三十路の魔法使い

高柳神羅

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第120話 音楽に乗せて水路を往く

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 その川は、川幅は狭いながらも水の流れはそこそこ速い、渓流という呼び名が最もしっくり来る川だった。
 川幅はおよそ十メートルほど。川辺には何処から運ばれてきたのか大小様々な小石が転がっている。川底にも石が転がっているのか、大きな岩が頭を覗かせて盛大に水飛沫を被っていた。
 川辺には、何かが置かれていた。
 それは、緑色の舟だった。子供の頃に田舎に行った時によく作っていた笹舟、見た目はそれに何となく似ている。長さは三メートルほどとそれほど大きくはない。
 試しに近寄って触ってみたら、それは本当に何かの植物の葉で作られているようだった。材料に使われている葉が大きいからか、葉にしては厚みがそれなりにあり硬さもそこそこあり、簡単には壊れなさそうではあるが……
 しかし、何故こんな場所に舟が? 川なのだから舟くらいあってもおかしいことではないが、葉っぱの舟って。人が乗ったら速攻で沈みそうである。森の精霊の玩具か何かか?
「何? これ」
「舟だよ。見て分からない?」
 首を捻るシキの呟きに答えたのは、いつの間にか俺たちの背後に立っていた少女エルフの呆れ声だった。
 神樹の魔弓を背負ったアヴネラは、微妙に不機嫌そうに眉根を寄せていた。
「全く、遅いよ。ただ森を出るだけで一体何時間掛かってるのさ。ボクがどれだけ此処で待ってたか、分かる? 余りにも遅すぎるからシルフに頼んで君たちを探させたけど、まさかあんな単純な道で迷ってるなんて思いもしなかったよ」
「単純な道って……道なんてなかっただろうが。何処もかしこも草ばっかりで何も見えなかったぞ」
「森の声に耳を傾ければいいじゃないか。森はあんなにお喋りしてるっていうのに」
「俺たちは人間なんだ。森の声なんて聞こえるわけないだろ。無茶を言うな無茶を」
 憮然と俺が言うとアヴネラは肩を竦めながら俺たちの横を通り過ぎ、例の舟の方へと行った。
 先端の一方に手を触れて、言う。
「それじゃあ、出発しようか。これを川に浮かべたいから運ぶの手伝って」
「出発って……ちょっと待ってくれ」
 俺は半ばびっくりしてアヴネラに問いかけた。
「あんた、ひょっとして俺たちに付いて来る気なのか?」
「当たり前でしょ。何言ってるのさ」
 アヴネラは舟を懸命に川の方へと引っ張っている。
「ボクは言ったはずだよ。今度はボクたちエルフが君たちを助ける番だって。……ボクも、君たちと一緒に行く。魔帝を倒すために戦うよ」
「それは、聞いたけどっ……あんたは次期女王なんだぞ! あんたの身にもしものことがあったら王家が滅びるってウルヴェイルも言ってた! 何より女王が、そんな旅をするのを許すわけないだろうが!」
 アヴネラが一人で人間領を旅していたのは、アルヴァンデュースの森を蘇らせてエルフ族を滅びの危機から救う手段を手に入れるためだった。
 種族の存亡が懸かっているならばと、女王もその一人旅に関しては思うところはあれど已む無く了承した部分もあると思う。
 だが、これから俺たちがやろうとしている旅は、それとは違う。魔帝という人の手で倒せるかどうかすら分からない相手を倒すための旅なのだ。
 当然命の保障なんてない。目的を果たせるかどうかも分からない。そして目的を果たしたからといって、誰かが俺たちに恩賞を与えてくれるわけでもない。
 アヴネラが旅を続ける理由はもうないのだ。確かに世界のために為そうとしていることではあるが、エルフ族にとっては直接恩恵があるようなことではないのだから。
 そんな自分たちにとって殆どメリットがない旅を、果たして女王が許可するだろうか。
 それは、アヴネラ自身が一番よく分かっているはず。
「心配はいらないよ。母上は国を出る時にちゃんと説得してきたから」
 しれっととんでもないことを言ってのけるアヴネラ。
「ウルヴェイルが助言してくれたから説得できたってのもあるんだけどね。魔帝が存在している限り次の手先がいつか必ず国を襲撃してくるだろうから、それならいっそのことこっちから出て行って大元を叩いてしまえってね。国のことは自分が守るから、自信を持って行ってこいって……送り出してくれたよ」
「……女王は? 何て言ったんだ、あんたが旅に出るって主張した時に」
「別に何も。好きなようにしろってさ。……呆れられたのかもね、ボクが余りにも王女としての自覚がなさすぎるから」
 ……単に呆れたからといって大事な娘を二度と戻ってこない可能性のある旅にあっさりと送り出すような母親はいない。
 女王はかなり葛藤したはずだ。一国の王として、そして母として。アヴネラを次期女王だからじゃなくて大事な娘だからこそ手放したくはない、そういう気持ちは少なからずあったはず。
 それにも拘らず、アヴネラに旅立つことを許したのは……
 それが、女王なりの誠意の表し方だったのだろうか。今まで慇懃無礼な態度を取り続けてきた、俺たち人間に対しての。
「……ちょっと、見てないで手伝ってよ。魚人領に行くんでしょ。行かないの? この山を越えないと魚人領に行けないんだから」
「……あ、ああ。すまん。今やる。シキも手を貸してくれ」
「オッケー」
 こちらを睨んでくるアヴネラに謝って、俺はシキと一緒に舟を両脇から担ぎ上げる。
 葉っぱでできているだけあって、大きさの割には随分と軽い。男二人の力で、舟はあっさりと川へと浮かべられた。
 これで魚人領に行くと言うが……本当に、乗れるのか? これに。
「……大丈夫なのか? この舟、一人が乗った時点で沈みそうな気がするんだが」
「流石にそのままじゃ無理だよ。四人も乗れない。だから神樹の魔弓の力を使う」
 アヴネラは自らが背負っている弓にちらりと視線を向けた。
「弓の力で、この舟を強化する。そうすれば、四人乗ってもこの川を下っていくくらいならできると思う。此処を下って行けば、この流れの速さなら完全に夜になる前には魚人領には着くんじゃないかな」
「何だか微妙に不安なんだが……此処を下る以外に道はないのか? 陸路は?」
「一応、山の反対側に繋がってる洞窟を抜ける方法もあるけど……多分、そっちの方法だと一日二日じゃ済まないよ。古い通路で崩れかかってるって聞いたこともあるし、下手したら道が崩れて通れなくなってるかもね。そうしたら引き返さなきゃならなくなるから、結局時間の無駄になる。それだったら最初から川を下って行った方がいいと思う」
 ……生き埋めになるリスクを背負って通り抜けられるかどうか分からない道を使うよりかは、多少不安定でも確実に目的地へ抜けられるルートを選んだ方がマシ、か……
 弓の力で舟を強化しないと四人乗れないんだろ? ということは、弓の力が消えたら舟が沈むってことで……
 どっちを選んでも危ない気がするのは俺だけなんだろうか。
「それじゃあ、やるよ」
 言ってアヴネラは、背負っている弓を下ろして腕の中に抱くような構えを取った。
 弓の一部に備わっている、竪琴のような部分。そこの弦に指を掛けて、静かに深呼吸をして、爪弾く。
 美しい音色が辺りに満ちる。静かで優しい、子守唄のような旋律。聴く者を魅了する神の楽曲。
 音楽が終わると同時に、目の前に浮かべられた船が、淡い緑色の光を放った。
「これで大丈夫。乗って」
「今の音楽は何だ?」
「『魔歌』っていう、魔力を宿した音楽だよ。周囲に漂っている魔素を弓の魔力を利用して取り込んで、旋律に乗せて放つ魔法みたいな技なんだ。……神樹の魔弓は、弓としての機能ももちろん備えているけれど、性質としては竪琴……楽器の方に近いんだ。魔歌を奏でた時に初めて真価を発揮する『神器』なんだよ」
 弓を奪われて魔力を失った時は、矢を放つだけの『武器として最低限の能力』しか持っていなかった。
 あの儀式を経て完全に魔力を取り戻したから、本来の使い方ができるようになったということか。
「さあ、早く乗って。魔歌の効果は長続きしないから、舟に乗ってる間はずっと演奏し続けてないといけないし。それって結構大変なんだよね」
「……分かった」
 促されるままに、俺たちは舟へと乗り込む。
 ゆらゆらと船体が左右に揺れているが、全員が乗っても沈む気配は全くない。見た目は薄っぺらい葉っぱの舟なんだが……魔歌の力って地味だけど凄いんだな。
 音楽を聴きながら川下り。何だかヴェネチアのゴンドラみたいじゃないか。
 ずっと演奏を続けていなければならないアヴネラは大変だとは思うが、俺たちが手伝えることもないし、舟に乗っている間はのんびりと遊覧気分を楽しませてもらうことにするか。
 進行方向側に俺とシキが、後方側にヴァイスを膝に乗せたフォルテとアヴネラが向かい合わせの形で座る。
 俺たちを乗せた舟は、少しずつ陸地を離れて川の中央へと移動し、前へと進んでいく。
 ざああ、と舟を追い越して前方へと流れていく水の音を聴きながら、俺は全身の力を抜いて周囲の景色を眺めて──
 ──次第に早くなっていく舟の移動速度に、眉を顰めた。
「……何か、随分速くないか。この舟」
「そんなの当たり前だよ。此処は小川じゃないんだから。今はまだ平地に近いからこの程度のスピードだけど、斜面に入ったらもっと速くなるよ。ぼーっとしてたら落ちるから、居眠りとかしないでね?」
「……え」
 全身にぶつかる風が強くなっていく。
 顔に時折掛かる水飛沫。ボリュームが上がっていく水流の音。
 ……誰だ、ヴェネチアのゴンドラみたいだなんて暢気なことを言った奴は! 俺か!
「……ちょっと、ちょっと待っ……速い、速い速い速いって! 止めっ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫する俺を乗せた舟は、高速で流れる水の上を滑るように進んでいった。
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