アメミヤのよろず屋

高柳神羅

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第84話 人の言葉を理解する魔物

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 人魚。一見すると人間と友好的な種族のように思えるが、れっきとした魔物である。
 岩礁のある海や入り江なんかに住み、近くを通った人間を歌声で魅了して海に引き摺り込む恐ろしい存在なのだ。
 それが、何故こんな場所にいるのか。
 水槽があるということは、何かのために飼育されているのだろうか──
 人魚は、基本的に水の外では動きが鈍い。必要以上に近付かなければ危険はないはずだ。
 僕が人魚に注目していると、見られていることを理解しているのか、人魚が尾ひれを動かしながら口を開いた。
「……ダレ……」
 人魚の口から発せられたのは、くぐもってはいるが、紛れもない人間の言葉であった。
 人魚は聞いた者を魅了する歌を歌いはするが、人間の言葉を話すわけではない。今のは、それを知っている者からするとかなり信じ難い光景だ。
 思いがけない出来事に、僕は目を丸くした。
 人魚は悲しげな表情で僕を見ると、ゆっくりと、言った。
「……ワタシヲ……コロシテ……」
 ぴちゃり、と水が跳ねる音。
 人魚はそれきり何も言わず、僕のことを静かに見つめている。
 その表情から感じ取れるのは、絶望。
 人魚は、覚えた言葉を意味も分からずに口にしているのではない。
 言葉の意味をきちんと理解した上で、心の底から、訴えているのだ。
 殺してくれと。
「…………」
 僕はそっと目を伏せて、人魚から離れた。
 今此処で、僕が魔術で人魚を殺すのは容易いことだ。
 でも、やってはいけないような気がするのだ。何故かは分からないが、そう心が警鐘を鳴らしているのである。
 部屋に放った魔光を消して、僕は部屋を出た。
 元通りドアを閉めて、ふうっと溜め息をつき。
「……随分と好奇心に富んだお嬢さんだ。私の研究に興味を持ってくれるとは光栄の至りだよ」
「!……」
 背後に急に現れた気配に、僕はばっとその場を振り向いた。
 仮面で鼻から上を覆った魔術師姿の男は、口元に微笑を浮かべて僕を見つめていた。
 僕の視線が真っ先に仮面に行ったことを何かと勘違いしたのか、聞いてもいないことを言ってくる。
「これは、昔負った火傷の跡を隠すためのものでね」
 仮面を指先でとんとんと叩いてから、小首を傾げて、問うてきた。
「……手に填めていた枷はどうやって外したのかね? あれは私が作った特別製の品なのだが」
「…………」
 わざわざ答える必要はない。
 僕は無言のまま、男から距離を置いた。
 このまま先手必勝で魔術を食らわせることは簡単だが、今はまだそれをやるわけにはいかない。
 今までに誘拐した他の被害者たちの居場所を聞き出すという大事な仕事が残っているうちは、こいつを叩きのめすわけにはいかないのである。
「……まあ、いいだろう。せっかく私の研究に興味を持ってくれた稀有な存在なのだ、細かいことを追求するのは無粋というものだ」
 男は機嫌良さそうに肩を上下させて、僕が今し方閉じたドアに目を向けた。
「その部屋にいる魔物には会ったね? 素晴らしい出来だろう」
 仮面の位置を直して、語り始める。
「私は、人間の命令を忠実に聞く魔物を作る研究をしていてね。あれは、私が作った成功作のうちの一体なのだよ」
 ……人間の命令を聞く魔物?
 そんなものを作ってどうするつもりなのだろう。こいつは。
 男の語りは続いた。
「人間と同等の知能を持たせることによって、人間の言葉を理解できるようにしたのだ。そのお陰で、複雑な命令も聞き分けられるようになった。──実験として街に放したが、私が想定していた以上の成果を上げてくれたよ」
 街に、放した?
 ひょっとして、最近街を騒がせている魔物の出没騒ぎを引き起こしていたのは──
 男は僕に一歩近付いた。
「後少しで、私の研究は完成する。そのためには、君の協力が必要なのだ」
「……今までに攫った人たちは何処にいる」
 僕は一歩後退り、言った。
 男は目を瞬かせると、僕がそう言うのは意外だとでも言うように、答えた。
「君はもう会ったではないか。人間だった頃の面影が、あれにはしっかりと残っていただろう?」
「────」
 まさか。
 僕の視線がドアに向く。
 男の笑い声が、まるで脳にこびり付くような残響を生んで僕の頭の中を駆け巡った。
「人間と同等の知能を持たせるためには、材料に人間を使うのが最も簡単なのだ。それも若い娘がいい。君のような、ね」
 ──ようやく、全ての事象が一本に繋がった。
 この男は街から若い娘を誘拐し、それを材料にして魔物を作り、街に放していたのだ。
 魔物の出没事件の前に誘拐事件が起きるのはそのためだったのである。
 そして、今。こいつは僕を使って新しい魔物を作ろうとしている。
 ここまで証拠が揃えば十分だ。もう、大人しい娘のふりをしている必要はない。
 全力で抵抗して、この屋敷ごとその研究を潰す!
「さあ、私に協力してくれるね? 私と共に、最高の魔物を作り上げようではないか」
「……断る!」
 僕は叫んで、右の掌を男に向けて翳した。
「ウィンドカッター!」
 風の刃が、男の全身を切り刻む!
 男が身じろぎしたその隙をついて、僕は廊下を全速力で駆け出した。
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