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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
24 墓標
しおりを挟むイルミンスールが広げた枝葉。その下の、幾筋もの木漏れ日が射し込む場所に、ひっそりとそれらはあった。
隣り合ったその場所で、僅かに盛られたようになっている土の上に咲く白い花達。回りよりも高くなっているその場所にそれぞれ置かれた丸い石は、周囲に同じような石がない事から分かるように、始めからここにあったものではなく何処からか持って来たものだろう。
そして、その石に凭れかけるようにして、トゥリアから向かって右の盛り土には二振りの剣が、そして左には矢筒と矢がそれぞれ置かれていた。
人の手により作られたであろう盛り土と、意図的に植えられたであろう白い花々。そして置かれた石と剣に弓矢。それが何であり、何を意味しているのか、トゥリアは眺め見るままに悟ってしまっていた。
「・・・墓標」
掠れた小さな声でトゥリアは呟く。
墓標、つまりはお墓。盛り土の下に眠るであろう“誰か”の存在をトゥリアは思った。
直接的な戦闘に関わる冒険者に限らず、街から街を旅する者達は、その道中で命を落としてしまう事がある。
急な病や不慮の事故等で負う怪我の治療が間に合わなかったり、野盗や魔獣等による襲撃に対応出来なかったりと、街から街への移動には少なくない危険が伴う。
それらの事態に遭遇し、成す術なく命を落としてしまう事は珍しくなく、そんな時だからこそ、遺体をちゃんとした埋葬が出来る場所まで運べるとは限らない。
場合によれば、埋葬どころか、遺品となるものの回収すらも不可能な事もあるぐらいで、そうでなくても、運良く遺体の回収こそ出来たが、次の街までは運んで行く事までは難しいと、そんな、その場その場での決断を余儀なくされる時、トゥリアはこの花の種子を見る事があった。
「寒芍薬・・・慰めの花だね」
斜め後ろに感じた気配へと、トゥリアは呟くようにだが、それでも先程よりもはっきりとした声でそう告げた。
振り返らなくても、そこにいるのはフィンなのだと分かる。ここには、トゥリアとフィンしかいないのだから。そして、気を付けていても見失ってしまう事のあるフィンの存在だったか、今だけは、確かにそこにいて同じものを見ているのだと、トゥリアは感じていた。
盛り土とその周辺に咲く、白色の五枚の花弁を持つ花。この花は見た目の愛らしさはさておき、調合によっては薬になるらしいが、基本的には毒草だった。
葉や茎を口にしてしまうと、目眩に嘔吐感、痙攣、呼吸困難等の症状が現れ、行く行くは死に至るのだ。
そして、その生花が放つ念波には魔払いの効果があると言われている。
「死者が生ける屍として蘇る事がないように、遺体が獣に食い荒らされることがないように、だっけ」
慰めの花に守られた二つの盛り土、その下に眠る誰かの存在をトゥリアは思う。
ログハウスの所々に垣間見る事の出来た“誰か”の痕跡。今現在一人であるフィンの存在。
花々の中に置かれた石と立て掛けられたそれぞれの武器。それはやはり、そう言う事なのだろうと。
「彼方の光への安息の旅路を」
おもむろにトゥリアは地面へと膝をつき、両の手を胸の前で組み合わせて瞑目すると、祈りの言葉を小さく呟いた。
「そこには誰もいないよ?」
「え?」
「ここにいるから」
そんな抑揚に欠けた声にトゥリアが目を開き、見上げるようにして見ると、木漏れ日の中で自分自身を指差しているフィンの姿が目に入った。
「えっと?」
「ここに、・・・いる?」
自分で言って、そして首を傾げるフィンの様子。
自分自身の胸を指し示している仕草から、心の中にいると言う精神的な支えみたいなものの事だろうかとトゥリアは考えたが、いまいち判然としないのは、フィンの反応がフィン自身にもよく分かっていないかのようだからだろうか。
思い出や、心の拠り所としての記憶。確かにそう言ったものはあるのかもしれないが、呟くように告げるフィンの様子がそう言ったものとは違っているような気がして、トゥリアはまじまじとフィンを見てしまった。
「ここに・・・」
自分自身を指差す左手の人差し指を、フィンは右手で軽く握り胸の前へと引き寄せる。
傾げた首に、薄い藍色の双方を縁取る白金色の睫毛が繊細な光を散らすかのように伏せ目がちにされる。
「記憶が、ない?」
ふと思い至り、トゥリアは問いかけた。
自分が独りで、そして覚えていないと言ったフィンの様子をトゥリアは思い出していたのだ。
「いた誰か、いた筈の・・・誰?」
「フィン?」
首を傾げたまま、トゥリアを見て誰と呟くフィン。
誰、と。それは自分に向けられた言葉ではない筈なのに、トゥリアはその言葉に一瞬身を強張らせてしまった。
感情を窺わせる事のない高質的な瞳の色合い。フィンはその瞳にトゥリアの姿を捉えていて、だからトゥリアは、そんなフィンへと笑ってみせる。
「記憶として思い出せなくても、大切なことはきっと心が覚えてる。それは、きっとフィンを助けてくれるものだから」
「心の記憶?」
「なにも覚えていないはずなのに、考えるよりも先にからだが動くことがあるんだ」
記憶にないのに、愛しいと思うこの感情。見た事がない筈なのに胸が締め付けられる程に抱いてしまっている思い。
体は無意識に動き、気付かない内にも、“あの日”のトゥリアの目には涙がたまっていた。
フィンへと告げるトゥリアの言葉は、他の誰の事を言っているのでもなく、それはトゥリア自身の体験によるものだった。
「体の記憶?」
「もし忘れてしまっても、日常的なことは体が覚えていることもあるだろうし、大切なものには心が反応せずにはいられない。だから、本当に必要なことは、忘れてしまってもきっと大丈夫なんだと思う。それに、これからは僕もいるから」
「ん・・・」
分かってくれたのかどうかは分からない。そもそも、そう言っているトゥリア自身、自分の記憶に欠落を抱えている状態なのだ。
だからこそ、と言う面もあるが、フィンの状態がどれ程のものなのかと不安に感じない訳ではない。
「わかるけど、わからないこと。わかるからこそ、どうにもできないのはもどかしいんだ。うん、もう一度祈っておくよ」
「何を祈る?」
「なにか、う~ん。眠っているひとの冥福、は違う気がするし、フィンをありがとうございます・・・って?」
言ってみて、自分でも更に何かが違うような気がしていたが、結局はトゥリアにも上手い訂正が浮かばず、曖昧に笑うと、地面に着いたままの膝に、もう一度手を組み、目を閉じた。
(フィンを守ってくれて、ありがとうございます。僕が、フィンと出会うこのときまで、無事でいさせてくれて、本当に・・・)
心の中で、墓標の下に眠る誰かへとお礼を告げていると、不意に、近くの空気に動きを感じた。
トゥリアが祈りの途中でうっすらと目を開くと、トゥリアと同じように、地面へと膝を着いたフィンの姿が視界の端へと入り込んで来る。
フィンもまた何かを祈ろうとしているのかと思ったその時、シャ、シャ、と小さく何かが擦れる音が二回トゥリアの耳朶にやけに印象的に響いた。
気になってしまい、何の音かと、祈りを中断し目を開き、その開いた目を更に大きく見開いてしまう出来事がトゥリアの眼前では起きている。
「フィン、ねぇフィン?」
「うん?」
「手にしてるそれ、その二本の剣って、良かったの?」
驚きのまま、唖然とトゥリアは尋ね、フィンが手にしている二振りの剣を、振るえそうになる右手の人差し指で忙しなくも交互に指差した。
フィンが手にしているのは、見間違いようもなく右の盛り土の墓標として、石に凭れかけるようにして置かれていた剣なのだ。
おそらくは、そこに眠る誰かの愛用の武器か何かだと思うのだが、フィンはトゥリアの動揺など気にした風もなく、その二振りの剣を地面へ、正確には、頭上からの木漏れ日により、地面へと落ちたフィン自身の影へと向け落とし込んでしまった。
音もなく、剣は影の中へと沈んで行き、そしてそのまま、フィンは左の盛り土に供えられていた弓と矢筒を手に取ると、トゥリアが止める間もなく、先程の剣と同じように、自らの影へと沈めてしまった。
「たぶん、必要になるから」
「あ・・・」
その言葉に、トゥリアは瞬時に自分を省みる。
なくしてしまったトゥリアの愛剣。森を出るにしても、あれを探さなければいけないのだと。
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