三十路の魔法使い

高柳神羅

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第122話 亡国を彷徨う影

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 漂着物の殆どは、倒木とか海藻とか枯れ草といった自然由来のものである。
 時折服だったものと思わしき布の塊なんかも混ざっているが、可燃物であることに変わりはない。
 まあ、この世界には電化製品だの自転車だのといった文明機器なんてものは存在しないのだから、当たり前ではあるのだが。
 浜辺に打ち上げられて山になったそれらが、盛大な炎に包まれて白い煙を上げていた。
 此処は海が近く潮風が強いこともあって、湿度がそこそこある場所だ。幾ら木や布が可燃物だとはいえ、自然発火を起こすような環境ではない。
 おそらく、これらは人為的に火を点けられたのだ。
 ということは、それはすなわち、此処には俺たち以外の誰かがいるということであって。
 ……ひょっとして、魚人族の生き残りが……?
「何、これ? ゴミ焚き?」
 燃える漂着物の山に近付いたシキが、刀を抜いてそれをつんつんとつつく。
 既に半分以上炭になっていた倒木がぼきっと折れて、がらりと崩れて細かな火の粉を散らした。
「これって火消した方がいいの?」
「……別に、放置でも構わんだろ……燃えてるといってもゴミだからな……」
「ん。そっか」
 俺の言葉に頷いて、シキは炎の傍から離れた。
 刀を鞘に納めて辺りをぐるりと見回して──その目が海の方に向いたところで、動きが止まる。
「……何? あれ」
「?」
 彼が指差した先。海岸から少し離れたところに、何か黒いものが浮かんでいる。
 丸みを帯びた流線型のような形をしており、距離を考えると大きさもそこそこあることが分かる。
 魚……にしては大きい。イルカ? 鮫? この世界にイルカや鮫がいるのかどうかは分からんが。でも見た目は似ている気がする。
 ……まさか、あれが魚人族……?
 それは俺たちが注目している中、音もなく沈んで姿を消してしまった。
 ……何だったんだ、今のは。
「もしかして、今のが魚人族だったのかしら」
 俺と同じことを考えたらしく、フォルテが海の方を見つめながらそのようなことを呟いている。
 アヴネラは首を横に振った。
「……多分、違うと思う。人の形をしてなかったし。たまたまこの近くに来ていた魚か何かなんじゃないかな」
「多分、って、あんた魚人族がどういう姿をしてるのか知らないのか?」
「知らないよ。実際に見たこともないしね。元々魚人族は自分たちの領地の外には出ない種族だから、その存在自体を知らないって人もいるくらい謎の存在なんだ。ボクは魚人族は人間と魚のあいのこの種族だってことしか分からないよ」
 ……俺の予想の最有力候補は、魚人族ってのはいわゆる人魚なんじゃないかという考えなんだが……
 陸地に国を作って暮らしていたって話だから、流石に下半身魚ではないかなという気も薄々とはしている。
 もうひとつの予想は、半魚人。全身鱗に覆われて頭が魚で水かきやひれが付いてる奴だが……
 ……流石にそんな怪物みたいな見てくれの奴ではないと、思いたい。
「此処、燃えてるゴミしかないし。もう少し先の方見に行ってみない?」
 先程の黒い影に対する興味を失ったのか、シキが散策を続けようと提案してくる。
 特に断る理由もないので、俺たちもそれに同意した。
 そこから更に砂浜に沿って歩くこと、一時間。
 空が藍色に変わり、星がちらほらと見えるようになって、周囲が大分暗くなってきた頃。
 砂浜が、途切れていた。絶壁に阻まれてそれ以上は徒歩では進めなくなっており、その先は岩礁になっている。
 この辺りには漂着物はなく砂浜は綺麗だったが、陸地の幅が狭い。辛うじて波が届かない場所ではあるが、此処で一夜を明かせるかと問われると微妙な感じもする。
 この絶壁の先に人が歩けるような陸地はあるのか……此処からでは分からない。ホークアイの魔法ならばその先を見ることはできるだろうが、この暗さでは俺の視力だと何も見えずに終わる可能性の方が高い。
「行き止まりかぁ」
 眼前に立ちはだかる絶壁を見上げて、シキが腕を組む。
「これ以上は泳ぐしかないってことか。結構面倒だね! ま、仕方ないか。滅ぼされた土地なんだし、何か見つかることの方が珍しいってね」
 ……まあ、探索可能な陸地がこれ以上ないってことはそうなるだろうな……
 水上歩行の魔法を使えば海を泳がずに移動はできるが、あれもそこまで持続時間がある魔法じゃないから、この先陸地が全くないってことになると探索途中で海中に落下する結末しかない。それは避けたい。
 とりあえず……これ以上は行動のしようがない。明確な行動方針も決まってないし、今日の探索はここまでだな。
「今日は此処でキャンプにしよう。波が来ない場所だから寝てる最中に溺れるなんてことはないだろ」
「えー、砂の上で寝るの? 朝起きたら悲惨なことになってそうなんだけど」
 足下の砂を蹴って不服を漏らすシキに、溜め息をつく俺。
「仕方ないだろ。砂じゃない地面がないんだから。俺だって好きで此処を野営地にしようって言ってるわけじゃないんだ、我慢しろ」
「んー、分からなくもないけどさぁ……」
 シキはがりがりと頭を掻いて、言った。
「じゃあ、せめて大きめの布かなんかちょうだい? 体の下に敷くからさ。そうすれば、とりあえず体に砂は付かなくなるだろうし」
 布か……確かに体の下に敷くものがあれば、多少はマシになるか?
 キャンプ用の大きなレジャーシートとか。あれなら水も弾くし汚れも付きにくいし、そこまで高価なものでもないから一枚あればこれから先何かと重宝するかもしれないな。
 早速フォルテに召喚してもらおう。
 ……いや、待てよ。どうせ召喚するんだったら……
 俺は少し考えた後、召喚を頼むためにフォルテを呼んだ。

「おー、中結構広いじゃん。これならゆっくり寝られそう」
「そりゃ、十人用のやつだからな。これなら全身伸ばせるだろ? でかい分設置が大変だが、それはまあ安眠の対価だと思って我慢して手伝ってくれ」
「もち、手伝うって。作業もそんなに難しくなかったし、これで雨風防げて砂も虫も気にしないで寝られるんだから、むしろ感謝しかないね!」
「凄いね……君の召喚技術。髪の毛一本でこんなものを召喚できるなんて、世の召喚士たちが聞いたら驚くと思うよ」
「そんな、私はハルに言われた通りにやってるだけだから……」
 目の前に建てられた大きなテントを見つめて、俺は満足感を噛み締めながら額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。
 そう。俺がフォルテに頼んで日本から召喚してもらったのは……キャンプ用のテントなのだ。
 テントと一口に言っても種類は色々あり、利用できる人数や形状、機能などに差がある。もちろん利用時におけるメリットやデメリットも種類ごとに変わってくる。
 今回俺が選んだのは、ツールームテントと呼ばれるタイプのものだ。テントとタープという支柱の上にシートを付けた日差し避けのようなものが隣接した形になっているものである。
 構造上シートが大きくポールの数も多いため、一般的なドームテントなんかと比較すると設置が大変ではあるが、それが苦に感じないほどに利用時のメリットは多い。大事に使えば余裕で十年以上は使えるものなので、今後のことも考えて少々高価な品ではあるが奮発した。
 幾らしたのかって? ……まあ、いい自転車が二台買えるくらいの金額だったとだけ答えておこう。
 こうして皆が喜んでくれているのだから、それだけでもこいつを召喚してもらった価値はあると思っている。
「……さ、夕飯作るぞ。手伝ってくれよな」
「オッケー。薪集めてくりゃいいよね? 向こうのゴミ漁って適当に持ってくるよ。おいで、ワン公」
「わん」
 シキはヴァイスを連れて元来た道を引き返していった。
「竈は適当にマナ・アルケミーで作ればいいか……フォルテたちは野菜の皮剥いてくれるか。今材料と道具渡すから」
 俺はボトムレスの袋からざると包丁、材料の野菜を取り出してフォルテへと渡した。
 包丁を見たアヴネラが何処か不安げに呟いている。
「ボク……料理なんてしたことないよ。国にいた頃は専属の料理人が作ってくれてたから……」
「一人で旅してた時はどうしてたんだよ」
「そのまま食べてた。ボク、人間領の金貨なんて持ってなかったから買い物もできなかったし。森で食べられる野草を見つけてそれを齧ったり、村を見つけたらそこで猛獣駆除とかの仕事をして食べ物を貰ってたんだ。野菜とか……パンとか、干し肉とか」
 それはまた……随分とワイルドな食生活を送ってたんだな。
 その辺で毟った草をそのまま食べるってのはなかなか真似できないと思う。
「大丈夫よ。私も、お料理あまり得意じゃないから……でも野菜の皮剥きくらいだったらできるから、教えてあげるね。一緒に頑張ろう?」
「うん……宜しくね」
「じゃあ、包丁もう一本渡しておくな」
 追加で包丁を出してフォルテへと渡す。果物用の小さいやつだが、アヴネラの手も子供サイズで小さいから普通のやつよりかは握りやすいだろう。
 二人は道具と材料を持って波打ち際のところへ移動していった。野菜を海水で洗いながら皮剥きするつもりなのだろう。俺がいつも水を溜めた桶の中で皮剥きしていたから、多分その真似をしてるんだろうな。
 並んで座って作業を始めた二人の背中を眺めながら、俺はテントから少し離れた場所にマナ・アルケミーで即席の竈を拵えた。
 鍋をセットして、その中に少量の油を注ぎ、取り出した鶏肉の塊を一口サイズに切りながら入れていく。
 後は、薪と野菜待ち。材料が揃ったら食材を軽く炒めて調味料を入れて水と牛乳で煮込む。それでシチューの完成だ。
 皆が戻って来るまで暇なので、竈の前で胡坐をかいて座りながら、ぼーっと待つ。
 と。
 どずん、と派手な音がして、目の前が急に真っ黒になった。
「!?」
 砂が舞い上がったので、慌てて鍋を避難させた。視界が黒くなったのは周囲が真っ暗になったからではなく、視界を遮るほどに巨大な黒い何かが急に落ちてきたからだ。
 鍋を抱え込んで砂埃から庇いながら、それに目を向ける。
 それは……全長二十メートルくらいはある魚のような物体だった。頭が大きく、尻尾があり、丸みを帯びた表面の一部に紫色の岩の塊が張り付いている。全体は黒い石のようなものでできており、濡れているからか、空から注がれる僅かな光を反射して光沢を放っていた。
 紫色の岩が付いていない反対側に回ると、大きな赤いボールのようなものが填まっているのを発見した。その部分だけ何か硬い物でもぶつけられたかのように砕けて、一部が欠け落ちている。
 これは……虚無ホロウの核だ。このでかい魚は虚無ホロウなのだ。
 虚無ホロウは魔帝が各地の侵略のために放っている存在である。色々な姿をしている奴がいることは分かっているので魚の姿をしていて海を泳ぐタイプがいてもそれは不思議には思わないが、既に国が滅びた後の土地を未だに徘徊している奴がいるとは……魔帝に放たれて放置されてそのまま残っていた奴なんだろうか。
 それに、この核の壊れ方。これは明らかに外側から衝撃を食らって砕かれた痕跡だ。偶然岩とかにぶつかったとかではなく、明確な意思を持って叩きつけられた力の塊によって壊されたのである。
 何者かが、こいつを仕留めて海の外へと投げ飛ばしたのだ。それがたまたま俺の目の前に落ちてきた。
 ……ということは、こいつを仕留めた奴はまだ近くに……?
「……な、何? これ……虚無ホロウ……よね?」
「ただいまー、適当に見繕ってきた……って、何この魚。今日の晩飯?」
「……虚無ホロウが食えるか」
 呆気に取られて虚無ホロウの死骸を見上げているシキに溜め息をついてから、俺は両手を死骸へと押し当てた。
「とりあえず、このまま此処に転がしといても邪魔だから解体する。シキは残骸を何処か邪魔にならない場所に捨ててきてくれ」
「もー、食えないって分かってるなら何で獲ったのさー」
「俺が獲ったんじゃない。勝手に落ちてきたんだ。……とにかく、掃除……」
 アルテマを唱えかけた俺の視界の端に、白いものが映り込む。

「……もしや……ハル殿……か?」

 水が滴る白いローブを纏った銀髪の男が、細い双眸を大きく見開いて俺のことをじっと見つめていた。
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