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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
2 ウルフハウンド戦2
しおりを挟む―ダンッダンッダンッ―
無機質で、重く肺腑を抉るかのような轟音が連続する。
それは銃声なのだが、音と言うよりも、もっと直接的な衝撃が、少年の耳朶を擘く程にぶっ叩き、少年に顔をしかめさせた。
ーベシャッー
その銃声に呼応するのは、生々しく、水気を多量に含んだ音だった。
同時に満ちる、濃密な血の臭いが鼻をつく。
(うわ~)
心の中だけで呟きながら、眉根の皺を更に深め、少年は目を眇る。
轟音を纏い、放たれた銃弾が、少年へと飛び掛かって来ていたウルフハウンドの頭部どころか、胸部迄をも跡形もなく吹き飛ばしていた。
それは、爆散と表現するべきかもしれない光景だった。
少年が見下ろした場所では、首を失い、未だビクンビクンと筋肉の痙攣を繰り返すウルフハウンドの身体が横たわっている。
抉れ、ずたずたになった傷口からは、鮮血が溢れて地面に夥しい程の血溜まりを広げていた。
ウルフハウンドの湿った呼気で、生暖かくも、確実に命を刈り取ると言う牙の怜悧な存在感すらも感じていた。
けれど、その感覚は、銃声の轟音と共に少年の意識から、完全に失われてしまっていた。
安堵と言うよりも、放心に近い虚脱感を感じてしまうのも当然だろうと少年は思う。そのウルフハウンドこそが、今、ここに頭部を失い、倒れ伏しているのだから。
恐らくは、一発でもウルフハウンドの頭部を穿てるであろう威力。それが、音からの判断だが三発分。どう考えても過剰殺傷だった。
ーダンッ、ダンッダンッー
ーギャウン、ギャウ、ギャッー
少年が放心している間にも銃声は続いていた。
その銃声に、ウルフハウンドの咆哮が重なる。
ーダンッダンッ、・・・ダンッー
ーギャ、ギャウッ・・・ギャウンー
更に銃声は続き、ウルフハウンドの悲鳴が重なっている。
悲鳴、寧ろ断末魔だろうか。
「この子と、六発分だから、僕がしとめた二匹で九匹かぁ」
少年が微苦笑気味に呟く言葉。それは、この場にいたウルフハウンドの数だった。
少年が視認した結果から、更に四匹のウルフハウンドがいた事になる。
そして、追加での六発分の銃声と、六匹分の鳴き声。それはやはり=で断末魔だった。
一匹目の過剰殺傷な銃撃とは異なり、一発につき一匹の命を確実に刈り取る、凶悪な迄に正確無比な射撃。
間髪入れず、弾丸はそれぞれのウルフハウンドへと着弾を遂げ、駆け付けるか逃げようとする動きを、その息の根と共に完全に止めていた。
ドサドサと、重たい音をそこかしこに聞きながら少年は感嘆の面持ちで、その様子を眺めている。
地面へと落ちた身体は、着弾したそれぞれの弾丸の威力と効果を明確にし、少年が見回せば、その、それぞれのウルフハウンドが動かなくなった姿を視界に収める事が出来た。
「なぁーにが、ライーだ、アホ!」
心底呆れたと言った風の声音が、少年を愚かだと罵倒する。
そして、声と共に、ライと呼んだ相手は少年の眼前へと降って来た。
少年の傍らには葉を繁らせた広葉樹の木。実のところ、少年は戦闘中、この木を行動の基点としながら動いていた。
それは、この木の地面から二メートル以上離れた枝の上にライがいたからだったのだ。
殆ど音を立てる事なく、猫のような身軽さで地面への着地を決る。立ち上がる目付きの鋭い金髪の少年、それが黒髪の少年がライと呼ぶ相手であり、先程の射撃を決めた存在だった。
「ふふ、今の群れが最後みたい。ありがとうライ」
弛め、笑みを交えた表情でライを迎えて告げるお礼の言葉。
そこには罵倒された含みはなく、ただ素直な感謝があった。
「お疲れ様」
「あ?」
労っただけの筈が、低い声音に何故か物凄く睨まれてしまった。
ライの紫の双眸は鋭く、冴えた金閃の光が、そこに込められた感情の冷ややかさを語っている。
どうやら自分は何かやらかしてしまったらしい。そんな事を、少年はその眼差しで察した。
察したのだが、何をやらかしたのか迄は思い至れない。取り敢えず、少年はすべき事をする為に長剣を握る手を鋭く振るい刀身からウルフハウンドの血糊を払った。
閃く銀光。瞬き、冴え冴えとした青の光芒を宿す刃。そこには刃毀れどころか、曇り一つない青銀色の刀身があり、それは、刃が清廉な輝きを湛え直した瞬間だった。
硬質的なのに柔らかく、神秘的なのに、幻想的とは違う、そんな不思議な閃。
少年はその輝きを瞳に映し、一つ頷くと、それから、流れる動作で剣帯に吊した腰の鞘へ長剣を収めた。
「はぁ、ったく、だからイージスでの依頼なんか受けるなっつーんだ」
何かを諦めたような溜め息を一つ。それでも気分は晴れていないのか 、短いくせっ毛で跳ねた明るい金髪の頭を、台詞同様の不機嫌さでがりがりやりながらライはぼやいていた。
それは、少年達がウルフハウンドを相手取っていたそもそもの発端の話しだった。
けれど、その言葉に黒髪の少年は首を傾げる。
「あれ?今回の依頼って、受けてきたのってライだったよね?イージスの森から出て来て村を襲うって言う、ウルフハウンドの群れの討伐依頼。報酬は微妙だけど、森に入り込むチャンスだし、俺らならいけるって、かなりノリノリだったじゃない」
「・・・ん、あー、そうだな、まぁそうだわ」
着込んだジャケットに付いた木葉を払い落としながらの、歯切れの悪い言葉。
黒髪の少年の言葉に、思う事があったらしい。
ライはその左手に黒鋼色の回転式拳銃を握っていた。
その回転式拳銃のグリップと腰のベルトを繋ぐようにして垂れ下がる鎖が、ライの黒髪の少年へと歩み寄って来る歩調に合わせ、チャリチャリと微かな音を響かせる。
「オレが知ってるトゥリアなら問題ねぇハズだったンだよ!」
「トゥリア?僕?」
何故か怒鳴って来る声音の容赦ない落胆具合。だが、眇られる紫の目は責めていると言うよりも、何処か戸惑っているようにも感じられるものだった。
けれど 、黒髪の少年、トゥリアは言われている意味が分からないと、困惑を言葉にする。
「そうそう、その一振りで、見えるゼンブが更地になって、振り下ろした剣は、大地を割るカンジのな?」
「ええっ、それ誰のこと?」
「ダレってトゥリアだろ?」
「どこのトゥリア?!」
思わず、トゥリアは叫んでしまった。
一体ライは誰の話しをしているのだと思う。
トゥリアは剣を扱うが、勿論そんな芸当は出来ない。と言うか、出来たら人間ではないんじゃないかと、真面目に考えてしまう。
「そうそう、問題ねぇハズだったんだから責任取れ!」
「ええっ!」
どう言う話しの展開で、何の言い掛かりなのか。
至極当然と言わんばかりの表情と声音で告げられ、トゥリアは驚きの声を上げずにはいられなかった。
「えっと、うん。でもさ、そう、頭を吹っ飛ばしちゃって、討伐を証明する為の牙はどうするのさ?」
自分でも苦しいと思ったが、どうにか話しを修正する。
いや、無理矢理感があったとしても間違ってはいないのだ。
トゥリアとライはウルフハウンドの討伐と言う依頼を受けてここにいる。
その依頼を果たしたと言う証明をしなければいけないのだが、その証明方法が、倒したウルフハウンドの牙を提出すると言うものなのだから。
ウルフハウンドは確かに討伐した。けれど、とトゥリアは視線をウルフハウンドの一匹へと向ける。
牙どころか首を失い、そもそもが目を背けたくなる、惨状の一端へと。
「おお、まぁお前の剣とオレの愛銃の華麗な妙技があれば、たいがいのコトは乗り切れるって信じてたかんな、相棒」
表情をひきつらせたトゥリアに返されたのは、明後日への視線と、今更ながらの深い信頼が込められた言葉だった。
最後の六匹はまだ大丈夫だが、頭部を失っている一匹の分はどうにもならないだろう。
そんな一匹を見ないようにと言う仕草。
どうやら、今度はライが話しを逸らす番らしい。
ライは愛おしそうに、まさかの頬擦りを始めていた。
それは勿論、トゥリアに対してではない。
愛銃と言い放った、硬質的な黒鋼色の光沢を湛えるボディの回転式拳銃に対しての奇行である。
鋭さを感じさせるだけだった紫の双眸をうっとりと細めている様子。
チャリと、いつ見ても用途不明としか思えない、グリップから繋がる鎖の鳴らす音が、ライの行動に、どこか苦笑めいて力なく聞こえたのトゥリアの気のせいだろう、きっとそうだ。
「えっとさ、その相棒って、僕のことじゃなさそうだよね?」
困ったようなトゥリアの見せる微苦笑は、銃に頬擦りするような人間は、顔見知りってだけだったとしてもちょっと・・・と言いたげだった。
つまりはライの奇行に引いているのだが、ライはトゥリアの言葉に頬擦りを止めると、トゥリアを見据え、上げる顔にニッと笑みを見せて来た。
今度は何を言い出す気なのかと身構えてしまうトゥリアは悪くないと思う。
「ん~、お前もちゃんと相棒だぞ、トゥリア。ただコイツの方がちょっとばかし付き合いが長いってだけで」
何が可笑しいのか、くっくっくっと、喉で意味深にライは笑い、気安い調子でばしばしとトゥリアの肩を叩いて来る。
遠慮のない力具合は、正直、かなり痛かったが、トゥリアは少しだけ顔を顰めるに留め、抗議の声を上げる事はしなかった。
「トゥリア・・・」
叩かれた痛みから、意識を逸らせる為と言う訳でもなかったが、呼ばれた自分の名前を繰り返してトゥリアは呟く。
そのどこか不思議そうな響きの反芻。
「ん?トゥリアだよ、お前のコトだろ?なに、ボケた反応してやがんだ」
何時の間にそこまで近付かれていたのかと、トゥリアの瞬かせた双眸。
怪訝そうに覗き込んで来るライの紫の双方には、間近にあるトゥリア自身の深い青の瞳が、どこか不思議そうな色合いを湛えて見返している様子が映っていた。
それが今、自分が浮かべている表情そのものなのだと気付いたが、トゥリア自身にもまたその表情の意味が分かっていないかのように。
「ん?う、ん?」
戸惑いを意識して、浮かべている表情に合わせる訳でもなかった筈だが、傾げようと動いている自分自身の首。
一先ず、表情へと感情を伴わせようとしてみる仕種に、自分が今、何を理解出来ないでいるのかが分からないと言う、不可解な感覚だけがトゥリアにはあった。
「トゥリア?お~い」
再び呼ばれ、トゥリアは目を緩慢な動きで瞬かせる。
ーザッー
「っ、ライ!」
突如茂みから飛び出した漆黒の影。
意識の切り替えは刹那に、トゥリアの警告の声がライの名前を叫んでいた。
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