三十路の魔法使い

高柳神羅

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第119話 彷徨えるおっさんたち

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 この森は、どういうわけか野生の獣の姿を全く見かけない。
 エルフたちは森で狩った動物を肉にして食べているらしいから、この森に動物がいないわけではないのだろうが……奇妙なことに、俺たちが動物の姿をちらっとでも目撃することはないのだった。
 獣道もなく、足下は常に雑草で覆われて。
 木ばかりが並ぶ緑の景色は進めど進めど変化らしい変化もなく、頭上は生い茂っている枝葉で殆ど覆われておりろくに空も見ることができない。
 時折発光している花とか馬鹿でかい茸とかが生えているのを見かけるので、それを目印にしながらひたすら南東方面を目指す。
 もう何時間歩いたのだろう。太陽の位置が分からないので、大雑把な時間把握もできないまま。
 いたずらに蓄積していく疲労と戦いながら、歩いていく。
「ねー、おっさん」
 ふと、シキが口を開く。
「あそこにあるでっかい茸、さっきも見なかったっけ?」
 と、言いながら彼が指差した先には傘の部分が淡く発光している巨大茸がある。
 傘の色は赤く、細かい点々模様があり、傘の一部が大きく割れている、そんな茸である。
「見たな」
「だよねー」
 俺の返答に、シキは満足そうにうんうんと頷いて。

「ひょっとしてだけどさ、俺たち、思いっきり同じとこぐるぐる回ってない?」

「…………」
 俺たちの歩みがぴたりと止まった。
「……シキ」
「ん、何? おっさん」
「世の中にはな、言っていいことと悪いことがある」
 俺は真顔でシキの方に振り向いた。
「言った方は何でもない一言だと思っていても、言われた方にとってはそれが物凄いショックになることもあるんだ。それは分かるな?」
「んー、まあ、そうだね。相手が嫌がることは言っちゃ駄目だよね」
「だろ?」
 頬を指先でかりかりと掻きながら頷くシキの左肩にそっと手を置く俺。
「何でもかんでもすぐに口にしちゃ駄目だ。時には腹の底に留めて外に出さないようにすることも大事なんだ。それが大人の対応ってやつだ。あんたは今十九だって言ってたよな? この世界じゃあんたはもう立派な大人なんだから、状況の判断くらいはできるようにならないといかんぞ」
「大袈裟な話だなぁ。俺、単に俺たち迷子ってるよって言ってるだけじゃん」
「……だからっ! その現実を認めたくないからこうして必死に話をそらそうとしてるんだろうがっ!」
「うっわ、おっさん現実逃避? いい年した大人のくせしてヤバイよ? そういうの。状況判断しろって言ったのおっさんじゃんかー」
 両肩を掴まれがっくんがっくん揺さぶられながらも、全然堪えていない様子で飄々と笑っているシキ。
 俺は乱暴に溜め息をついて、シキから両手を離した。
「……とにかくだ、何とかして迷わずに進む方法を見つけないと俺たちは延々と同じ場所を回り続けることになる。何か考えないと」
「って言ってもなぁ。目印作りながら進んでもこうだもん。道もないんだし、まっすぐ歩くなんて無理じゃん?」
 確かに、シキの言う通りである。現状、道らしい道が全くないため、通れそうな木の間を縫うように進んでいる状況なのだ。
 この時点で既に直進できていないのだから、まっすぐに方向を定めて歩くなんてのはほぼ不可能なのである。
「……ねえ、ハル。前に谷を越える時、千里眼の魔法使ってたよね。あれは?」
 おずおずとフォルテが提案してくる。
 確かに、以前峡谷を越える道を探すために、俺は千里眼の魔法を使ったことがある。
 が……
「ホークアイか……あれは視界を空高く飛ばして遠くを見る魔法だから、森の中じゃ使っても殆ど意味がない。森の上から見下ろす形になるから、葉っぱに遮られて地面が見えないんだよ」
 同様の理由で、洞窟や建物の中でも基本的に役には立たない。天井が遥か遠くにある縦長の洞窟だとか吹き抜けの塔みたいな構造の建物ならば、ひょっとしたら多少は使えるかもしれないが……基本的には屋外専用の魔法なのである。
 マナ・サーヴァントで生み出した使い魔と視界が共有できるなら、鳥の使い魔を飛ばして先の様子を調べさせるのだが……
「うーん……でも、森の外の様子は見れるのよね? それなら、山がある方向くらいは分かるんじゃないかしら」
「……ふむ」
 成程、あたりを付けて進む方向を定めようというわけか……
 あまり意味がないような気もするが、何もしないよりはマシか。
「分かった。試すだけ試してみる」
 俺は魔法を唱えるべく意識を集中させて──
 ふわり、と唐突に目の前に淡く光るものが現れて、思わず俺は組み立てかけていた魔法の構成を霧散させてしまった。
 何だ?
 顔のすぐ前にあるせいでよく見えないので、数歩下がって焦点を合わせる。
 それは……十五センチくらいの大きさの、少女だった。
 すずらんの花のような形をしたふんわりと丸いスカートのドレスを着ており、背中には虹色の蝶の羽が生えている。光っているのはこの羽だったらしく、羽が動く度に粉のような細かい虹色の光が零れ落ちて、星の瞬きのように輝いていた。
 妖精……だよな。多分。こういうの、ファンタジー小説なんかに出てくるのを見たことがある。
 これも、森に暮らす精霊の一種なのだろうか。
「きゃ、可愛い」
「へー、妖精なんているんだなぁ。初めて見たよ」
 物珍しそうに妖精に近付くシキとフォルテ。
 妖精は俺たちの周囲をくるりと一周すると、そのまま離れたところにまで飛んでいき、そこで一旦止まってこちらを振り返ってきた。
 スターサファイアのような瞳が、俺たちのことをじっと見つめている。
 人間を警戒している……というわけでは、なさそうだ。
「……来い、ってことか?」
 試しに問いかけてみるが、妖精からの返答はない。
 その場から動かず、無言のままこちらに視線を向けているばかり。
「……もしかして、森の外まで案内してくれるの?」
「追いかけてみよう」
 俺たちは、妖精の後を追って歩き出した。
 妖精は俺たちと一定の距離を保ちながら、俺たちの前を飛んでいる。
 距離が離れると、進むのをやめてこちらに振り返り。俺たちが追いつくと、再び進み始め。それを何度も繰り返して。
 そして──
 森の緑が途切れ、その先に異なる種類の緑に覆われた世界が現れた。
 空から降り注ぐ太陽の光が眩しい。
 近くには川があり、光を浴びた水面が白く輝いているのが見える。
 妖精は森の出口に留まって、その川をまっすぐに指差していた。
 森の精霊は基本的に森の外には出られないと聞いている。自分は此処までしか道案内できないが、あの川へ行けと、そう言っているということか。
「あの川に何かあるのか?」
 質問しても、やはり妖精は何も答えない。
 ……ひょっとしたら、答えないんじゃなくて元々喋れない種族なのかもしれないな。こっちの言葉は理解できるみたいだから。
 まあ、此処まで来たんだ。行くだけ行ってみよう。
「道案内ありがとうな」
 礼を言うと、妖精は俺たちの前を横切ってそのまま森の中に姿を消した。
 さあ、一体何があるんだろうかね。
 俺たちは川を目指して異なる森の間にある細い土の道を進んでいった。
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