空白の叙事録〜誰が忘れた罪禍の記憶〜

羽月明香

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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】

22 まずは朝食を

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ーフュイー

 再びの囀ずりは高く短い響きに、そうして遠ざかるように飛んで行く、白い鳥の後ろ姿をトゥリアは見た。
 その姿は、直ぐに森の木々の中へと消えて、見えなくなってしまう。

「えっと?」
「取り敢えず、」
「とりあえず?」
「ご飯食べる?」

 セフィと思われる姿をフィンと一緒に見送ったトゥリアは、どう言う事なのかと、問いかける視線をフィンへと向けた。
 けれど、フィンは傾げる小首に全く関係のない事を告げて来るのだ。

「・・・ごはん?」

 緩やかな瞬きを一回。何を言われたかの認識と同時にその意味を確認する為に尋ね返し、そうしてそんな時、タイミング良くトゥリアのお腹が鳴った。
 その音に、ようやく自分に意識を向けてくれたかと言わんばかりの抗議の響きをトゥリアは思った。
 自覚出来てしまう空腹感に、何か物凄くお腹が空いていたのだ。

「え、うん?って、どこから出したの?今?」

 鳴ってしまった自分のお腹へと目を向け、そして照れたような微苦笑で顔を上げた瞬間、トゥリアは驚きに目を見開く事になった。
 ピクニックに持って行きそうな大きめの蓋付きバスケット。その蓋を開けて、フィンがトゥリアへと中身を見せていたのだ。
 フィンは先程まで、そんなバスケット等持っていなかったし、何処かに置いてあった様子もない。本当に、何処から出して来たと言うのだろうか。
 トゥリアの疑問と混乱等を気にした風もなく、フィンは手頃な場所を見付けたのか、根もとから二股に別れている木のそばで、地面からせり出した木の根へと座わり込んでしまう。
 柔らかそうな草地に置くバスケットの中には食べやすく、大きめではあるが一ピースずつにカットされたパイが詰められていて、味付けのハーブの香りか、美味しそうに焼けた生地の香ばしい臭いがトゥリアの鼻腔を擽り、またもお腹を鳴らしてしまった。

「座って」
「うん」

 招かれ、湖が一望出来る木の根もとにトゥリアもまた座る。

「手をふいて」

 フィンから渡される、適度に濡れた一枚布。だから、何処から出しているのかと思いながらも、トゥリアはお礼をいって受け取り、手を拭った。

「適当に食べて」
「ありがとう、いただくよ」

 バスケットと引き換えにフィンはトゥリアから手拭き布を引き取って行き、そして、その手拭き布を自分の足もとへと向け、落とし込んだ。
 トゥリアはその様子を何気なく目で追っていて、そうして気付いた。
 見てしまうその瞬間に、取り出そうとしたパイに空中で手を止めたままトゥリアは固まる。

「うん?」

 固まるトゥリアの手からバスケットを持ち去り、取り出したパイをフィンはそのまま口へと運ぶ。サクリとそれはとても良い音で、そうしてフィンは見返すトゥリアの様子に、口をもごもごと動かしながらも首を傾げた。

「・・・フィンは、第五元素の魔法を使うことができるの?」

 どうにか、トゥリアはそう問いかけた。
 魔法の基本的な分類に元素(エレメンツ)がある。魔法は自然界の“地”、“水”、“火”、“風”の四元素をもとに構築されると言ったそんな考えがあり、小さな火をおこしたり、水をコップに満たしたりと個人個人の得意な分野はあれど、それは誰もが扱う事の出来る魔法だった。
 けれど、その四元素の性質に会わない魔法も存在していて、それが第五元素と呼ばれるものなのだ。

「第五元素って言うけど、基本の四属性に入れることができない魔法を、全部第五元素って言っちゃてる感じらしくて、そこには“光”とか“闇”とか、“時”や“空間”なんてものに干渉するものがあるらしいんだ」

 そこまでトゥリアが説明すると、フィンにも何か察するものがあったのかもしれない。
 フィンは先程までそうしていたように、手を地面に落ちた自身の影へと触れさせる。トゥリアにはそれだけの動作に見えていた。
 けれど、次の瞬間にはフィンの手には円筒形の金属製の物体があり、もう一度影に触れると言う動作を繰り返した時には、手付きの木製カップが二つ、その手に握られていたのだ。
 その自分の影から物を取り出しているとしか思えない光景に、トゥリアはやはり、先程自分が見たものは錯覚等ではなく、そして自分の考えた事が正しかったのだと思った。

「それ、最初のバスケットとか、どこから出したのかって思ったんだけど、フィンは空間干渉系の魔法が使えて、自分の影を出入り口に、ここではない場所に自分だけの場所を持っている感じで良い?」
「・・・・・・」
「あれ?」

 返事のないフィンへとトゥリアは首を傾げる。
 たぶん自分の考えは間違いではないと思うのだが、フィンからの反応がない。

「・・・・・・」

 口を開かないまま、円筒形の金属の上四分の一程度をフィンが捻ると、その部分が外れる。それは中に入っている液体が漏れ出ないようにする為の蓋だったらしく、フィンが円筒形の筒の口をカップに向けて傾けると、濃い紅色の液体がカップに注がれていった。
 暖かな湯気と共に紅茶の香りが広がる。その光景にトゥリアは目を瞬かせた。
 暖かいものを暖かいままに、それは、フィンの扱っている魔法の効能か、それとも円筒形の筒自体が持つ効果なのか。

「空間収納の魔法に時間経過の制御?それとも、その筒自体に保温の効果を持った魔法の付与?」
「・・・・・・」

 質問とも独白ともつかないトゥリア自身の呆然とした呟き。 
 トゥリアの分のカップを手渡して来るフィンに、フィンはそのまま無言でトゥリアを見た。
 カップを受け取り、そしてトゥリアは見返すフィンの様子に目を瞬かせる。

「フィン?」
「まずは、朝食を食べる」
「はい」

 何時もの抑揚に欠けた声音にフィンの食事を促す言葉。けれどそこには有無を言わせない圧のようなものを感じさせていて、トゥリアは反射的に頷いていた。
 他所事をしていないで、さっさとご飯を食べてしまいなさいと母親に怒られる、そんな子供の図式をトゥリアは思い、まさしくそれだと自覚しかけた思考を、パイへと意識を向け直す事で強制的に遮る。
 自分はそんな子供ではないのだと、トゥリアは一人頷いていた。

 そうして、気を取り直すと、ようやくバスケットからパイを取り出した。
 ずっしりと重く、生地の中には味付けされた挽き肉がぎっしりと詰められているようで、視覚的にもとにかく食欲を刺激して来る。
 火の通った肉類の香りと、焼けたパイ生地の香ばしい臭いを感じながら、さくさくと小気味良い音を立ててトゥリアはパイを咀嚼する。そして驚いた。
 パイは溢れる肉汁を生地が吸い込んでいて、なのにさくさく感が損なわれていると言う事はなかった。味付けはあっさりとした塩味に、肉の風味を引き立てるハーブが何種類か。
 使われているハーブには余計な脂っこさを抑える効果のものもあるのか、肉汁のジューシーさの割には後味に脂っこさを残さないそんな工夫。
 そのパイはとにかく美味しかった。途端に思い出す空腹感に、トゥリアは直ぐ様一切れ目を食べ終えてしまった。

「おいしい、これものすごくおいしいよ!」

 勢いに任せて告げてしまう程のトゥリアの笑顔。

「ん、こっちは茸と青菜」

 バスケットの反対側を開けて見せながらフィンは告げる。
 勧められるまま次の一切れへと手を伸ばし、赤く色付いた具材のパイを口へと運ぶ。

珊瑚樹茄子トマトゥルの実のソースが基本の味付け」
珊瑚樹茄子トマトゥル?でも、ケチャップソースの酸味と甘味、このひらひらしたきのこ、シャキシャキしてるし、すごくあう。こっちのパイもおいしいよ」

 美味しいと何度も言いながらトゥリアは結局、一切れが片手の親指から小指程の長さのあったパイの六切れ程を食べてしまった。
 パイは円形で、それが中心点から六等分にされている状態だった。挽き肉のパイと茸のパイ。二種のパイが同じように切られていた訳だから、つまるところ、丸々一つ分をトゥリアが食べた事になる。
 そして今、フィンの用意したバスケットは空っぽになっていた。フィンもどうやらトゥリアと同量を完食していると言う事実に少しだけ驚き、フィンの細身の体の何処にその量が入っているのかと少しだけ考えもしたが、けれど、その事には触れないトゥリアだった。

「お茶、あれ水?」

 食べながら飲んでいた暖かな紅茶ではなく、フィンが食後に差し出して来たのは、透明なグラスに入った透明な液体。
 いつの間にか、バスケットもカップも片付けられていて、感じている満腹感と満足感がなければ夢だったのかと思う程のフィンの手並みをトゥリアは思った。

 グラスをフィンから受け取り、臭いを嗅いでみるが何の臭気もなく、トゥリアはそれがただの水なのかと怪訝そうに呟いた。
 呟いたが、せっかくだからと口に含み、そこで首を傾げてしまう。

「少しだけ甘い?でも、砂糖とかじゃなくて、なんだろう」

 舌に感じた甘味。嫌な甘味と言う訳ではなく、けれど砂糖や蜜等の甘味とは違っているような気がして、トゥリアは首を傾げ続ける。

銀星花シルヴィスタリカ銀星花のシロップ。傷を負っているひとには甘く感じる」
「傷?」

 トゥリアは自分が何処か怪我でもしていたかと確認するが、別にそんな様子はなく、不思議そうにフィンを見返した。

「心の傷、気にしないふりで、それでも、確かに傷ついてる」
「あ・・・」

 フィンはお見通しと言う事らしい。
 笑っていて、でもトゥリアは引きずり続けているのだ。
 触れた手に、掴みきれなかった“彼女”の事を。

「私は違うけれど、それでもそばにいる?」
「関係がないとは言えない。でも、僕はフィンだから約束したんだ」

 真剣な眼差しでトゥリアはフィンを見詰める。
 フィンが何を何処まで察しているのか分からない。それでも、誤魔化してはいけないとトゥリアはそう思ったのだ。

「そう、じゃあ行こう」
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