アメミヤのよろず屋

高柳神羅

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第103話 海の片隅で眠る船

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 近付いてくる波の音。強くなっていく潮の香り。
 風が、ふわりと僕の髪を揺らして後方に吹き抜けていく。
 鍵で閉じられた扉の先にあったもの。
 それは、岩の中に作られた港と、桟橋の横に停泊した大きな船だった。
 船はすっかり朽ちており、船体のあちこちに穴が空いている。マストは半ばから折れており、この分だと甲板の方も目茶苦茶になっていそうだ。
 幽霊船。まさにその言葉がぴったりの有様の船である。
 船の後方には海が広がっており、外の景色が見えた。風もそこから吹いてきている。
 船を見て、ブランはほうと声を漏らした。
「海賊船だな」
「凄いですぅ。私、海賊船なんて初めて見ましたぁ」
 イオンは宝物を見つけた子供のようにはしゃいでいる。
「……もう長いこと使われてないみたいだな」
 桟橋に近付いて軽く足で蹴りながら、ブランは呟いた。
 おそらくこの船は、此処にいた魔物たちがまだ人間だった頃に使っていたものなのだろう。
 それがこんなになるまで放置されているとは、此処の魔物が人間から魔物に変わってから随分と長い月日が経過していたことが伺える。
 僕は言った。
「……きっと、ずっと忘れ去られていた場所なんだろうな……それだけ放置されていたら、朽ちもするよ」
「そうだな」
 ブランは頷いて、外に目を向けた。
「此処から外に出られそうだな。丁度いい、此処から出て街に戻るとするか」
「街に戻りますかぁ?」
 小首を傾げるイオンに頷いて、彼は言った。
「ああ。帰ろう」

 こうしてスエルニャ洞穴の探索を終えた僕たちは、セロナの街に戻ってきた。
 僕は街の宿に運び込まれ、イオンが買ってきてくれたハイポーションのお陰で何とか腹の傷を癒すことができた。
 撃たれた跡は残ってしまったが、それは仕方がない。治っただけ良しということにしておこう。
 大事を取ってその日は宿で一泊することになり、翌朝、僕たちはアメミヤに向けて出発した。
 幻獣が飛ぶスピードにも大分慣れた。今では殆ど恐怖は感じない。
 やっとよろず屋の店主としての生活に戻れることに安堵しつつ、僕は二人と共にアメミヤの街に帰り着いた。
 街に到着した時、既に日は沈みかけていた。
 シルバー、今頃腹空かせてるだろうな。帰ったら早速食事の用意をしてやらなくちゃ。
 店に戻った僕は、入口の鍵を開けた。

「さて。無事に手に入れた宝だが……」
 例の金貨を作業台の上に置き、ブランは腕を組んだ。
「これが海賊王の宝を隠した場所のヒントになる品なのか? 俺には全然そうは思えん」
「でも、海賊さんは『鍵』がどうって言ってましたよぉ」
 金貨を指でちょんちょんとつついて、イオンがブランの顔を覗き込む。
「やっぱり、これが宝の在り処を示す重要な品なんじゃないでしょうかぁ」
「ふむ……」
 僕は二人の遣り取りに耳を傾けながら、シルバーに食事をあげていた。
 旅の出発前に用意しておいた食事だけでは足りなかったようで、シルバーは器に顔を突っ込んで肉をがっついている。
 やっぱりペットがいると遠出はできないね。
「なあ、シルカはどう思う? こいつについて」
「ん?」
 僕に話が振られたので、僕は二人の方を見た。
 少し考えて、思ったことを口にする。
「そうだな……僕も、イオンの意見に賛成だよ。これは、宝の在り処を示す『鍵』になってるんじゃないかって思う」
 世の中には、何の変哲もない品が何かの仕掛けを動かす重要な『鍵』になっているといった事象が数多く存在する。
 ただの短剣が遺跡の扉の封印を解く鍵になっていたように、この金貨も何処かにある何かの仕掛けを動かすための鍵になっているんじゃないかと思うのだ。
 あるいは、この金貨は実はひとつだけではなくて幾つも存在し、それら全てを集めると何かが起こるとか……そういう仕組みになっている可能性もある。
 あの洞穴には錬金術の罠が仕掛けられていたし、海賊のリーダーも拳銃という錬金術の武器を持っていたし、十分に考えられることだ。
 何にせよ、それは今後も色々と調べて情報を集めなければ分からない。
 それをするのは、僕の役目ではない。宝を追う冒険者である彼らがやるべきことだ。
「これからも世界各地を旅して情報を集めていけば、何かしら分かると思うよ。頑張れ、あんたたちならできるさ」
「……そうか」
 僕の言葉に深く頷いて、ブランは金貨を腰のポーチにしまった。
 席を立ち、僕の方に歩いてくる。
「ありがとな、シルカ。お前のお陰で海賊王の宝が見えてきた。これからも俺たちは諦めずに宝を追って旅をするよ」
 彼は食事に夢中のシルバーの頭を撫でて、イオンに声を掛けた。
「そういうわけだ。行くぞ、イオン」
「何処へ行くんですかぁ?」
 イオンの言葉に彼はしばし考えて、答えた。
「海沿いの街やダンジョンを巡る。海賊王の宝だからな、そういう場所にこそ重要な情報が転がってると思うんだよな」
「分かりましたぁ」
 では幻獣を呼びますね、と言ってイオンは小走りで店の外に行った。
 続けて外に出ようとするブランを、僕は呼び止めた。
「そうだ、気になってたことがあるんだけど」
「何だ?」
 僕はブランの腰のポーチに視線を向けて、
「あんた、酒を仕込んでただろ。保険って、何のことだったんだ?」
「……ああ、あれか」
 ブランはにやりとして、外にいるイオンを見た。
 イオンは杖を翳して幻獣を召喚している最中だ。
「とっておきの切り札ってやつだな」
 まあ色々あるんだよ、と言って、彼は僕の肩を叩いた。
「それじゃ、世話になったな。シルカ。また困ったことになったら来るから、その時は力を貸してくれよな」
「……僕は一般人だって散々言ってるだろ。冒険者を引退した人間を旅に連れ回そうとするなよな」
「ははは、お前もまんざらじゃないって俺は思うけどな。……んじゃ、またな」
 ……まんざらじゃないって? 僕が?
 そんなわけがない。僕は、ダンジョンに行くのは御免だって心の底から思っている。
 でも……
 ダンジョンを攻略した時に感じる達成感。それがないとは、言わない。
 ……ひょっとして、僕は。
 少しずつ、旅に出るのを楽しいと思うようになってきているのだろうか。
 幻獣に乗って去っていく二人を見送りながら、僕はそのようなことを思ったのだった。
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