145 / 176
第145話 旧友は悩みと共に来る
しおりを挟む
「そう。そのまま魔力を集中させて。此処と此処がくっつくイメージを脳内に描いて……」
昼下がりの、よろず屋。僕は作業台で、作りかけの杖と懸命に向き合うラフィナに言葉を掛けていた。
日々の教えの甲斐あって一通りの薬品を作れるようになったラフィナに、そろそろ薬品以外の物も作れるようになってもらおうと思い新しい課題を与えたのだ。
魔術師の杖作り。錬金術師が作る武具の代表格とも言える品である。
これがちゃんと作れるようになれば、大抵の武具は作れるようになる。魔術師の杖作りは錬金術師の武具作りの登竜門なのだ。
ラフィナは筋がいい。僕の教えたことはちゃんと守って実践しているし、作業も丁寧だ。
ただ、まだ魔力の扱い方に若干の不安がある。武具を作る際に必要不可欠な、完成品のイメージを脳内に描く力が足りていない。
そのため、パーツひとつを接着するのに時間がかかる。くっつけようとしては落とし、くっつけようとしては落としの繰り返しだ。
こればかりは自分で感覚を掴むしかないので仕方がない。僕は焦らずに見守るのみだ。
ラフィナの手から、ちゃりんと杖のパーツが落ちる。
あーとラフィナは声を漏らし、肩を落とした。
「また失敗した」
「焦ってもしょうがないよ。こればかりは慣れだから」
僕は落ちたパーツを拾った。
「最初から上手くできる人なんていない。僕だって最初は失敗してばかりだったんだから。大事なのは失敗しても諦めずに挑戦を続ける気持ちだよ」
「はい、師匠」
僕の手からパーツを受け取って、ラフィナは背筋を伸ばした。
「必ず、この杖を完成させてみせます!」
「うん、その意気込みだ。それじゃあ、僕は店の仕事に戻るけど作業を続けるんだよ。完成したら持って来てね」
「はい!」
杖作りを続けるラフィナを作業台に残し、僕はやりかけだった商品の補充作業を再開した。
かちゃかちゃと二人が作業をする音が店内に静かに響く。
と。その静寂を破る音の塊が、外から飛び込んできた。
「シルカ!」
誰だ、店に入ってきた早々人の名前を叫ぶ奴は。
僕は抱えていた箱を足下に下ろして、戸口の方に目を向けた。
戸口の前を塞ぐように立っていたのは、長い黒髪で目元が隠れた長身の冒険者だった。
赤い竜を前面に描いた真っ白な貫頭衣を身に纏い、太い荒縄で腰を縛った如何にも格闘家といった風の出で立ち。背中に小さなバックパックを背負い、腰に刃が付いたナックルのような武器を下げている。
あの武器は……カタールだ。扱いにちょっとした技術を必要とする珍しい格闘武器である。
冒険者は僕の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべてこちらに近付いてきた。
「いたいた、シルカ、久しぶりやんなー。アラグにシルカの話聞いて来てみたねんけど、ほんまに店やっとるんやな」
この訛りのある喋り方。カタールを扱う格闘家。
その特徴に該当する人物を、僕は一人だけ知っていた。
「……クレハ?」
「おー。覚えとってくれたんやね。嬉しいわー。何年ぶりやろ、五年ぶり? 懐かしいなぁ」
彼は僕の両手を取るとぶんぶんと上下に振った。
「今日はお祝いやね。御馳走囲んでぱーっと騒ぎたい気分やわぁ」
「……兄さん」
戸口の方で小さく呟かれる声。
いつの間にか、戸口のところにもう一人来訪者が立っていた。
艶のある黒髪を肩口で切り揃え、黒い男物の魔術師のローブに身を包んだ小柄な少年だ。何処となく影を背負った雰囲気の、大人しそうな人物である。
彼には見覚えはない。クレハのことを兄さんと呼んでいるから弟なのだろうが。
彼は戸口の方に振り向くと、弟を手招きした。
「キクもこっちおいで。シルカにキクのこと紹介したいねんから」
弟はこくりと小さく頷くと、足音も立てずに店の中に入ってきた。
僕は二人を交互に見て、言った。
「わざわざ僕の店に来たのは近くに寄った挨拶か?」
「えっとなぁ」
クレハは後頭部をかりかりと掻いて、僕の問いかけに答えた。
「実はなぁ、シルカに相談したいことがあって来たんよ」
昼下がりの、よろず屋。僕は作業台で、作りかけの杖と懸命に向き合うラフィナに言葉を掛けていた。
日々の教えの甲斐あって一通りの薬品を作れるようになったラフィナに、そろそろ薬品以外の物も作れるようになってもらおうと思い新しい課題を与えたのだ。
魔術師の杖作り。錬金術師が作る武具の代表格とも言える品である。
これがちゃんと作れるようになれば、大抵の武具は作れるようになる。魔術師の杖作りは錬金術師の武具作りの登竜門なのだ。
ラフィナは筋がいい。僕の教えたことはちゃんと守って実践しているし、作業も丁寧だ。
ただ、まだ魔力の扱い方に若干の不安がある。武具を作る際に必要不可欠な、完成品のイメージを脳内に描く力が足りていない。
そのため、パーツひとつを接着するのに時間がかかる。くっつけようとしては落とし、くっつけようとしては落としの繰り返しだ。
こればかりは自分で感覚を掴むしかないので仕方がない。僕は焦らずに見守るのみだ。
ラフィナの手から、ちゃりんと杖のパーツが落ちる。
あーとラフィナは声を漏らし、肩を落とした。
「また失敗した」
「焦ってもしょうがないよ。こればかりは慣れだから」
僕は落ちたパーツを拾った。
「最初から上手くできる人なんていない。僕だって最初は失敗してばかりだったんだから。大事なのは失敗しても諦めずに挑戦を続ける気持ちだよ」
「はい、師匠」
僕の手からパーツを受け取って、ラフィナは背筋を伸ばした。
「必ず、この杖を完成させてみせます!」
「うん、その意気込みだ。それじゃあ、僕は店の仕事に戻るけど作業を続けるんだよ。完成したら持って来てね」
「はい!」
杖作りを続けるラフィナを作業台に残し、僕はやりかけだった商品の補充作業を再開した。
かちゃかちゃと二人が作業をする音が店内に静かに響く。
と。その静寂を破る音の塊が、外から飛び込んできた。
「シルカ!」
誰だ、店に入ってきた早々人の名前を叫ぶ奴は。
僕は抱えていた箱を足下に下ろして、戸口の方に目を向けた。
戸口の前を塞ぐように立っていたのは、長い黒髪で目元が隠れた長身の冒険者だった。
赤い竜を前面に描いた真っ白な貫頭衣を身に纏い、太い荒縄で腰を縛った如何にも格闘家といった風の出で立ち。背中に小さなバックパックを背負い、腰に刃が付いたナックルのような武器を下げている。
あの武器は……カタールだ。扱いにちょっとした技術を必要とする珍しい格闘武器である。
冒険者は僕の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべてこちらに近付いてきた。
「いたいた、シルカ、久しぶりやんなー。アラグにシルカの話聞いて来てみたねんけど、ほんまに店やっとるんやな」
この訛りのある喋り方。カタールを扱う格闘家。
その特徴に該当する人物を、僕は一人だけ知っていた。
「……クレハ?」
「おー。覚えとってくれたんやね。嬉しいわー。何年ぶりやろ、五年ぶり? 懐かしいなぁ」
彼は僕の両手を取るとぶんぶんと上下に振った。
「今日はお祝いやね。御馳走囲んでぱーっと騒ぎたい気分やわぁ」
「……兄さん」
戸口の方で小さく呟かれる声。
いつの間にか、戸口のところにもう一人来訪者が立っていた。
艶のある黒髪を肩口で切り揃え、黒い男物の魔術師のローブに身を包んだ小柄な少年だ。何処となく影を背負った雰囲気の、大人しそうな人物である。
彼には見覚えはない。クレハのことを兄さんと呼んでいるから弟なのだろうが。
彼は戸口の方に振り向くと、弟を手招きした。
「キクもこっちおいで。シルカにキクのこと紹介したいねんから」
弟はこくりと小さく頷くと、足音も立てずに店の中に入ってきた。
僕は二人を交互に見て、言った。
「わざわざ僕の店に来たのは近くに寄った挨拶か?」
「えっとなぁ」
クレハは後頭部をかりかりと掻いて、僕の問いかけに答えた。
「実はなぁ、シルカに相談したいことがあって来たんよ」
0
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜
香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。
――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。
そして今、王女として目の前にあるのは、
火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。
「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」
頼れない兄王太子に代わって、
家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す!
まだ魔法が当たり前ではないこの国で、
新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。
怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。
異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます!
*カクヨムにも投稿しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる