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第14話 湖に沈んだ宝
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オクトラーケンの眉間から剣を回収したアラグが、僕の方を向いた。
「シルカ。あの爆発、何をやったんだ? お前、魔術を唱えてる素振りはなかったが──」
「僕はただのよろず屋の店主だ。魔術なんて使えないよ」
僕は手元に残っているトラッパーを二人に見えるように掌の上に乗せて見せた。
「トラッパーを使ったんだ」
「あの威力が、トラッパー? トラッパーって牽制にしか使えない道具だよね?」
僕の手からトラッパーをひとつ摘み上げて、フラウが小首を傾げた。
フラウが訝るのは正しい反応だと思う。彼女が言う通り、トラッパーは本来魔物を驚かす用途で使われる道具だからだ。
オクトラーケンの触手を吹き飛ばすなんて芸当ができたのは、これが僕が作った特別製のトラッパーだからだ。その辺で買えるようなトラッパーでは同じことをやろうとしたら魔物に襲われて怪我をするだけなので真似しないように。
「特別製なんだよ」
僕がそう答えると、一応は納得したのか、ふうんと言いながら彼女は僕にトラッパーを返した。
「ま、何でもいいよ。シルカのお陰であたしたちは助かったわけだし。御礼は言わないとね」
「そうだな」
アラグは剣を背中に戻して、僕に対して頭を下げた。
「シルカ、お前のお陰で俺たちは無事に魔物を倒せた。ありがとな」
「ほんと、シルカがいなかったら今頃オクトラーケンの胃の中だったかもね」
こうして面と向かって感謝されるとむず痒い気分になるな。
ダンジョンに来て良かったとは百歩譲っても思わないが、人のために力を尽くすのも悪くはないなと思う。
さて、とアラグはオクトラーケンに向き直った。
「せっかく倒した大物だ。素材になるものを持って帰りたいところだが……オクトラーケンって何が素材になるんだ?」
「……あー」
僕はかぶりを振った。
「オクトラーケンに素材になるような部分はないよ。強いて言えば肉が食用になるってくらいだけど、癖があるから一般受けはしないと思う」
これがクラーケンだったら骨が上質の鎧の素材になったのだが、オクトラーケンには骨はない。
肉は新鮮なものに限り食用になるが、食べるには特別な調理法が必要になるのでプロの調理師でもない限りは扱いに困るだけだろう。
そもそも、僕たちには肉を新鮮なまま持ち帰る手段がない。
僕の話を聞いていたアラグが残念そうに肩を落とした。
「そうか……まあ、仕方ないか。倒せただけ良しとしよう」
「ねぇ。見て」
いつの間にか僕たちの傍から離れて湖を見つめていたフラウが声を上げた。
彼女は滝壺の傍を指差しながら、言った。
「あそこに何か箱みたいなのがあるよ」
「箱? 何処だって?」
「あそこ。滝のすぐ傍。光ってるとこ」
彼女が指差しているところに目を向けるが、僕には何かがあるようには見えない。
フラウ、目がいいんだな。
アラグは湖に飛び込んで、滝壺に向かって泳ぎ始めた。
奥の方は水深があるようだが、彼は苦もなく目的の場所に辿り着く。
辺りを見回し、やがて何かを見つけたようで何度か潜水を繰り返して。
大きな箱を抱えて、彼は僕たちの元に帰ってきた。
「確かに、箱だな」
足下に箱を置いて、顔に付いた水を掌で拭う彼。
箱は、フジツボがびっしりとくっついており一見すると岩の塊のように見える代物だった。大きさは一抱えほど。一般的な宝箱と同じくらいのサイズである。
鍵は付いていない。フジツボを剥がせば簡単に開けることができそうだった。
「開けてみよう」
アラグは腰の後ろに差していたナイフを取り出して、箱に付いているフジツボを剥がし始めた。
僕たちが見守る中、蓋をゆっくりと開く。
中に入っていたのは、大量の水と、
「……剣?」
──それは、刃の部分が淡い赤色をした水晶でできた一振りの短剣だった。
黄銅色の柄には細かい文字が刻まれている。僕たちが普段から使っている文字とは異なる形をしており、読むことはできなかった。
武器というよりは、何かの儀式に用いる祭器のイメージが強い一品だ。
「武器って感じがしないね。何かを斬ろうとしても逆に壊れそう」
短剣を見てフラウがそう感想を述べる。
アラグは短剣を眼前に翳して、言った。
「冒険者ギルドの鑑定に出してみるか。こいつが何なのか、少しくらいは分かるだろ」
冒険者ギルドとは、冒険者たちが街からの仕事を請け負ったり情報収集の拠点にしている施設だ。
そこには鑑定士という品物の鑑定を行ってくれる人間がいて、こうしてダンジョンなどで見つかった宝物の鑑定を無償で請け負ってくれるのである。
確かにそこでなら、詳しいことが分かりそうな気がする。
アラグは短剣を腰に下げている袋の中にしまった。
「無事に宝になりそうなものも手に入ったし、帰るか。今から戻れば夜になる前にはアメミヤに着くだろ」
「そうだね」
ようやく帰れるのか。
安堵すると同時に、僕の腹が小さく鳴った。
……そういえば、ずっと動き回ってて全然休憩取ってなかったんだよな。
今は何時なんだろう。分からないけど、確実に昼は回ってる気がする。
オクトラーケンを倒してこのフロアはとりあえず平和になったわけだし、此処で少し休憩していきたい。
せっかく食事の用意もしてきたんだし、少しくらいは構わないよな?
「……なあ。せっかく平和になったんだから、少しくらい休憩しないか?」
「何だシルカ、腹減ったのか? しょうのない奴だな」
アラグは陸地を指差して、言った。
「そこで飯にするか。休憩したら、地上に戻るぞ。いいな」
こうして、ダンジョンの探索を終えた僕たちは地上に引き返した。
地上に辿り着いた時、空は綺麗な夕暮れ色に染まっていた。
地上はいいね。太陽の光を浴びると生きてるなって実感が湧くよ。
今回のダンジョン探索は、全然楽しくなかった……とは言わないけれど、ダンジョンに行くのはもうこりごりだ。
やっぱり、僕は根っからのよろず屋の店主なのだろう。
よろず屋経営にダンジョン探索は必要ない。そういうのは冒険者たち同士で誘い合って楽しんでほしい。
帰り道を歩きながら、明日は張り切って店の仕事をするぞと思ったのだった。
「シルカ。あの爆発、何をやったんだ? お前、魔術を唱えてる素振りはなかったが──」
「僕はただのよろず屋の店主だ。魔術なんて使えないよ」
僕は手元に残っているトラッパーを二人に見えるように掌の上に乗せて見せた。
「トラッパーを使ったんだ」
「あの威力が、トラッパー? トラッパーって牽制にしか使えない道具だよね?」
僕の手からトラッパーをひとつ摘み上げて、フラウが小首を傾げた。
フラウが訝るのは正しい反応だと思う。彼女が言う通り、トラッパーは本来魔物を驚かす用途で使われる道具だからだ。
オクトラーケンの触手を吹き飛ばすなんて芸当ができたのは、これが僕が作った特別製のトラッパーだからだ。その辺で買えるようなトラッパーでは同じことをやろうとしたら魔物に襲われて怪我をするだけなので真似しないように。
「特別製なんだよ」
僕がそう答えると、一応は納得したのか、ふうんと言いながら彼女は僕にトラッパーを返した。
「ま、何でもいいよ。シルカのお陰であたしたちは助かったわけだし。御礼は言わないとね」
「そうだな」
アラグは剣を背中に戻して、僕に対して頭を下げた。
「シルカ、お前のお陰で俺たちは無事に魔物を倒せた。ありがとな」
「ほんと、シルカがいなかったら今頃オクトラーケンの胃の中だったかもね」
こうして面と向かって感謝されるとむず痒い気分になるな。
ダンジョンに来て良かったとは百歩譲っても思わないが、人のために力を尽くすのも悪くはないなと思う。
さて、とアラグはオクトラーケンに向き直った。
「せっかく倒した大物だ。素材になるものを持って帰りたいところだが……オクトラーケンって何が素材になるんだ?」
「……あー」
僕はかぶりを振った。
「オクトラーケンに素材になるような部分はないよ。強いて言えば肉が食用になるってくらいだけど、癖があるから一般受けはしないと思う」
これがクラーケンだったら骨が上質の鎧の素材になったのだが、オクトラーケンには骨はない。
肉は新鮮なものに限り食用になるが、食べるには特別な調理法が必要になるのでプロの調理師でもない限りは扱いに困るだけだろう。
そもそも、僕たちには肉を新鮮なまま持ち帰る手段がない。
僕の話を聞いていたアラグが残念そうに肩を落とした。
「そうか……まあ、仕方ないか。倒せただけ良しとしよう」
「ねぇ。見て」
いつの間にか僕たちの傍から離れて湖を見つめていたフラウが声を上げた。
彼女は滝壺の傍を指差しながら、言った。
「あそこに何か箱みたいなのがあるよ」
「箱? 何処だって?」
「あそこ。滝のすぐ傍。光ってるとこ」
彼女が指差しているところに目を向けるが、僕には何かがあるようには見えない。
フラウ、目がいいんだな。
アラグは湖に飛び込んで、滝壺に向かって泳ぎ始めた。
奥の方は水深があるようだが、彼は苦もなく目的の場所に辿り着く。
辺りを見回し、やがて何かを見つけたようで何度か潜水を繰り返して。
大きな箱を抱えて、彼は僕たちの元に帰ってきた。
「確かに、箱だな」
足下に箱を置いて、顔に付いた水を掌で拭う彼。
箱は、フジツボがびっしりとくっついており一見すると岩の塊のように見える代物だった。大きさは一抱えほど。一般的な宝箱と同じくらいのサイズである。
鍵は付いていない。フジツボを剥がせば簡単に開けることができそうだった。
「開けてみよう」
アラグは腰の後ろに差していたナイフを取り出して、箱に付いているフジツボを剥がし始めた。
僕たちが見守る中、蓋をゆっくりと開く。
中に入っていたのは、大量の水と、
「……剣?」
──それは、刃の部分が淡い赤色をした水晶でできた一振りの短剣だった。
黄銅色の柄には細かい文字が刻まれている。僕たちが普段から使っている文字とは異なる形をしており、読むことはできなかった。
武器というよりは、何かの儀式に用いる祭器のイメージが強い一品だ。
「武器って感じがしないね。何かを斬ろうとしても逆に壊れそう」
短剣を見てフラウがそう感想を述べる。
アラグは短剣を眼前に翳して、言った。
「冒険者ギルドの鑑定に出してみるか。こいつが何なのか、少しくらいは分かるだろ」
冒険者ギルドとは、冒険者たちが街からの仕事を請け負ったり情報収集の拠点にしている施設だ。
そこには鑑定士という品物の鑑定を行ってくれる人間がいて、こうしてダンジョンなどで見つかった宝物の鑑定を無償で請け負ってくれるのである。
確かにそこでなら、詳しいことが分かりそうな気がする。
アラグは短剣を腰に下げている袋の中にしまった。
「無事に宝になりそうなものも手に入ったし、帰るか。今から戻れば夜になる前にはアメミヤに着くだろ」
「そうだね」
ようやく帰れるのか。
安堵すると同時に、僕の腹が小さく鳴った。
……そういえば、ずっと動き回ってて全然休憩取ってなかったんだよな。
今は何時なんだろう。分からないけど、確実に昼は回ってる気がする。
オクトラーケンを倒してこのフロアはとりあえず平和になったわけだし、此処で少し休憩していきたい。
せっかく食事の用意もしてきたんだし、少しくらいは構わないよな?
「……なあ。せっかく平和になったんだから、少しくらい休憩しないか?」
「何だシルカ、腹減ったのか? しょうのない奴だな」
アラグは陸地を指差して、言った。
「そこで飯にするか。休憩したら、地上に戻るぞ。いいな」
こうして、ダンジョンの探索を終えた僕たちは地上に引き返した。
地上に辿り着いた時、空は綺麗な夕暮れ色に染まっていた。
地上はいいね。太陽の光を浴びると生きてるなって実感が湧くよ。
今回のダンジョン探索は、全然楽しくなかった……とは言わないけれど、ダンジョンに行くのはもうこりごりだ。
やっぱり、僕は根っからのよろず屋の店主なのだろう。
よろず屋経営にダンジョン探索は必要ない。そういうのは冒険者たち同士で誘い合って楽しんでほしい。
帰り道を歩きながら、明日は張り切って店の仕事をするぞと思ったのだった。
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