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17 証人尋問2
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「欠陥者……」
「文字も読めないなんて」
観客たちの視線と声が、私を攻撃する。
さっきまで同情的だった老婦人さえも、私を冷たい目で睨んでいる。
「静粛に! お静かに!」
裁判長が木槌をならす。カンカンという音が響き、観客席を黙らせる。
「原告弁護人、質疑を続けてください」
ベンジャミンさんは、額の汗を手で拭いながら口を開いた。
「えー、では、キャンベル婦人。アリシア様の障害は、その、文字が読めなかったことだけですか?」
「……いいえ。アリシア様は、……お嬢様は、心が清らかな、生まれたての赤子のまま育ちました」
キャンベル婦人の頬に、涙の線が描かれる。
水滴が、証言台の上にぽたりと落ちた。
彼女は悲壮な顔をして、声を絞り出す。
「お嬢様は、ずっと愛らしい子供の心のままで、とても素晴らしい……う、ううっ」
声を詰まらせ、顔を覆って嗚咽をあげた。
ベンジャミンさんは、汗でびっしょり濡れた前髪を撫でつける。
「ああ、その。つまりですね。裁判員のみなさん。アリシア様は、少し成長が遅くて、結婚する年になっても、子供のままだったと言うことなのですよ。それで、その……辺境伯家としては、跡継ぎはアリシア様しかいない。親類は途絶えていますので、その、跡継ぎを作るために、アリシア様を結婚させるしかなかったのですよ。辺境伯としては、まさか乳母がそのような教育をしていたと知らなくてですね。あの領地は魔物がよく出ますからね。辺境伯は、子供に構っている時間などないのですよ。毎日魔物討伐に駆り出されて……。で、まあ、はやく跡継ぎを作らないと困るから、と、アリシア様に婿をもらったのですね。それで、ガイウス様が、」
「弁護人。裁判員に説明するのではなく、証人に質問をしてください。今は証人尋問の時間です」
裁判長が厳しい口調で注意する。
「ああ、すみません。それで、次の質問は、と」
汗をぬぐいながら、ベンジャミンさんは台の上の紙をめくった。
「ああっと、これを忘れてた。言わないと……。ええっと、キャンベル婦人。最近アリシア様に会った時、どこか変わったところはありましたか」
「ええ、ええ! お嬢様は、ますます美しくなられて」
「いや、そうじゃなくて、ほらっ」
「あ、ああ! そうです! お嬢様は賢くなられました」
「賢くなった! どのようにですか?! 文字が読めるようになりましたか?!」
「ええ、それはもう。読むだけではなく、手紙も書けるようになっています。びっくりするほど美しい字です!」
それは、まあね。私、前世では硬筆と書道を習ってたんだから。金賞をもらったこともあったよ。小学校の時だけど。
「その他にも、アリシア様は、計算がすばやくできるようになっていますよね。私と法律についての話もできるようになりました。普通の令嬢と変わらないくらいに、賢くなっていますよね?」
「いいえ! とんでもない。普通の令嬢なんてことはありません! アリシア様は、世界一すばらしいお嬢様ですわ!」
「裁判員のみなさん! アリシア様は、ドラゴンの癒しの力により、世界一すばらしい賢さも手に入れました! 奇跡です! 今のアリシア様は、何も問題はありませんよ! 欠陥者じゃありませんからね!」
「弁護人! やめなさい。裁判員に話しかけてはいけません!」
裁判長の2回目の注意で、原告側の証人尋問は強制終了された。
でも、ここからが勝負だ。次は、被告側のチチナ弁護士が質問する番だ。
私は、隣のルカを見る。
彼は、被告人席をにらむように見ている。
臨月のメリッサと、その隣にいるガイウスだ。
彼らは、ファンサービスをするアイドルのように、観客にウィンクしたり、せわしなく手を振ったりしている。
私と目が合うと、メリッサは、ふふんっと笑って、自慢げに膨らんだ腹をなでた。
「それでは、被告人の弁護士、質問を始めてください」
「はい」
チチナ弁護士が胸を揺らしながら、キャンベル婦人の前に立つ。真っ赤な口紅を塗った口角が、きゅっと上に上がる。そして、人差し指を婦人につきつけた。
「キャンベル婦人、どうしてそんな嘘をついて、アリシア様を貶めるですか?」
「え?」
チチナ弁護士は、この世の終わりのような悲痛な顔をして、婦人に質問を始めた。
「だって、赤ちゃんが卵から生まれるなんてこと、あなたは信じていないでしょう?」
「信じておりますわ! 聖女経典第28節5章2段目に、『卵から生まれし聖なる乙女』、別冊聖女唱歌にも『ああ、清らかなる聖女、卵が割れし時、この世の救い手に』とあります! ほら、これが証拠です!」
婦人はコートの中から、いつも持ち歩いている聖女経典を取り出した。
「そうじゃなくて、ですね、」
チチナは、バカにするかのような顔で、人差し指を左右に振る。
「だって、あなた。子供を生んでるんでしょう? すぐに亡くなったみたいだけど。それって、卵で生んだの?」
「あ! ……、わたくしは、わたくしは普通だから。普通の女でしかないから、だから、普通の方法で……」
「ねえ、婦人。私、調べたんですよ。あなたの子供が亡くなってすぐ、あなたの夫が、お腹の大きい愛人を連れてきたことを」
えっ? どういうこと?
「恨んだでしょうね。聖女教に入信するぐらいに」
「そ、それは。そうでしょう? あの人は、私が妊娠中に、他の女と浮気して……」
「ひどい話ですよね。あなた、子供が死んだばかりなのに、離婚されそうになったんですってね。『すぐ死ぬような欠陥者を生んだ妻は、必要ない。愛人の子供を跡継ぎにするから出て行け』って」
ひどい! 最低な夫だよ。キャンベル婦人、かわいそう。
「追い出されたあなたは、聖女教の教会に身を寄せて、離婚調停を待っていましたね。でも、あなたが家を出た数日後、夫と愛人が火事で死んだ。幸運でしたよねぇ。突然、未亡人になって、莫大な財産を相続できるなんて。離婚届を出す前で、本当によかったですね」
離婚調停中に、たまたま、夫と愛人が火事で死んだの? そんな偶然あるの?
観客席の人たちも私と同じことを思ったのか、婦人に疑惑の視線を向ける。
「ちが、違うわ! 私じゃない。私は聖女教会にいて、目撃者も……!」
「ええ、あなたじゃないです。借金を断られた夫の弟が、火事を起こして、お金を盗もうとしたのでしたよね。まあ、その男は、逃げ遅れて死んだので、真相は分かりませんが……。火事の起きた時間に、あなたが聖女教会にいたことを証言する信者が、大勢いましたものね」
よ、良かったぁ。
キャンベル婦人が犯人じゃないんだ。ごめんね。ちょっとだけ、疑ってしまったよ。
「でも、夫が死んだ時に、啓示が降りたのでしょう? 聖女様が、自分の代わりに、夫と愛人に復讐をしてくれたって。聖女様が、卑しい男と女を処罰してくれたと。それで、聖女教に全財産を寄付をしたんですよね。そうでしょう?」
え、そうなの? 聖女が復讐を? 聖女って、そんなキャラなの? もっと心優しい存在の象徴かと思ってたよ。
「ええ、ええ、そうですわ。汚らわしいあの男と娼婦に、聖女様が鉄槌を下してくださったの。だから、私は聖女様に感謝して、全てを捧げると決意したの」
「ええ、知ってますよ。あなたは、とても熱心な信者ですよね。自分と同じように、夫の浮気で悩む妻を、聖女教に勧誘したり、離婚裁判の費用の募金運動をしたりとか、ね。」
チチナは、赤い舌で唇をぺろりと舐めた。
「それで、あなたが、アリシア様をそそのかしたのですか?」
「え?」
観客が息をのんで見守る中で、チチナは赤い口でにたりと笑った。
「ガイウス様を訴えて、慰謝料を受け取るように、キャンベル婦人が計画したのですか?」
え?
「何を?……」
婦人は意味が分からずに、口をぽかんと開けた。
「文字も読めないなんて」
観客たちの視線と声が、私を攻撃する。
さっきまで同情的だった老婦人さえも、私を冷たい目で睨んでいる。
「静粛に! お静かに!」
裁判長が木槌をならす。カンカンという音が響き、観客席を黙らせる。
「原告弁護人、質疑を続けてください」
ベンジャミンさんは、額の汗を手で拭いながら口を開いた。
「えー、では、キャンベル婦人。アリシア様の障害は、その、文字が読めなかったことだけですか?」
「……いいえ。アリシア様は、……お嬢様は、心が清らかな、生まれたての赤子のまま育ちました」
キャンベル婦人の頬に、涙の線が描かれる。
水滴が、証言台の上にぽたりと落ちた。
彼女は悲壮な顔をして、声を絞り出す。
「お嬢様は、ずっと愛らしい子供の心のままで、とても素晴らしい……う、ううっ」
声を詰まらせ、顔を覆って嗚咽をあげた。
ベンジャミンさんは、汗でびっしょり濡れた前髪を撫でつける。
「ああ、その。つまりですね。裁判員のみなさん。アリシア様は、少し成長が遅くて、結婚する年になっても、子供のままだったと言うことなのですよ。それで、その……辺境伯家としては、跡継ぎはアリシア様しかいない。親類は途絶えていますので、その、跡継ぎを作るために、アリシア様を結婚させるしかなかったのですよ。辺境伯としては、まさか乳母がそのような教育をしていたと知らなくてですね。あの領地は魔物がよく出ますからね。辺境伯は、子供に構っている時間などないのですよ。毎日魔物討伐に駆り出されて……。で、まあ、はやく跡継ぎを作らないと困るから、と、アリシア様に婿をもらったのですね。それで、ガイウス様が、」
「弁護人。裁判員に説明するのではなく、証人に質問をしてください。今は証人尋問の時間です」
裁判長が厳しい口調で注意する。
「ああ、すみません。それで、次の質問は、と」
汗をぬぐいながら、ベンジャミンさんは台の上の紙をめくった。
「ああっと、これを忘れてた。言わないと……。ええっと、キャンベル婦人。最近アリシア様に会った時、どこか変わったところはありましたか」
「ええ、ええ! お嬢様は、ますます美しくなられて」
「いや、そうじゃなくて、ほらっ」
「あ、ああ! そうです! お嬢様は賢くなられました」
「賢くなった! どのようにですか?! 文字が読めるようになりましたか?!」
「ええ、それはもう。読むだけではなく、手紙も書けるようになっています。びっくりするほど美しい字です!」
それは、まあね。私、前世では硬筆と書道を習ってたんだから。金賞をもらったこともあったよ。小学校の時だけど。
「その他にも、アリシア様は、計算がすばやくできるようになっていますよね。私と法律についての話もできるようになりました。普通の令嬢と変わらないくらいに、賢くなっていますよね?」
「いいえ! とんでもない。普通の令嬢なんてことはありません! アリシア様は、世界一すばらしいお嬢様ですわ!」
「裁判員のみなさん! アリシア様は、ドラゴンの癒しの力により、世界一すばらしい賢さも手に入れました! 奇跡です! 今のアリシア様は、何も問題はありませんよ! 欠陥者じゃありませんからね!」
「弁護人! やめなさい。裁判員に話しかけてはいけません!」
裁判長の2回目の注意で、原告側の証人尋問は強制終了された。
でも、ここからが勝負だ。次は、被告側のチチナ弁護士が質問する番だ。
私は、隣のルカを見る。
彼は、被告人席をにらむように見ている。
臨月のメリッサと、その隣にいるガイウスだ。
彼らは、ファンサービスをするアイドルのように、観客にウィンクしたり、せわしなく手を振ったりしている。
私と目が合うと、メリッサは、ふふんっと笑って、自慢げに膨らんだ腹をなでた。
「それでは、被告人の弁護士、質問を始めてください」
「はい」
チチナ弁護士が胸を揺らしながら、キャンベル婦人の前に立つ。真っ赤な口紅を塗った口角が、きゅっと上に上がる。そして、人差し指を婦人につきつけた。
「キャンベル婦人、どうしてそんな嘘をついて、アリシア様を貶めるですか?」
「え?」
チチナ弁護士は、この世の終わりのような悲痛な顔をして、婦人に質問を始めた。
「だって、赤ちゃんが卵から生まれるなんてこと、あなたは信じていないでしょう?」
「信じておりますわ! 聖女経典第28節5章2段目に、『卵から生まれし聖なる乙女』、別冊聖女唱歌にも『ああ、清らかなる聖女、卵が割れし時、この世の救い手に』とあります! ほら、これが証拠です!」
婦人はコートの中から、いつも持ち歩いている聖女経典を取り出した。
「そうじゃなくて、ですね、」
チチナは、バカにするかのような顔で、人差し指を左右に振る。
「だって、あなた。子供を生んでるんでしょう? すぐに亡くなったみたいだけど。それって、卵で生んだの?」
「あ! ……、わたくしは、わたくしは普通だから。普通の女でしかないから、だから、普通の方法で……」
「ねえ、婦人。私、調べたんですよ。あなたの子供が亡くなってすぐ、あなたの夫が、お腹の大きい愛人を連れてきたことを」
えっ? どういうこと?
「恨んだでしょうね。聖女教に入信するぐらいに」
「そ、それは。そうでしょう? あの人は、私が妊娠中に、他の女と浮気して……」
「ひどい話ですよね。あなた、子供が死んだばかりなのに、離婚されそうになったんですってね。『すぐ死ぬような欠陥者を生んだ妻は、必要ない。愛人の子供を跡継ぎにするから出て行け』って」
ひどい! 最低な夫だよ。キャンベル婦人、かわいそう。
「追い出されたあなたは、聖女教の教会に身を寄せて、離婚調停を待っていましたね。でも、あなたが家を出た数日後、夫と愛人が火事で死んだ。幸運でしたよねぇ。突然、未亡人になって、莫大な財産を相続できるなんて。離婚届を出す前で、本当によかったですね」
離婚調停中に、たまたま、夫と愛人が火事で死んだの? そんな偶然あるの?
観客席の人たちも私と同じことを思ったのか、婦人に疑惑の視線を向ける。
「ちが、違うわ! 私じゃない。私は聖女教会にいて、目撃者も……!」
「ええ、あなたじゃないです。借金を断られた夫の弟が、火事を起こして、お金を盗もうとしたのでしたよね。まあ、その男は、逃げ遅れて死んだので、真相は分かりませんが……。火事の起きた時間に、あなたが聖女教会にいたことを証言する信者が、大勢いましたものね」
よ、良かったぁ。
キャンベル婦人が犯人じゃないんだ。ごめんね。ちょっとだけ、疑ってしまったよ。
「でも、夫が死んだ時に、啓示が降りたのでしょう? 聖女様が、自分の代わりに、夫と愛人に復讐をしてくれたって。聖女様が、卑しい男と女を処罰してくれたと。それで、聖女教に全財産を寄付をしたんですよね。そうでしょう?」
え、そうなの? 聖女が復讐を? 聖女って、そんなキャラなの? もっと心優しい存在の象徴かと思ってたよ。
「ええ、ええ、そうですわ。汚らわしいあの男と娼婦に、聖女様が鉄槌を下してくださったの。だから、私は聖女様に感謝して、全てを捧げると決意したの」
「ええ、知ってますよ。あなたは、とても熱心な信者ですよね。自分と同じように、夫の浮気で悩む妻を、聖女教に勧誘したり、離婚裁判の費用の募金運動をしたりとか、ね。」
チチナは、赤い舌で唇をぺろりと舐めた。
「それで、あなたが、アリシア様をそそのかしたのですか?」
「え?」
観客が息をのんで見守る中で、チチナは赤い口でにたりと笑った。
「ガイウス様を訴えて、慰謝料を受け取るように、キャンベル婦人が計画したのですか?」
え?
「何を?……」
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