アメミヤのよろず屋

高柳神羅

文字の大きさ
72 / 176

第72話 最後の一刃

しおりを挟む
「あ……っ!」
 僕は懸命に身を捩った。
 しかし、女神像の握力は半端ではない。僕の力で抗ったくらいでは、指を振りほどくことはできなかった。
 血の臭いがする。ユジンの司祭たちを握り潰した時に付いた血だ。
 僕も、あんな風に握り潰されてしまうのだろうか──
 腹の底から湧き上がってきた恐怖心が、全身を震わせた。
「シルカ!」
「バーストボム!」
 僕を掴んでいる手を狙って魔術を撃つシャオレン。
 魔術の光は指先に当たり、罅を入れた。
 そのお陰で指の力が緩んだので、僕は何とか両腕を束縛から引き抜くことができた。
 しかし、体の方はまだ掴まれたままだ。これだけでは何とかなったとは言えない。
 みしっ、と全身の骨が軋む。
 僕を掴んでいる女神像の握力が、どんどん強くなっているのを感じる。
 握り潰される!
「あぁぁ、あぁぁぁぁぁッ!!」
 胃が、腸が、腹の中のものが押されて喉の奥にせり上がってくる。
 僕は叫びながら、必死に両手を女神像の手に押し当てた。
 ばりっ、と魔力が迸る。雷撃の網を広げるように、女神像の全身に広がっていく。
 ばちんと弾ける魔力。
 僕を握り潰そうとしていた女神像の手が──小さな煉瓦のように分解されて、地面に落ちていく。
 手だけではない。腕が。肩が。胸が。頭が。
 ざあっとばらけて、石の雨となって、降り注いでいく。
 崩れていく女神像から離れるシャオレンたち。
 僕は大量の石に囲まれながら、十メートルもの高さを落下していった。
「シルカ!」
 地面に激突する寸前のところで、アラグが僕の体を受け止める。
 彼は僕を腕の中に抱いた格好のまま、全速力で地面を蹴り石の雨の中を脱出した。
 石の雨が降ってこない場所にまで身を退いて、皆は女神像に目を向けた。
 女神像は僕たちが見つめる中、完全に分解して、ただの石となって地面に転がった。
「やった……シルカ、やったよ!」
 アラグの腕から下ろされた僕に、フラウが歓声を上げながら飛びついた。
 握り潰されそうになった時のダメージが体に残っていた僕は、そのまま彼女ごと後ろにひっくり返り、勢い良く尻を地面に打ち付けた。
「痛い、痛いってば! もう少し労われ!」
「良かった、殺されるかと思って……あたし……」
 フラウは涙ぐんでいた。
 彼女は本気で僕のことを心配してくれていたのだ。
 それが分かると、怒鳴って無理矢理引き剥がすのが何だか躊躇われた。
 僕は彼女の背中に手を回して、ぽんぽんと優しく叩いた。
「……僕は生きてるよ。そんな簡単に殺されるもんか」
「全く、大した奴だよお前は」
 腕を組んで僕のことを見下ろしていたアラグが、言った。
「本当にあのでかい奴を何とかしちまうなんてな。あれを倒すのは腕のいい魔術師を十人集めても無理だ。流石錬金術師だ」
「そうねぇ」
 ゆっくりと僕に歩み寄るシャオレンとマテリアさん。
「今回のことは、シルカじゃなかったら解決できなかったわ。ありがとうシルカ、アタシたちを助けてくれて」
「私たちだけじゃないわ。シルカ君はこの世界を滅亡の危機から救ってくれたのよ。貴方は、私たちの英雄だわ」
 ……英雄……か。
 そんな大それた存在の名前で呼ばれるようになるとは思ってもいなかった。
 僕は英雄になりたいわけではないが、この場にいる皆は、これから僕のことをそういう目で見るようになるのだろう。
 ちょっと恥ずかしい。
「……遺跡、壊れちまったな」
 遺跡に目を向けるアラグ。
 彼の言う通り──遺跡は天井が吹き飛び、壁が崩れ、廃墟のような有様になっていた。
 中に入ることはできるだろうが、これは間違いなく古代遺産としての価値は下がっただろうな。
「……構わないわ。これくらい崩れてる遺跡なんて山みたいにあるし、中の遺物まで壊れたわけじゃないから」
 マテリアさんは肩を竦めて、笑った。
「残った遺物は私たち王都の学者が責任を持って調査するわ。ここから先は私たちの仕事よ」
「そうか。それじゃあ俺たち冒険者ができるのはここまでだな」
 アラグは皆の顔を順番に見回して、告げた。
「帰ろう。俺たちの街に」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...