24 / 41
【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
23 イルミンスール
しおりを挟むじゃあ行こうと、その言葉通りフィンは旅の準備を始める為にか、空になったバスケットやカップ等を手早く自身の影へと落とし込むと立ち上がり、帰路へと着いていた。
その帰り道でトゥリアが驚いたのは、湖から森への道とも言い難い獣道に踏み込み、数百メートルといった場所に見覚えのある家屋が見えた事だった。
はっきり言って、トゥリアは湖からあの森の小屋にまで戻る為の道筋を全く覚えてはおらず、申し訳ないが、フィンに先を歩いてもらわないといけないと思っていたのだが、思った矢先にはその光景が目に入ったと、そんな感じだったのだ。
ただ、そこにあったのは小屋と言うよりも家屋だった。
上った日の光に明るくなった現在、見上げるようにして眺め見るその場所は確かに黒い子犬と遭遇した場所なのだと思うのだが、建っていたのはもう少し、それこそ小屋と言って差し支えのない建物ではなかったかと、トゥリアはそんな事を思っていた。
木造りはそうだが、単純な平屋建てではなく、平屋建てのロフト付と言ったところだろうか、二階建てにしては低く、一階建てにしては高い三角屋根の下にそれなりの空間があるような気がした。
この場所までの距離感もそうだが、このログハウスに対する大きさの認識能力もまた、感じていたものへの差異がトゥリアの首を内心で傾げさせている。
あの夜、食事をした部屋や、休ませて貰った部屋の大きさや高さからこの外観なのはまだ分からなくはないのかもしれない。けれど、湖からここまでの距離感はどうなのだろうかと。
黒い子犬を追いかけていた時には、それなりの距離を移動したように思うのだが、フィンの後に続いて引き返した今回は、本当に大した距離ではないかのように思えたのだ。
「夜だからって言うのもあるかもしれないけど、どうなんだろう」
ログハウスの正面に立ち、その佇まいを見上げながら、トゥリアは呟いていた。
考えても答えは出ない。結局は気のせいと言う事で、今度はログハウスのその隣に建つ煉瓦造りの小屋を見た。
煉瓦造りの小屋は、ログハウスよりも二回り以上は小さな建物でまさしく小屋と言った感じだろうか、恐らくは温湿度管理が必要な物資の保管、あるいは狩猟で得た獲物の解体場等ではないかとトゥリアは思った。
街から離れた場所にある、滞在用の狩り人達の拠点をトゥリアは思い出していたのだ。
「・・・偏見とかではないけど、狩りはともかく、解体もフィンが自分で?」
ふと思いトゥリアは呟いていた。
先程のパイに使われていた肉。店での購入が出来ないこの場所で、肉類を得るには自分で狩るしかない。そしてただ狩っただけでは肉は食べられないのだ。
狩るだけならまだどうにかなるだろうが、皮を剥いだり、骨を外したりと、解体にはそれなりに力がいるし、技術も必要になる。何より、血抜きにより溢れる血液や、それまで生きていたと言う生き物の肉を捌くと言う行為は、慣れるまでかなりキツいものがある。
ログハウスの裏手に歩いて行くフィンの腕は、しなやかだが細い。肌の白さもあり、獲物の解体どころか、戦いとも無縁にすら思える。
「って、ながめてる場合じゃなかった。フィン、なにか手伝えることないかな?」
考え込んでいる場合ではないと、声をかけながらフィンの背中を追いかけるトゥリア。
そして、ログハウスの裏手に出た時、トゥリアはこの場所に感じていた様々な違和感の内の一つに答えを得る事が出来た。
降り注ぐ光の暖かさ。ログハウスの裏手には、ログハウスが建つ敷地と同程度の開けた空間があった。
木々の枝葉に空を遮ぎられる事なく、その日当たりの良い空間に植えられているのは、何種類かの野菜と、香辛料だけでなく、薬効成分もあるハーブの数々。
そして、森の木々とは何処か様相の異なる一本の木が、ログハウスの屋根に少しだけ被るように枝葉を伸ばしていた。
それは灰白色のなめらかな樹皮を持つ樹高が十五メートル程の樹木。枝は太くしなやかで、枝に茂る葉は緑にぎざぎざの切れ込みが入り、左右対称の形をしていることからまるで鳥の羽のようにもトゥリアには見えた。
日の光に照らされる事で、その木は白銀の幹と緑柱石の葉を持つかのように見え、この場所で清浄な空気を纏い、粛然と聳え佇んでいたのだった。
「イルミンスール、世界樹の枝・・・」
眺め、見上げるようにしてトゥリアは呟いていた。
世界樹イルミンスール。それは幾つもの世界を跨いで生えると言われる大樹の名前だった。
イルミンスールが何処にあるのかは分かってはいないが、その枝を持ち帰ったと言う伝説は幾つか存在していた。
そして、枝を持ち帰った者は英雄と呼ばれている。それは、彼や彼女等が、苦難の旅の果てに持ち帰った枝を大地に挿し、国を興したからだった。
「イルミンスールの枝は大地に根づいてその地を守る。どう言う原理なのかはわからないけれど、イルミンスールが見える場所では、どれだけ敵対関係にある生き物たちもあらそうことがないんだ。だから、安全って言われている大きな街の中心には、だいたいイルミンスールが植わっている」
説明している訳ではないが、トゥリアはそうフィンへと話しかけた。
イージスの森にあって、このログハウスが襲われない理由。それがここにあるイルミンスールのおかげだったのだろう。
そう思い、けれど、湖までの道筋でも大丈夫だった事をトゥリアは思い出し、まだここには何かあるのかもしれないと考え込んでしまう。
「ひとも、この木が見える場所では争わない?」
「うん、そうだね、イルミンスールのある場所で自分以外の血を流すと、その加護を失うって言われているから。それは、その場所にあるイルミンスールだけでなくて、すべてのイルミンスールでって話しだから、やっぱり世界中にあるイルミンスールはもともとは一本の木で、それぞれの地で根づいてもなんらかのつながりがあるんだろうって言われてるかな」
街では多少のいさかいはあっても、流血沙汰になるような争いが起きる事はまずない。
人間の敵が人間だけではないこの世界で、数少ない安全圏を自ら手放すような事は誰も望まないのだ。
「この木の枝があれば皆安全?」
トゥリアの横に来て、その枝葉を見上げながらフィンが聞いて来る。
「それがそうもいかないみたいで、枝自体に安全を保証する加護があるわけじゃなくて、あくまでも地面に根をおろした状態でないと意味がないらしいんだ。それなのに、増やすにも始めの一本から分かたれたイルミンスールの枝までしか大地に根をおろすことができないって制約があるみたいで、だからみんなってわけにはいかないって感じかな」
世界の何処にあるのかも分からない、最初の世界樹。そこから直接採取した枝と、その枝が根付き、木となった上で採取する枝までしか増やす事が出来ない。
そして、採取出来る枝には限りがあり、欲張れば木、本体が枯れてしまうのだ。
「親のイルミンスールがいて、子供のイルミンスールがいる。子供の子供までは良いけど、その次は駄目?」
「そう、そんな感じ。だから増やすことができるイルミンスールの木はどこでも厳重に管理されているし、増やすことができなくても、安全を確保できるって点は変わらないから、増やされたイルミンスールも大切にされているんだ・・・ん?」
自分で言っている言葉に生じた疑問にトゥリアは硬直した。
イルミンスールは最初の一本を第一世代とすると、かつての英雄達が持ち帰った第二世代にまでしか繁殖能力がない。
そして、貴重な第二世代は、“王”や“長”、それに“教会”なんかが厳重に管理し、その枝を長い月日をかけて要所要所に植える事で安全圏を確保していっている。人の手で増やされたそれらは第三世代であり、その枝を挿しても根付く力を持たないが、安全は確保出来る為、当然その土地土地の者が大切に管理している。
「このイルミンスール・・・」
何世代目なんだろうと、その疑問をトゥリアは口に出す事はなかった。
第二世代と第三世代は何処でもしっかり管理されている。こんな森の奥深くにイルミンスールが生えている筈がないのだが、聞いても恐らくフィンには分からないだろうし、トゥリアが考えたところで答えが出る事もないと思ったからだ。
「後から植えたのか、もとから生えていた場所にログハウスを建てたのかわからないけど、このイルミンスールがここを守ってくれているって言うのは間違いないと思うし、それだけでいいかな」
かわりに呟いた、自分で納得出来る言葉にトゥリアは一つ頷いていた。
見上げていたイルミンスール。首が疲れて来たので、その視線を幹沿いに下ろして行き、そして根もと辺りの地面に何かがある事にトゥリアは気付いた。
根もととトゥリアがいる場所までには、トゥリアの胸辺りまで丈のあるハーブの樹や、蔓に実る野菜のようなものが、支柱の枝や、支柱と支柱の間に張られた網のようなものに伝わせられて植えてあり、トゥリアの位置からはっきりとイルミンスールの根もとの地面が見えた訳ではない。
それでもトゥリアは、繁った葉と茎のあいまを縫って、一瞬何かを垣間見た気がしたのだ。
「なにか気になるかな」
呟いて、イルミンスールの根もとへと向け歩き出すトゥリア。
畑の向こうへと回り込み、トゥリアは自分が見たと思うものを確認する。
「・・・剣と弓?もしかして、これって」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる