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第62話 来たる日のために
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謁見の間に行くと、そこには魔王とフランシスカの他に先客がいた。
カーミラだ。
彼女は魔王の前に跪いて、小さな書状のようなものを受け取っているところだった。
魔王は部屋に入ってきた俺を見るなり、若干嬉しそうに声を大きくして言った。
「おお、異世界の甘味か。丁度口が淋しくなっていたところだ」
「……何だ、お前か」
カーミラは相変わらず冷ややかな態度で言葉を漏らした。
彼女が俺を──というか人間を此処まで毛嫌いするのは俺が魔族を大勢殺したからなのだが、そんな彼女も人間と魔族の共存が決まったら少しは友好的に接してくれるようになるのだろうか。
まあ、すぐには無理だろうけどさ。
「お前の作る料理は兵たちに評判が良い。料理人としての腕前だけは、認めてやらんでもない」
……どうやら、そうでもないらしい。
彼女も、俺のことは納得がいかないまでも認めてくれてはいるようだ。
嬉しいね。彼女からそんな言葉が聞けるなんて。
「あんたが此処にいるって珍しいな。魔王に何の用なんだ?」
「お前には関係のないことだ」
カーミラは立ち上がると、書状を手に謁見の間を去っていった。
入れ替わるように、俺はワゴンを押して魔王の前に出た。
「何か渡してたみたいだけど、あれ、何だ?」
「晩餐会の招待状だ」
俺から紅茶入りのカップを受け取って、魔王はゆったりとした様子で答えた。
晩餐会の……って、開くって決めたのは昨日のことだろ? もう日取りを決めたのか。
「いつ開催することにしたんだ?」
「二十五日後だ」
二十五日後って、確かアラグレアとクロエミナって行き来するのに一ヶ月はかかるんだよな。
書状を届けてクロエミナから招待客が出発して……ってやってたら、間に合わないんじゃ。
俺が神妙な顔をして魔王を見ていると、魔王はそれを察したのか、紅茶を啜りながら言った。
「飛竜を使えば一日で国を渡ることができる。何も問題はない」
成程、それなりの移動手段を用意してるのか。それなら問題はないな。
「それよりも、異世界の甘味だ。今日はどのような品を用意したのだ」
魔王が右手の人差し指をくいっと曲げる。
ワゴンから浮かび上がったムースケーキの皿が、魔王の手中に着地した。
「ほう、これは随分と珍しい甘味だな」
「グレープフルーツのムースケーキだ」
「兄様ずるい。マオ、私の分はないの」
「ちゃんとあるからそんな不満そうな顔をするなよ」
俺はワゴンに残っていたムースケーキをフランシスカに渡してやった。
二人は同時にムースケーキにフォークを突き立てて、同時に頬張った。
「何とも不思議な舌触りよ。爽やかな甘さが舌の上で溶けていくぞ」
「美味しい……」
幸せそうにケーキを食べる彼らを見ながら、俺は空のカップに追加の紅茶を注いでやった。
「晩餐会だけど、どれだけの人を呼ぶつもりなんだ?」
「王と、その血族を招待した。それだけで十分であろう」
確かに、和睦の話をするならクロエミナ国を司っている王様と、その家族がいれば十分な気はするな。
ということは……そこまで大人数での晩餐会にはならないか。
大人数だとフルコースみたいな料理を作るのは大変だけど、少人数だったらいけそうだな。
「来たる日の馳走、期待しているぞ」
紅茶に口を付けながら、魔王は含み笑いを漏らした。
後二十五日か……今からでも料理の構想を練っていかないとな。
ムースケーキを食べる二人を見つめながら、俺は来たる晩餐会に向けて気持ちを引き締めたのだった。
カーミラだ。
彼女は魔王の前に跪いて、小さな書状のようなものを受け取っているところだった。
魔王は部屋に入ってきた俺を見るなり、若干嬉しそうに声を大きくして言った。
「おお、異世界の甘味か。丁度口が淋しくなっていたところだ」
「……何だ、お前か」
カーミラは相変わらず冷ややかな態度で言葉を漏らした。
彼女が俺を──というか人間を此処まで毛嫌いするのは俺が魔族を大勢殺したからなのだが、そんな彼女も人間と魔族の共存が決まったら少しは友好的に接してくれるようになるのだろうか。
まあ、すぐには無理だろうけどさ。
「お前の作る料理は兵たちに評判が良い。料理人としての腕前だけは、認めてやらんでもない」
……どうやら、そうでもないらしい。
彼女も、俺のことは納得がいかないまでも認めてくれてはいるようだ。
嬉しいね。彼女からそんな言葉が聞けるなんて。
「あんたが此処にいるって珍しいな。魔王に何の用なんだ?」
「お前には関係のないことだ」
カーミラは立ち上がると、書状を手に謁見の間を去っていった。
入れ替わるように、俺はワゴンを押して魔王の前に出た。
「何か渡してたみたいだけど、あれ、何だ?」
「晩餐会の招待状だ」
俺から紅茶入りのカップを受け取って、魔王はゆったりとした様子で答えた。
晩餐会の……って、開くって決めたのは昨日のことだろ? もう日取りを決めたのか。
「いつ開催することにしたんだ?」
「二十五日後だ」
二十五日後って、確かアラグレアとクロエミナって行き来するのに一ヶ月はかかるんだよな。
書状を届けてクロエミナから招待客が出発して……ってやってたら、間に合わないんじゃ。
俺が神妙な顔をして魔王を見ていると、魔王はそれを察したのか、紅茶を啜りながら言った。
「飛竜を使えば一日で国を渡ることができる。何も問題はない」
成程、それなりの移動手段を用意してるのか。それなら問題はないな。
「それよりも、異世界の甘味だ。今日はどのような品を用意したのだ」
魔王が右手の人差し指をくいっと曲げる。
ワゴンから浮かび上がったムースケーキの皿が、魔王の手中に着地した。
「ほう、これは随分と珍しい甘味だな」
「グレープフルーツのムースケーキだ」
「兄様ずるい。マオ、私の分はないの」
「ちゃんとあるからそんな不満そうな顔をするなよ」
俺はワゴンに残っていたムースケーキをフランシスカに渡してやった。
二人は同時にムースケーキにフォークを突き立てて、同時に頬張った。
「何とも不思議な舌触りよ。爽やかな甘さが舌の上で溶けていくぞ」
「美味しい……」
幸せそうにケーキを食べる彼らを見ながら、俺は空のカップに追加の紅茶を注いでやった。
「晩餐会だけど、どれだけの人を呼ぶつもりなんだ?」
「王と、その血族を招待した。それだけで十分であろう」
確かに、和睦の話をするならクロエミナ国を司っている王様と、その家族がいれば十分な気はするな。
ということは……そこまで大人数での晩餐会にはならないか。
大人数だとフルコースみたいな料理を作るのは大変だけど、少人数だったらいけそうだな。
「来たる日の馳走、期待しているぞ」
紅茶に口を付けながら、魔王は含み笑いを漏らした。
後二十五日か……今からでも料理の構想を練っていかないとな。
ムースケーキを食べる二人を見つめながら、俺は来たる晩餐会に向けて気持ちを引き締めたのだった。
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