異世界を印刷で無双する/社畜が転生先で「つまり印刷機で魔法陣を大量印刷すれば無双できるのでは」と気づいたがまさかのラスボスに戸惑いを隠せない

セント

文字の大きさ
23 / 51
第二章 オフセット印刷VS異種族

第23話 絶望

しおりを挟む



宮廷騎士は、あらゆる戦況に対して最適な戦略を構築する。
オーヴァンは山のように聳える眼前の怪異に対して、素早く魔法陣を掲げた。

「祈りをもって破砕せよ、キオノスティヴァス!」

雷撃が殺到する。
直撃すれば獅子でも絶命する威力だが、ドラゴンは意に介さない。
回避すらせず、オーヴァンへと爪牙を振るう。

巨体に似合わぬ俊敏な一撃。
左右の巨腕と、頭部を合わせての三点同時攻撃。
回避は間に合わない。そもそもが、一撃ごとの射程が長すぎるのだ。

「ぐう……ッ!」

一本ずつが一メートルを超える爪が、オーヴァンの重鎧を捉える。
剣戟さえも弾く鎧が容易に引き裂かれた。血しぶきが舞う。
オーヴァンは痛みを意識の隅に押しやり、唱える。

「接吻をもって大地に恵み成せ、エレーミアーッ!」

大地から盛り上がった石柱が、弾頭となってドラゴンを襲撃する。
だが、気をそらす程度の効果しかない。

舌打ちする。
宮廷騎士は、あらゆる戦況に対して最適な戦略を構築する。

この戦況における最適解など明白だ。
逃走――それ以外には有り得ない。

数多存在する種族の中でも、ドラゴンの能力は他の追随を許さない。
人間の勇気も、エルフの知恵も、ミノタウロスの腕力も、ゴブリンの狡猾さも、ドラゴンの前には児戯に等しい。
まぎれもなく、地上最強の存在である。

本来ならば、こんな辺境の街に姿を現すような存在ではない。生物の踏み入れることのできない秘境に暮らし、一生のうちに一度もその姿を見ない者も多い。
大きな災害や戦争の際に、ドラゴンはそれを諫めるかの如く登場することが多い。
そしてひとたび現出すれば、その暴嵐の如き強靭さは伝説として語り継がれる。
宮廷騎士の先導で一個大隊を率いて、ようやく五分の勝負に持ち込めるかどうか。
オーヴァン単騎で、勝ちの目はない。

だがそれでも、彼は撤退を選択しなかった。剣を交え、少しでも長く時間を稼がねばならない。彼は瞬時にそう判断していた。
観衆のみならず、この街に暮らす領民を一人でも多く逃がさなくてはならない。
本来的に騎士とは、

「――誰かを守るための存在なのだから」

ドラゴンの巨腕を剣で受け流す。
殺しきれない勢いに後退を余儀なくされるが、踏みとどまる。
騎士が膝を折るなど、言語道断。

右脚を失くせば、左脚で立てばいい。
両脚を失くせば、剣を突き立てればいい。
剣が折れども、意志は折れない。
意志ある限り、敵に背を見せる理由はない。
その背に、主より拝命した勲章を宿す限り。

「君はどうかね」

口元に挑戦的な笑みを浮かべながら、オーヴァンは巨躯に問う。

「何を背負う」

無論、ドラゴンは答えない。
暴走するドラゴンは悲鳴のような咆哮を続け、がむしゃらな攻撃の手を休めない。確実にオーヴァンの身体を蝕んでいく。

孤児とは聞いていたが、その正体が竜人とは想像だにしなかった。
ドラゴンは擬態能力も持つというが、オーヴァンはそれを初めて目の当たりにした。
グーテンベルク王は彼女との婚姻を望んでいたが、あるいは――

「……気づいていたのかもしれんな」

ドラゴンを戦力に取り入れることができれば、ヨハネス王国の軍事力はより盤石となる。
他国への牽制材料にと考えていた可能性は、低くはないだろう。

彼女を王のもとへ連行することを目的としていたが、それは叶いそうにない。
剣は弾かれ、魔法は効かず、寧ろ抵抗は彼女の怒りを焚き付ける燃焼材にしかならない。

大木を思わせる巨腕の一撃を受け、オーヴァンは壁際まで吹き飛ばされた。
背中から全身を駆け抜ける衝撃に苦悶が漏れる。血交じりに胃の中のものをぶちまけ、荒く息をつく。
脳が揺さぶられ、意識がかき乱される。
視界がぼやけ、巨影が滲む。

「度し難いな……」

全力を尽くして尚、オーヴァンが稼ぐことのできた時間は五分足らずだった。
精鋭中の精鋭と謳われた騎士でさえ、手も足も出ない。

その様子を遠くで見守ることしか出来なかったオルトは、この無謀な戦いの決着が近いことを理解した。
焦燥も露わに、エルマの肩を掴む。

「……もう限界だ、ここを離れよう」
「お断りします!」

と、エルマは間髪入れずに否定した。

「私のせいであんなお姿になられたというのに、お嬢様を置いてはいけません!」

その悲痛と後悔は、オルトも痛感している。
タビタに魔導書を与えさえしなければ、これほどの惨状はなかった。
魔導書の支援がなければタビタは絶命していただろうが、自分たちがこの状況を作り出してしまった事もまた、代えがたい事実だ。

タビタの無分別な攻勢を見るに、彼女は自我を失っている。
一転して唯一の希望となったオーヴァンは、しかし満身創痍の様相。
相手を失くしたタビタはこの後、闘技場を離脱して街を蹂躙しかねない。
そうならば、

「ここにいても無駄死にするだけだ、少しでも遠くへ逃げないと……ッ!」
「ではオルト様だけお逃げください!」
「しかし――」
「お嬢様にッ!」

尚も言い募ろうとするオルトに、エルマは激高し、次の瞬間、つきものが落ちたかのように冷静さを取り戻した。
そして、穏やかに笑みさえ浮かべてこう言うのだ。

「元より、お嬢様に拾っていただいた命です。お嬢様に捧ぐのならば、本望ですとも」

咄嗟に、オルトは二の句が継げない。
目を丸くし、一瞬、逃げなければならないというこの絶望的な状況を忘れた。
それはエルマの言葉に感化されたから――ではなかった。

彼女の肩越しに、見慣れない、しかし見たことのある、待ち望んだ姿を見たからだった。

オレンジ色の鋼鉄の機械。
その運転席から身を乗り出した彼女は、あっけらかんと問うのだった。

「――やっば。何ですかあれ。どういう状況です、これ?」

相変わらずのへの字口で、戸叶絢理はそこにいた。



<続>
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた

季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】 気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。 手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!? 傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。 罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚! 人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~

北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。 実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。 そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。 グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・ しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。 これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

処理中です...