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【第一鐘〜夜の少年と真白き少女〜】
25 セフィと話そう
しおりを挟む「帰って来た」
「え?」
フィンの呟きに応えるようにか、はたまた、自身の優美なるその姿を見せ付けるようにか、トゥリア達の視界に白銀の軌跡を翻させた、一羽の鳥がイルミンスールの枝へと留まった。
軽く見上げるようにしたトゥリアを、鋭い光を湛えた紅い双方がただ見下ろしている。
それは、フィンの映るもの全てを眺めているような双方とは全く違った瞳。意識してトゥリアという存在をその双方に捉え、けれど何等かの意思の疎通までは拒んでいるかのような、そういった無機質を思わせる瞳だと思った。
拒絶すらないフィンとは違う、考えている事を読み取られせないよう無反応を装っているかのような、そんな老獪な眼差しすらもトゥリアは感じていた。
「セフィ、お帰り」
若干名気圧されかける自分を誤魔化すかのように、フィンへと向けるものと同じ笑顔で、トゥリアはその白い鳥、セフィへと笑いかけ声をかける。
ー・・・・・・ー
「セフィ?」
反応のないまま、無言の眼差しがトゥリアを見ていた。
無言だが、やはり感情がないのとは違っていて、自然とトゥリアはその眼差しに込められているものを考えさせられる。
(なにか、僕の反応をうかがっている?さっき、僕とフィンの前を横切って、あの見上げる場所の枝にとまって・・・)
飛んで来てそのまま枝に止まれば良かったであろうところを、わざわざ、トゥリアとフィンの目の前を通ると言う、何か恣意的とも取れる飛翔の様子がトゥリアには引っ掛った。
そして、そこから何となくにだが思い至ってしまう。
「えっと、まだ怒ってたりする、んだよね?」
怒ると言う単語をトゥリアが口にした瞬間、僅かに赤い双眸が細められた事でトゥリアは確信してしまった。
森の中で、フィンへと留まろうとしたセフィを結果的にトゥリアが妨害した行動は、まだ、トゥリア自身の記憶にも新しいものだ。
あの時、一応の仲直りをしたつもりだったが、どうやら根に持たれているらしい。
それに涙で羽毛をぐちゃぐちゃにした縫いぐるみ扱いの件もある。考えれば考える程、色々な事が駄目ではないかとトゥリアは内心で頭を抱えたくなり、それでも困ったようにだが一応の確認の問い掛けを口にしていた。
ー・・・・・・ー
「もしかして、枝にとまるときわざわざ静かにとまったとか?」
続ける確認。音のない飛翔だけではなく、止まる時の静けさや、枝への衝撃の少なさをトゥリアは思う。
思うがまさかだろうと実は思っていた。
揺れる事のない枝は、止まった先の衝撃の少なさを物語っている。それはつまり、フィンに自分が止まったとしても問題はないと見せ付けられたのではないかと、そんな事を思ってしまったのだ。
まさかと思いながらも見上げ続ける場所では、トゥリアを見詰める紅い瞳が、木漏れ日の中で冷たく輝いていた。
そして、その輝きが、鋭さを増して見えているのはトゥリアの気のせいだろうか。
・・・まさかでも、気のせいでもないのかもしれないとトゥリアは思い始め、一人考える。
「えっと、それでもやっぱり僕は同じ行動をとると思う。だから本当は謝らない方がいいのかもしれないけれど、それでも、やっぱりごめんね」
次に同じ場面に遭遇しても、トゥリアは自分の行動をやはり躊躇わないだろうと思っていた。
それは誰が悪いとかではないのだから謝るのは違うとも思う。けれど、幾らセフィが気を付けたとしても、トゥリアの心配はなくならない。そんな意思を伝える意味でもトゥリアは謝罪の言葉を重ねるしかなかったのだ。
誠実さを込めた真摯な面持ちでセフィへとそう伝え謝りながらも、けれど最後は穏やかな人好きをする笑みでトゥリアは和解を望む。
ー・・・フュイッー
短い一鳴きからようやくセフィはトゥリアへと応じてくれた。
その鳴き声の意味こそトゥリアには分からなかったが、何処か仕方なさげな響きにも応じてくれた事にひとまずは安堵する。
そして、鳴いた後でトゥリアから背けられる顔に、それでセフィの気が済んだのか、はたまたトゥリアから興味自体が失われてしまったのか、セフィは首を後ろへと折り曲げると羽繕いを始めていた。
ぼわっと羽に空気を取り込み膨らませた身体はもふっとしていて、背中側へと曲げた首に、嘴が膨らんだ羽の中をもにもにと漁っている。
「セフィ、お疲れさま」
告げる言葉から、セフィの様子を見ていたトゥリアはふと思う。
セフィのあの無防備な仕種は、トゥリアを警戒しなくても良い相手として見てくれたのか、それともトゥリアが警戒するに値しない相手と認識されているのか。
何となく後者のような気がした。
セフィにどのような能力があるのか、それはトゥリアには分からない。今はおおよそを感じ取る事も出来てはいない。
だがこの強力な獣の徘徊するイージスの森で生きて来ているのだから、余程の能力があるのではないかと思われる。
そして、気になると言えばフィンとの関係もいまいち判然としない。
街に暮らす、一部の住民達が飼うような愛玩動物ではないのだろう。
(食べ物・・・)
「うん、ちがうよね、ごめん」
口には出していない筈だが考えてしまい、そんな自らの思考の結果へとトゥリアは反射的に声を出して謝罪する。
幸い、セフィはトゥリアの呟きを気にした風もなく羽繕いを続けていて、うん、一瞬双眸鋭くトゥリアを見た気もするが気のせいだろう。
直ぐに見えなくなった双眸の紅い色合いに、トゥリアは微苦笑を隠さなかった。
「気難しい、人見知り、う~ん気高いって言っておこうかな」
セフィについて思った事をトゥリアは口に出していて、けれど羽繕いに集中していると思っていたセフィの目が、またもトゥリアを見る様子を察知し、自然な運びで言葉を変えていった。
その選択のおかげか、セフィは羽毛の間に差し入れた嘴の角度を変えただけで、トゥリアを注視するような事はなかったが、どうにも、下手な考え=セフィの不興とそんな感じがしていた。
セフィの存在は一部の魔法士達が従えている使い魔だろうかとも思う。
魔法による繋がりを持つ、人と何等かの力ある生き物の関係。
セフィとフィンが呼んだように、名前こそあるようだが、セフィからは人と関わりなれているような、ある種の気安さのようなものが感じられない。
見下す感じがある訳でもないようだし、野性じみているのともまた違うようだが、トゥリアを見詰めた紅い瞳には、じっとこちらを観察するかのような、静かな色合いを帯びているように思える。
「興味がないわけじゃなさそうだし、僕にも慣れてくれるとよいな」
ー・・・ククッー
気が向いたら、と鳴き声の響きにトゥリアはそんなセフィの意思を聞いたような気がして苦笑する。
「ねぇセフィ、森を飛んでいる時にさ、僕の落とし物をどこかで見なかったかな」
何気なく問い掛けていた。
「だいじなものなんだ、ものすごく」
口調は軽くも柔らかく、浮かべた微笑みに、けれどトゥリアのその言葉は何処か必死さすらも感じさせるものだった。
その響きをセフィも感じたのか、羽繕いを止め、枝の上からトゥリアを見下ろす。
ークキュィ?ー
「うん、だいじなもの。絶対に手放してはいけなかったのに僕は・・・」
視線を落とし、広げた自分の右手をトゥリアは見詰める。
崖から落ちたあの瞬間までは確かに手の中にあった筈のもの。自分はいつそれを手放してしまったのかと、トゥリアは思わずにはいられなかった。
「あれは普通の剣じゃないんだ」
ーフュゥ?ー
「そう、剣。あれがないと、あの剣でないと、僕の戦いはできないから」
ーピュィ!ー
「うん、本当に、なんで僕は手をはなしてしまったのかな?」
セフィの言っている言葉がトゥリアに分かっている訳ではないが、何故か会話が成立していた。
鳴き声の響きを変え、時に疑問を、時には叱責をとセフィの方はトゥリアの言葉が分かっているのだろう、その鳴き声は多様で、下手な言葉等よりも余程雄弁だった。
「なにかのついででいいから探してくれたら嬉しい」
ーフュィー
「ありがとう。あ、でもひとつだけ、あれを見つけたとしても絶対に触らないようにして欲しいんだ」
ーピュイ?ー
「うん、運べるかもしれないけれど、大丈夫。僕が行くよ」
持てる持てないと言った話しどころか、愛剣を誰にも触らせたくないといった理由等でもない。触らせてはいけない。ただそれだけ。
「とりあえず、崖下に一度行ってみないとね」
セフィに頼むだけでなく、自分でも探さなければと思い、けれど、そこでトゥリアはあの場所が何処かすら、自分では分からない事に気が付いた。
どうやら、セフィだけでなく、フィンにもまた頼み事をしなければいけないならしいと、トゥリアは少しだけ困ったように笑うのだった。
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