69 / 176
第69話 最終拝謁
しおりを挟む
「ふっ」
マテリアさんとの距離を詰めたミルウードはその場を優雅に一回転する。
ふぉん、と空気が裂け、マテリアさんの左腕に赤い筋が浮かぶ。
マテリアさんは腕を押さえてミルウードから離れ、反撃の魔術を放った。
「ウィンドスラッシュ!」
ばちっ、と風の刃がミルウードの手から短剣を弾き飛ばす。
短剣は床に落ちる前に具現力を失って、黒い霞となって消えていった。
「ウォーターカッター!」
間髪入れずシャオレンの魔術がミルウードに放たれる。
水の刃がミルウードの脇腹を深く切り裂く。
血が噴き出し、床に散って赤い点々を描き出す。
ミルウードは三人から距離を置いたところに飛び退き、微妙に困ったように切り裂かれた脇腹に視線を落とした。
「あー、貰っちゃったなぁ。やるね、君たち」
流れる血を指先で拭い、ぺろりと舐める。
「流石に三人も相手にしてると隙ができるね。これはちょっと手厳しい……かな?」
「アラグ! その宝石を壊せ!」
僕の叫びが空間中に響き渡る。
ミルウードは弾かれたように振り向いた。
アラグの剣が宝石を粉々に砕いたのを目にして、あーあと溜め息をつく。
「……これはやられたね」
左手に残っていた短剣を放り投げ、彼はくしゃっと前髪を掻き上げた。
「サテュロスには荷が重かったみたいだね。まあ、彼は元々戦いが得意な方じゃないから、こうなるのも仕方なかったのかなって気はするけれど」
「……宝石は砕かれたわ。神はもう復活できない。私たちの勝ちよ!」
マテリアさんの言葉に、ミルウードは何故か笑いを零した。
「……さて。それはどうかな」
胸をとんとんと叩いて、彼は言った。
「言ったよね。僕たちは神を蘇らせる鍵だって」
両手を広げて、女神像に目を向ける。
「特別に、君たちにも体験させてあげる。神への最終拝謁を。その目でしっかりと、見届けておくれよ」
そのまま彼は浮かび上がり、床の上を滑るように移動して、サテュロスの隣に着地した。
「サテュロス。今こそ見せてあげよう。僕たちの最終拝謁を」
「……心得た」
サテュロスは頷いて、手にしていた杖を床に落とした。
杖が黒い霞となり、霧散する。
彼らは僕たちが注目する中宙を舞い上がり、女神像の掌の前に移動した。
サテュロスは右の掌に。ミルウードは左の掌に。
それぞれ辿り着いて、自らの掌を女神像の掌に触れさせる。
すると、空間全体が大きな揺れに見舞われた。
これは──地震、ではない。
僕は見た。
女神像の手が、ゆっくりと動き出したのを。
「さあ、我らが神よ。今こそその御姿を我らの前に示し給え──」
女神像の手が、サテュロスとミルウードを掴む。
そして、そのまま、彼らを握り潰した。
ぶしゃっ、と大量の血が指の間から溢れて落ちる。像の足下を濡らし、床に飛び散って、派手な跡を付けた。
びし、びしっと天井のあちこちで何かが弾ける音が鳴る。
女神像を縛っていた鎖がちぎれている音だ。
女神像の左足が、ゆっくりと、一歩を踏み出す。
僕たちの目の前で、女神像が、動き出そうとしていた。
「な、何よ、これ!」
女神像を見てシャオレンが声を上げる。
「みんな、離れろ! 踏み潰されるぞ!」
僕は叫んでその場から駆け出した。
女神像の反対側の壁まで皆で移動して、振り返る。
女神像は広間を歩みながら、顔を天井へと向けた。
何もないのっぺりとした石の面が、眩い光を放つ。
その光は一点に収束し、光線となって天井を撃ち抜いた。
天井が吹き飛び、大量の石が瓦礫となって落ちてくる。
僕たちは降ってくる瓦礫を悲鳴を上げながら何とか避けた。
「何つー目茶苦茶な奴だ! こんな威力、魔術砲撃の比じゃないぞ!」
女神像は崩れた壁を押し退けるようにして、遺跡の外へと出ていった。
これが像に秘められていた神の力? ただの破壊兵器じゃないか!
僕は崩れた壁や天井を見た。
この遺跡の周辺には高原しかないが、あの女神像が人の街に辿り着いたら、街は間違いなくパニックになる。
僕たちには女神像が動き出す原因の一端を担ったという責任がある。僕たちが、あれを止めなければならないのだ。
「……追いかけよう。あんなのが街に行ったら、街が壊されちゃう!」
僕と同じことを考えていたようで、フラウが皆に呼びかけた。
僕たちは頷いて、女神像が無理矢理出て行った壁から遺跡の外へと飛び出した。
マテリアさんとの距離を詰めたミルウードはその場を優雅に一回転する。
ふぉん、と空気が裂け、マテリアさんの左腕に赤い筋が浮かぶ。
マテリアさんは腕を押さえてミルウードから離れ、反撃の魔術を放った。
「ウィンドスラッシュ!」
ばちっ、と風の刃がミルウードの手から短剣を弾き飛ばす。
短剣は床に落ちる前に具現力を失って、黒い霞となって消えていった。
「ウォーターカッター!」
間髪入れずシャオレンの魔術がミルウードに放たれる。
水の刃がミルウードの脇腹を深く切り裂く。
血が噴き出し、床に散って赤い点々を描き出す。
ミルウードは三人から距離を置いたところに飛び退き、微妙に困ったように切り裂かれた脇腹に視線を落とした。
「あー、貰っちゃったなぁ。やるね、君たち」
流れる血を指先で拭い、ぺろりと舐める。
「流石に三人も相手にしてると隙ができるね。これはちょっと手厳しい……かな?」
「アラグ! その宝石を壊せ!」
僕の叫びが空間中に響き渡る。
ミルウードは弾かれたように振り向いた。
アラグの剣が宝石を粉々に砕いたのを目にして、あーあと溜め息をつく。
「……これはやられたね」
左手に残っていた短剣を放り投げ、彼はくしゃっと前髪を掻き上げた。
「サテュロスには荷が重かったみたいだね。まあ、彼は元々戦いが得意な方じゃないから、こうなるのも仕方なかったのかなって気はするけれど」
「……宝石は砕かれたわ。神はもう復活できない。私たちの勝ちよ!」
マテリアさんの言葉に、ミルウードは何故か笑いを零した。
「……さて。それはどうかな」
胸をとんとんと叩いて、彼は言った。
「言ったよね。僕たちは神を蘇らせる鍵だって」
両手を広げて、女神像に目を向ける。
「特別に、君たちにも体験させてあげる。神への最終拝謁を。その目でしっかりと、見届けておくれよ」
そのまま彼は浮かび上がり、床の上を滑るように移動して、サテュロスの隣に着地した。
「サテュロス。今こそ見せてあげよう。僕たちの最終拝謁を」
「……心得た」
サテュロスは頷いて、手にしていた杖を床に落とした。
杖が黒い霞となり、霧散する。
彼らは僕たちが注目する中宙を舞い上がり、女神像の掌の前に移動した。
サテュロスは右の掌に。ミルウードは左の掌に。
それぞれ辿り着いて、自らの掌を女神像の掌に触れさせる。
すると、空間全体が大きな揺れに見舞われた。
これは──地震、ではない。
僕は見た。
女神像の手が、ゆっくりと動き出したのを。
「さあ、我らが神よ。今こそその御姿を我らの前に示し給え──」
女神像の手が、サテュロスとミルウードを掴む。
そして、そのまま、彼らを握り潰した。
ぶしゃっ、と大量の血が指の間から溢れて落ちる。像の足下を濡らし、床に飛び散って、派手な跡を付けた。
びし、びしっと天井のあちこちで何かが弾ける音が鳴る。
女神像を縛っていた鎖がちぎれている音だ。
女神像の左足が、ゆっくりと、一歩を踏み出す。
僕たちの目の前で、女神像が、動き出そうとしていた。
「な、何よ、これ!」
女神像を見てシャオレンが声を上げる。
「みんな、離れろ! 踏み潰されるぞ!」
僕は叫んでその場から駆け出した。
女神像の反対側の壁まで皆で移動して、振り返る。
女神像は広間を歩みながら、顔を天井へと向けた。
何もないのっぺりとした石の面が、眩い光を放つ。
その光は一点に収束し、光線となって天井を撃ち抜いた。
天井が吹き飛び、大量の石が瓦礫となって落ちてくる。
僕たちは降ってくる瓦礫を悲鳴を上げながら何とか避けた。
「何つー目茶苦茶な奴だ! こんな威力、魔術砲撃の比じゃないぞ!」
女神像は崩れた壁を押し退けるようにして、遺跡の外へと出ていった。
これが像に秘められていた神の力? ただの破壊兵器じゃないか!
僕は崩れた壁や天井を見た。
この遺跡の周辺には高原しかないが、あの女神像が人の街に辿り着いたら、街は間違いなくパニックになる。
僕たちには女神像が動き出す原因の一端を担ったという責任がある。僕たちが、あれを止めなければならないのだ。
「……追いかけよう。あんなのが街に行ったら、街が壊されちゃう!」
僕と同じことを考えていたようで、フラウが皆に呼びかけた。
僕たちは頷いて、女神像が無理矢理出て行った壁から遺跡の外へと飛び出した。
0
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる