現したのは、これまでに三回。国内に入ってきたことはまだないけれど、うち一回は門の前まで来たみたい。その時はトレントたちの協力もあって、何とか追い払うことができたらしいけど……」
「……蜘蛛の主人を見たことがある奴がいるのか?」
 森の中に神出鬼没に現れる、みたいな風に言ってたから、てっきり人前には姿を出したがらない奴なのかと思っていたのだが……
 うん、と頷くアヴネラ。
「君たちも会ったでしょ、門番のアカシアとクレイラ。彼女たちがその目撃者だよ」
 あの、瞳の色以外では全く見分けが付かない双子の門番か。
 単に蜘蛛を追い払っただけだから大した話は聞けなさそうではあるが、何も情報がないよりはいいだろう。あの二人に会って話を聞いてみることにするか。
 そうと決まれば、早速行動開始だ。
 俺たちは巨大蜘蛛の主人に関する情報を得るために、その二人の門番の元を尋ねることにした。

 通りを歩いていると、一人の少女が道の中央で散らばった野菜を一人で懸命に拾い集めている場面に遭遇した。
 地面に大きな籠が置かれている。どうやら、あの籠に野菜を入れて運んでいたらしいが、転ぶか何かして中身をぶちまけてしまったのだろう。
 日本でも、稀にこういう場面に出くわすことがある。坂道とかだと丸いものが転がっていったりして地味に大変なんだよな、散乱したものを拾い集めるのは。
 通りかかったついでだしと、俺たちは野菜を拾うのを手伝った。
 拾ったものを少女に手渡してやると、少女は酷く驚いた顔をして俺たちのことを見ていた。多分俺たちが人間だからびっくりしたんだろうな。何で人間がこんな場所にいるんだ、って感じで。
 少女が野菜を受け取ろうとしないので、籠に入れてやることにした──のだが、籠の底に大きな穴が空いているのを見つけて、俺は野菜を入れようとした手を止めた。
 きっと、野菜の重みで底が抜けたのだろう。見た感じ籠自体も結構年季が入っているようだし、寿命だったんだろうな。
「ありゃ。御臨終じゃん。使い物になんないよ、これ」
「大丈夫だ」
 あーあと肩を竦めるシキに持っていた野菜を預けて、俺は籠を手に取った。
 穴が空いている箇所に掌を翳して、静かに魔法を唱える。
「リバース」
 魔法の効果を受けた籠の穴が、草を編んでいるかのようにみるみる塞がっていく。そして一分も経たないうちに、穴は綺麗になくなった。
 リバース──魔法をかけた物体の状態を、少し前の状態に巻き戻すことができる時魔法である。うっかり落として割ってしまった壺なんかにこの魔法を施すことによって、元の割れる前の状態に戻すことができるのだ。
 生物には掛けられない、あまり昔の状態に戻すことはできない、という制約はあるが、覚えていると何かと役に立つ魔法のひとつである。世間では、虚無ホロウの襲撃を受けて破壊された建物なんかを元通りに修復する時によく用いられているらしい。籠を直すことなど容易いことだ。
 修復した籠に、シキから受け取った野菜を入れる。そしてそれを、少女へと渡してやる。
「ほら」
「…………」
 少女は無言のまま、恐る恐るといった様子で俺から籠を受け取った。
 籠の中身と俺の顔とをしきりに何度も見比べている。
 ……ま、無理もない反応だよな。例えるなら、偶然遭遇した指名手配犯がフレンドリーに近寄ってきてジュース奢ってくれたような状況だもんな。こいつ何を企んでるんだって思いたくもなると思う。
 だから、俺の方も余計なことは言わない。そのまま少女の傍から離れ、皆に行くぞと声を掛けた。
 そのままその場から立ち去ろうとすると、背後から掛けられる小さな声。
「あ……あのっ、貴方、さっきわたしを助けてくれた人ですよねっ。あの……蜘蛛から」
「……?」
 蜘蛛、の一言に俺は振り向く。
 こちらをじっと見つめている少女の顔に注目する。
 エルフの顔は、俺からしてみたら皆一律で美形過ぎるせいで似たようなものにしか見えない。あれだ、アメリカ人とかフランス人の顔が全部同じ風にしか見えないような感覚だ。なのでこの少女の顔も、例に漏れず可愛いエルフだな、くらいにしか思えないが……
 しかし、蜘蛛と関わったエルフの少女、と聞くと、頭に浮かぶものはある。
 蜘蛛に襲われて、口の中に卵を産みつけられていたエルフの少女……あの少女に、何となく体の特徴が似ているなと、思った。
 そうか、あの時助けた子か。元気になったんだな、何よりだ。
 まさか少女があの状況下で俺たちのことを認識していて、それを覚えていたとは意外だが。
「……御礼、言いたかった。でも、守護兵長様は人間に近付いてはいけないって仰ってて……それでも、どうしても、伝えたかったの。わたしの、感謝の、気持ち」
 少女は俺たちの元まで駆け寄ってきて、言った。
「助けてくれて、ありがとう……わたし、この通りで姉とお料理屋さんをしているの。助けてくれた御礼に、わたしの自慢のお料理、御馳走したい。夜になったら、わたしたちのお店に、来てくれるかな……」
 エルフは、人間を敵視している。何の関わりもないエルフから唐突にそのようなことを言われたら、ひょっとしてこれは何かの罠なんじゃと疑ったかもしれない。
 しかし……この少女の目は。たどたどしくも一生懸命に口にした、言葉は。
 素直に信じていいんじゃないかと、思えた。
 俺は少女に微笑みをもって答えた。
「ああ。必ず行くよ。招待してくれてありがとうな」
 そう言うと。少女は僅かに嬉しそうにはにかんで、名乗った。
「わたしはテーゼ。お店の名前は『シルフの止まり木』っていうの。絶対、来てね……待ってるから……!」
 ぺこりと深く頭を下げて、彼女は野菜入りの籠を大事そうに抱えて走り去っていった。
 小さくなっていく彼女の背中を見つめながら、フォルテがしみじみと呟く。
「エルフは人間を嫌ってるっていうけど……中には、私たちと対等に接しようとしてくれる人もいるのね」
「……そうだな」
 俺たちが人間全部が悪の権化というわけじゃないと諦めずに訴え続けていれば、その声はいつかこの国に住むエルフたちに届くはず。
 それを信じて、今は地道にできることをひとつずつ頑張っていこう。
 そうすることが、先へと続く道を繋げることに繋がるのだから。
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