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第二章 オフセット印刷VS異種族
第18話 戦いの火蓋
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◆
翌朝、闘技場は活況を帯びていた。
広く領民に解放された観覧席は満員御礼、一目タビタ・エックホーフを見ようという野次馬から熱い声援を送る者まで、老若男女を問わず揃い踏みだ。
エックホーフ領の中心に位置する円形闘技場は、実に千名もの観客を収容する。
普段は祭りや演劇、運動競技等に用いられるが、今日の活況はそれらとは質を異にする。
何せ、領主の娘と宮廷騎士との決闘だ。
彼ら領民にしてみれば、タビタの敗北は生活の進退にも関わる一大事だ。
娘を失った領主が喪心のあまりに悪政に走るとも限らない。
だが多くの声援は、彼ら民衆の保身のためだけではない、タビタへの信頼の厚さを感じさせるものだと、オルトは思う。
「これも、彼女の人徳なんだろうね」
観客の中に、オルトの姿はあった。
その表情は固く、緊張を帯びている。
彼の視線の先、闘技場中央にまだ戦士の姿はないが、間もなく刻限だ。
だが、隣に絢理の姿はない。
途中で魔導書を奪われるというトラブルに見舞われたが、間に合わなくなるほどの遅滞ではなかったのだが。
何か、あの印刷工場という謎の施設の故障などだろうか。
「もう始まるっていうのに、どうしたんだ……」
絢理の代わりではないが、オルトの隣には見知った少女の姿があった。
黒いワンピースにエプロンドレスを身に纏った彼女は、エックホーフ家に仕えるメイド――エルマだ。
彼女はじっと固唾を呑んで、闘技場を凝視している。
まるで、既に戦闘が始まっているかのように。
気の張りつめ方は、オルトの比ではない。
「少し深呼吸でもしたらどうだい? いまからそんなんじゃ、終わるまで持たないよ」
苦笑するオルトだが、エルマは小さく頭を振った。
「いえ、お嬢様の安否を思うと、とても気を抜くなんて出来ません」
「本当に主人想いなんだね」
「……タビタお嬢様は、生涯の恩人ですので」
本来ならば、エルマは職務の真っ最中のはずだ。
それが暇を貰って主人の応援に駆け付けるとは、余程彼女のことを慕っているのだろう。
その献身は清く美しく、それでいて危うくもある。
祈るように組まれたエルマの両手。その左手には、まだ包帯が巻かれていた。
と、観衆の熱気が増した。
闘技場に視線を転じると、男が一人、闘技場へと上がっていった。
戦士を思わせる体格の男だが、オーヴァンではない。
彼は観衆をぐるりと見渡してから、よく通る声を放った。
「これより宮廷試合を始める。対戦は宮廷騎士・オーヴァン・ベッカラインと、タビタ・エックホーフ間で行われる。これは我らが王・ヨハネス・グーテンベルクの求婚を、タビタ・エックホーフが拒んだことに起因する、愚を裁くための聖戦である!」
男の言葉に呼応して、非難の声が殺到する。
男は審判を務めるために宮中から派遣されたのだろう。
彼にとってはオーヴァンこそ王意の代行者であり、タビタは謀反する愚者に他ならない。
彼は一身に野次を浴びるも、眉一つ動かさなかった。
「尚、これは聖戦であるが故、試合参加者の生死は問われない。勝利条件は以下の二点のうちいずれか一点を満たすこと。一つ、相手が敗北を認めた場合。一つ、相手が死亡した場合である」
無論、平時に行われる闘技大会で殺しはご法度である。
だが、王の指示のもとで行われる試合は別だ。
王に反旗を翻す者には死を。十七歳の少女が背負うには過重な覚悟だ。
それでも――
「両者、入場!」
それでもタビタ・エックホーフという凛然とした戦士の表情に、曇りはなかった。
審判の声に応じて入場するタビタは、革製の軽装鎧を身に纏っていた。
関節部や胸部には鋼鉄製の防具が鈍く輝くが、動きやすさを最優先に考えられた装備と言える。
右手には細剣を携え、左手には魔法陣を持つ。
腰や脚部のホルスターにも、魔法陣が収まっているのだろう。
流麗な金髪を一つにまとめ、その碧眼には静謐とした覚悟を秘めていた。
一方で、オーヴァンは対照的な装備だ。
筋骨隆々とした体躯を甲冑で固め、右手には大剣を携えている。
タビタが同様の格好をすれば、満足に動くことも、剣を振るうこともできないだろう重装備だ。
彼もまた、装甲各部に魔法陣を備えているようだった。
彼我の距離二メートルの位置で立ち止まり、両者、対峙する。
「小娘一人に、随分と重装備だこと」
「万に一つでも、王意の遂行を損なうわけにはいかないのでね」
「任務は全力でってことね」
「そういう事だ」
「大人気ない」
「悪いが、挑発には乗れんよ」
タビタとオーヴァン、双方とも剣を前方へと掲げる。
互いの剣が交差する。
それは、試合開始のための儀式だ。
剣を十字に重なり合わせたところで、審判が告げた。
「刻限となった。ではここに、ヨハネス・グーテンベルク王の名のもとに、愚者の裁定のため、宮中試合を開始する!」
<続>
翌朝、闘技場は活況を帯びていた。
広く領民に解放された観覧席は満員御礼、一目タビタ・エックホーフを見ようという野次馬から熱い声援を送る者まで、老若男女を問わず揃い踏みだ。
エックホーフ領の中心に位置する円形闘技場は、実に千名もの観客を収容する。
普段は祭りや演劇、運動競技等に用いられるが、今日の活況はそれらとは質を異にする。
何せ、領主の娘と宮廷騎士との決闘だ。
彼ら領民にしてみれば、タビタの敗北は生活の進退にも関わる一大事だ。
娘を失った領主が喪心のあまりに悪政に走るとも限らない。
だが多くの声援は、彼ら民衆の保身のためだけではない、タビタへの信頼の厚さを感じさせるものだと、オルトは思う。
「これも、彼女の人徳なんだろうね」
観客の中に、オルトの姿はあった。
その表情は固く、緊張を帯びている。
彼の視線の先、闘技場中央にまだ戦士の姿はないが、間もなく刻限だ。
だが、隣に絢理の姿はない。
途中で魔導書を奪われるというトラブルに見舞われたが、間に合わなくなるほどの遅滞ではなかったのだが。
何か、あの印刷工場という謎の施設の故障などだろうか。
「もう始まるっていうのに、どうしたんだ……」
絢理の代わりではないが、オルトの隣には見知った少女の姿があった。
黒いワンピースにエプロンドレスを身に纏った彼女は、エックホーフ家に仕えるメイド――エルマだ。
彼女はじっと固唾を呑んで、闘技場を凝視している。
まるで、既に戦闘が始まっているかのように。
気の張りつめ方は、オルトの比ではない。
「少し深呼吸でもしたらどうだい? いまからそんなんじゃ、終わるまで持たないよ」
苦笑するオルトだが、エルマは小さく頭を振った。
「いえ、お嬢様の安否を思うと、とても気を抜くなんて出来ません」
「本当に主人想いなんだね」
「……タビタお嬢様は、生涯の恩人ですので」
本来ならば、エルマは職務の真っ最中のはずだ。
それが暇を貰って主人の応援に駆け付けるとは、余程彼女のことを慕っているのだろう。
その献身は清く美しく、それでいて危うくもある。
祈るように組まれたエルマの両手。その左手には、まだ包帯が巻かれていた。
と、観衆の熱気が増した。
闘技場に視線を転じると、男が一人、闘技場へと上がっていった。
戦士を思わせる体格の男だが、オーヴァンではない。
彼は観衆をぐるりと見渡してから、よく通る声を放った。
「これより宮廷試合を始める。対戦は宮廷騎士・オーヴァン・ベッカラインと、タビタ・エックホーフ間で行われる。これは我らが王・ヨハネス・グーテンベルクの求婚を、タビタ・エックホーフが拒んだことに起因する、愚を裁くための聖戦である!」
男の言葉に呼応して、非難の声が殺到する。
男は審判を務めるために宮中から派遣されたのだろう。
彼にとってはオーヴァンこそ王意の代行者であり、タビタは謀反する愚者に他ならない。
彼は一身に野次を浴びるも、眉一つ動かさなかった。
「尚、これは聖戦であるが故、試合参加者の生死は問われない。勝利条件は以下の二点のうちいずれか一点を満たすこと。一つ、相手が敗北を認めた場合。一つ、相手が死亡した場合である」
無論、平時に行われる闘技大会で殺しはご法度である。
だが、王の指示のもとで行われる試合は別だ。
王に反旗を翻す者には死を。十七歳の少女が背負うには過重な覚悟だ。
それでも――
「両者、入場!」
それでもタビタ・エックホーフという凛然とした戦士の表情に、曇りはなかった。
審判の声に応じて入場するタビタは、革製の軽装鎧を身に纏っていた。
関節部や胸部には鋼鉄製の防具が鈍く輝くが、動きやすさを最優先に考えられた装備と言える。
右手には細剣を携え、左手には魔法陣を持つ。
腰や脚部のホルスターにも、魔法陣が収まっているのだろう。
流麗な金髪を一つにまとめ、その碧眼には静謐とした覚悟を秘めていた。
一方で、オーヴァンは対照的な装備だ。
筋骨隆々とした体躯を甲冑で固め、右手には大剣を携えている。
タビタが同様の格好をすれば、満足に動くことも、剣を振るうこともできないだろう重装備だ。
彼もまた、装甲各部に魔法陣を備えているようだった。
彼我の距離二メートルの位置で立ち止まり、両者、対峙する。
「小娘一人に、随分と重装備だこと」
「万に一つでも、王意の遂行を損なうわけにはいかないのでね」
「任務は全力でってことね」
「そういう事だ」
「大人気ない」
「悪いが、挑発には乗れんよ」
タビタとオーヴァン、双方とも剣を前方へと掲げる。
互いの剣が交差する。
それは、試合開始のための儀式だ。
剣を十字に重なり合わせたところで、審判が告げた。
「刻限となった。ではここに、ヨハネス・グーテンベルク王の名のもとに、愚者の裁定のため、宮中試合を開始する!」
<続>
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