空白の叙事録〜誰が忘れた罪禍の記憶〜

羽月明香

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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】

9 特異体質

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「痛む?」
「あ・・・」

 フィンに胸を押さえるような仕種をされ、その仕種はそのまま自分がしている行動なのだと分かってしまい、トゥリアは曖昧な声で反応してしまった。

 別段痛みがある訳ではかった。そこには打ち身程の痕跡もないのだから当然だろうとトゥリア自身も思う。けれど、気にしてしまうのも仕方がないと思えた。
 何もない、今この状態こそが幻で、自分は未だあの場所にいて、一人で死に瀕しているのではないのかと、ふとした瞬間に考えてしまうのだ。

「治癒がいる?」
「治癒?治療じゃなくて・・・フィン、さんは魔法士?」
「フィン」
「ん?」
「さんはいらないから」
「ああ、そう言う感じで良いんだ。じゃあ僕はトゥリアって・・・もう呼んでたよね」

 『さん』か『ちゃん』かトゥリアが迷ったのはそこだったのだが、そもそも呼び捨てで良いらしい。
 それならば自分もと思ったのだが、トゥリアが言うまでもなく、先程の会話で既にフィンはトゥリアを呼び捨てにしていたと思い至った。

「魔法士?」
「えっと、世界に在るものは、そこに在るというだけで、生きているものも生きていないものも、波動パルスを発していて、それで、ひとは誰でも自分固有の波動パルスを以て、世界に干渉するすべを持っているんだけど、その干渉を事象として引き起こす力が魔法」

   波動パルス。或いは、人が扱うものは、もっと単純に魔法のもととなる力として魔力や、何かに干渉する為の力として、干渉力等と呼ばれる。
 以前自分が、ある人からしてもらった説明を思い出しながらトゥリアはフィンへと説明を続けた。

「たとえば空気中に含まれている水分を意図的に集めて、飲めるぐらいの量にしてコップにためたり、火種の火に空気や空気中の塵を送って、業火に成長させたりって魔法はそういった力」
「その魔法を使うのが魔法士?」
「少し違うかな。魔法は規模や内容を問わなければ、基本的に誰にでも使える力なんだ。でもただ水を出したり種火を維持したりするぐらいの干渉力では魔法士とは呼ばれない」
「魔法士は呼ばれるもの。呼んでくれる誰かがいる」

 トゥリアはフィンの理解力に笑みを浮かべる。自分の意識した言い回しから、答えを予測してくれる事が嬉しかったのだ。

「そう、一般の人たちは魔法を使えるただの人間。魔法士って言うのは、一般的ではない、より強力な力を行使できる者たちが王に叙されて名のり、呼んでもらえるものなんだ」

 王と呼ばれる存在が、強い魔法を使う者達の力を認め魔法士として登用する。力を認められた者は王に仕え、その力を民の為に役立てる。
 そして民は、自分達を助けてくれる魔法士と言う存在を多大な感謝を以て、敬い、尊ぶ。それがこの世界の仕組みであり、だからこそ、一定以上の魔法を扱う事が出来るものは、こぞって王へと仕えようとするのだ。

「って説明をしてみたけれど、それはもともとの由来」
「うん?」
「今では、ある程度以上。具体的には、他者に影響を与えることができるぐらいの魔法が使えて、その魔法を人に役立てる使い方をしている人たちはみんな魔法士って呼ばれる感じかな」

 薬や道具等による治療ではなく、治癒と言ったフィンの言葉から、トゥリアはフィンが治癒系統の魔法の使い手ではないかと推測した。そしてその魔法を他者、つまりはトゥリアへと使おうかと提案して来た。
 誰かに使える魔法があり、行使を躊躇わない。トゥリアが知っている魔法士達と同じだなと思ったのだ。

「魔法士は分からない。でも、治癒に使える力はあるよ?」
「そっか、フィンは治癒魔法士ヒーラーなんだね。でも、僕なら大丈夫。怪我をしているわけではないんだ」

 トゥリアは安心して貰えるように笑いかけると、やんわりと魔法の使用を断った。

「それに、魔法を使ってもらっても、僕には意味がないんだ」
「力不足?」
「え!ちがう、ちがうよ」

 予想外の言葉を慌てて否定する。確かにフィンの治癒魔法を見た事がある訳ではないが、それが同じ意味で、フィンの力を信用していないと言う訳ではないのだ。
 怪我をしている訳ではないと言った通り、トゥリアにはそもそも治癒魔法を使って貰う必要がない。
 そして、『意味がない』と言った、言葉の意味通りでもあった。

 フィンは疑問で首を傾げたまま、それでもトゥリアを見ていて、けれど、その表情には、自分の申し出を受け入れて貰えなかった不本意さや落胆と言った感情どころか、どんな変化も見られる事がない。
 変わらない表情だったが、それでも、誤解はといておくべきだろうと、フィンの眼差しに苦笑を返すと、トゥリアは自身の説明をする為に口を開いた。

「意味がない。そう、僕にはね、魔法が効かないんだ」
無効化特性オブリディー
「え?」

 フィンはトゥリアに続きを促す為にか、一言呟きはしたが、真っ正面からトゥリアを見詰めたまま、それ以上、何かを言ってくれる様子はなかった。

「僕にもよくわかってはいないんだけど、僕自身の波動パルスが、他の、いろんな波動パルスの影響も受けないようにしてくれてる。特異体質なんだって、ライは言ってたかな」
「特異体質」
「そう、でも、他の人が受けられる影響を受けられない。だから、むしろ特異体質っていうより、異常体質って言ってもよいかな」
「魔法が効かない。効かないから、魔法に意味がない」
「そうだね」

 トゥリアは肯定し、そして、笑った。
 漆黒の獣との戦いでライが放ったエレクトロブレッド。あの弾丸は直接トゥリアを狙ったものではなかったとはいえ、あの時のトゥリアは、間違いなくその影響範囲にいたのだ。
 けれどトゥリアは、結果的に、ライの放った一発においては怪我を負う事はなかった。
 銃と言う媒体を経由してはいても、エレクトロブレッドと言うあれは、ライ自身の波動パルスによる、干渉の結果なのだ。
 そして、トゥリアの存在は、自身へと向いた波動パルスによる干渉の状態を阻害する。
 それが、影響を受けなかった理由、この特異体質の状態だった。

「攻撃特性の魔法だけじゃなくて、補助や回復とかも効果を得られない。それが僕なんだ」

 威力に差があったとしても、誰でも使える筈の魔法の恩恵を得る事が出来ない。
 自分で魔法を使うどころか、誰かに使って貰っても、効果を無効にしてしまう。自分自身のどうしようもない体質に対する悲嘆はなく、自虐的とも違う。ただ優しげであるだけの笑みでトゥリアはフィンを見ていた。

「・・・・・・」
「フィン?」
「私の力?は魔法?」
「え?」

 何かを考えているかのような間があり、トゥリアは訝るようにフィンの名前を呼ぶ。
 自分の体質について、何か言われるのかとも思ったのだがフィンの言葉は違っていた。けれど、何かを問われていると思うのに、それが何か分からないと言う事態にトゥリアは陥ってしまった。
 そんなトゥリアの困惑を読み取ってくれたのか、フィンは更に言葉を続けようとしてくれる。

「力が魔法で、トゥリアに魔法は意味がない。意味がないのにここにいる。どうして?」
「どうしてって、え、僕いちゃだめだった?」

 浴びせられた、突然の言葉に対するトゥリアの衝撃に、けれどフィンは首を左右に動かしていた。

「違うくて・・・」

 伏せ目気味にされた双眸に、言葉を探すかのような間が沈黙となり、トゥリアへとある種の緊張感を抱かせる。

西風の乙女ゼピュロシアはトゥリアを拒んでいなかった。だから、ここにいる」
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