三十路の魔法使い

高柳神羅

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第121話 全てが泡と消えた世界

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 夕焼けで赤く染まった空と、その色が反射した海。
 静かに波が打ち寄せる浜辺は、何処かからか流されてきたのであろう様々な物の残骸が散乱しており、日本にもあるような生活ゴミが大量に打ち上げられた浜を彷彿とさせる。
 潮風がきついからなのか辺りに内陸で見かけたような植物は此処にはなく、椰子の木に似た背の高い木が点々と生えているだけ。後は岩ばかりだ。
 背後は崖になっており、歩いて内陸の方には戻れそうにない。此処はどうやら、エルフ領と魚人領を分断している山に隣接した僅かな陸地部分らしい。エルフ領側からは普通の緑に包まれた山に見えていたものが、魚人領側では絶壁になっていたというわけだ。
「はー、潮の匂いがするねぇ。流石海! って感じだね、そう思わない? おっさん」
 舟を降りて両腕を広げて全身を伸ばしながら笑顔でこちらに振り向くシキ。
 その視線の先で、俺は四つん這いの格好になって川に向かって激しく嘔吐していた。
「うぇええええ……」
「ちょっと、ハル、大丈夫?」
 フォルテが俺の背中を優しく摩ってくれる。
 こんなおっさんがゲロしてるところなんて見たら自分だって気分悪くなるだろうに……彼女の優しさが本当に心に沁みて涙が出る。
「何だぁ、おっさん。あの程度で酔ったの? 情けないなぁ、あんなのジェットコースターと比べたら全然大したことないじゃん」
「あのスピードは尋常じゃなかったっての! 舟は揺れるわ時々回るわ段差から飛ぶわ、明らかにネズミの国の水流ジェット以上だったぞあれは! それを大したことないって、あんたは一体あれを何と比……うっ、いかん、叫んだら胃がまた……」
 失笑しているシキに怒鳴り──再び込み上げてきた吐き気に我慢できず、俺は再度川の方を向いた。
「うぇええええ……」
「はぁ、歳は取りたくないもんだねぇ。俺もいずれおっさんみたくなるって思ったら何かぞっとするよ……後十年か……うーん」
 言ってろ、くそ。
 俺は別に三半規管が弱いわけではない。あの川下りが普通じゃなかっただけだ。
 あれは川下りなんて生易しい言葉で表現できるものじゃなかった。渓流下り、いやそれ以上の代物だった。
 舟が超高速で流されていきながら、絶えず左右に揺れながら時々渦を巻いている水流に掴まって回転したり、小さな滝になっている箇所があってそこを勢い良くダイブしたりしながら下流を目指してノンストップ……その状態が何時間も続いていたのである。アヴネラの魔歌のお陰で舟が横転したり沈没したりといったことはなかったものの、あれは普通の人間が平然としていられる環境レベルを明らかに超えていた。
 それなのに、どうして俺以外の奴はそんな涼しい顔していられるんだよ。
 潮の香りのせいで余計に吐き気に拍車がかかっている。俺は海の匂いというのがあまり得意ではないのだ。何だか魚屋にずっと居させられている気分になるというか……とにかく、好きではないのである。
 胃の中身をすっかり吐き尽くし、最終的に胃液しか出てこなくなったところで、ようやく吐き気は治まった。
 口の中が妙にぴりぴりしていたので、川の水で簡単にうがいをする。俺がさっき水面に吐いたやつはとっくに流れていってしまっているから、川の水は綺麗なものだ。浄化していない生水を飲むのは流石に抵抗感があるので、軽く口に含む程度に留めておいたが。
「……すまんな、フォルテ。背中摩ってくれたから大分楽になったよ」
「何だかまだ顔青く見えるけど……本当に、平気?」
「ああ、大丈夫だ。風に当たってればそのうち治る。病気じゃないから、心配はいらんよ」
「……なら、いいけど」
 フォルテはほうっと息を吐いて、砂浜の方に視線を向けた。
「やっと……着いたのね。魚人の国」
「うん。魚人領ニクロウルズ……かつては魚人たちが暮らす諸島王国ルッカーナが存在していた海洋地域さ。今はもう……島ごと沈められて何も残ってないって、話だけれど」
 アヴネラは海の方へと歩いていく。
 細かい砂の地面が、彼女が歩く度にさくりさくりと音を立てて足跡を刻み込む。
 倒れて半分以上砂に埋もれている、巨大な丸太。それにそっと右手を触れて、彼女は言った。
「魚人領は殆どが海だから、徒歩だけだと行ける場所はかなり限られてくると思う。何も見つからない可能性の方が高いけど、それでも探す? 魚人族の手掛かり」
「そうだな……」
 俺は自分たちが立っている陸地の果てへと目を向けた。
 じきに日が暮れる。夜になると身動きが取れなくなるので、それまでにどうにか落ち着いて一夜を明かせそうな場所を見つけたいところだ。
 できれば、砂地じゃないちゃんとした土の地面がいい。海からそれなりに距離が離れていればなお良い。まあ、そう都合良く過ごしやすい環境が見つけられるわけがないのだが。
 最悪、波を被らない場所さえ見つけられれば、それで……
 ……ん?
 遠くを見ていた俺の目が、あるものを捉えた。
 それは、明るくて鮮やかな茜色の光。夕日が反射して生まれている色とは微妙に違うように見えるが、俺は視力があまり良くないので、此処からではそれ以上のことは分からない。
 何だろう?
 試しに俺はホークアイの魔法を唱えてみた。
 空高く舞い上がった視界が、その光が見えた方向に向かって飛んでいく。
 みるみる近付いてくる、目的のもの。
 それを真下に捉えて──その正体を、俺は知る。
 それは、漂流物を巻き込んで激しく燃え上がっている、炎だった。
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